第40話 「失って 下」
文字数 4,418文字
真っ赤な火が闇夜に鳴いた。
鐘の音が時刻を知らせてから、すぐに陽は落ちて辺りは光も通さぬカーテンに包まれる。
揺れる赤い光に照らされた簡易キャンプ。
細長く長い枝を組み合わせ、その上に葉を敷いただけの物だ。
木の洞 の前に建てつけられたそれの下には、虫除けの葉が敷き詰められている。
日を囲んでいるのは四人の影。
その中の一人――ナトが、硬い葉を持つ茎を組み立てて作った焼き網、その上に切り分けられた赤い肉を並べていく。
鉄ではないため、網の部分は生焼けになりがちだ。
それに気をつけながら、なるべく全体に火が行き渡るように焼いていく。
「本当に助かったよ、グリーゼが肉を調達してくれて」
「丁度目に入ったのを獲っただけですよ」
その基地の屋根には、乾いた蔓に吊るされた小型の動物の死体があった。
決して綺麗とは呼べないその解体後は、グリーゼの指示の元に、懸命に手を動かしたヨルカの功績だった。
「あの、あんまりうまく出来なくて……すみません」
「大丈夫、むしろよくやってくれたよ。俺だって、解体なんてしたことないからね」
それでも、網の上で炙られている一口大の肉片に混じる毛は少ない。
ナイフの先で軽く払えば、それは立派な夕食だった。
「グリーゼ、マリーはどう?」
「……いえ、まだ」
オーハンスは影を孕んだその空洞に目を向けた。
本当に起きるだろうか。
……いや、起きるはずだ。
いつだって先頭を歩いてきた彼女が、起きないはずがない。
「いつもなら、ご飯の匂いを嗅いですぐに起きてくるのに」
ヨルカが、独り言のように呟いた、その瞬間だった。
「ご飯!?」
バサリと、布が落ちる音。
それが、オーハンスが視線を向けていた方向から。
皆が呆けたように固まる中、
ナトは一人立ち上がって、木の洞 を覗き込んだ。
「マリー……!」
上体を起こした赤い髪の少女に、ナトは安堵の息を吐く。
彼女は、確かに生きていた。
「アメリオさん!!」
ヨルカがアメリオに抱きつく。
そんな彼女に少し驚きつつ、アメリオはその華奢な体を抱き返した。
「心配かけたわ」
「うん……さあ、ご飯できてるよ」
ナトの言葉に笑みで返すと、アメリオはヨルカを引き剥がして立ち上がった。
すると、
「あれ……これ、何?」
コロコロと、地面に砂や小石ののようなものが転がった。
アメリオがその中の大きめな物を拾い上げて、焚き火に照らすと、それは赤く透き通った宝石のようだった。
「ナト、何これ」
「え?」
振り返ったナトが、アメリオの方へと視線を向ける。
「なんだい、それ。いつ拾ったの?」
「こんなもの持ってないわ。どこからか転がってきたのよ」
不思議そうにそれを眺めるナトだったが、
「……あれ、マリー、そのマント」
赤いシミがついているマント。
その下に、何か揺れる焚き火にチラチラと光るものが見える。
ナトが捲ると、そこには。
「何、これ」
固まってこびりついたような大小様々な赤い宝石が、ポロポロと剥がれ落ちた。
「美味しいわ!」
「お前、怪我の後でよく食えるよな」
「美味しいもの!」
「腹じゃなくて頭に何か詰めたらどうなんだ」
焼けた肉を頬張るアメリオを尻目に、ナトはじっと考えていた。
――血の跡だった、はず。
そう、あれは明らかにアメリオの怪我の血の跡だ。
それが、どうして宝石に。
「幸せだわ。これ、旅をしてきて初めてのお肉じゃない?」
「……そういえばそうですね。グリーゼさんのおかげです」
「喜んでくれて何よりです」
一口大に切り分けられた、焦げ目のついた肉片を頬張る四人。
大した量は無いものの、それでも御馳走と言うには十分だ。
「それにしても、どうやって獲ったんだ?」
「罠を掛けておいたら、とても運がよくすぐに掛かってくれました。炭の消臭が効いたのでしょうか。普通に狩っても良いのですが、アメリオの側から離れるわけにはいかなかったので」
グリーゼが蔓を編み込んで作った縄――それも、先端を円形にして罠として利用された形跡のあるものを持ち上げてみせた。
