○九九七年、五月一〇日(一五年前) 3

文字数 614文字

「ふう」
 元子は溜息を吐いた。星壱が動いていることは解っていたが、まさか産婦人科医を探していたとは。恐らく薬の売人の紹介だろう。しかし武が会長の地位を手放すとは思わなかった。武の執着心は元子が見てもぞっとする程だったからだ。
「さてどうしたものかしら」
 彼は星壱の動きが怪しいと言っていた。元子は兄を心から信じることができなかった。彼の言う通りだった。
 電話がけたたましく鳴りだした。元子は時計を見た。
「時間通りね」
 受話器を取ると、やはり思った通り彼だった。
「ええ、あたしよ。うん、そう。あなたの予想通りだった。それとタケが出て行った。うん、大丈夫。これから?そうね、タケの書斎を調べて見るわ。何も残っていないと思うけど。あなたはどうするの?気になること?一五年前の事件?何よそれ。え?本当なの。まさか……、もしそれが本当なら。解った、よろしく」
 元子は受話器を置いた。
「まさか……」
 押し慣れた電話番号をプッシュする。何百回とかけているので手が場所を覚えていた。呼び出し音が鳴ると、相手はすぐに電話に出た。
「あたしよ。十五年前の事件のこと何か知ってる?そう。あの事件よ。解った、後で行くわ」
 電話を切るなり元子は歩き始めた。武の書斎を調べなくてはならない。何も見つからないかもしれないが、居ても立っても居られなくなった。間違いであってほしい。元子はただそう願うだけだった。
 
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