○九九七年、五月一一日(一五年前) 1

文字数 961文字

「おい。これのどこがいい手なんだ」
「カッコいいだろ」
 時刻は深夜二時過ぎ、静まり返る高崎の個人事務所の前に車を停めた。そこで武が我慢できなくなり星次に詰め寄った。
 事務所は閑静な住宅街の一角にあり、外見からは暴力団の事務所とはとても思えない程シックな、コンクリートの質感と色を活かしたシンプルなデザインだった。事務所の向かいにオシャレで、豆からこだわっていそうなカフェがあるところも暴力団の組事務所とはアンマッチだが、外見だけ見れば見事にマッチしていた。
 恐らく不満げな武と、恐らく楽しげな星次の姿を、恐らく呆れている元子が睨んでいる。恐らくというのは、三人とも黒い布で鼻と口を覆い、黒いキャップを被っているために表情が見えないからだ。これではまるでコントの泥棒だ。
「カッコよくねえよ。それに俺らはともかく、元子を作戦に加えるのは立場上マズいだろ」
 『星龍会』の会長という立場の元子が『元舞会』と揉めればそく抗争に発展する恐れがある。武はそれを心配していた。
「大丈夫。中に入るのは俺と武兄だけだから。姉さんにはこの車の中から見張っててもらうだけだよ。誰かが来たら無線で知らせてくれればいい」
 星次は目立たないように軽自動車をレンタルしてきた。今はその車の中で話している。
「星次。あたし思ったんだけど」
「何?」
「車にいるならあたしはこの格好しなくても良かったんじゃないの」
「……そういえばそうだね」
 本気で気がついていなかったようなので、元子は怒る気をなくした。
「はあ」
 元子は黒い布を外して溜息を吐いた。
「よし、武兄行こうか」
「解った」
 二人は車を降りて玄関に向かって小走りに走った。星次は大きなショルダーバッグを背負っていた。中に何が入っているのかを元子が聞いても笑顔で「内緒」と言うだけだった。
 星次はバッグから何かを取り出して、玄関扉の前にしゃがんだ。するとすぐに扉が開いて二人は音もなく入っていった。
「あの子、家を出てからの数年、一体何をしてたのかしら。危ないことじゃないでしょうね」
 元子は無線でいつでも連絡できるように準備をしておこうと思い、無線機を取り出した。そこであることに気がついた。
「どうやって使うの?これ」
 
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