第21話 「暗闇に蠢く」

文字数 7,789文字

 自分の目を疑う様に、何度も瞬きをした。
 初めは幻覚を疑った。
 しかしそれは、現実だった。

「どうして……」

 その声は、震えてきた。
 平民だからと、罵った。
 見放し、差し伸べられた手を払い、剣を向けた。

 なのに、何故。

「空気孔ですよ」
「……は?」
「この建物、窓とかあまり無い構造上、どうしても大きな空気孔が必要だったみたいで。
 それに気づいた時に、遠くの音がよく聞こえていたことを思い出して、その出どころだった空気孔を辿ってみたら、ここに繋がっていたんです」

 トカゲの怪物との戦闘を終えたナトは、グリーゼと初めてここに来た時のことを思い出していた。
 あの悲鳴も、思えば空気孔を伝って広間に響いていたのだ。

 空気孔は、どの部屋にもあった。
 トカゲの怪物が逃げて言ったのもそうだ。
 ナトはおもむろにそこから侵入すると、ギリギリ人の歩ける程度の空気孔の中を、怪物の呻き声の方向を伝って歩いて来たのだった。

「違う」

 そういうことじゃ無い、とハルトマンは(かぶり)を振る。
 しかし、それを待たずにナトは動いた。

 手に持つ、薄い虹の膜に包まれた銅色の剣。
 襲いかかる節足がその腹をすべり、いなされる。

「くっ……」

 地面に立てた剣にすがりつき、ナトは崩れ落ちた。
 その表情には、疲労の色が濃く見える。

「わからない……貴様が、わからない」
「僕は……はぁ、はぁ、普通の人間ですよ」

 剣を杖代わりに起き上がると、再びハルトマンを背後に庇って剣を構えた。
 ハルトマンは、混乱の中にいた。
 なぜ、彼が自分を助けるのかがわからなかった。

 怪物が動いた。
 その巨大な体が起き上がり、倒れ込むようにナトに襲いかかる。
 ナトは大きく左に迂回し、落ちてくる巨大な質量を躱すと、その黒く爛れた体に『響』を突き刺した。

 怪物は奇妙な悲鳴を上げた。
 ――そして、ナトが突き刺した部分から、爛れた体が固まっていく。

「まさか……!」

 ハルトマンは気がついた。
 詳しい事態が理解できたわけでは無いが、ナトの剣についた薄い虹色の膜と、黄金の大トカゲの水晶の色を見比べて、うっすらと何かを察したのだ。

「そいつはその水晶が嫌っているんだ! 取り込むと一時的に怯む!!」

 ナトはその言葉を聞いて、剣の突き刺さったその場所から一気に引き裂いた。
 飛び散る黒い肉片。しかし、開いた傷は小さい。
 トカゲの怪物の体液を受けて(なまくら)となった剣では、この程度が限界だった。

 怪物が体の自由を取り戻す。
 それと同時に、突然ナトの体は地面に叩きつけられた。
 二本の節足が、怪物の大きな体重を乗せて少年を押さえつけていた。

「かはッ!?」

 肺から空気が押し出された空気が、たったひとつの逃げ場から一斉に吐き出される。
 目の前が点滅する。
 まるで岩にでも潰されている様だ。

「う、ぁ……」

 声すらまともにでない。
 黒い液体が滴り、顔に落ちる。
 それは、頰に跡を残して、地面に広がる黒い液体に混ざる。

 それから体にいくつかの衝撃が走った。
 加えて二本の黒い針のような節足が、ナトの左肩と脇腹を貫いていた。

 脇腹には深く突き刺さっていたが、不思議と左肩には大した衝撃はなかった。
 見れば、傷口を塞ぐために塗ったトカゲの怪物の固まった体液が、その攻撃を防いでいた。
 だが、それでも。

「――――ぁぁっ!?」

 貫かれた箇所が、焼けるように熱い。
 血が溢れ出して、汚れた服に赤いシミを広げる。
 抜こうとするも、そこにかかる重圧は大きく、ビクともしない。

 徐々に、体の感覚が麻痺し始める。多量出血のせいだ。
 力が抜けてくる。
 このままじゃ、まずい――――!!

