第67話「聖なる堕落」
文字数 4,327文字
彼は、いつも一人だった。
無口で無愛想――貴族の家の出身で愛想を振りまく手ほどきは受けていたが、それでも彼はいつまでも陰りをたたえていた。
彼は、人を信じなかった。
幼い頃に友人に裏切られた傷口をきっかけに、あらゆる経験によりその傷を広げていた。
それ故、いくら縁談があっても彼に付き添うような人間はできなかった。
そんな彼にも転換期が訪れた。
それは、とある宗教団体との出会いだった。
最初は怪しいと思った。名前くらいは聞いたことのある宗教の、聞いたこともない派閥。それと言うだけで最初は距離を置いていた。
しかし、彼は大司教自らに目をかけられていた。
団体からのアプローチもしつこかった。
ついには折れて、彼は大司教と合わされたのだった。
その日から、彼は変わった。
彼は知ってしまった。人を信じることができないのなら、神を信じればいいじゃないか。
そうして彼は沼に浸かるように、教会に入り浸るようになった。
二度目の転換期は、彼が昇進して神父として信者を導いていたある日のことだった。
彼は遠出をしている信者の娘を預かっていた。その娘は天真爛漫で、いつも笑っている夏の花のような少女だった。
鬱陶しく思いながらも、その世話をしているうちに――その娘に、劣情を抱いた。
彼はまたしても知ってしまった。疑うことを知らない無垢な少女こそ、この世界の全てだと。
「ジュリー、またいたずらをしたんだね?」
「だって神父様、いつもお料理がたんぱくなんだもの。少しは刺激があるといいと思ったの!」
「神父様ー! 裏庭でトカゲを拾った!」
「こらココ、そっと逃してあげなさい。灯神様が見ているよ」
この世の真理に目覚めた(少なくとも本人にとっては)彼は、子供たちを預かる施設の経営を始めた。
このことから彼は、更に支持を得て立場を向上させていくのだが、彼本人は子どもたちにしか興味がなく、
どんな昇進の話も話半分に、いつも施設に入り浸り子供たちの相手をしていた。
それから長らくの歳月が流れた。そこで事件は起こる。
ついに施設を出る子供が現れた。
ある程度の年齢を重ね、施設に居る必要がなくなったのだ。
「ジュリー、もう少しここに居てもいいんだよ」
「そんな、いつまでもいられないわ神父様。いままでお世話をしてくださって、本当に感謝しています。本当に、本当にありがとうございました――」
最後の夜、涙をたたえたその少女は彼の部屋を尋ねていた。
これでお別れだと、涙を飲んだ最後の挨拶である。
しかし、彼にとってはそれどころではなかった。
「いたずらばかりしていたあの頃が懐かしいです、まさかこんなにお世話になるなんて」
「ああ本当に、君は手のかかる子だったよ。それでも、僕は君を育てられて――」
その時。
ふと、思ってしまったのだ。
彼女は本当に自分に感謝をしているのか?
本当は鬱陶しくなって出ていこうとしているのか?
それともこの気持ちを悟られた? いやまさか。そんなはずは。
でももしかしたら……ああ、わからないわからないわからない!
