第66話「さあ、踊ろう」

文字数 3,257文字

「くそっ! なんだあの魔物は!」

 マルギリは、乱暴に指揮棒を振り眼下の怪物を操っていた。
 ヨルカはナトたちが生き延びてくれている事を願いつつ、冷静にマルギリの様子を観察した。

 この棒は、恐らく魔道具。柄の部分に小さいが炎と剣の刻印がある。
 そして、操れる怪物は一体だけ。あの猿のような怪物は操れていない。
 さらに限界もあるのだろう。発汗が激しく、目が充血し始めている。代償があるのだろうか。

 恐らく、そう長くはない。

「くそっ! くそっ! いい加減離せ、このっ……!!」

 しかし、できることはない。
 その事実に、悲しそうに目を伏せたヨルカ。
 しかし――すぐにその目は見開かれた。

 殺し合いをする怪物の前に飛び出す一人の少年が見えた。
 ナトだった。正直、一瞬変なものを食べ過ぎて頭がおかしくなったのかと思った。

「はっ! 馬鹿が! ついでに殺してやる! あの方に取り付く害虫がぁ!!」

 既ににこやかな笑みを何処かへと置いてきたマルギリは、目をむき下品に口元を歪ませてナトを睨み付けていた。

「マルギリさん、言う通りにしますから! どうか、ナトさんだけは……!」
「何を勘違いしているんだい? 君は何にしても手に入れる。それに……神子様がお一人でないと、何も始まらないんだ!!」

 神子様……コリンも似たような事を言っていた。きっと、アメリオの事だ。ヨルカはそう思った。
 しかし、なぜ彼女が一人である事にこだわる? 一人だと何があると言うんだろう?

「さあ踊れ、踊れええええええ!!」

 ――そして当のナトはというと、

「あっ……ぶないっ」

 二体の怪物から狙われて逃げ回っていた。
 猿のような怪物は頻繁に標的を変えるためまだ何とかなるが、蛙の顔をした怪物に関しては常にナトを狙い続けていた。
 圧倒的な不利に対して、超人的な身体能力を駆使して躱し続ける。
 しかしそれも、時間の問題である。

「ぐ……ぅっ!?」

 猿のような怪物の右の豪腕がナトを掠める。すると、それだけで当たった部位がもげそうなほどの衝撃が走った。
 蛙顔の怪物に関しても、発する超音波がナトの思考を阻害する。明らかにただの音波ではなく、不思議な力を持っていた。

 一方その頃オーハンスはというと、

「この辺りなら……」

 背の高い建物の屋根に登り、マイクに跨って辺りを俯瞰していた。
 ナトが立案した作戦は、オーハンスにとってはよくわからないものだった。
 だが、彼はナトを信頼していた。伊達に長い付き合いではない、きっと勝算があっての事だろう。

 そして、彼の言うことが確かなら……。
 その時だった、街の地下深くから鈍い音が響いた。それは何かしらの駆動音に似ており、石同士が擦れ合うような音が辺りに響き渡る。
 そしてしばらくすると、溜まり続けていた水が徐々に引き始めた。そしてこれがナトのいう「合図」であった。

「水門を最大まで開けろおおおおおおおおお!!!」

 オーハンスは、あらん限りの声でそう叫んだ。
 当然、それはナトの指示だった。彼が言うには、この声を聞いている「誰か」が、どこかにいるらしいが……。
 叫んでから、オーハンスは注意深く辺りを見渡した。
 すると、街の奥――水路の行く末、他と比べると明らかに大きな排水溝から、くぐもったからくりの駆動音が聞こえてきた。それと同時に、そこへ流れ込む水の量が徐々に増えていく。水量調節する弁が大きく開き始めていた。

「ナト! お前の言ったとおり、水門が開いたぞ!」
「ああ!」

 その言葉を聞き、二体の怪物の相手をしていたナトは急に標的を蛙顔の怪物へと絞った。
 そして、飛びかかってくるその怪物を避けると、猿のような怪物へとなすりつけた。
 猿型の怪物はそれを見るやいなや、再びその水生生物のような皮膚をむんずとつかみ、奇声を上げて地面に何度も叩きつけた。
 それは一方的で、蛙のような怪物は一切抵抗できないまま、その内容物を撒き散らして、徐々に原型を留めない姿へと変わっていった。

