第73話 マジカルインストール マジ卍

文字数 5,846文字

 世界最終パイ投げ戦争が伏木有栖市恋文町で繰り広げられている最中、白彩工場にレート・ハリーハウゼンが姿を現した。
「ありすさんッ! 本日はワタシの店『千代子とレート』は閉店デス! 何かオカシイと思ってた。年末がイツマデモ、イツマデモ終わらないナンテェー。日本中がそうなんですカー。どうなんですカァー!」
 レートは両手で顔を覆い、天を仰いだ。この人、だんだん片言になってくるな。
 胸の漢字は「日本海」に変わってる……。どうした、日本海で何があった? ぽげムたマークの缶バッジは相変わらず胸についている。
「でしょ」
 集合的蒸器の向こう側から、返事が返ってきた。ありすの顔は店長の顔にくっついていた。
「ここで最後の戦いが行なわれると聞きました……が、何ですか、これはパイ投げですか? アレ? あなた方、一体ナニがどうなってるんですっ!?」
 レートは忙しく全員の顔を確認しながら、状況把握に努める。だがその結論として、全く訳が分からんので、話を元に戻した。
「とにかく、このままではいつまで経っても正月が来ないではアリマセンカ! 妻も私も、ムカ着火ファイヤーデスッ」
 レート・ハリーハウゼンよ、この状況の理解は放棄か? と時夫は思った。さておき、今日までレートは忙しそうだったから、ありす達も放っておいたのである。
 だがつい先ほどウーに言われたことで、レートはカレンダーの異常に初めてハッとしたらしい。
「その日本語覚えない方がイイヨー」
 黒水晶の顔に移ったウーがからかった。
「どーやら、この状況を改善できるのは、たまたまここへ来た私以外にないようデスネ。最終兵器を持ってきました。ザッハトルテェ!!」
 「千代子とレート」は、欧州のチョコレートケーキの王様で応酬する! ありすの大好物チョコである。
「あざす!」
 店長の顔についたありすの目鼻口が返事をする。
「軽いなー」
 ありすについた時夫の目鼻口が、レートに横目を投げた。本当にありすなのか?
「それ黒水晶よ!」
「何!?」
「こっちが本物よ。センキューベリマッチョ!」
「嘘つくな、コイツ。あたしはセンキューベリマッチョなんて言わないわよ! レートさん、騙されないで」
「あんたがあたしのフリしてるんでしょ」
「なんですってー!! それはこっちのセリフ!」
「お二人ともお静かーに! どっちが本物でも、どっちが偽者でも、この際全く問題アリマセン! ありすさん!! あ、向こう側か。いやこっちかな? これで黒水晶の科術に勝てます。……イキマスヨー!!」
「な……投げんの? もったいないナ」
 とっさにどっちかが口走った。そう言うと思った。
 顔が入れ替わってるので、髪の色だけではどっちがありすで、どっちが黒水晶か判定できないが、ありすがザッハトルテを好きなら、黒水晶も大好きなはずだった。
 パワーストーンは主人の嗜好を継承している。つまり、そういうことだ。
 レートは青い眼の空手チョップで二つ切りにし、半月状態となったザッハトルテを抜群のコントロールで、ありすと黒水晶の両者の顔めがけて飛ばした。
 黒水晶は食べまい食べまいと必死に抵抗するも、ついその魅力に抗えず口にした。
「……うまっ」
 ザッハトルテの勢いは止まらなかった。二人ともバクバクと食べまくっている。その結果として、たちまち全員の顔が元に戻っていった。一体このチョコレートケーキにどんな秘密が?
「あ……あぁおいしぃー!」
 元に戻った黒水晶は床にぺタッと女の子座りして、隣でしらけ顔の白彩店長を尻目に、いつまでもザッハトルテを食べていた。
「今だッ。マジカル・インストール!!」
 ありすの人差し指が、黒水晶の無防備なハートめがけて、無限たこ焼きのような光の玉を一列で飛ばした。
 ザッハトルテに夢中になった瞬間、黒水晶が白彩に張り巡らした結界が破れていたのだ。そのお陰でありすの科術が、一瞬だけ有効になったのである。
 あっけに取られた黒水晶の身体は、手脚から先にバラバラの黒い鉱石に砕け散り、ありすの右手の中に吸い込まれ、元の鉱石の形へと再構成されていく。
 白彩で黒水晶が形成していた科術結界は完全に胡散霧消し、ありすは白彩で科術の力を取り戻した。店長のまんじゅうで、一時かなりのピンチに陥ったが、黒水晶とのフュージョン(一体化)によって、ありす自身の変化が始まった。
「ありす、背中に何か見えてるよ!?」
 ありすの背の左右に、蝶と蛾の羽が生えたオーラが可視化している。ウーが驚愕しているのも無理はない。古城ありすは、科術師としてパワーアップしたのだ。
 果たして首だけになった黒水晶は、焦燥と煩悶の表情を浮かべたまま、床をゴロンゴロンと転がって、容器の中にストンと落ちた。
 黒水晶の首を収納した容器から、カニのような金属の脚が生え、まさに逆さイソギンチャクといった体で、シャカシャカと床を走り去っていった。
「オ、オマイは物体Xのスパイダーヘッドか!? マジ卍」
 その首だけ黒水晶は、暗がりへと飛んで逃げ込んでいった。
「追いかけて!」
 なんという執念。黒水晶は首だけになっても、下へとエレベータで降りて行った。

