武のつぶやき4

文字数 828文字

 その子を見た時にすぐに解った、“虐待だ”。汚れたままの服は何日も同じ服を着せられていることを示していた。さらに太股の黒い焦げ、恐らくは煙草を押し付けられたものだろう。それも何か所も。熱かったろう、痛かったろう。
 その子の股から流れる血については、語るのも汚らわしい。まだ一〇歳前後の子供に……。
 俺はその怒りをあの豚野郎にぶつけた。あの子の代わりにやってやったつもりだったが、結局は自分の怒りをぶつけたに過ぎない。あの子にしてみたら俺は、親父を殺した憎き男に過ぎないのかもしれない。あの子は事情が解っているのか気が付いていないのか、何も聞いては来なかった。
 あの豚野郎の口から飛び出したものは、自己弁護のみだった。同情すべき点は確かにあった。妻、つまりあの子の母親を五年前に亡くし、男手ひとつであの子を育てていた。しかし三年前、豚野郎の会社が大規模なリストラを敢行した。優秀な社員ならば会社に残っただろう。豚野郎は首を切られた。その後は定職にも就けずに日銭を稼ぐ程度になってしまった。あの子に当たりだしたのはその頃からだという。虐待はどんどんエスカレートしていき、とうとう性の処理までするようになった。
 そこまで聞いて俺の中で何かが切れた。豚野郎は一生もの言わぬ肉の塊になった。
 
 戻ってきた時、少女は同じ場所で待っていた。どこで拾ってきたのか少女は大きいストールを羽織っていた。それとも誰かがかわいそうに思って羽織らせたのだろうか。
 少女を見ていると急に愛しくなった。家庭環境が俺とそっくりだったことも理由の一つだろうが、少女の目が“あたしを愛して”“もっとあたしを愛して”と訴えているように思えたからだ。
 本当は俺が引き取りたかった。しかし俺は少女の親父を殺した男だ。いくら虐待をされていたとはいえ、少女がその事実を知れば俺を恨むかもしれない。孤児院に預けるのが一番だった。
 俺はまたしても決断を誤ってしまった。
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