 そんなナトの耳に、タイルを蹴るブーツの音が響いた。

「はあああああぁっ!!」

 闇に走る金色の筋。
 次に響く甲高い金属音。
 ハルトマンの剣が、怪物の節足に跳ね除けられていた。

 怪物の視線が、橙色の髪の青年に向く。
 襲いかかる威圧に、数歩、後ずさる。
 ――しかし、その足はしっかりと地面に噛み付いていた。

「お前の相手は、僕だ」

 ハルトマンが、巨大な怪物の影を見上げて睨みつける。

「長い間、この世界を歩く為に、ずっと――ずっと、鍛錬を続けてきた。
 全てを、本当に何もかもを捨てて!!」

 そう叫んだハルトマンに、怪物はその殺意の視線を向けた。
 命を刈り取るその爪先が、今まさに、ハルトマンに狙いを定め――。

「ふっ!」

 強い鉄の衝突音。
 黒い鎧が、節足を跳ね除けていた。
 血塗れのその人影は、グリーゼだった。

「あ、貴方は……」

 潰れた筈じゃ。
 そう言いかけて――ハルトマンは、息を飲んだ。
 その鎧の、あらゆる隙間から、赤黒い血が流れ出ていた。

「平気、なのか?」
「問題ありません。ある程度は癒えましたので」
「癒えたって、そんな……」

 そう言って、本当に大して気にしている様子もなく、ナトを押さえつけている目の前の怪物に飛びかかった。
 節足の、四対のうち数本が、グリーゼを捕らえようと襲いかかる。
 身を屈めていくつかを交わし、交わしきれないものは掌底で弾き飛ばし、
 ついに怪物の懐に潜り込むと、グリーゼはその殻を上向きに殴り飛ばした。

 大きな衝撃音が響き、怪物の大きな体が上へと跳ね上がる。
 同時に、ナトの体を押さえつけていた節足が離れる。
 その隙を見て、ぐったりとしたナトを引きずり出すと、グリーゼはハルトマンの方へと放り投げた。

 無意識に、ハルトマンはそれを抱きとめると、地面に下ろした。
 そして、次に驚いた。
 何故、今自分は「平民」であるはずの彼に平気で触れられたのか――。

「ナトさん、ハルトマンさん、聞いてください!」

 引かないまま、グリーゼは叫んだ。

「今から私は、貴方達を助けることができなくなります。出来ることと言えば、この怪物を止めることくらいでしょう。ですから――」

 グリーゼが、ちらりと、こちらに目線を向けた様な気がした。

「後の事は、どうか、よろしくお願いします」

 何のことだ。
 ハルトマンがそう問いかける前に、それは起こった。

 グリーゼの体から、明るい赤の――血とは異なる液体が吹きだした。
 それが何度も続き、血と混ざって黒い鎧に模様を作り出す。

「お、おい……」

 ハルトマンが声をかけても、反応はない。
 苦しそうに呻く声が聞こえてくる。
 対して、目の前の怪物が、体勢を立て直しつつある。

 まずい。
 ハルトマンがそう思った、その時。

 何かがへし折れるような、奇妙な音。
 その方角を見れば、
 グリーゼの鎧の仮面部分が、横筋に大きく割れていた。

 ハルトマンと、苦しそうに様子を伺っていたナトは、今度こそ言葉を失った。
 そこに見えていたのは、人の顔ではなかった。

 大きく広がる、真っ赤な口内。
 長い舌、立ち並ぶ鋭い牙。

 そして。
 二人は、微かに部屋の淀んだ空気が揺れ動いたのを感じた。
 次第にそれは大きな流れとなり、どこかへと収束していく。

「……グリーゼ、さん?」

 ナトが、そう呟いた。
 その異変を、感じ取ったから。
 グリーゼが見せる巨大な口内に、空気の束は集まっている様に見えた。

 その時、既視感がナトを襲った。
 どこかで、見たことがある。
 そう、確か、あれは――――。

 『魔法』。

「っ! ハルトマンさん、伏せて!」
「は――――」

 音が消えた。
 慌てて、軋む体を押してハルトマンの体を地面に倒すナト。
 衝撃波が、二人を襲う。

 一瞬、暗い部屋が真っ白になった。
 次に、爆音。
 舞い上がる部屋に満ちた黒い液体が、衝撃波により幾らか霧散する。
 黒い霧が一瞬、視界を覆う。しかし、すぐにそれは晴れていき――。

