第29話 「光る灰の見守る森で 下」
文字数 4,164文字
いくらか、時間が経って。
空気を震わす大振動。
鐘が鳴っていた。
大きな鐘の音だ。
ベルガーデン――魔王の庭園。
そんな最果ての、大地の色の一つ。
それは、この大地に踏み入った時より、日に三度、どこに居ても耳に届けられる。
大きな教会に備え付けられた、大鐘のような音だ。
単調で、しかし荘厳なその響きは何度聞いても耳を奪われる。
――そんな鐘の音を聞きながら、もう夕方か、と独りごちながら、ナトはナイフを振り下ろした。
何度も振り下ろし――ようやく手頃に切り裂くことのできた薄い布のようなそれは、元々怪物の死体だったものだ。
この世界に巣食う「怪物」の死体は、放っておくと暴れ出す。
防ぐ方法は、動けない程度に破壊すること。
「グリーゼさん、そっちはどうですか?」
「こちらも大方、大丈夫でしょう。そろそろ切り上げても良いと思います」
二人は、墓地に倒れる三体の死体を処理していた。
ナトはナイフと剣で、グリーゼは鉄靴――素材が鉄かどうかはさておき、その踵で怪物の頭を踏み砕く。
作業は滞りなく進み、幸いにも、最中に暴れ出すことはなかった。
「彼らは何をもって私達に仇なすのでしょう」
ふと、グリーゼが言った。
「彼ら?」
「『怪物』のことですよ。勿論、大方の怪物はその食欲から私達を襲撃します。
しかし、確実にいるのです。あの遺跡の中にいた、黒く爛れた怪物のような――ただの殺戮者が」
「やっぱり。棘粘貝 はたまたま僕たちを襲ったわけではなかったんですね」
この世界の怪物は、どれも殺気を放っている。
しかし、あの体の底から凍えそうな、死の香りを撒き散らしたかのようなのは、強盗などのそれと同じ種類に思えた。
「自我があるはずがない動物に過ぎないはずが……何故、我々に対して執拗に牙を向けるのか」
「案外、人間が美味しいとかそういう理由かもしれませんよ」
「こんな黒光りした殻付きなんて、面倒くさくて食べたがらないでしょうに」
「甲殻類でも剥けば美味いって言いますよ」
「そうは言いますが、水路住まいはどれも泥の味でした。懐かしいものです」
と、そんな中。
ナトが手を動かしている時、崩れた墓石の石屑の中に、ちらりと赤い何かが光った。
不気味な風に揺れる雑草を掻き分けて、その正体を拾い上げる。
――ああ、こんなところに。
じっと見つめて、少しだけ安堵の表情を滲ませて、少年はそれをポケットの中にしまった。
「どうしました?」
目敏 くその様子に気がつき、声をかけて来たグリーゼ。
「いえ」
ナトは微笑みながら、ポケットの中のそれを転がした。
「口実ができたな、って」
「グリーゼさぁん……」
そろりと、木目のドアの隙間から、あどけない少女の顔がのぞく。
ヨルカは、猫を探して草むらを探るように部屋の中を見回すと、いそいそと扉から出てきた。
グリーゼに仕立ててもらった麻作りの部屋着――すっかり馴染んだそれは墨で黒ずんでいる。
その手には本が抱えられており、それを部屋の本棚に戻すと、
改めてあたりを見回し、見慣れた鎧姿が無いことを再認識すると、自らの服装を見下ろした。
――汚れ、どうしよう。