どうやら彼女は、こうした野外生活の経験が豊富そうだった。
以前、彼女自身の過去を聞いたナトは、そうした背景から彼女のくぐり抜けてきた修羅場を勝手に想像していた。
それはさておき。
楽しそうな四人に水を差すのはどうだろうと思いつつ、ナトは口を開いた。
「マリー、ごめん、ちょっといい?」
「ナト、どうしたの?」
無垢な瞳で見上げてくるアメリオ。
ナトは立ち上がり、彼女の側で傅 いた。
「え?」
ナトはアメリオの服の裾をつまみ、捲った。
「ひゃ――」
「な、ナトさん!?」
ヨルカが素っ頓狂な声を上げる。
少女の白い肌が露出する。
膨らみかけた胸の辺りまで裾が持ち上げられ、華奢なくびれとへそが顕 になる。
「触るよ」
「ひゃ、あっ」
ナトは手のひらでへその上辺りを撫でて、確認する。
そこには、傷跡一つ無い、きめ細やかな肌しか無かった。
「あ、あの、ナト? 恥ずかしいわ……」
「ナトさん、な、何を!?」
流石のアメリオも、紅潮しオロオロと両手を宙に彷徨わせている。
ナトは裾を放し、「ごめん」といって、元の位置へと戻った。
「マリー、話すべきだ」
「えっと、何を?」
「君はこれ以上、魔法を使っちゃいけない」
焚き火の中の跳ねる音に乗せ、少女がぽつりぽつりと話し始める。
魔法を今までどう思っていたかと、そして最近起きた魔法の変化。
それぞれ神妙な面持ちでそれを聞き、少女が話し終えた後も、しばらく沈黙が続いた。
そんな中。
「マリー、俺は正直、ほとんど何もしてやれないかもしれない」
オーハンスが口を開いた。
「危険が迫ってきても退けてやれないし、情けない話だが、今までだってお前とナト……仲間になってからはグリーゼに頼ってきた」
でも、と続ける。
「もちろん、できる限り協力はする。でも、もしも致し方がなくなって、お前が元のお前から少しづつ変わってしまったとして。
俺はお前をマリーと呼び続けるし、接し方が変わるかもしれないが、お前をお前以外の何かだと思うこともないさ」
「オルフ……あなた、そんなに優しいことを言う人だったかしら?」
「安心しろよ。俺は蛇に食われた卵にすら情を持つ男だ」
「女の子じゃなかったの?」
「たった今からお前は鳥の受精卵以下になったぞ」
おどけたことを言うアメリオから視線を外し、オーハンスは黒く焼けた肉に串を挿して、それに齧りつく。
焦がしすぎたと悪態を付きながら、顔を背けてその小さな口で食み始める。
「オーハンスの言う通り、あなたがどうなろうと、あなたはいつだってアメリオ・クレンツです。
人が変わることなんて、何があってもありえない事ですよ」
「わ、私もそう思います!」
「嬉しいわ! ……ところで、話が変わるけど」
アメリオが何か匂いを嗅ぎ取ったように、鼻を動かした。
「何か甘い香りがするわ。その……鍋の中から」
焚き火の中に、鉄製の鍋が置いてあった。
蓋の隙間から湯気が漏れて、甘い香りを漂わせる。
無事だった調理道具のうちの一つだ。
「あっ、そうでした。そろそろ出来上がったと思います。丁度いいので頂きましょう」
ヨルカが鍋の蓋を開けると、それと同時にむせ返るように甘い香りが広がった。
覗けば、そこには濃い赤色をした液体が煮えたぎっていた。
溶けた果実の欠片が浮かぶ粘度のある液体には、茶色に変色した葉が浮かび、木の枝が寝かせられている。
ヨルカは、硬い葉を持つ茎を器用に扱い、それらを取り除いていく。
「これは……なんでしょう」
これに関しては、グリーゼたちは何も関与せず、ヨルカが単独で作りあげたものだった。
「森で採った果実と甘い樹液の木の枝、それと香辛料を煮て作ったジャムですよ」
「へえ……ん?」
ふと、オーハンスは首を傾げる。
「お前、その果実と枝はわかるが、香辛料はどうしたんだよ」
「えっ……あ」
ヨルカがしまったというように、口元を手で抑える。
「お前、前々から思ってたけど、何を隠してるんだよ」
「べ、別に何も……」
