○九九七年、五月一一日(一五年前) 6

文字数 1,795文字

 武、星次の二人は部屋の中央に跪かされた。彼らの周りには五人の男と女が一人立っている。それ以外の連中は完全に意識を失っており床に突っ伏していた。
「さてと」
 さくらは二人を無力化できたと判断して話し始めた。
「あなた達無茶苦茶ね。待ち伏せしてやられたんじゃ話しにならないところだったわ」
 どうやら高崎の嫁のようだが、主導権は完全に彼女が握っている。先程まで喚いていた高崎が今は大人しくしている。倍近くに腫れた頬を見て、武は人事のように気の毒に思った。しかし、武は人の心配をしているような状況ではなかった。今は星次に渡されたタオルで傷口を押さえているがまだ血は止まっていない。武は自分の身体を経験から診断した。内臓に損傷はない。血は多いように見えるがすぐ止まるだろう。銃で打たれたことも両手の指では数えられないほど経験している。武は自分の身体のことよりも気になることがあった。
――この女どこかで見たことがあるような。
「あんたがいなかったら全員やれていたさ」
「そうでしょうね。うちに欲しいくらいだわ」
「おい!」
 高崎に茶茶を入れられたさくらはその愚鈍な男を睨み付けた。“今はトップ同士の駆け引きの真っ最中、あなたに出番はない”と意味を込めて。それが伝わったのかは解らないが、高崎は大人しく従った。
「これで納得がいったよ」
「何が?」
 さくらは冷然とした目線を武に向けた。
「黒幕はあんただったんだな。きゃんきゃん喚くだけの高崎にこんな大それたことができるとは思えないからな」
「高崎?あの人は今は高崎じゃないわ」
「今は?高崎じゃない……」
 武は思いだした。さくらの目。以前一度だけ会ったことがあるあの男によく似ている。
「まさか、あんた会長の娘か?」
「ご名答。寺内さくらよ。寺内元造の娘よ」
「それで高崎は婿養子様ってわけか」
 高崎――今は寺内――は舌打ちした。必ずしも今の立場に満足している訳ではなさそうだ。
「俺たちをどうする気だ」
「取り引きしましょう」
「取り引き?」
「あなた達の命それにあのお兄さんもね、と引き替えに『星龍会』のすべてを渡して欲しいの」
「……」
「どうしたの?」
「生憎だな。俺はもう『星龍会』の会長じゃないんだよ。それに星次はもう組員じゃない」
「もちろん知っています。あなた達を引っ張り出すための作戦だったんだから。会長の身分では敵の懐に飛び込んではこなかったでしょう?」
 武は苦笑いした。恐らく会長の立場であっても武は突っ走っただろう。周りが止めるのも聞かずに。
「知っていたなら意味がないことも解るんじゃないの」
 これまで黙って話を聞いていた星次が割って入った。
「本当に意味がないかしら。今は元子さんが会長職に就いているんでしょう?彼女は元夫と弟の命を犠牲にできるかしら?」
 高崎含む周りの男達がにやにやと笑い始めた。圧倒的に自分達が有利な立場にいることを楽しんでいるようだった。
「あんたは元子のことを解っていないようだ」
「え?」
「あいつはそんな要求はのまない。無駄だったな」
 横で星次は“うんうん”と頷き、武の言に同意しているようだ。
「何言ってるの。そんな訳ないでしょ。理亜の話では情の厚い優しい人だって」
 理亜の名前が出て武の胸は締め付けられた。高崎の口から出た言葉よりもさくらが言った言葉が、より真実として武の胸に突き刺さった。――やはり理亜はグルだったのか。
「確かにね。理亜さんの見立ては間違っていない。姉さんは情に厚く優しい人だよ。でも、それとこれは全く別の話」
「な、何言ってるの。あなた達……」
 さくらの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。
「姉さん、嘘に決まってるよ」
「解ってるわよ!」
 先程の背の高い男だ。どうやらさくらの弟らしい。
「ヒデ電話を持ってきて。明日まで待つつもりだったけど、しょうがないわ」
「解った」
 ヒデは屏風の方へ歩き始めた。あの裏に電話が置いてあるのだろう。
「その必要はないわ」
 そこにいる全員が驚いた。部屋の入り口に目を向けると、そこに女が立っていた。『元舞会』の者ではない。
「元子……」
 武はここにいるべきではない者の名前をはっきりと口にした。
 
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