武のつぶやき9

文字数 1,197文字

 星壱が俺を殺そうとしている。
 星次にはそのことを言えなかった。兄貴がもう一人の兄貴を殺そうとしているなんて聞いたらショックを受けると思ったからだ。
 俺がその事実を知り得たのには理由がある。星壱の直属の部下が奴を裏切り、俺に計画をリークした。星壱はそいつを信用していて何もかも打ち明けていた。その多くは俺を罵る言葉や自分こそが後継者に相応しいといった内容だったが、この中に俺を暗殺するというものが含まれていた。最初は酔った勢いの冗談だったようだが、日が経つにつれて具体的になっていったらしい。
 星壱は殺し屋を雇った。裏の世界ではそういった商売は普通に存在する。そいつは裏の世界では有名な男だ。でもそれは裏だけの話で表の世界には存在しないことになっている男だ。正確にはかつて存在していたが今は存在していないと言った方が正しい。つまり社会的には死んだことになっている男だった。男にはもう名前もない。あるのは商売上の名前だけだ。コードネームはゴースト。
 俺が死んで、警察がたとえ他殺だと睨んでも、死んだ人間が捜査線上に浮かんでくることはない。それに奴には指紋がない。特別な手術で指紋を消し去ったのだ。
 奴の殺しの手口は千差万別。毒を使うこともあれば、ナイフや銃を使うこともある。共通する点はたった一つ。奴に狙われた標的は必ず死ぬってことだ。奴は失敗したことがない。それも考えてみれば当たり前の話だ。この世界では失敗は死を意味する。殺しそこなって、その場から逃げられたとしても、雇い主に殺される運命だ。つまり現役の殺し屋は失敗したことがないということだ。
 俺は星壱を裏切った男にすべてを任せることにした。
 そいつはこう言った。
「奴はプロです。恐らくは買収は不可能でしょう。さらに未然に防ぐのも無理、奴は神出鬼没です。武さんに有利な点があるとすれば暗殺決行日が解っていることです。それは武さんの会長就任の日。
ですがさすがに殺害方法までは星壱さんから聞き出すことはできませんでした。ゴーストは状況に応じて臨機応変に殺害方法を変えてきます。
毒殺?これなら防ぐのは簡単です。その日に何も口に入れなければいい。
ナイフ?武さんなら、不意を突かれたとしても致命傷を避けることはできるはずです。最初の一撃さえ防げば周りには仲間が沢山います。
一番気を付けなければならないのは狙撃です。防弾チョッキを着ていても額を狙われたらおしまいです。プロは首の付け根から胸の辺りを狙うと言いますが、ゴーストはプロ中のプロです。武さんが防弾チョッキを着ていることを察知して額を狙うかもしれません」
 そいつはやや勿体つけて結論を話し始めた。
「ならば、取るべき手は一つです」
 最初からそいつに任せるつもりだった俺は、それを聞く前に答えた。
「お前に任せる。好きなようにやれ」
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