○九九七年、五月一〇日(一五年前) 12

文字数 763文字

 時間は少し遡る。武が星壱を見かけたのとほぼ同時刻。理亜はさくらの話を黙って聞いていた。というよりも何も言葉を発せられないと言った方が正しいかもしれない。
 理亜は驚いたことだろう。裏切られた、騙されたと思っただろうか。騙していたと言われれば確かにそうかもしれない。しかしさくらは理亜を本気で心配していた。彼女の笑顔を見たいと思った。理亜が自分を信頼して、色々なことを話してくれたことが何よりも嬉しかった。立場を越えて理亜を愛しいと思った。――まるで自分の妹のように。
「あたしも嘘をついていたのは同じです。実は本当の年齢は一七歳です。でもこの年齢では店で働けませんから、嘘をつきました」
「あたしも本当は三二歳よ。二人とも年齢詐称ね」
 さくらはそう言って笑った。つられて理亜も笑っていた。
「これからのことは心配しなくていいわ。睡眠薬のことは誰にも言わないで」
 理亜は逡巡しながらも頷いた。それを見てさくらは安心した。理亜は解ってくれたようだ。さくらの立場を理解してくれたに違いない。
「理亜、電話借りていい?」
「はい」
 さくらは暗記している番号を打ち込んだ。数回のコールで相手は出た。
「あたし、あの子いるでしょ。うん、代わって」
 すぐに電話の相手が代わった。
「あんたそんなところで何油売ってるの?すぐに持って行って頂戴。すぐにあたしも行くから。いいわね」
 さくらは電話を切って理亜に笑いかけた。
「弟よ。ちゃんと見てないとすぐに他に目がいくの」
 さくらはそのまま玄関へ歩いた。
「また連絡する」
 見送る理亜にさくらは安心させるように笑いかけた。
 さくらが出ていった扉を理亜はじっと見つめていた。その目は氷のように冷たく、顔には一切の感情が浮かんではいなかった。
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