○九九七年、五月一〇日(一五年前) 10
文字数 1,637文字
「さくら……」
「ごめんなさい、突然」
理亜は驚いた。武だと思って扉を開くとさくらと知らない男が立っていた。男はさくらとよく似ていた。
「弟よ」
さくらの弟は頭を下げた。つられて理亜も頭を下げる。
「実は弟があなたに聞きたいことがあるみたいで」
「あたしに?」
さくらは頷いた。よく意味が解らなかったが、理亜は二人を招き入れた。煎茶を入れて出すと弟は嬉しそうにそれを飲んだ。
「おいしいですね!」
そう言っておいしそうに、少年のような笑顔で茶を啜る。そんな無邪気さが彼の性格を物語っているように思えた。よく言えば素直、悪く言えば子供。苦労知らずのお坊っちゃんに見えた。でもそれだけだろうか、理亜は掴みかねていた。
理亜はこれまでも初対面で性格を見抜き、それに合った対応をしてきた。その結果、男達は理亜に夢中になった。武でさえすぐに性格を掴むことができた。でもこの弟は掴めない。表面に見えているのは彼の本質ではないのではないだろうか。こんなことは初めてだ。理亜は弟に興味を持った。
「突然押し掛けてすいません」
「いえ、それであたしに話というのは」
「理亜さんは武という人を知っていますか?」
「え?」
意外な名前が出た。目の前の男はとてもその筋の人間には見えない。なぜ武の名前が出てくるのか。――まさか警察?
理亜の脳裏に父親の顔が浮かんだ。七年も前のことを今更調べているのだろうか。
理亜の疑問が顔に出たのか、弟はすぐににこりと笑って否定した。
「いえ、別に武さんをどうこうしようというつもりはありません」
理亜は感情を表に出さないことには自信があった。でも弟は理亜のわずかな変化を読み取った。――一体何者。
「大丈夫よ、理亜。あたしを信じて」
さくらも理亜を安心させようと微笑んでいる。理亜はさくらを信じて「知っています」と答えた。
「最近おかしなことはなかったですか?」
「おかしなというか。あたしと彼の関係をご存じですか?」
弟は黙って頷いた。
「ではお答えします。先々週あたしは振られてしまいました。突然だったのでおかしな点といえばそれくらいです」
「そうですか……。最近彼からもらったものなどはありませんか?」
「もらったもの?ああ、これです」
理亜はネックレスを持ち上げて見せた。しかし弟はそれには興味を示さなかった。
「他にはなかったですか?例えば錠剤のようなものとか」
「錠剤……」
理亜は思い出した。
「もらいました。睡眠薬です。俺には合わなかったからと言っていました」
「まだそれはありますか?」
「はい」
理亜はベッドの近くにある棚の引き出しから箱を取りだした。
「これです」
「眠眠カプセル……」
箱には確かにそう書いてあった。他にも色々と書いてあるが理亜には読むことができなかった。中国語で書いてあるからだ。
「これは何?」
さくらが弟に尋ねた。
「睡眠薬だよ。中国製、漢方薬を使った薬だ」
「ただの睡眠薬なの」
「そうだよ。睡眠薬だ。でもただのじゃない」
「どういうこと?」
「即効性が高く深い眠りを誘う」
「……じゃあ」
弟は頷いた。
「ビンゴだね。理亜さん、これ貸していただけないでしょうか」
理亜はさくらと弟の会話を聞いていてますます訝しく思った。何でそんなものを欲しがるのか。
「訳を聞かせてください。でなければ渡すことはできません」
「どうしよう、姉さん」
「理亜、訳はあたしが説明するわ。だからお願い」
さくらの懇願するような態度を見て、理亜はこれ以上抵抗することはできなかった。理亜は小さく頷いた。
「ありがとう、理亜」
さくらは弟に目で合図した。弟は頷き、箱を持って出ていった。部屋には二人だけが残った。
「実は……」
