○九九七年、四月二八日(一五年前)

文字数 1,058文字

「タケはどこ行ったの?」
「聞いておりません。誰も付いてくるなと言われました」
「女のところかしら?」
「存じません」
「まあ、いいわ。明弘、あなた。ここへ来て何年になるかしら」
 元子に急に呼び出されて、明弘はその理由を掴みかねていた。明弘はこの時初めて気が付いたが、二人きりになると元子の迫力が直に伝わってくる。親父に共通する迫力があった。三○代前半の女性にどうしてこれほどの迫力が出せるのだろう。
「一○年になります」
「まだまだペーペーね。あなたは父に救われたはずよね」
 明弘の心臓の鼓動が高まってきた。元子は何が言いたいのだろう。
「はい。先代には返しきれない恩があります」
「ではなぜ兄を裏切ったの?」
「え?」
 明弘は元子がそんなことを言うなんて想像していなかった。元子は武の妻だからだ。つまり自分は夫を救った恩人といえる。
「いや……、しかし」
「明弘、あたしは責めているわけではないわ。理由を聞いているの」
「先代が武さんを跡継ぎと決めたからです。私は『星龍会』の会長に忠誠を誓う者です」
「なるほど……、確かに正道ね。父に恩を返そうというあなたの意志が感じられる。でもあなたは決断を誤ったわ」
「それは一体……」
 元子は何が言いたいのだろう。明弘をどうしようというのか。
「あなたのせいで無駄な血が流れたわ。殺し屋、そして兄の指……」
「し、しかし、方法があったというのですか?あの場合、ああするしか……、他に」
 元子は明弘の言葉を遮った。
「もちろんあった。あなたは間違えたのよ」
「……」
「解らないようね。あなたはあたしに知らせるべきだったのよ。兄の無謀な計画を」
「え?」
「あたしなら一切の血を流すことなく事を納めることができた」
――いくらなんでもそれは……。
 元子は親父の娘とは言っても『星龍会』の活動には一切参加していない。血腥い任侠の世界に娘を巻き込みたくないと、かつて親父は言っていた。しかし元子は余裕すら感じさせる笑顔で明弘を見ている。
「信じていないようね」
「失礼ながら……」
「これは他言無用よ。できるかしら?」
「はい」
「実は……」
 単純に興味があった。元子は何を語ろうというのか。しかしその内容は驚愕の事実だった。まさか元子が親父の傍でそんなことを行っていたとは。確かに明弘は間違えた。星壱の計画を元子に報告するべきだった。
 話を聞き終えて、明弘は元子の前で膝を折っていた。
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