○九九七年、五月一一日(一五年前) 3

文字数 657文字

 大半の女性がそうであるように、元子もその枠に漏れず機械音痴であった。目の前の黒い固まりが無線機だということは知っているが、どう扱って良いのか皆目分からなかった。
 適当にツマミを回すとスイッチが入った。“ザー”とノイズの音が聞こえる。そこからどうしていいか解らなくなった。――やばい、やばい。
 焦りが募っていく。確か星次が何か言っていた気がする。元子は必死で思い出した。
 “チャンネルは一番ね”そうだ、確かにそう言っていた。
「チャンネルって何?」
――あの馬鹿!何でちゃんと教えていかないのよ。って聞かなかったあたしも悪いんだけど。
三○分程だろうか無線機と格闘していたが、元子は諦めた。
「まあ、いいや。何も起こらなければ使う必要ないし」
 世の中希望通りにはいかないものだ。元子は改めて実感した。事務所の前にバンが停まって男が三人降りてきたからだ。そして願いとは裏腹に三人は事務所に入っていった。
――早く知らせなくては。
 しかし無線機は言うことを聞かなかった。元子は訳もなく周りを見渡した。何か手はないのか。すると運転席のシートの上に何かが置いてあることに気がついた。それは元子の手の中にある物と全く同じ物だった。一瞬訳が分からなくなった。何でここにこれがあるのだろう。その疑問はすぐに解消された。そういえば星次は無線機を尻のポケットに入れたまま運転していた。その時に落ちたのだろう。
「あの馬鹿!これじゃあどっちにしても意味ないじゃない」
 元子は車から飛び出した。
 
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