さくらは自分の正体と睡眠薬の意味を説明し始めた。
「ごめんなさい、突然」
理亜は驚いた。武だと思って扉を開くとさくらと知らない男が立っていた。男はさくらとよく似ていた。
「弟よ」
さくらの弟は頭を下げた。つられて理亜も頭を下げる。
「実は弟があなたに聞きたいことがあるみたいで」
「あたしに?」
さくらは頷いた。よく意味が解らなかったが、理亜は二人を招き入れた。煎茶を入れて出すと弟は嬉しそうにそれを飲んだ。
「おいしいですね!」
そう言っておいしそうに、少年のような笑顔で茶を啜る。そんな無邪気さが彼の性格を物語っているように思えた。よく言えば素直、悪く言えば子供。苦労知らずのお坊っちゃんに見えた。でもそれだけだろうか、理亜は掴みかねていた。
理亜はこれまでも初対面で性格を見抜き、それに合った対応をしてきた。その結果、男達は理亜に夢中になった。武でさえすぐに性格を掴むことができた。でもこの弟は掴めない。表面に見えているのは彼の本質ではないのではないだろうか。こんなことは初めてだ。理亜は弟に興味を持った。
「突然押し掛けてすいません」
「いえ、それであたしに話というのは」
「理亜さんは武という人を知っていますか?」
「え?」
意外な名前が出た。目の前の男はとてもその筋の人間には見えない。なぜ武の名前が出てくるのか。――まさか警察?
理亜の脳裏に父親の顔が浮かんだ。七年も前のことを今更調べているのだろうか。
理亜の疑問が顔に出たのか、弟はすぐににこりと笑って否定した。
「いえ、別に武さんをどうこうしようというつもりはありません」
理亜は感情を表に出さないことには自信があった。でも弟は理亜のわずかな変化を読み取った。――一体何者。
「大丈夫よ、理亜。あたしを信じて」
さくらも理亜を安心させようと微笑んでいる。理亜はさくらを信じて「知っています」と答えた。
「最近おかしなことはなかったですか?」
「おかしなというか。あたしと彼の関係をご存じですか?」
弟は黙って頷いた。
「ではお答えします。先々週あたしは振られてしまいました。突然だったのでおかしな点といえばそれくらいです」
「そうですか……。最近彼からもらったものなどはありませんか?」
「もらったもの?ああ、これです」
理亜はネックレスを持ち上げて見せた。しかし弟はそれには興味を示さなかった。
「他にはなかったですか?例えば錠剤のようなものとか」
「錠剤……」
理亜は思い出した。
「もらいました。睡眠薬です。俺には合わなかったからと言っていました」
「まだそれはありますか?」
「はい」
理亜はベッドの近くにある棚の引き出しから箱を取りだした。
「これです」
「眠眠カプセル……」
箱には確かにそう書いてあった。他にも色々と書いてあるが理亜には読むことができなかった。中国語で書いてあるからだ。
「これは何?」
さくらが弟に尋ねた。
「睡眠薬だよ。中国製、漢方薬を使った薬だ」
「ただの睡眠薬なの」
「そうだよ。睡眠薬だ。でもただのじゃない」
「どういうこと?」
「即効性が高く深い眠りを誘う」
「……じゃあ」
弟は頷いた。
「ビンゴだね。理亜さん、これ貸していただけないでしょうか」
理亜はさくらと弟の会話を聞いていてますます訝しく思った。何でそんなものを欲しがるのか。
「訳を聞かせてください。でなければ渡すことはできません」
「どうしよう、姉さん」
「理亜、訳はあたしが説明するわ。だからお願い」
さくらの懇願するような態度を見て、理亜はこれ以上抵抗することはできなかった。理亜は小さく頷いた。
「ありがとう、理亜」
さくらは弟に目で合図した。弟は頷き、箱を持って出ていった。部屋には二人だけが残った。
「実は……」
さくらは自分の正体と睡眠薬の意味を説明し始めた。