武のつぶやき11

文字数 1,153文字

 情けない父親だったけど、俺は父親が好きだった。そんな父親がいきなり死んだ。警察の話では、事故と自殺、どちらとも言えないということだった。俺にはどちらでもいいことだった。死んだ父親は戻ってこないからだ。
 俺の前に親父が現れた。そして突然“儂がお前を引き取る”と言い出した。俺は親父に殴り掛かった。しかし、一瞬で返り討ちにあった。俺は親父に従うことにした。いつか力を付けてこいつをブッ飛ばしてやる。それが俺の目標になった。
 屋敷に連れて行かれると、兄弟を紹介された。
「お前の弟達だ」
 生意気そうな長男と、にこにこした笑顔が可愛い長女、おどおどした次男。俺に初めて兄弟ができた。母ちゃん――三人の母――も優しかった。血の繋がらない俺を他の兄弟と区別はしなかった。その分、容赦なく怒られた。まるで本当の母親の様に。
 母ちゃんが死んだ時は何のことか解らなかった。ただ必死で兄弟たちを支えることしか頭になかった。そこで初めて俺は人を殺したい程憎んだ。母ちゃんを殺した奴を殺してやる。そいつが俺の初めて殺した男だった。母ちゃんは『元舞会』との抗争が激化する中、巻き込まれる形で重傷を負った。星次を庇った結果だった。功を焦った下っ端が散歩しているだけの女と子供を襲ったのだ。
 俺はそいつを素手で殴り殺した。『元舞会』からは逆に謝罪の手紙が会長から送られてきた。女子供を巻き込むつもりはなかったと手紙に書かれていた。結果的に母ちゃんの死が抗争を休戦させた。
 それからしばらくして俺はある事実を知った。幹部連中が酒に酔って口を滑らせた。俺の父親を殺すように指示したのは親父だと言うのだ。父親の借金はその生命保険で支払われたと。俺は愕然となった。その日から俺は親父に復讐することを誓った。
 殺した後、空しくなるとも知らずに。
今年の四月二八日――美雪に別れを告げる前日――、俺は父の墓参りに行った。父が死んで二五年が経過していた。
 これまで俺は父の墓を訪れたことがなかった。真実を知るまでは新しい家族に馴染もうとして、父を忘れなくてはいけないと思っていたし、そして真実を知ってからは知ってからで、復讐を果たすまでは行かないと勝手に決めた。
 二五年も掛かってようやく報告ができる。
 空しさを引き摺りながら墓を訪れると、そこには先客がいた。それは父の妹で、彼女から父の遺書を渡された。もし息子が墓参りに現れたら渡してくれ、という遺言だったと彼女は説明してくれた。
 父は俺が復讐を考えることなど露程も考えていなかったようだ。遺書には俺への謝罪の言葉と親父への感謝の言葉が綴られていた。この遺書をもっと早く読んでいたら、復讐を諦められたのだろうか。
 今でもその答えは解らない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み