洗濯は任せっきりだったけど――それじゃいけない。
いつまでも世話になるのも申し訳ないし、洗いに行こう。
「ナトさんたち、帰ってこないといいけど……」
誰に言うでもなくそう零して、変えの服を手に持ちつつ木の枝のノブを回して、ヨルカは家を出た。
ギシギシと鳴る木の階段や吊橋を渡って、少し離れた場所。
木々の密集したその中に、光る灰の照らす小さな池があった。
静謐さを閉じ込めたようなそのほとりに腰を下ろすと、ヨルカは纏っている服を脱いだ。
肌色が透ける薄い肌着一枚。
その裾からは、道中の細かい傷跡が残るものの、シルクのように滑やかな白い肌がさらけ出される。
唯一、肩のあたりに少しだけ目立つ傷跡――怪物による呪いの傷跡が残っており、少しだけ気にするように、ヨルカは指先で揺れた。
ここは、村人たちに水浴び場として利用されている場所。
昼間に利用する人はそういないらしく、利用するならこの時間――と、グリーゼは言っていた。
麻の服を池のひんやりとした水に浸し、浅瀬で手頃な石の上で押し付けるように洗う。
押すたびに汚れが浮いて、池の緩い水の流れに乗って下流へと去って行く。
がさり、と後ろで物音がした。
一瞬肩を震わせたが、積もっては溶ける光る灰を見て、まだここが安全地区であることを思い出した。
小動物だろう。
そうだ、危険な魔物は、ここには居ない。
光る灰が教えてくれている。
「おいでー」
暗い葉が茂る低木を掻き分けて、その正体を探す。
こんな魔窟で慎ましく生活している、いたいけな彼らのことを思うと、どうしてもその姿を拝みたくなってしまう。
オーハンスほどではないが、元来、ヨルカも動物好きなのだ。
慈しみを微笑にたたえながら、ゆっくりと近づく。
そして、
「おい、で……」
「あっ」
影の中から現れたそれは、年の割には背の高い、はちみつ色の髪をした少年だった。
お互いに顔を合わせて、目を丸くする。
「な、ナト、さん……?」
「ヨルカ……こんなところで、何してるの?」
ナトを前に、体が固まる金髪の少女。
その姿は、薄い肌着一枚である。
鼓動が高まる。
抑えようもなく顔が熱くなる。
「あ、そうだ。少し、話したいことがあるんだけど」
その言葉に対して、彼女は頷くことしかできなかった。
うまく声を出す自信がなかった。
「あっ、これ……」
池のほとりに二人で並んで座る。
ヨルカの手に乗っているのは、白い線の走る、濃い赤の石がはめ込まれたブローチだった。
村に来る以前、いつの間にか少女が無くしていたものだった。
「たまたま拾ったんだ」
そう話すナトに、ヨルカは水のかかった芝のようにおずおずと顔を上げた。
「あ、あの……無くしてしまって、ごめんなさい」
「しかたないよ。それに、もしも無くしてしまったとしても、もうそれはヨルカの物だから、気にしなくていいんだよ」
会話が途切れる。
池の周りは、鳥の鳴き声がよく響くほど静かで、二人の間を小さなせせらぎが流れていった。
ヨルカの心臓は、未だに高鳴っていた。
今まで、薄着でいるところを人に見られても、なんとも思わなかったのに。
なんだろう、この気恥ずかしい感じ。
「あの……そういえば、なんでナトさんはこのブローチを持ってたんですか?