ヨルカが目を逸らしながらそう話す。
逸れた視線の先にはグリーゼが。
「……いいじゃない! 人には隠し事の一つや二つあるわ!」
「お前もあるのか? もっと明け透けな奴だと思ってた」
「そりゃあ、あるわよ。私、実はお父さんの本当の娘じゃないのよ!」
「……いや、それは」
突然の重い告白に、しどろもどろになるオーハンス。
優しいんだよな、とナトたちは改めて彼を見る。
「なんか、すまん。隠し事ってのは隠すためにあるんだってことが――わかった、もう言わなくていい、わかったってば!!」
さらに続けて何か言おうとしたアメリオを慌てて制すオーハンス。
その脇では、ナトが鍋の中身を木のコップに移して、出来たてのジャムの味見をしていた。
「……美味しい」
「ほ、本当ですか!」
「うん。ほら、ヨルカも」
コップを回されたヨルカは、口をゆっくりと付けて中身を仰いだ。
とろみのある熱い液体が口の中に流れ込んできた途端、甘みが口の中で広がる。
喉を通すと、鼻から甘酸っぱい香りが通っていく。
「……よかった、ちゃんとできてる」
「ヨルカは凄いね。俺じゃこんなものはつくれない」
照らからか、ナトの顔を直視できずにいると、
ふと、思い出す。
このコップに、先程ナトが口をつけていた。
もしかして。
これは、いわゆる。
「あ、あの、残りはいいので!」
ナトはヨルカにコップを突き返されると、それを受け取った。
なぜか自分の方を向いてくれない彼女に、首を傾げる。
「私も!」
ナトが持っていたカップを、次はアメリオが奪った。
鍋の中身を全て注ぎ、湯気の立ち上るそれを流し込む。
「美味しいわ!」
「あっ、お前全部飲むなよ、俺とグリーゼまだなんだから」
「私は大丈夫ですよ」
「はいじゃあ次グリーゼ! 全部飲んでいいわよ!」
「……では、失礼して」
「おい俺の分!」
仮面の隙間からコップの中身を流し込んでいくグリーゼに、オーハンスの顔がどんどん青くなっていく。
……後でオルフには、こっそり保存した分をあげよう。
親友はいつだって味方なのだと、ナトは心に誓った。
「あ、ナト、その残りも貰うわ!」
「えっ」
鐘の音が時刻を知らせてから、すぐに陽は落ちて辺りは光も通さぬカーテンに包まれる。
揺れる赤い光に照らされた簡易キャンプ。
細長く長い枝を組み合わせ、その上に葉を敷いただけの物だ。
木の
日を囲んでいるのは四人の影。
その中の一人――ナトが、硬い葉を持つ茎を組み立てて作った焼き網、その上に切り分けられた赤い肉を並べていく。
鉄ではないため、網の部分は生焼けになりがちだ。
それに気をつけながら、なるべく全体に火が行き渡るように焼いていく。
「本当に助かったよ、グリーゼが肉を調達してくれて」
「丁度目に入ったのを獲っただけですよ」
その基地の屋根には、乾いた蔓に吊るされた小型の動物の死体があった。
決して綺麗とは呼べないその解体後は、グリーゼの指示の元に、懸命に手を動かしたヨルカの功績だった。
「あの、あんまりうまく出来なくて……すみません」
「大丈夫、むしろよくやってくれたよ。俺だって、解体なんてしたことないからね」
それでも、網の上で炙られている一口大の肉片に混じる毛は少ない。
ナイフの先で軽く払えば、それは立派な夕食だった。
「グリーゼ、マリーはどう?」
「……いえ、まだ」
オーハンスは影を孕んだその空洞に目を向けた。
本当に起きるだろうか。
……いや、起きるはずだ。
いつだって先頭を歩いてきた彼女が、起きないはずがない。
「いつもなら、ご飯の匂いを嗅いですぐに起きてくるのに」
ヨルカが、独り言のように呟いた、その瞬間だった。
「ご飯!?」
バサリと、布が落ちる音。
それが、オーハンスが視線を向けていた方向から。
皆が呆けたように固まる中、
ナトは一人立ち上がって、木の
「マリー……!」
上体を起こした赤い髪の少女に、ナトは安堵の息を吐く。
彼女は、確かに生きていた。
「アメリオさん!!」
ヨルカがアメリオに抱きつく。
そんな彼女に少し驚きつつ、アメリオはその華奢な体を抱き返した。