(私の情熱……アレだけは絶対に孵化させる!  工芸菓子のフェラーリことジャバウォックを! たまごっちより大切に育ててきたんだから。アレを、あの女に阻止されてなるものか!)

「ドシロウト共! まだ俺は倒れておらんぞー!」
 ありす達が黒水晶を追おうとしたところ、店長が立ちはだかった。だが、ありすは予想済だった。
 集合的蒸器たちが騒がしく声を発している。例の中身の肉まんが音を出しているのだ。

 お持ち帰りですか?
 食べていきますか?
 ご飯にする?
 お風呂にする?
 それとも私?
 それとも私?
 それとも私?

「ドォオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ----------ッ」
 二刀流たこピックのありすの手つきから、電光石火のたこ焼き光弾が、集合的蒸器と立ちはだかる店長に向かってビシバシ放たれた。

 たこやきの中にたこやきが!
 そのたこやきの中にたこやきが!
 そのまたたこやきの中にたこやきが!
 ……(くりかえし)

 パワーアップした無限たこ焼きは壁に跳ね返り、背後の集合的蒸器が続々と爆発してゆく。その蒸気の中でも、店長はまだしぶとく生き延びていた。
「たとえ集合的蒸し器を壊しても、一度生を受けたものはもう簡単には無くならない。白彩は滅びぬ、何度でも蘇るさ! ははは、わははははは!」

 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!

「ギヤァアアアアアアー!!」
 人を素人呼ばわりし続けた失礼な店長は、ありすの無限たこ焼きにぶっ飛ばされ、元の茸の姿に戻った。
 その茸愛ゆえ、自ら茸と同化した親株茸。しばらくすればまた復活するだろう。こいつにも、「死」という概念があるのかどうか未だによく分からない。
「急ぎましょ! 科術のレシピで、町を正常化するわよ!」
「ブルース・ブラジャー(ス)!」
 ウーとレートが協力して、たちまちこの店にある材料を包み込んだ即席のぎょうざアラカルトが作られていく。
「はらたま! きよたま!」
 ありすが各種のぎょうざに科術の呪文をかけた。すると、煙突から新たに浄化の煙が流れ出ていった。町は時間をかけて、元の姿へと戻っていくだろう。
「アイツを追うわよ!」
 一同は地下エレベータへ乗り、黒水晶の生首を追った。

 異様に蒸し暑い。
 エレベータが到着した地下階は、うっそうと奇妙な植物が群生している空間だった。まるで外に出たような錯覚を覚える。
「なんだここは……」
 植物の先端に、白と紫の無数の小人が連なっている。
「オルキス・イタリカね。ニンゲンそっくりの花をつける。どうやらここは、黒水晶の人体実験の現場らしいわね」
「そんなモンがこの世に存在するとは……」
 よく見れば、他の植物たちも普通のものは何一つなかった。
 小さな髑髏が無数に枝にくっついている枯れたキンギョソウや、女性の豊満な赤い唇みたいな植物とか、ダースベイダーのような悪役仮面みたいな花、モンキー面のモンキーオーキンド。時計の文字盤にそっくりなトケイソウ、さらにアングロア・ユニフロラというゆりかごの中の赤ん坊など、ありとあらゆる擬人化植物が生えていた。
 あぁ恐ろしい、恐ろしい。これは、マッドサイエンティストの館ではないか!
「気味が悪いなぁ」
 おそらく、ここからありすらが東西南北脱出を図った際に立ちはだかった、数々の強敵たちが製造されたのであろう。
「……ちょっと待て、黒水晶はどうした?」
 時夫は、黒水晶が居ないことに気づいた。
「黒水晶、出てきなさーい!」
 ありすは挑発した。
 明かりのついてない奥の倉庫へと通じる廊下から、ランタンを掲げた黒水晶が暗闇から登場した。