そんな装いをするようには、見えなくて」
話を逸らすように、ヨルカはそう言った。
「それ、元々は俺の妹の物なんだ」
「妹さん……って」
「この世界で、死んだんだ。怪物に襲われてね」
「……そんな大切なものを、なんで」
ナトは、虚空を見つめていた。
――いや、なにもない空虚に視線を向けているわけではない。
遠い昔、どこか懐かしい風景がその瞳に写っていた。
「ヨルカ。君にこれを譲ったのは、君を仲間だと思っているからだよ」
「でも、こんな大切な……」
「だから、だよ。ヨルカを失えば、妹の形見も失う。
このブローチと同じくらい、いや――もっと、大切なんだ。その証として、君にこれを持っていてほしい」
「ナトさん……」
それきり、ナトは黙った。
照れたように俯くヨルカの横で、ふと、彼は何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえばヨルカ、タルクスのようにはなるなって、どういう意味か知ってる?」
唐突に、ナトがそう言った。
それは先日、オーハンスに言われた言葉だった。
ヨルカは顎に手を当てて記憶を探る。
「……『タルクス』というのは、本国――アタラシアの北にあった国です。
国教の信徒の救済を名目に、アタラシアに何度も攻め込んで、返り討ちにあって滅びました」
「あの大国に挑むなんて、随分と果敢だったんだね」
「辺りの同盟国も離れていったそうですよ。果敢……そうでしょうか、私は少し無謀な挑戦に思えますけど……」
その言葉が、少しナトの心に引っ掛かった。
オーハンスの言葉が頭をよぎる。
「そのことから、教訓として『タルクスになるな』――使われていくうちに意味は少し湾曲しましたが、『何かを名目に誤ったことするな』という意味として使われます。使うのはお年寄りくらいですけど」
彼は一体、何を意図して言ったのだろう。
俺はどこか道を誤っているのか。
「そっか」
それきり、反応はなかった。
相変わらず、水の音だけが二人を包んでいる。
そんな中、突然ナトが「あ」と言って、立ち上がった。
今度こそ小動物でも見つけたか。
はたまた、腹でも空かしたのか。
そう思い、ヨルカがそちらに目を向けると――。
徐 に、服をはだけだした。
年頃の少年にしては体格の良い体が、うぶな少女の視界に入る。
「――っ!? あっ、あの、あのあの、何をっ!?」
そんな顔を真っ赤にした少女のその反応に、不思議そうな顔をするナト。
「僕も水浴びをしに来たんだよ。土埃で汚れちゃって」
「え、ええと、私帰りますっ!!」
慌てて水浸しの服を拾い、走り去ろうとするヨルカ。
しかし、ナトがその華奢な腕を掴んだ。
「待って、ヨルカ」
「ひゃあっ!?」
顔を真っ赤にしながらヨルカが振り向くと、そこにはナトの顔があった。
「ち、近っ……!?」
「まだ、聞きたいことがあるんだ」
腕を振りほどこうとするも、以外に強い力で掴まれていて離れない。
体が近い。眼の前には、肌色が――。
「なんで、この間俺たちから逃げたの――って、ヨルカ?」
ナトは目の前の虚空を見つめて固まる真っ赤になった少女の頬を、少しだけつねった。
反応はなく、ただやたら熱くやらかい感触が帰ってきた。
空気を震わす大振動。
鐘が鳴っていた。
大きな鐘の音だ。
ベルガーデン――魔王の庭園。
そんな最果ての、大地の色の一つ。
それは、この大地に踏み入った時より、日に三度、どこに居ても耳に届けられる。
大きな教会に備え付けられた、大鐘のような音だ。
単調で、しかし荘厳なその響きは何度聞いても耳を奪われる。
――そんな鐘の音を聞きながら、もう夕方か、と独りごちながら、ナトはナイフを振り下ろした。
何度も振り下ろし――ようやく手頃に切り裂くことのできた薄い布のようなそれは、元々怪物の死体だったものだ。
この世界に巣食う「怪物」の死体は、放っておくと暴れ出す。
防ぐ方法は、動けない程度に破壊すること。
「グリーゼさん、そっちはどうですか?」
「こちらも大方、大丈夫でしょう。そろそろ切り上げても良いと思います」
二人は、墓地に倒れる三体の死体を処理していた。
ナトはナイフと剣で、グリーゼは鉄靴――素材が鉄かどうかはさておき、その踵で怪物の頭を踏み砕く。
作業は滞りなく進み、幸いにも、最中に暴れ出すことはなかった。
「彼らは何をもって私達に仇なすのでしょう」
ふと、グリーゼが言った。
「彼ら?」
「『怪物』のことですよ。勿論、大方の怪物はその食欲から私達を襲撃します。
しかし、確実にいるのです。あの遺跡の中にいた、黒く爛れた怪物のような――ただの殺戮者が」
「やっぱり。
この世界の怪物は、どれも殺気を放っている。