「心配かけたわ」
「うん……さあ、ご飯できてるよ」
ナトの言葉に笑みで返すと、アメリオはヨルカを引き剥がして立ち上がった。
すると、
「あれ……これ、何?」
コロコロと、地面に砂や小石ののようなものが転がった。
アメリオがその中の大きめな物を拾い上げて、焚き火に照らすと、それは赤く透き通った宝石のようだった。
「ナト、何これ」
「え?」
振り返ったナトが、アメリオの方へと視線を向ける。
「なんだい、それ。いつ拾ったの?」
「こんなもの持ってないわ。どこからか転がってきたのよ」
不思議そうにそれを眺めるナトだったが、
「……あれ、マリー、そのマント」
赤いシミがついているマント。
その下に、何か揺れる焚き火にチラチラと光るものが見える。
ナトが捲ると、そこには。
「何、これ」
固まってこびりついたような大小様々な赤い宝石が、ポロポロと剥がれ落ちた。
「美味しいわ!」
「お前、怪我の後でよく食えるよな」
「美味しいもの!」
「腹じゃなくて頭に何か詰めたらどうなんだ」
焼けた肉を頬張るアメリオを尻目に、ナトはじっと考えていた。
――血の跡だった、はず。
そう、あれは明らかにアメリオの怪我の血の跡だ。
それが、どうして宝石に。
「幸せだわ。これ、旅をしてきて初めてのお肉じゃない?」
「……そういえばそうですね。グリーゼさんのおかげです」
「喜んでくれて何よりです」
一口大に切り分けられた、焦げ目のついた肉片を頬張る四人。
大した量は無いものの、それでも御馳走と言うには十分だ。
「それにしても、どうやって獲ったんだ?」
「罠を掛けておいたら、とても運がよくすぐに掛かってくれました。炭の消臭が効いたのでしょうか。普通に狩っても良いのですが、アメリオの側から離れるわけにはいかなかったので」
グリーゼが蔓を編み込んで作った縄――それも、先端を円形にして罠として利用された形跡のあるものを持ち上げてみせた。
どうやら彼女は、こうした野外生活の経験が豊富そうだった。
以前、彼女自身の過去を聞いたナトは、そうした背景から彼女のくぐり抜けてきた修羅場を勝手に想像していた。
それはさておき。
楽しそうな四人に水を差すのはどうだろうと思いつつ、ナトは口を開いた。
「マリー、ごめん、ちょっといい?」
「ナト、どうしたの?」
無垢な瞳で見上げてくるアメリオ。
ナトは立ち上がり、彼女の側で
「え?」
ナトはアメリオの服の裾をつまみ、捲った。
「ひゃ――」
「な、ナトさん!?」
ヨルカが素っ頓狂な声を上げる。
少女の白い肌が露出する。
膨らみかけた胸の辺りまで裾が持ち上げられ、華奢なくびれとへそが
「触るよ」
「ひゃ、あっ」
ナトは手のひらでへその上辺りを撫でて、確認する。
そこには、傷跡一つ無い、きめ細やかな肌しか無かった。
「あ、あの、ナト? 恥ずかしいわ……」
「ナトさん、な、何を!?」
流石のアメリオも、紅潮しオロオロと両手を宙に彷徨わせている。
ナトは裾を放し、「ごめん」といって、元の位置へと戻った。
「マリー、話すべきだ」
「えっと、何を?」
「君はこれ以上、魔法を使っちゃいけない」
焚き火の中の跳ねる音に乗せ、少女がぽつりぽつりと話し始める。
魔法を今までどう思っていたかと、そして最近起きた魔法の変化。
それぞれ神妙な面持ちでそれを聞き、少女が話し終えた後も、しばらく沈黙が続いた。
そんな中。
「マリー、俺は正直、ほとんど何もしてやれないかもしれない」
オーハンスが口を開いた。
「危険が迫ってきても退けてやれないし、情けない話だが、今までだってお前とナト……仲間になってからはグリーゼに頼ってきた」
でも、と続ける。
「もちろん、できる限り協力はする。でも、もしも致し方がなくなって、お前が元のお前から少しづつ変わってしまったとして。
俺はお前をマリーと呼び続けるし、接し方が変わるかもしれないが、お前をお前以外の何かだと思うこともないさ」
「オルフ……あなた、そんなに優しいことを言う人だったかしら?」