「……あの、神父様?」
少女が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
そして、息を飲んだ。
見たことのない表情をしていたのだ。恐ろしく歪んだ、表情を――。
「ジュリー、本当は僕のことをどう思っていたんだい?」
「え? それはもちろん、感謝をして――」
「嘘をつくんじゃない! 灯神様が見ていらっしゃる、さあ、本当のことを話すんだ!」
「な、何をおっしゃるんです! 私は神父様を本当に敬愛していますのに!」
嘘だ。
彼女は嘘を言っている。
そうに決まっている。
なんて女だ。
何が彼女をそうさせたんだ。
小さい頃はあんなに素直だったのに。
そうか。
彼女に流れる月日のせいか。
彼女が大きくなったから、そのせいで。
「そうか、ジュリー、わかったよ」
「ふう、わかったくださいましたの? それなら良かったですわ!」
「……もう遅いから、君は寝なさい」
「ええ、そうします。本当に、ありがとうございました。それではまた明日、ちゃんとお見送りしていただかないと嫌ですわよ?」
最後に彼女はぺこりと頭を頭を下げて、部屋を出ていこうと背を向けた。
出ていこうとして、そして、すぐに違和感を感じた。
胸から熱い何かがこみ上げてくることに。
これは、一体なんだろう。
「ごほっ」
彼女を服を、口から逆流した鮮血が汚した。
胸が熱い。焼けるように熱い。
視線を下げて――刃に、貫かれていることに気がつく前に、彼女は床に倒れ伏した。
「遅すぎたんだ。でも、間に合ったかな。どうかそのまま、成長しないまま寝ていてくれよ」
倒れた少女を抱き上げる。
そして、持ち上げたまま彼は熱く抱擁を交わした。
「ああ、でもこれで、ずっと一緒だねジュリー、僕の可愛い可愛いジュリー、幼い頃はもっと可愛かったジュリー……」
その部屋からは一晩中鼻歌と、ギッシギッシと軋む床の音が響いていた。
ドアの窓から覗いた子供たちは、二人の人影が抱き合い踊っているのを見て、空気を読んでその部屋を後にした。
――そして子供たちはその鼻歌を子守唄に、心地よく眠りについた。
そして次の日、その施設の人間は彼一人になった。
鼻歌は、事態が発覚するその時まで、止むことはなかった。
その後、拘束された彼はすぐに自由の身になった。
不思議そうにする彼の目の前に、大司教が現れた。
何があったのか話してご覧と言われ、彼は大司教に己のすべてを打ち明けた。
大司教はそのすべてを認めてくれた。そして、彼にこんな話を打ち明けた。
君は彼女たちの時間を止める手段がそれしかないと、そう思っているのだろう?
だが、実はもう一つある。それは東の最果ての地にあるのだ。私と共に来れば、それなりの身分とその分け前をやろう。
私は君に見込みがあると思ってこの話を持ちかけているのだから、無下にするようなことはするんじゃないよ。
当然、彼は二つ返事で了承した。
なんと、少女たちを永遠にその姿のまま、薬液に浸して標本にするでもなく自分の手元に置いておけるのだという。
乗らないわけがなかった。そして、大司教に感謝した。認めてくれて、さらに自分の願いを叶えてくれるその存在に。
「お、おい、なんだよあれ」
再び合流したオーハンスが上を指差しながらそういった。
それは、尖塔の上だった。
当然、ナトはその変化を最初から見届けていた。
それは、ヨルカとマルギリの居た場所だった。
黒い巨大な骸だった。
手足が妙に長く、肋骨が異常発達して下半身がない。
全体的に黒い液状の物に覆われており、恐らくそれが筋肉の役割を担っていた。
「『黒骸屍 』……どこから現れたんだ?」
「そんなことよりあれを見て!」
アメリオが指差した先には、骸の手のひらの中で握りしめられているヨルカがいた。
気を失いながらも、苦しそうに身を捩っていた。
「ヨルカ! マルギリは一体どこに……それに、グリーゼも」
「今はヨルカをどうにかしましょ! ……っと、あれ? おかしい、わね……」
ぐらりと、体を傾けるアメリオ。
どうやら『濁流』の魔法は思ったより消耗するらしい。
魔法を使い果たしたようで、倒れてしまった。
「おいまじかよ、寝てる暇なんかねーぞ!?」
「わかってる……わ……」
そしてすぐに寝息を立て始めた。
オーハンスは頭を抱えて「ああもう!」と叫んだ。
「とりあえず、マイクに乗せて安全な場所まで避難させるんだ。あとは俺がどうにかする」
「ああ……ナト、無茶だけはするなよ!」
そう言って、四苦八苦しながらアメリオをマイクについた鞍に乗せるオーハンスを尻目に、ナトは正面の怪物に立ちはだかった。
今まで見てきた怪物の中でも、沼の村でコリンを食い殺した怪物『高脚獣 』の次に巨大な怪物だ。
正直、どうすればいいのか全くわからない。
『オ、ドロウ、オドロ、ウ、エイエンニ、ズット、イッショ、ニ』
