第23話「遺跡の沈黙 下」

文字数 3,646文字

「ハルト、村に戻ったら何が食べたい?」
「ん……そうだな、芋がいい」

 ナトたちの先を行くハルトマンとチェットが、そんな会話を繰り広げている中。
 ふと、ナトが顔を上げた先に、何かを発見した。

「何だろう、あれ……」

 廊下の壁の開けた入口の奥に、何やら様相が異なった部屋があった。
 後から新設されたように、綺麗にくり抜かれて作られたように見える。

「グリーゼさん、ちょっと寄って貰えますか?」
「ええ、わかりました」

 グリーゼに支えられながら、ナトはその部屋の中に入っていく。

 簡素な石タイルの作りから一転して、粘土のようなもので塗り固められた部屋へと変わる。
 むわりとした、異なる空気感。
 そこには、複雑な模様入りの祭壇が、いたるところに乱雑に建造されていた。

 何よりも。
 その場所に、幾つもの黒いローブが脱ぎ捨てられていた。

「……いや」

 違う。
 脱ぎ捨てられたんじゃない。
 それは、骨と皮だけになった干からびた死骸だった。

 奇妙な壊れ方をした骸が、赤い目を持つ白い鳥の刺繍が入った黒いローブを羽織っており、
 その辺りには乾いた血液と――見覚えのある、黒い跡。

 そして、その中央。
 処刑台のような物が建っていた。
 そこには、首を吊るためのロープが下がっている。

「ここで一体、何が行われて居たんでしょう」
「わからない。ただ……」

 ちらりと、黒ローブの死骸たちを見る。
 見覚えのある服装――そう、沼の村に徘徊していた輩も、同じものを羽織っていた。

 ふと、処刑台に改めて目が移る。
 その辺りには黒と赤の液体が乾き固まった物が混ざり合って飛び散っており、
 周囲には謎の瓶や器具などが壊れて落ちていた。

 ――実験。
 ふと、そんな言葉と共に、あの黒い怪物を思い出す。
 『ミツ、ケ……タ』。

「見つけました」
「うわっ!?」

 突然耳元で聞こえた声に、ナトの体が跳ねる。
 ゆっくり振り返ると、そこには黒髪の女性――チェットがいた。

「道に迷ったのかと思いましたよ――どうされました?」
「い、いえ」

 慌てて取り繕うナトに、チェットは微笑みかける。

「村に大切な方がいるのでしょう? あなたのことを待っているはずです、早く行ってあげてください」
「はい……それもそうですね」

 「行きましょうか」とグリーゼに促され、部屋を後にした。
 一度だけ、何かが気になったように振り返るが、すぐに前を向いた。

 部屋に一人残っているチェット。
 その場所の様相を見て、ため息をついた。

「いつの時代の誰であろうと、人は過ちを犯すものです」

 チェットは、転がる髑髏のうちの一つを掴み上げた。

「多少の損害が出たとはいえ、あなた方の出した成果は我らが主への大きな貢献となりました」

 チェットは、それを放り投げた。
 からんころんと、笑うように床を転がる骨の頭。

「ここの片付けは、私がしておきましょう」

 そういうと、チェットは鉱石が先端についた、手で握れる大きさの槌を取り出した。
 柄には、炎と剣の印が刻まれている。

 ――それを、振り上げる。

「すべては、ルトス様のために」







「おい、チェット」

 ナトたちを呼んでくると行って離れた彼女の戻りが遅い。
 そう思い、道を引き返して来たハルトマンは、ナトたちとすれ違った後、彼らが出てきた部屋を覗いた。
 入り口から顔を出し、彼女に呼びかける。

「何かしら」

 彼女は、すぐそこにいた。
 ハルトマンが覗くと同時に、視界を塞ぐようにチェットが現れた。

「どうしたんだ、早く行くぞ」
「ええ、そうね。待たせてしまってごめんなさい」

 「気にしてない」と素っ気なく言って、ハルトマンは踵を返した。
 チェットも、微笑みながらそれに続く。

 遺構の中は、すっかり物静かになった。
 呻き声も、怪物の叫びも、人の悲鳴も聞こえなくなった。
 沈黙したその中で、石ころが転がり落ちる音が響いた。

 チェットが去ったその部屋には。
 そこにあった全てを埋め尽くすように、巨大な岩の塊が聳え立っていた。






「ヨルカ!」

 扉を開けてナトとグリーゼが戻ると、グリーゼの家の中は騒がしかった。
 医者や助手が駆け回り、足音が絶え間なく響く。

 オーハンスとアメリオもその手伝いに駆り出されており、相当忙しいようで見向きはするが、「おう」「おかえりなさい」程度の言葉しか帰ってこない。
 そんな中、彼は傷ついた体でヨロヨロと、しかしまっすぐにベッドへと向かった。