「安心しろよ。俺は蛇に食われた卵にすら情を持つ男だ」
「女の子じゃなかったの?」
「たった今からお前は鳥の受精卵以下になったぞ」
おどけたことを言うアメリオから視線を外し、オーハンスは黒く焼けた肉に串を挿して、それに齧りつく。
焦がしすぎたと悪態を付きながら、顔を背けてその小さな口で食み始める。
「オーハンスの言う通り、あなたがどうなろうと、あなたはいつだってアメリオ・クレンツです。
人が変わることなんて、何があってもありえない事ですよ」
「わ、私もそう思います!」
「嬉しいわ! ……ところで、話が変わるけど」
アメリオが何か匂いを嗅ぎ取ったように、鼻を動かした。
「何か甘い香りがするわ。その……鍋の中から」
焚き火の中に、鉄製の鍋が置いてあった。
蓋の隙間から湯気が漏れて、甘い香りを漂わせる。
無事だった調理道具のうちの一つだ。
「あっ、そうでした。そろそろ出来上がったと思います。丁度いいので頂きましょう」
ヨルカが鍋の蓋を開けると、それと同時にむせ返るように甘い香りが広がった。
覗けば、そこには濃い赤色をした液体が煮えたぎっていた。
溶けた果実の欠片が浮かぶ粘度のある液体には、茶色に変色した葉が浮かび、木の枝が寝かせられている。
ヨルカは、硬い葉を持つ茎を器用に扱い、それらを取り除いていく。
「これは……なんでしょう」
これに関しては、グリーゼたちは何も関与せず、ヨルカが単独で作りあげたものだった。
「森で採った果実と甘い樹液の木の枝、それと香辛料を煮て作ったジャムですよ」
「へえ……ん?」
ふと、オーハンスは首を傾げる。
「お前、その果実と枝はわかるが、香辛料はどうしたんだよ」
「えっ……あ」
ヨルカがしまったというように、口元を手で抑える。
「お前、前々から思ってたけど、何を隠してるんだよ」
「べ、別に何も……」
ヨルカが目を逸らしながらそう話す。
逸れた視線の先にはグリーゼが。
「……いいじゃない! 人には隠し事の一つや二つあるわ!」
「お前もあるのか? もっと明け透けな奴だと思ってた」
「そりゃあ、あるわよ。私、実はお父さんの本当の娘じゃないのよ!」
「……いや、それは」
突然の重い告白に、しどろもどろになるオーハンス。
優しいんだよな、とナトたちは改めて彼を見る。
「なんか、すまん。隠し事ってのは隠すためにあるんだってことが――わかった、もう言わなくていい、わかったってば!!」
さらに続けて何か言おうとしたアメリオを慌てて制すオーハンス。
その脇では、ナトが鍋の中身を木のコップに移して、出来たてのジャムの味見をしていた。
「……美味しい」
「ほ、本当ですか!」
「うん。ほら、ヨルカも」
コップを回されたヨルカは、口をゆっくりと付けて中身を仰いだ。
とろみのある熱い液体が口の中に流れ込んできた途端、甘みが口の中で広がる。
喉を通すと、鼻から甘酸っぱい香りが通っていく。
「……よかった、ちゃんとできてる」
「ヨルカは凄いね。俺じゃこんなものはつくれない」
照らからか、ナトの顔を直視できずにいると、
ふと、思い出す。
このコップに、先程ナトが口をつけていた。
もしかして。
これは、いわゆる。
「あ、あの、残りはいいので!」
ナトはヨルカにコップを突き返されると、それを受け取った。
なぜか自分の方を向いてくれない彼女に、首を傾げる。
「私も!」
ナトが持っていたカップを、次はアメリオが奪った。
鍋の中身を全て注ぎ、湯気の立ち上るそれを流し込む。
「美味しいわ!」
「あっ、お前全部飲むなよ、俺とグリーゼまだなんだから」
「私は大丈夫ですよ」
「はいじゃあ次グリーゼ! 全部飲んでいいわよ!」
「……では、失礼して」
「おい俺の分!」
仮面の隙間からコップの中身を流し込んでいくグリーゼに、オーハンスの顔がどんどん青くなっていく。
……後でオルフには、こっそり保存した分をあげよう。
親友はいつだって味方なのだと、ナトは心に誓った。
「あ、ナト、その残りも貰うわ!」
「えっ」