○九九七年、五月一一日(一五年前) 2

文字数 546文字

 事務所の中は暗かった。わずかな月明かりと足下を照らす小さな明かりが所々にあるだけだった。見取り図が頭に入っていなければ二階への階段も見つけられなかったかもしれない。二人は足音に気をつけながら階段を上った。木製の階段はそれでも時折軋んだ音を鳴らした。その度に動きを止めて周りを見渡した。自分の心臓の音だけがやたらリアルに感じられた。
 二階に辿り着くと目的の部屋はすぐに解った。フロアの半分を占めるその部屋は階段の正面にあるからだ。重厚な扉に護られたその部屋の前に立った。予想通り扉にはU字の鍵が掛けられていた。
 星次が扉に耳をあてた。部屋には防音の設備があるらしく、中の音は何も聞こえなかった。
「どうする?」
 武が声を殺して尋ねた。星次は親指を立てた。“任せろ”という意思表示だった。星次はバッグから巨大な工具を取り出した。それはボルトキッパと呼ばれる自転車の鍵やバイクの鍵を切る道具だ。
「ぎりぎりセーフだ」
 そのボルトキッパの最大切断能力は一一㎜。扉の鍵を何とか挟むことができた。星次は慎重に力を入れたが切れる際に“パチン”と音がした。武は後ろを振り返った。大丈夫なようだ。耳を澄ませても誰かが気づいた様子もない。
 二人は胸を撫で下ろした。
「よし入るぞ」
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