「マリー、『濁流』を!」

 離脱したナトは、変わって路地裏から飛び出したアメリオにそう言った。

「わかったわ!」

 右手を突き出し、二体の怪物に向けて手の先を合わせる。
 目標は怪物たちと、その先にある――幅の広い都市の中心にある水路。

 集中して、力を集める。
 体の底から右腕に流れていく何かに意識を向け、それを束ねていく。

 その刹那、アメリオは作戦を実行する前にナトに言われた事を思い出していた。

『マリー、ちょっといいか』

 呼び止めてきたナトに振り向く。
 真剣な表情の彼がそこにはいた。

『わからないんだ、俺は。自分が何のために戦っているのか……自分が本当は何を思っているのか。不安なんだ。だから――』

 その言葉を噛み砕いていると、不意に彼の表情が少し崩れた。

『ああ言ってくれた君を、俺はこれから頼ろうと思う。その代わり約束してくれ。――絶対に無茶はするな。何かあったらすぐに言うんだ』

 その言葉に、なんとも言えない感情が溢れてきた。
 ……ほんと、どの口が言うんだか。

「やってやるわ! そのための『力』だもの!」

 衝撃波を伴って、その巨大な水の塊は少女の右手から放たれた。
 濁流となり石のタイルを飲み込んでゆくおびただしい量の水は、二体の怪物を巻き込んで水路へと流れ込んでい行く。
 さしもの巨体を誇る怪物たちも、その激流には耐えられず、水と共に水路へ流されていった。

 水路は突然の増水にところどころに欠損を出しながらも、どうにか大量の水を運ぶ役割を果たした。
 そして水と怪物は、その向かう先である――排水溝へと、飲み込まれていった。
 絡み合う二体の怪物の悲鳴ともとれる咆哮は、あっという間にその奥へと消えていったのだった。

「やった!」
「成功ね!」

 オーハンスとアメリオが、離れた場所で声を上げた。
 ナト一息ついて――そして、視線を辺りに配った。
 さきほど聞こえたヨルカの声の方角を辿り、尖塔の上にいる二人を見つける。

「ヨルカ、無事か!?」

 ナトが大きな声でそのシルエットに呼びかける。
 だが、

「……ヨルカ?」

 返事がない。恐らく、隣りにいるのはマルギリだ。
 どうしたんだろう。






「ありえないありえないありえないありえない……」

 歯ぎしりをしながら、マルギリはその光景を見ていた。
 灰色の石レンガは辺り一面剥げており、水の反乱は徐々に引いている。
 そこに立っているのは、「計画」を邪魔する忌々しい少年だった。

「本来の予定では無いとは言え、大司教様のご意思を踏みにじるなんて……ああ、こんな事が知れたら……ああ!」

 額に左手を当て、口元に笑みを浮かべ体を震わせながら、マルギリは絞り出すような声でそういった。
 その右手は、白くて細いヨルカの首を掴んでいた。
 顔を真っ青にして抵抗できずにいる彼女を手すりに押し当てている。

「ああ、まだこれがあるじゃないか。そうさ、まだ終わったわけじゃない。どうなってでも、僕は必ずこの世界を捧げてみせる!」

 取り出したのは――淡い赤色をした小さな石だった。
 透明で無骨なそれはどちらかというと、宝石というよりなんらかの結晶であるようだった。
 マルギリはそれを口元へ運び、がりり、と噛み砕いた。

 その青年は二口でその結晶を頬張ると、喉の奥へと無理やり押し込んだ。
 そして手に持った棒型の道具を振り上げる。

「さあ! 今度は僕と踊れ! 僕と君たちの最後のダンスだ!!」

 そう言った直後、突然棒がひび割れて、怪しげな光が溢れ出した。
 そしてそれは次第に膨張していき――強烈な閃光と共に破裂した。

「あは、あははは! あはははははははは!!」
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