突然、奇妙な言葉が聞こえてきた。
それは、目の前の怪物からだった。暗い森で対峙した『棘粘貝 』と同じように、人語を喋っている。
「気味の悪い……だけどそんな事を言っている場合じゃないな」
ナトは、剣に青い光をまとわせた。
水門は開き、水で溺れる心配もない。
気を失おうとも、切ってしまえばそれまでだ。
だが、
「光が、消えた?」
漂っていた青い粒子が、まるで浮力を失ったかのように虚空へと消えていった。
なんど試しても、剣は青い光を散らすばかりで、うまくいかない。
やはり、さっきからおかしい。
ナトは少し感づいていた。先程、蛙顔の怪物の超音波を受けてからだ。
体が妙に重く、青い光もうまく発現できない。
そういえば、アメリオも魔法を放ってすぐに眠りについていた。いくら消費が激しかったとは言え、いつもよりも、もっと早くに気絶していた。
アメリオとナトにのみ悪影響を与える超音波――。
「見方を変えれば、青い剣とマリーの魔法には、何か共通点がある……?」
そこまで考えて、いやいやと首を振った。
今はそんな事を考えている場合じゃない。
青い剣を使えない今、目の前の怪物を何とかする方法を考えなくては。
直後、瓦礫が崩れていく鈍い音が響く。
尖塔が怪物の重さに耐えきれず、ついに崩落を始めたのだ。
それに伴い怪物も地面に落下する。当然ダメージはなさそうだが、ナトの興味を引いたのは別の観点だった。
瓦礫が地面に落下した直後、奇妙な音が響いた。
「……空洞音?」
それを聞いて、ナトは思い出した。
ノエル・ヨンドが語っていたこの街の歴史を。
地下に避難して、住民が水没したという話を。
「と、いうことは、この下は……」
どうにかできるかもしれない。
しかし、その結果へ導く方法がなかった。
そう、いまここにグリーゼが居てくれれば……。
その時、ナトの鼓膜を何かが揺らした。
何か、叫び声のような、聞き覚えのあるその音。
「なんでそこに……?」
いやしかし、これはある意味賭けなのかもしれない。
ナトは、それを信じて地面を蹴ることにした。
無口で無愛想――貴族の家の出身で愛想を振りまく手ほどきは受けていたが、それでも彼はいつまでも陰りをたたえていた。
彼は、人を信じなかった。
幼い頃に友人に裏切られた傷口をきっかけに、あらゆる経験によりその傷を広げていた。
それ故、いくら縁談があっても彼に付き添うような人間はできなかった。
そんな彼にも転換期が訪れた。
それは、とある宗教団体との出会いだった。
最初は怪しいと思った。名前くらいは聞いたことのある宗教の、聞いたこともない派閥。それと言うだけで最初は距離を置いていた。
しかし、彼は大司教自らに目をかけられていた。
団体からのアプローチもしつこかった。
ついには折れて、彼は大司教と合わされたのだった。
その日から、彼は変わった。
彼は知ってしまった。人を信じることができないのなら、神を信じればいいじゃないか。
そうして彼は沼に浸かるように、教会に入り浸るようになった。
二度目の転換期は、彼が昇進して神父として信者を導いていたある日のことだった。
彼は遠出をしている信者の娘を預かっていた。その娘は天真爛漫で、いつも笑っている夏の花のような少女だった。
鬱陶しく思いながらも、その世話をしているうちに――その娘に、劣情を抱いた。
彼はまたしても知ってしまった。疑うことを知らない無垢な少女こそ、この世界の全てだと。
「ジュリー、またいたずらをしたんだね?」
「だって神父様、いつもお料理がたんぱくなんだもの。少しは刺激があるといいと思ったの!」
「神父様ー! 裏庭でトカゲを拾った!」
「こらココ、そっと逃してあげなさい。灯神様が見ているよ」
この世の真理に目覚めた(少なくとも本人にとっては)彼は、子供たちを預かる施設の経営を始めた。
このことから彼は、更に支持を得て立場を向上させていくのだが、彼本人は子どもたちにしか興味がなく、
どんな昇進の話も話半分に、いつも施設に入り浸り子供たちの相手をしていた。
それから長らくの歳月が流れた。そこで事件は起こる。
ついに施設を出る子供が現れた。
ある程度の年齢を重ね、施設に居る必要がなくなったのだ。
「ジュリー、もう少しここに居てもいいんだよ」
「そんな、いつまでもいられないわ神父様。いままでお世話をしてくださって、本当に感謝しています。本当に、本当にありがとうございました――」
最後の夜、涙をたたえたその少女は彼の部屋を尋ねていた。
これでお別れだと、涙を飲んだ最後の挨拶である。
しかし、彼にとってはそれどころではなかった。
「いたずらばかりしていたあの頃が懐かしいです、まさかこんなにお世話になるなんて」
「ああ本当に、君は手のかかる子だったよ。それでも、僕は君を育てられて――」
その時。
ふと、思ってしまったのだ。
彼女は本当に自分に感謝をしているのか?
