○九九七年、一月二〇日(一五年前)

文字数 902文字

 親父が死んだ。『星龍会』の会長にして本名、田中流星、享年八三歳。組員から“親父、親父”と呼ばれ、親しまれていたカリスマがこの世を去った。
 死亡推定時刻は深夜一時前後、検視官の判断では死因は心不全。つまり原因不明の死。現場検証をした警察は争った後などがないことから事件性はないと判断した。しかし、娘の元子が強く解剖を望んだために、承諾解剖が行われた。その結果睡眠薬が検出されたが、規定の量を著しく超えるものではなく、さらに使用人の証言から親父が睡眠薬を常用していたことが解ったため、やはり事件性はないと決定が下った。何らかの理由によって心臓が停止して死に至ったというわけだ。元子はまだ不満そうだったが、武が諫めてしぶしぶ納得した。
 遺体が返ってきた翌日には通夜が、その次の日(今日)には葬儀が執り行われることになった。葬儀には近隣の付き合いがあった者はもちろんのこと、いくつかの暴力団関係者も弔問に訪れた。長年争いが続く『元舞会』の会長の姿もあった。
 元子は突然の父の死にショックを受けながらも気丈に振る舞っていた。この町の生き字引でもあるタバコ屋の梅婆さんが元子に声を掛けた時は、さすがに堪えることができなくなり、涙を流して父の死を悼んだ。年齢不詳の梅婆さんに支えられるように泣いている元子の姿はある意味では支えられるのが逆ではないかと思わないでもないが、矍鑠(かくしゃく)とした梅婆さんは背筋も真っ直ぐ伸びてすこぶる元気だ。
 武も顔を強ばらせながら必死に涙を堪えているように見える。しかし武はこれからの『星龍会』を背負っていかなくてはならない身だ。ここで醜態を晒すわけにはいかない。武が泣かないのもそういった理由があってのことだろう。親父に拾われてから実の息子以上に愛情を注がれてきたのだ。その悲しみの大きさは想像に難くない。
 そんな武とは正反対に喪主を務める星壱は周囲が唖然とするぐらいに涙を流し、瞼も腫れ顔もむくんでぼろぼろになっていた。弟の星次が兄の代わりに弔問客への挨拶やその他雑用のすべてを引き受けていた。これではどちらが喪主か解らない。幹部が溜息まじりに呟いた。
 
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