○九九七年、五月一〇日(一五年前) 8

文字数 512文字

「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
 星壱は下半身が剥き出しのまま、ふらふらと歩いていた。穴という穴から液体が溢れている。焦点も定まらず視界もぐらぐらと回っていた。
 それでも星壱は呟き続けた。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
 星壱が歩いている道が人通りの少ないところだったのが幸いだった。今の星壱の姿を誰かが見たら、確実に通報されて星壱は捕まっていただろう。
 星壱の心は闇に包み込まれていた。ただ一つの光もない漆黒。見えるものすべてが憎かった。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
 まるで雨粒のようにただひたすら下に落ちていった。底のない闇に落ちていく。意識は歪み、闇に溶けていく。気がつくと足下から大量の虫が這い上がってくる。身体を這う感触はさらに心を狂わせる。その虫が囁いてくる。――殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
 星壱は前のめりに倒れた。その目には大量の虫と深い闇しか写っていなかった。
 黒塗りの車が星壱の横に停まった。すぐに助手席と左後部座席から男が二人降りてきた。
 男達は星壱を持ち上げてトランクの中に放り込んだ。そしてすぐに車は走り去った。
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