本当は鬱陶しくなって出ていこうとしているのか?
それともこの気持ちを悟られた? いやまさか。そんなはずは。
でももしかしたら……ああ、わからないわからないわからない!
「……あの、神父様?」
少女が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
そして、息を飲んだ。
見たことのない表情をしていたのだ。恐ろしく歪んだ、表情を――。
「ジュリー、本当は僕のことをどう思っていたんだい?」
「え? それはもちろん、感謝をして――」
「嘘をつくんじゃない! 灯神様が見ていらっしゃる、さあ、本当のことを話すんだ!」
「な、何をおっしゃるんです! 私は神父様を本当に敬愛していますのに!」
嘘だ。
彼女は嘘を言っている。
そうに決まっている。
なんて女だ。
何が彼女をそうさせたんだ。
小さい頃はあんなに素直だったのに。
そうか。
彼女に流れる月日のせいか。
彼女が大きくなったから、そのせいで。
「そうか、ジュリー、わかったよ」
「ふう、わかったくださいましたの? それなら良かったですわ!」
「……もう遅いから、君は寝なさい」
「ええ、そうします。本当に、ありがとうございました。それではまた明日、ちゃんとお見送りしていただかないと嫌ですわよ?」
最後に彼女はぺこりと頭を頭を下げて、部屋を出ていこうと背を向けた。
出ていこうとして、そして、すぐに違和感を感じた。
胸から熱い何かがこみ上げてくることに。
これは、一体なんだろう。
「ごほっ」
彼女を服を、口から逆流した鮮血が汚した。
胸が熱い。焼けるように熱い。
視線を下げて――刃に、貫かれていることに気がつく前に、彼女は床に倒れ伏した。
「遅すぎたんだ。でも、間に合ったかな。どうかそのまま、成長しないまま寝ていてくれよ」
倒れた少女を抱き上げる。
そして、持ち上げたまま彼は熱く抱擁を交わした。
「ああ、でもこれで、ずっと一緒だねジュリー、僕の可愛い可愛いジュリー、幼い頃はもっと可愛かったジュリー……」
その部屋からは一晩中鼻歌と、ギッシギッシと軋む床の音が響いていた。
ドアの窓から覗いた子供たちは、二人の人影が抱き合い踊っているのを見て、空気を読んでその部屋を後にした。
――そして子供たちはその鼻歌を子守唄に、心地よく眠りについた。
そして次の日、その施設の人間は彼一人になった。
鼻歌は、事態が発覚するその時まで、止むことはなかった。
その後、拘束された彼はすぐに自由の身になった。
不思議そうにする彼の目の前に、大司教が現れた。
何があったのか話してご覧と言われ、彼は大司教に己のすべてを打ち明けた。
大司教はそのすべてを認めてくれた。そして、彼にこんな話を打ち明けた。
君は彼女たちの時間を止める手段がそれしかないと、そう思っているのだろう?
