○九八七年、五月五日(二五年前)
文字数 1,506文字
「どういうことだ!」
『星龍会』邸宅の一階広間で、星壱が武に詰め寄っていた。今にも殴りかかりそうな剣幕だ。
「何のことだ」
「とぼける気か。大輔のことだよ」
それは星壱が可愛がっている後輩のことだ。この世界の言葉で言うならば『弟分』というやつだろう。
「なぜ奴を始末した」
「……」
「俺に一言あっても良かったんじゃないか?」
この頃には星壱は『星龍会』で武に次ぐ№3、敬語も使わなくなり、兄貴とも呼ばなくなった。
「言えばお前は、うんとは言わなかっただろう」
「当たり前だ!」
星壱は武に掴み掛かった。武は表情を変えることなく、星壱の手を引き剥がした。
「奴はへまをした。解るだろう?」
「……」
それについては少し説明が必要になる。三日前、ちょうどこの部屋での出来事だった。
武は大輔を引き摺り、親父の前に跪かせた。それでも激しく抵抗し、喚き続ける大輔はまだ一八歳。若さがそうさせるのか、武だけでなく親父にも聞くに堪えない暴言を吐き出した。
親父は黙って頷いた。それが合図だった。武は大輔の髪の毛を掴んで、顔を床に押し付け、銃口を大輔の蟀谷(こめかみ)に当てた。その瞬間、武は目線を感じて窓の方を振り向いた。
親父は不審思って、すぐに聞いてきた。
「武、どうした?」
「いえ、誰かに見られているような気がして。でも気のせいだったようです」
床に這いつくばる情けない恰好のままで、大輔はまだ喚いている。武はもう一度押さえつけた。そして躊躇うことなく引き金を引いた。サイレンサーが取り付けられている銃は、乾いた音だけを残し、大輔の命を奪った。
武は暫くの間、大輔の死骸を見つめていた。
その後再び窓の外を見たが、やはり誰も見てはいなかった。武は顔を戻し、開いたままになっていた大輔の目を閉じてやった。
なぜ大輔を撃たなければならなかったのか。けして暴言を吐いたから撃たれたわけではない。
大輔は『星龍会』と長年に渡って抗争状態にある『元舞会』の幹部を殺した。これは大輔の独断だった。その時、星壱は今度入荷する拳銃の下見にアメリカに行っていて留守だった。自分の兄貴分の留守中に手柄を立てたかったのだろう。若さゆえに功を焦ってしまったようだ。
『星龍会』と『元舞会』は一〇年前まで激しい抗争をしていたが、あることがきっかけで落ち着き、それ以降は冷戦状態になっていた。終戦したわけではなく、睨み合いは今なお続いている。
そしてこの事件だ。『元舞会』は激怒し、一触即発の様相を呈していた。『星龍会』としてもここで『元舞会』と事を構えるのは本意ではない。長年の抗争で何人も命を落とした。親父は『元舞会』との和解を望んでいた。
解決するには死体が一つ必要だったというわけだ。
その後、武は大輔の死体を担いで直接謝罪に赴いた。そして大輔の死体と一億円を献上して、その場を納めた。今回は『星龍会』に非があると認めた形になる。
それを星壱は帰国した直後に聞かされた。
「確かに大輔は軽率だった。だが、奴は俺の弟分だ!」
「お前に知らせなかったことはすまないと思っている。だが今抗争が激化したら、何人死ぬと思う?」
「そういうことじゃねえ!あんたは組員を犠牲にしたんだ」
「そうだ。それが親父の、そして組のためだ」
星壱は歯軋りをしながら拳を握りしめていたが、諦めたように溜息を一つ吐いた。
「兄貴……、あんた変わっちまったな」
星壱はそう言って部屋を出ていった。武は黙ってそれを見送った。
「全くだ……」
『星龍会』邸宅の一階広間で、星壱が武に詰め寄っていた。今にも殴りかかりそうな剣幕だ。
「何のことだ」
「とぼける気か。大輔のことだよ」
それは星壱が可愛がっている後輩のことだ。この世界の言葉で言うならば『弟分』というやつだろう。
「なぜ奴を始末した」
「……」
「俺に一言あっても良かったんじゃないか?」
この頃には星壱は『星龍会』で武に次ぐ№3、敬語も使わなくなり、兄貴とも呼ばなくなった。
「言えばお前は、うんとは言わなかっただろう」
「当たり前だ!」
星壱は武に掴み掛かった。武は表情を変えることなく、星壱の手を引き剥がした。
「奴はへまをした。解るだろう?」
「……」
それについては少し説明が必要になる。三日前、ちょうどこの部屋での出来事だった。
武は大輔を引き摺り、親父の前に跪かせた。それでも激しく抵抗し、喚き続ける大輔はまだ一八歳。若さがそうさせるのか、武だけでなく親父にも聞くに堪えない暴言を吐き出した。
親父は黙って頷いた。それが合図だった。武は大輔の髪の毛を掴んで、顔を床に押し付け、銃口を大輔の蟀谷(こめかみ)に当てた。その瞬間、武は目線を感じて窓の方を振り向いた。
親父は不審思って、すぐに聞いてきた。
「武、どうした?」
「いえ、誰かに見られているような気がして。でも気のせいだったようです」
床に這いつくばる情けない恰好のままで、大輔はまだ喚いている。武はもう一度押さえつけた。そして躊躇うことなく引き金を引いた。サイレンサーが取り付けられている銃は、乾いた音だけを残し、大輔の命を奪った。
武は暫くの間、大輔の死骸を見つめていた。
その後再び窓の外を見たが、やはり誰も見てはいなかった。武は顔を戻し、開いたままになっていた大輔の目を閉じてやった。
なぜ大輔を撃たなければならなかったのか。けして暴言を吐いたから撃たれたわけではない。
大輔は『星龍会』と長年に渡って抗争状態にある『元舞会』の幹部を殺した。これは大輔の独断だった。その時、星壱は今度入荷する拳銃の下見にアメリカに行っていて留守だった。自分の兄貴分の留守中に手柄を立てたかったのだろう。若さゆえに功を焦ってしまったようだ。
『星龍会』と『元舞会』は一〇年前まで激しい抗争をしていたが、あることがきっかけで落ち着き、それ以降は冷戦状態になっていた。終戦したわけではなく、睨み合いは今なお続いている。
そしてこの事件だ。『元舞会』は激怒し、一触即発の様相を呈していた。『星龍会』としてもここで『元舞会』と事を構えるのは本意ではない。長年の抗争で何人も命を落とした。親父は『元舞会』との和解を望んでいた。
解決するには死体が一つ必要だったというわけだ。
その後、武は大輔の死体を担いで直接謝罪に赴いた。そして大輔の死体と一億円を献上して、その場を納めた。今回は『星龍会』に非があると認めた形になる。
それを星壱は帰国した直後に聞かされた。
「確かに大輔は軽率だった。だが、奴は俺の弟分だ!」
「お前に知らせなかったことはすまないと思っている。だが今抗争が激化したら、何人死ぬと思う?」
「そういうことじゃねえ!あんたは組員を犠牲にしたんだ」
「そうだ。それが親父の、そして組のためだ」
星壱は歯軋りをしながら拳を握りしめていたが、諦めたように溜息を一つ吐いた。
「兄貴……、あんた変わっちまったな」
星壱はそう言って部屋を出ていった。武は黙ってそれを見送った。
「全くだ……」