「っ……!」

 その光景が、現れた。
 大きく開けた口から、湯気のような煙を放つグリーゼ。
 目の前には、殻と体に大きな穴を開けた怪物と、その背後に、崩れ落ちた壁とその向こうの抉れた黒焦げの土壁。

 ハルトマンはその光景に目を疑った。
 そして何より――――。

「なん、だ、今の……」

 本当に、人間なのか……?
 ふとそんな疑問が浮かび上がり、慌てて頭の中から追い出した。
 そんな訳ない。さっきまで、普通に話していたじゃないか――。

 だが、

「ハ、ハルトマンさん」
「なん――――っ!?」

 そんな期待は、すぐに崩れ去る。

 二人の目線の先。
 そこに佇むグリーゼ――いや、グリーゼだったそれは、赤い液体と血液を滴らせ、咆哮を上げた。
 ――全身を奮い立たせ、巨大な口内と牙を覗かせながら。

「そんな……おい、どうした!?」

 グリーゼは正気を忘れたように、全身を鎧の上から搔きむしり、頭を振り回す。
 しかし。

「グリーゼさん!!」

 その体は、大きく横に吹き飛ばされた。
 殻に穴を開けた怪物が、その節足をもって黒い鎧を吹き飛ばしたのだ。
 長身の黒鎧は、何度か地面を跳ねた後、四つん這いになり体勢を整え、怪物に向かって咆哮を浴びせた。

「あの怪物……あれでまだ生きているのか!?」

 背負った黒い巻貝には大きく穴が空いている。
 それに伴い、本体もいくらか損傷したはずだった。
 しかしそれでも、その命は未だそこに留まっていた。

「なんて生命力なんだ……」

 ハルトマンがそうこぼした直後、グリーゼは動いた。
 四つん這いのまま、まるで荒野を駆ける野生動物のように素早く移動すると、目の前の怪物の殻にその凶暴な顎門で噛み付いた。
 噛み砕かれた破片が崩れて落ちる。

 だが、それだけだった。

 再び、殻の中から不気味な呻き声が聞こえてくる。
 それは、以前よりも鮮明なものになっており、尚更人の嘆きの声のように聞こえてくる。

 次の瞬間、グリーゼの体を、殻の中から伸びる黒く爛れた二本の手が掴んだ。
 人間の手に似たそれは、強い力でグリーゼを締め上げる。
 苦しげに呻くグリーゼを高く持ち上げ――まるで、振り子のように地面に叩きつけた。

 石タイルが激しく飛び散る。
 そんな中、ナトの頬に何かが飛んで、跡を付けていった。
 指で拭うと、そこには真っ赤な血が付いていた。

 宙を舞う石の礫が静まる中――ゆらりと、人影が立ち上がった。
 ナトは顔を明るくする。
 しかしそれも一瞬で、人影――グリーゼは、糸が切れたように、地面に倒れ伏した。

 ナトがグリーゼを呼びかけようと口を開きかけ、そして、気がついた。
 怪物の行動は、まだ終わっていたなかった。
 怪物の黒く爛れた手が、まだ伸びている。

「っ! 嘘、だろ……」

 やがて、次に殻から出てきたのは、腐りかけたような人間の頭だった。
 その眼孔はがらんどうで、しかし、しっかりと殺意を持った何かが、そこから溢れんばかりに降り注いでいる。
 それがまるで蔦のように、みるみるうちに長くなる。