しかし、あの体の底から凍えそうな、死の香りを撒き散らしたかのようなのは、強盗などのそれと同じ種類に思えた。
「自我があるはずがない動物に過ぎないはずが……何故、我々に対して執拗に牙を向けるのか」
「案外、人間が美味しいとかそういう理由かもしれませんよ」
「こんな黒光りした殻付きなんて、面倒くさくて食べたがらないでしょうに」
「甲殻類でも剥けば美味いって言いますよ」
「そうは言いますが、水路住まいはどれも泥の味でした。懐かしいものです」
と、そんな中。
ナトが手を動かしている時、崩れた墓石の石屑の中に、ちらりと赤い何かが光った。
不気味な風に揺れる雑草を掻き分けて、その正体を拾い上げる。
――ああ、こんなところに。
じっと見つめて、少しだけ安堵の表情を滲ませて、少年はそれをポケットの中にしまった。
「どうしました?」
「いえ」
ナトは微笑みながら、ポケットの中のそれを転がした。
「口実ができたな、って」
「グリーゼさぁん……」
そろりと、木目のドアの隙間から、あどけない少女の顔がのぞく。
ヨルカは、猫を探して草むらを探るように部屋の中を見回すと、いそいそと扉から出てきた。
グリーゼに仕立ててもらった麻作りの部屋着――すっかり馴染んだそれは墨で黒ずんでいる。
その手には本が抱えられており、それを部屋の本棚に戻すと、
改めてあたりを見回し、見慣れた鎧姿が無いことを再認識すると、自らの服装を見下ろした。
――汚れ、どうしよう。
洗濯は任せっきりだったけど――それじゃいけない。
いつまでも世話になるのも申し訳ないし、洗いに行こう。
「ナトさんたち、帰ってこないといいけど……」
誰に言うでもなくそう零して、変えの服を手に持ちつつ木の枝のノブを回して、ヨルカは家を出た。
ギシギシと鳴る木の階段や吊橋を渡って、少し離れた場所。
木々の密集したその中に、光る灰の照らす小さな池があった。
静謐さを閉じ込めたようなそのほとりに腰を下ろすと、ヨルカは纏っている服を脱いだ。
肌色が透ける薄い肌着一枚。
その裾からは、道中の細かい傷跡が残るものの、シルクのように滑やかな白い肌がさらけ出される。
唯一、肩のあたりに少しだけ目立つ傷跡――怪物による呪いの傷跡が残っており、少しだけ気にするように、ヨルカは指先で揺れた。
ここは、村人たちに水浴び場として利用されている場所。
昼間に利用する人はそういないらしく、利用するならこの時間――と、グリーゼは言っていた。
麻の服を池のひんやりとした水に浸し、浅瀬で手頃な石の上で押し付けるように洗う。
押すたびに汚れが浮いて、池の緩い水の流れに乗って下流へと去って行く。
がさり、と後ろで物音がした。
一瞬肩を震わせたが、積もっては溶ける光る灰を見て、まだここが安全地区であることを思い出した。
小動物だろう。
そうだ、危険な魔物は、ここには居ない。
光る灰が教えてくれている。
「おいでー」
暗い葉が茂る低木を掻き分けて、その正体を探す。
こんな魔窟で慎ましく生活している、いたいけな彼らのことを思うと、どうしてもその姿を拝みたくなってしまう。
オーハンスほどではないが、元来、ヨルカも動物好きなのだ。
慈しみを微笑にたたえながら、ゆっくりと近づく。
そして、
「おい、で……」
「あっ」
影の中から現れたそれは、年の割には背の高い、はちみつ色の髪をした少年だった。
お互いに顔を合わせて、目を丸くする。
「な、ナト、さん……?」
「ヨルカ……こんなところで、何してるの?」
ナトを前に、体が固まる金髪の少女。
その姿は、薄い肌着一枚である。
鼓動が高まる。
抑えようもなく顔が熱くなる。
「あ、そうだ。少し、話したいことがあるんだけど」
その言葉に対して、彼女は頷くことしかできなかった。
うまく声を出す自信がなかった。
「あっ、これ……」
池のほとりに二人で並んで座る。
ヨルカの手に乗っているのは、白い線の走る、濃い赤の石がはめ込まれたブローチだった。
村に来る以前、いつの間にか少女が無くしていたものだった。
「たまたま拾ったんだ」
そう話すナトに、ヨルカは水のかかった芝のようにおずおずと顔を上げた。
「あ、あの……無くしてしまって、ごめんなさい」
「しかたないよ。それに、もしも無くしてしまったとしても、もうそれはヨルカの物だから、気にしなくていいんだよ」
会話が途切れる。
池の周りは、鳥の鳴き声がよく響くほど静かで、二人の間を小さなせせらぎが流れていった。
ヨルカの心臓は、未だに高鳴っていた。
今まで、薄着でいるところを人に見られても、なんとも思わなかったのに。
なんだろう、この気恥ずかしい感じ。
「あの……そういえば、なんでナトさんはこのブローチを持ってたんですか?