だが、実はもう一つある。それは東の最果ての地にあるのだ。私と共に来れば、それなりの身分とその分け前をやろう。
私は君に見込みがあると思ってこの話を持ちかけているのだから、無下にするようなことはするんじゃないよ。
当然、彼は二つ返事で了承した。
なんと、少女たちを永遠にその姿のまま、薬液に浸して標本にするでもなく自分の手元に置いておけるのだという。
乗らないわけがなかった。そして、大司教に感謝した。認めてくれて、さらに自分の願いを叶えてくれるその存在に。
「お、おい、なんだよあれ」
再び合流したオーハンスが上を指差しながらそういった。
それは、尖塔の上だった。
当然、ナトはその変化を最初から見届けていた。
それは、ヨルカとマルギリの居た場所だった。
黒い巨大な骸だった。
手足が妙に長く、肋骨が異常発達して下半身がない。
全体的に黒い液状の物に覆われており、恐らくそれが筋肉の役割を担っていた。
「『
「そんなことよりあれを見て!」
アメリオが指差した先には、骸の手のひらの中で握りしめられているヨルカがいた。
気を失いながらも、苦しそうに身を捩っていた。
「ヨルカ! マルギリは一体どこに……それに、グリーゼも」
「今はヨルカをどうにかしましょ! ……っと、あれ? おかしい、わね……」
ぐらりと、体を傾けるアメリオ。
どうやら『濁流』の魔法は思ったより消耗するらしい。
魔法を使い果たしたようで、倒れてしまった。
「おいまじかよ、寝てる暇なんかねーぞ!?」
「わかってる……わ……」
そしてすぐに寝息を立て始めた。
オーハンスは頭を抱えて「ああもう!」と叫んだ。
「とりあえず、マイクに乗せて安全な場所まで避難させるんだ。あとは俺がどうにかする」
「ああ……ナト、無茶だけはするなよ!」
そう言って、四苦八苦しながらアメリオをマイクについた鞍に乗せるオーハンスを尻目に、ナトは正面の怪物に立ちはだかった。
今まで見てきた怪物の中でも、沼の村でコリンを食い殺した怪物『
正直、どうすればいいのか全くわからない。
『オ、ドロウ、オドロ、ウ、エイエンニ、ズット、イッショ、ニ』
突然、奇妙な言葉が聞こえてきた。
それは、目の前の怪物からだった。暗い森で対峙した『
「気味の悪い……だけどそんな事を言っている場合じゃないな」
ナトは、剣に青い光をまとわせた。
水門は開き、水で溺れる心配もない。
気を失おうとも、切ってしまえばそれまでだ。
だが、
「光が、消えた?」
漂っていた青い粒子が、まるで浮力を失ったかのように虚空へと消えていった。
なんど試しても、剣は青い光を散らすばかりで、うまくいかない。
やはり、さっきからおかしい。
ナトは少し感づいていた。先程、蛙顔の怪物の超音波を受けてからだ。
体が妙に重く、青い光もうまく発現できない。
そういえば、アメリオも魔法を放ってすぐに眠りについていた。いくら消費が激しかったとは言え、いつもよりも、もっと早くに気絶していた。
アメリオとナトにのみ悪影響を与える超音波――。
「見方を変えれば、青い剣とマリーの魔法には、何か共通点がある……?」
そこまで考えて、いやいやと首を振った。
今はそんな事を考えている場合じゃない。
青い剣を使えない今、目の前の怪物を何とかする方法を考えなくては。
直後、瓦礫が崩れていく鈍い音が響く。
尖塔が怪物の重さに耐えきれず、ついに崩落を始めたのだ。
それに伴い怪物も地面に落下する。当然ダメージはなさそうだが、ナトの興味を引いたのは別の観点だった。
瓦礫が地面に落下した直後、奇妙な音が響いた。
「……空洞音?」
それを聞いて、ナトは思い出した。
ノエル・ヨンドが語っていたこの街の歴史を。
地下に避難して、住民が水没したという話を。
「と、いうことは、この下は……」
どうにかできるかもしれない。
しかし、その結果へ導く方法がなかった。
そう、いまここにグリーゼが居てくれれば……。
その時、ナトの鼓膜を何かが揺らした。
何か、叫び声のような、聞き覚えのあるその音。
「なんでそこに……?」
いやしかし、これはある意味賭けなのかもしれない。
ナトは、それを信じて地面を蹴ることにした。