 病衣に着替えていたヨルカは、辛うじて息をしていた。
 しかし、それも虫の息だ。
 目の下の隈は濃く、呼吸も弱々しい。
 いつも以上に肌が白く、ひと目見ただけで危機的状況なのがわかる。

 ヨルカの側で何もできずに立っていると、医者がナトを押しのけて、彼女についた。
 火照ったその柔肌を、看護婦が丁寧に拭う。

 その時、助手の一人が何かを持ってきた。
 鉄の鍋に、光り輝く粘液が揺れていた。
 助手が医者に何事かを話し、医者は深く頷くと、その中の粘液をスプーンで掬った。

「ナトさんが手に入れた『乾いた鱗』と、この村の丸薬、そしてオーハンスさんたちが採ってきてくれた高級薬草を煮込んだものだそうです」

 グリーゼが医者の言葉をナトに伝える。
 医者は、スプーンに乗った粘液を、今度は小さなヘラで掬う。
 そこで、彼は助手に何かを指示した。

 助手は頷くと、小さな医療用の鋭いナイフを取り出した。
 研ぎ澄まされた銀色の刃が光る。
 そして、その腕――白い肌に当てがわれ、

 赤い雫が流れる。
 腕に赤い糸が垂れ、その末端から落ちた一滴が、床に落ちる。

「っ!?」

 ナトが止めに入ろうとした所を、グリーゼがその手を掴んで止める。

「落ち着いてください。きちんとした医療の一環です」
「え……? そう、なんですか?」

 ナトが目を(しばた)かせる。

「驚くのも無理はありません。何せ、あの国の医療技術は遅れていました。
 高度な医療に高い値段をつけて、平民からお金を巻き上げるための意図的なものでしょうけど」

 グリーゼがそんな事を呟いているうちに、医者は次の行動に移った。
 手に持ったヘラに乗った光る粘液を、傷つけた腕と、怪物に傷つけられた肩に塗りたくった。

「――――っ!? ぎっ、いぃ……」

 苦しそうに目をつぶって、悲鳴を押し殺すヨルカ。
 何もできない不甲斐なさから、ナトは苦虫を噛み潰したような表情でその光景を見ていた。

 自分のせいだ。
 もっと、周りをよく見ていれば。
 その役割を請け負ったのは、自分なのに。

 医者は、残った粘液を、別の鍋に入った白い乳液のようなものに混ぜ込んだ。
 そして、それを木の器に注ぐと、それをヨルカの口元へと運ぶ。

「う、む……」

 口をつけて、少し零しながら、ヨルカはそれを喉に流していった。
 時々苦しそうに咽るも、飲み切っては注がれるそれを、最後まで飲み干した。

「エルファセリィナ、イル・パローネ」

 そして、医者はグリーゼに何事かを話すと、使った器具などの後片付けを始めた。
 看護婦や助手はぐったりとしたヨルカの面倒を引き続き看ている。
 ナトは、グリーゼに問いかけた。

「なんて言ってたんですか?」
「とりあえず、一通り処置が終わったそうです」

 ほっと胸を撫で落とすナト。
 グリーゼは「しかし」と続ける。

「安心はできません。弱った体ではこれから何が起こるかわからないので、引き続きよく様態を観察しておくように、とも」

 その言葉に、ナトは神妙に頷く。
 その時だった。
 帰り支度をしていた医者が、ふとナトの方を見た。

「ユル・デ・アヴァン、サーヴェス?」
「あなたの怪我は大丈夫ですか、だそうです」

 言われて、気が付く。
 二体の怪物につけられた傷は、かなり深い。
 今まで動けていたのが不思議なくらいだ。

「そういえば」

 そういって、ナトは服を捲った。
 ナトの胸と足に、薄く虹色に輝く結晶が固まっていた。
 応急処置としてトカゲの怪物の体液で傷を塞いだ箇所だ。

「ここと、ここ、あとはここに大きな傷が……」

 結晶に塞がれた左肩口と左足、そして脇腹を見せたナト。
 医者はまず脇腹に空いた穴を見て目を丸くして、次に傷口に固まった結晶を見て首をひねった。
 肩口の結晶に手をかけて、引っ張る。

「いた、いたたたた」

 ナトがそう声を上げると、力いっぱい引っ張っていた医者が、息を切らして(かぶり)を振った。

「オゥイパ・サルデ……」
「えっと、なんて?」

 グリーゼに問う。
 彼女は答えた。

「取れない、と」
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