○九九七年、五月一〇日(一五年前) 13

文字数 1,105文字

 結局元子は四時間ほど戻ってこなかった。その間も星次は何やら忙しそうに動いていたが、武は屋敷で所在なさそうに座っているだけだった。戻ってきた元子は清々しい顔をしていた。四時間で心の整理がついたのだろう。しかもそれだけでなく仕事もしっかりしてきたようだ。
「解ったわよ。兄さんは高崎の個人事務所に連れて行かれたみたい」
「どこでそんな情報を?」
 武は当然の疑問を口にした。その答えはひどく簡単で素っ気ないものだった。
「秘密よ」
「武兄、いいじゃないか。居場所が解ったんだから」
 武は腑に落ちないという表情だったが、ここで揉めてもしょうがないと思い、それ以上何も聞かなかった。
「さて、姉さんどうする?」
「……」
 元子は悩んでいた。問題は星壱自身が『元舞会』の手駒にされたことを知っているかどうかだ。もし知っているなら助けに行く意味はない。星壱は裏切ったということだからだ。しかし知らないのであれば、星壱はただ操られていただけということになる。
「星次の意見は?」
「壱兄は何も知らないと思う。ただ利用されただけさ。薬の売人が『元舞会』だってことも知らなかったんじゃないかな」
「タケはどう思う?」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。意見を聞いてるのよ」
「ああ、奪い返す」
「は?」
「だから星壱を奪い返す」
「でももしかしたら兄さんはすべて承知で裏切っているかもしれないのよ」
「そんなもん、取り返して星壱に聞けばすぐに解る。あいつは馬鹿だが嘘つきじゃない」
「……」
――やっぱり。
 元子は嬉しくなった。口ではいがみ合っていても星壱を心配してくれているのだ。
 よくも悪くも武は行動の人。あれこれ考えるのは好きではない。それが裏目に出ることもあるが、今元子にとって武の意見は嬉しかった。それに頼もしくもあった。不安で押しつぶされそうで、恐らく自分一人では決断できなかっただろう。『星龍会』のトップとはそれだけの重圧の上に立っている。傘下組員総数千人強の巨大組織なのだ。だからこそ力の使い方を間違えるわけにはいかない。元子の父流星はその力を無秩序に使うことを忌み嫌っていた。「力を持つ者こそ慎重でなくてはならない」それが流星の口癖だった。今回のことは我々だけで解決しなくてはならない。改めて元子はそう思った。
「よし。兄さんを取り戻しましょう」
 武は力強く頷いた。元子は武に抱きつきたくなる衝動をどうにか堪えた。今の元子の立場は『星龍会』の会長なのだから。
「そういうことならいい手があるんだけど」
 星次は得意げに胸を反らし、片目を瞑った。
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