○九九七年、五月一一日(一五年前) 7

文字数 1,298文字

――さくらは何をする気だろう。
 理亜は『ドリフト』に行けばさくらに会えると思ったが、出勤していなかった。今日はオーナー代理も店長もいなかった。
 まさかさくらが『元舞会』会長の娘だったなんて、理亜は思いも寄らなかった。戸籍を高崎から買う際、手切れ金も合わせて払った。それから『元舞会』のことなど忘れていた。さくらにあの作戦を提案されて、星壱がそれに簡単に乗ってきた時は驚いた。昨日その疑問をさくらが解消してくれた。星壱は『元舞会』の駒――本人は全く気づいてないとさくらは言っていた――だった。
 星壱が理亜の家に押し入ったことは全くの偶然だった。星壱が理亜の後をつけて勝手にやったことだった。理亜は身の危険を感じて、星壱を懐柔することにした。理亜は経験上、星壱のような男は強気に出た方が効果的だと知っていた。“会長にしてあげる”と大見得を切ったものの特にアイディアはなかった。そこでさくらに相談することにした。その頃には毎日さくらと食事に行くのが日課になっていた。さくらは妊娠を偽ってみてはどうかと提案してきた。そうすれば少なくとも別れることはできなくなると。罪悪感がなくはなかったが武と一緒に居たいという欲望が勝ってしまった。
 理亜は星壱にその話を持ちかけてみた。星壱は乗り気で医者は俺が探すと意気揚々だった。その後医者――実際は星壱が薬を買っていた売人(『元舞会』の人間)が医者を用意した――が見つかり、屋敷に乗り込むことを決めた。星壱は“後は俺がうまくやる”と自信に満ち溢れていた。結果はあの様だ。
 しかし、それはさくらの計算通りだった。武を『星龍会』から追い出して何をする気なのだろう。さくらは理亜が愛した人を今後の作戦に巻き込まないためだと言っていた。それを信じていいのだろうか。
 さくらには裏切られた。さくらを信じたのは間違いだった。さくらは最初から理亜に嘘をついていたのだ。さくらも星壱が理亜の家に押し入ったと聞いた時は驚いたという。恐らくそれは本当だろう。しかし、それからは理亜と売人を介して星壱を巧みに操った。理亜は利用されたのだ。
――もう利用されるのはイヤ。
 さくらが何を企むにしても武と『星龍会』は護らなくてはならない。そう思わせてくれたのは、あの人だ。昨日、あの人が突然部屋に来た時は驚いた。理亜はすぐにあの人だと解った。あの人の顔は忘れられなかった。しかし、あの人も理亜の顔を覚えているとは思わなかった。
おまけにあの人は約束を覚えていた。何年も前の小娘とした約束を。優しく抱き締めてくれたあの人。
 嘘から出た誠とはこのことだろか、理亜が打ち明けた衝撃の事実を受け入れてくれたあの人。あの人の為にも必ず護る。
――約束よ。姉さん。
 理亜は決意を新たにした。しかし、今どうすべきか途方に暮れていた。さくらも見つからず、星壱もあれから現れない。武も家には来なかった。
 ふと『丸武公園』に目を向けると、ベンチに腰掛けている者がいた。
「あれはもしかして……」
 しかし様子がおかしい。理亜は離れた場所から監視することにした。
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