武のつぶやき5

文字数 674文字

 親父が自分の跡を継ぐのは武だと言ってくれた。星壱ではなく俺だと。これまで俺は星壱が後を継ぐと思っていたし、そうすべきだと考えていた。だからこそ汚れ役はすべて俺がやってきた。それはつまり死体の処理だ。
 こんな稼業をしていると堅気よりは死体を目にする機会が多い。しかも公にできない死体だ。今回のこともそうだった。そんな死体をよく俺が処理したものだ。世間に思われているようなコンクリートの死体詰めなどはしない。死体はよく分解した後で漁船に乗せる。そして日本に流れ着く心配がない程遠く離れた沖合で捨ててくる。後は魚たちが処理してくれる。もしくは火葬場で堂々と焼いてしまう。ヤクザは付き合いのある火葬場を必ず一つは持っている。残った骨は他の骨に混ぜられて適切に処理される。俺がやってきたことは決して楽しいことではない。
 親父はそのことをよく解ってくれていた。そして本当の息子以上に思ってくれた。俺は愛されていた。
 星壱もきっと解ってくれる。この時、俺はそう信じていた。
 これから『星龍会』は大きくなる。俺が必ず大きくして見せる。俺の下に星壱と星次がいてくれる限り、何の心配もない。ずっと日陰の人生だったが、これからようやく日の下に出て行くことができる。元子は喜んでくれるだろうか。俺と星壱が揉めるたびに元子は心配そうな顔をする。いつも不安だと口にする。これで元子の不安もなくなるだろうか。二人の未来も組の未来も明るく開けている。この時の俺はそう信じて疑うことはなかった。
 それが自分の愚かさによって、崩れ去るとは考えてもいなかった。
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