 ナメクジの尾と棘のついた穴あきの黒い殻、そして節足を持った本体。
 そこから伸びる、人の手と頭を持った長い首。
 ゆっくりとうねり――それは、グリーゼを捉える。

「――っ!」
「お、おい!」

 ハルトマンの制止を聞かずナトが飛び出した。
 傷が開き、血が服を貼り付ける。
 痛みと共に、溜まったダメージが、動きの邪魔をしてくる。
 もう止まってしまいたいと、体が悲鳴を上げている。

 でも。

「もう誰も、失いたくないんだ!」

 粘土の剣を長く伸びた首に突き刺した。
 相変わらず、泥を突いたような感触だった。
 だが、怪物は苦しげに呻き声を挙げた。
 剣を突き刺した周囲が硬くなる。

「ふっ!」

 剣を振り、損傷を与えようとした――その時だった。
 長く伸びた首が縮み、急にナトの体に巻きついた。

「っぐ!?」

 強い力で締め付けられ、抜け出そうにも抜け出せない。
 体から流れた血液が、巻きついた首の隙間から、黒い液体と混ざってぬらぬらと溢れる。

 ナトは、痛みを堪えて巻きついた首に、何度も剣を突き刺した。
 確かに、手応えはある。
 しかし。

「止まらない……!?」

 呪いのような呻き声が、聞こえてくる。
 気がつけば、人の頭に似た頭部が、こちらに近づいてきていた。
 黒く爛れたその頭部は、ナトの目の前まで来ると、どこか嬉しそうに腐った口角を釣り上げた。
 そして。

 爛れた唇が、震える。

『ミツ、ケ……タ』

 掠れた声が、途切れ途切れに響いた。

 一瞬、ナトは理解できなかった。
 目の前で起きた、その出来事が。

 ――怪物が、喋った!

 しかし、我に帰るのは早かった。
 素早く剣を振り、頭蓋骨をかち割らんとする。
 が、頭部を捉えた切っ先は、楽器のように美しい旋律を虚しく響かせるだけだった。
 その頭部は、殻と同じように、とても硬い骨で守られていた。

「なっ……」

 嘲笑うかのように、怪物の口が開く。
 二本の手が、ナトの元に迫る。
 その時だった。

「はぁっ!」

 金色の剣が閃いて、ナトに巻きついていた首を狙う。
 しかし、するりと首は少年の体から離れ、その斬撃を避ける。

 拘束から逃れ、地面に落ちるナト。
 体が訴える痛みに耐えながら、彼は声の方を見上げた。
 そこには、剣を握って佇むハルトマンがいた。

「げほっ、ハルトマン、さん……」

 バツが悪そうに、ハルトマンはナトを見た。
 そして、無言で手を差し伸べてる。
 少し呆けたようにそれを見ると、少しだけ笑って、ナトはその手を握った。

「どうします?」
「……どうしようもないだろう。あの殻が断ち切れる力がない限り。もしくは、地道に削る他は……」

 怪物を見て、ハルトマンがそういった。
 確かに、そうだ。
 このままではジリ貧……いや、不利なのはこちら側だ。

「ウ、ウグッ……」

 グリーゼが喉の詰まった犬のような呻き声を上げた。
 怪物は即座にそれに反応すると、両腕を振り上げ、長い首をしならせ、蹲る鎧に向けて振り下ろした。

「やめ――」

 ズドン、と、大きな衝撃。
 黒い飛沫が飛び散る。

「グリーゼさん!」
「グリーゼ!」

 奥歯を噛み締める。
 どうすればいい。
 普通に戦えば、負ける。
 なら、逃げる?