そんな装いをするようには、見えなくて」
話を逸らすように、ヨルカはそう言った。
「それ、元々は俺の妹の物なんだ」
「妹さん……って」
「この世界で、死んだんだ。怪物に襲われてね」
「……そんな大切なものを、なんで」
ナトは、虚空を見つめていた。
――いや、なにもない空虚に視線を向けているわけではない。
遠い昔、どこか懐かしい風景がその瞳に写っていた。
「ヨルカ。君にこれを譲ったのは、君を仲間だと思っているからだよ」
「でも、こんな大切な……」
「だから、だよ。ヨルカを失えば、妹の形見も失う。
このブローチと同じくらい、いや――もっと、大切なんだ。その証として、君にこれを持っていてほしい」
「ナトさん……」
それきり、ナトは黙った。
照れたように俯くヨルカの横で、ふと、彼は何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえばヨルカ、タルクスのようにはなるなって、どういう意味か知ってる?」
唐突に、ナトがそう言った。
それは先日、オーハンスに言われた言葉だった。
ヨルカは顎に手を当てて記憶を探る。
「……『タルクス』というのは、本国――アタラシアの北にあった国です。
国教の信徒の救済を名目に、アタラシアに何度も攻め込んで、返り討ちにあって滅びました」
「あの大国に挑むなんて、随分と果敢だったんだね」
「辺りの同盟国も離れていったそうですよ。果敢……そうでしょうか、私は少し無謀な挑戦に思えますけど……」
その言葉が、少しナトの心に引っ掛かった。
オーハンスの言葉が頭をよぎる。
「そのことから、教訓として『タルクスになるな』――使われていくうちに意味は少し湾曲しましたが、『何かを名目に誤ったことするな』という意味として使われます。使うのはお年寄りくらいですけど」
彼は一体、何を意図して言ったのだろう。
俺はどこか道を誤っているのか。
「そっか」
それきり、反応はなかった。
相変わらず、水の音だけが二人を包んでいる。
そんな中、突然ナトが「あ」と言って、立ち上がった。
今度こそ小動物でも見つけたか。
はたまた、腹でも空かしたのか。
そう思い、ヨルカがそちらに目を向けると――。
年頃の少年にしては体格の良い体が、うぶな少女の視界に入る。
「――っ!? あっ、あの、あのあの、何をっ!?」
そんな顔を真っ赤にした少女のその反応に、不思議そうな顔をするナト。
「僕も水浴びをしに来たんだよ。土埃で汚れちゃって」
「え、ええと、私帰りますっ!!」
慌てて水浸しの服を拾い、走り去ろうとするヨルカ。
しかし、ナトがその華奢な腕を掴んだ。
「待って、ヨルカ」
「ひゃあっ!?」
顔を真っ赤にしながらヨルカが振り向くと、そこにはナトの顔があった。
「ち、近っ……!?」
「まだ、聞きたいことがあるんだ」
腕を振りほどこうとするも、以外に強い力で掴まれていて離れない。
体が近い。眼の前には、肌色が――。
「なんで、この間俺たちから逃げたの――って、ヨルカ?」
ナトは目の前の虚空を見つめて固まる真っ赤になった少女の頬を、少しだけつねった。
反応はなく、ただやたら熱くやらかい感触が帰ってきた。