武のつぶやき1

文字数 926文字

 俺は親父に拾われた。今思うと親父に拾われていなかったら、生きてはいなかったと思う。あの七夕の日は緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。下手をすれば親父に見捨てられる可能性もあったからだ。でも親父は認めてくれた。本当の子でもない俺をここまで愛してくれる人が他にいるだろうか。俺は親父に一生返せない恩があった。今でもその恩は返せていない。いやもう返すことができない。それどころか仇で返してしまった。それが悔しくてしょうがない。
 この時は想像もしていなかった。これから俺が巻き込まれていく様々な出来事を。
 親父は元子とのことを認めてくれた。これで親父に少し近づけたように思えた。元子のことは小さい頃からよく知っている。親父に拾われた時に柱の陰から覗いていた姿を今もはっきりと思い出せる。親父にお前の妹だと紹介され、頭を撫でた。元子は震える手で俺の手を握ってきた。小さいけど暖かい手だった。それから一〇年、元子の気持ちには気が付いていたがそれに答えることができないでいた。元子のことは好きだったし、大切に思っていた。でもそれは妹としてのことだった。それが変わったのは元子が一七歳の頃、制服姿の元子が汗だくで俺の胸に飛び込んできた。クラスの男子に告白されたのだと言う。その時初めて俺は気が付いた。元子を誰にも渡したくない。元子の汗の匂いも愛しくなった。俺は元子を抱きしめて唇を重ねた。すると元子は俺をベッドに押し倒した。俺の理性は吹っ飛んだ。俺は元子をめちゃくちゃに抱いた。何度も何度も。元子の火照って湿った身体を抱き締めていると堪らなく性欲を刺激された。気が付くと二時間も抱き続けていた。そこで俺は我に返った。
 親父に捨てられる。俺はまだ親父の元を離れるわけにはいかなかった。恐怖が俺を支配した。身体がどうしようもなく震えてきた。元子はそんな俺を抱き締めて、大丈夫、大丈夫と言って背中を撫でてくれた。不思議と落ち着いて震えは収まった。
 俺はそんな元子を傷つけてしまった。いやそんな生易しいものじゃない。裏切ったんだ。犯した罪に対する罰は必ず自分に返ってくる。今の俺にはそれがよく解る。それでいい、俺なんかが幸せになってはいけなかったんだ。
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