 ナトは、ハルトマンをちらりと見た。
 とても、そんな気配はない。
 多少の怯えは混じっているものの、戦う戦士の目だ。

 なら、そこにある選択肢は一つだろう。

「……ナト?」

 ハルトマンが、彼の名を呼ぶ。
 少年は、彼が初めて名を呼んでくれた事を嬉しく思い、そして気持ちを切り替えた。

「僕……いや、俺は今から、あの棘粘貝(ミズカブリ)を倒す事にした。逃げる隙を作ろうとも思っていたんだけど……。
 だからもう、ハルトマン……君を止めない。君したいように――俺もそれについていく」

 「だから」と、ナトは言った。

「信じて欲しい。今この瞬間だけでもいい。俺は、君の仲間だ」

 ナトは振り向くと、ハルトマンに微かな笑顔を向けた。
 数秒間、ハルトマンは言葉を出すことができなかった。
 しかし。

「わかった」

 ばつが悪そうに、短く、そう言って頷いた。
 ナトは、満足げな顔をして、前を睨んだ。

 その時だった。

 宮殿造りのその部屋の中が、突然淡く光り出した。
 光源は、ナトの持つその剣だった。

「なっ……」

 ハルトマンは言葉を失った。
 海のように淡い青色の光が、優しくナトの持つ剣を包み込む。
 剣の刃に収束する光は、穏やかで、されど荒れ狂う波のようにうねっている。

 楽器の音色のような、響く美しい旋律。
 ハルトマンは、その光景に魅入ったように惚けていた。

「これは……」

 剣を握るナトは、落ち着いた表情でそれを見ていた。
 わかる。
 何かが、伝わってくる。

 怪物は首を(もた)げ、その音に反応した。
 対面する、少年と萎びた顔。
 青い光と旋律が、それらを包む。

 その時、遺構の廊下が何やら騒がしいことに気がついた。
 蹄の音が響いてくる。

「……ト、ナト!!」

 現れたのは、「マイク」に跨るオーハンスと、その後ろに乗るアメリオだった。

「おいナト、お前、それ……」

 二人とも汗だくだった。
 ここまで入り組んだ遺構の中を相当飛ばしてきたようだった。

 二人も、ナトに起きた異変に、言葉を失っていた。
 ナトの持つ剣が、暗闇の中で青く光っている。
 それも、おぞましい怪物の目の前で。

 その怪物が、動く。
 長く伸びた首。
 その側面から、無数の節足が新たに生えた。

「なっ!?」

 ハルトマンは叫んだ。
 オーハンスは目を見開いて何かを叫び、アメリオは左手を添えた右手を前に突き出す。

 そして――その節足が、全てナトに襲いかかった。
 恐ろしい殺意の塊が、青い光の中に飛び込んで行く。

 ナトは。
 穏やかな表情で剣を振り上げ、そして。

 鐘が鳴る。
 その音色と金属が旋律が交差して、青い粒子がうねりだす。
 空間が踊り狂うその渦の中で、

 縦に一閃。

 暗闇に青い軌跡が残る。
 美しい、硬い泥が奏でるささやかな旋律と、余韻を残す鐘の音。

「嘘、だろ」

 その一太刀は、(なまくら)である筈の刃は。
 何本もの節足を、一度に全て断ち切った。

 怪物自身、何が起きたかがわかっていないようだった。
 おかしい。
 自分の足が、ない。

 そして、目の前の少年を見た。
 彼は、焦りもない、悲観もない、ただただ穏やかな顔で、こちらを見つめている。

 体をうねり、わかりやすい殺意の高ぶりを見せつける怪物。
 対し、ナトは動いた。
 足を踏み出し、そして次に地を駆けて。
 怪物の懐に、潜り込む。

 動きの止まった怪物を差し置いて、その光る剣を振るった。
 楽器のような音色を残して、その青い刃が怪物に迫る。

 そして、怪物の硬い殻を、二つに断ち切った。

 花弁が舞うように、青い光の残滓が舞っている。
 鳴り響く、震える金属のような美しい旋律が、その静寂を支配する。

 吹き出す黒い液体。
 地面の暗黒の水たまりに落ちて、幾つもの波紋を作る。

 怪物は。
 崩れ落ちる視界の中で、ナトを見た。

 少年を見つめる瞳、そこには自然の生き物にはない、どこか意思のようなものを微かに感じる。
 しかし、決してそれは破壊的なものではない。
 どこか、儚げな――。

『ァ……』

 霧のように小さな粒子となり空気に溶けて行く青い光。
 それと同時に、目の前の怪物は、ボトリと、体を暗色の中に埋めた。
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