 チッカッチッカッチッカ……。

 ランタンが点滅している。
「黒水晶! お前------」
 右手を突き出してランタンをかざしている。
「手足が生えている」
「当たり前よ。あたしに掛かれば、手足を生やすなんて朝飯前」
「こいつ------確かにマジカル・インストールの手ごたえを感じたのに」
「それ以上近寄らない方が身のためよ! アッハッハ!!」
「なんて往生際の悪い」
 ありすが警戒しながら距離を取って立ち止まった。
「ありすちゃん、よく観て。全然動かないよ」
「あれ? マネキンだ? あたしたちマネキンと話してたの?」
 マネキンを倒してさらにその奥へ奥へと進むと、今度は近代的な研究所が現れた。フィギュアだらけで京都の三十三間堂みたいになってる。
「しまった、時間稼ぎか!」
 途方もなく巨大な卵が、その中心に置かれている。
 ラドンの卵のような茶色いストライプに覆われ、大きさはざっと五メートルは下らない。

 よく見るとその装置のデバイスの下に、黒水晶の生首は居た。
「往生際が悪いわよッ!」
 見つけたありすが声をかける。
「か、身体なんか、いくらでも再生できるんだからねッ! もうちょっと時間さえあれば。それがお前たち有機生物と、あたしら珪素生物との違いなのよ! パーフェクツ! まさに、パーフェクツ!」
 地球の生命は炭素で構成されるが、珪素も炭素と同族で原子価が四つで、結晶生命体が存在する。
 結晶生命体は劣化することがなく、再生能力も炭素生命に比べてはるかに高い。黒水晶や、ファイヤーストーンの擬人化たるキラーミン・ガンディーノはその珪素生物なのだという。
 何やらもっともらしいSF理論を口走った黒水晶は、首だけになっても舌でボタンを押して、科術機械を操作した。
 もはや、「ドウエル博士の首」。
 リンゲル液に浸かる必要は本来ないはずなのだが、おそらく珪素生物とはいえ、人間化が促進している為だった。そうして、巨大卵の孵化を開始した。
「フフフ……ハハハ……! 出でよジャバウォック! もとい大糖獣カシラ! もうお前たちにもあたしにも止められない!」
 亡き店長が形を作った巨大卵に、黒水晶はこれまでの町全体のお菓子化によって回収した「魂」を込めていた。マッドサイエンティスト黒水晶は、その生命の誕生の瞬間を目前にして笑っていた。
「カシラカシラ、そうなのカシラ~~~~ッ!!」
「諦めて、潔く負けを認めなさい!」
 ありすは走り回る黒水晶博士の首を捕まえて、カプセルを外すと、リンゲル液がドバッと床に流れ出た。
「や……止めて、やめてーッ!!」
 ありすは首を回収し、マジカル・インストールで最後の欠片を元の鉱石の姿に戻した。さて卵から目を離した瞬間、
「孵化するッ!」
 時夫が叫んだ。

 ドズズーー……ン

 孵化したばかりの純白の砂糖菓子の怪獣は、粉砂糖を巻き上げながら、あっという間に膨張して地下の天井を突き破った。
 瓦礫の粉塵を撒き散らし、地上階の蒸し器を蹴散らすと、大糖獣カシラは雄たけびをあげた。体長およそ五十メートルに成長したところで、膨張は止まった。
 白彩の菓子細工は、雉から始まって、孔雀、白い虎、Tレックス、カシラと、どんどんレベルアップしていったのだ。
「店長が口走ってたけど、まじでジャバウォックまで出てくるとは……」
 時夫は震えが止まらなかった。
「アリスの意味論、行きつくトコまで行きついたわね」
 すでに和菓子でも洋菓子ですらなかった。その菓子界のキメラ(鬼子)たるカシラは、集合的蒸器の科術ぎょうざを吸い込んで丸呑みすると、工場の屋根を突き破って外へと出て行った。
 結果として集合的蒸器のあった工場は大爆発した。ありすのハラタマ科術も吹っ飛ばされた。
 恋文町の意味論という意味論が吹っ飛んでいく。いいや、この町の意味論は今、おかしな光線を吐くカシラに集約されていたのだ。さらにこの一連の破壊によって、地下へのエレベータは完全に埋まってしまったのだった。
 白彩の店主が創造し、黒水晶が命を吹き込んだ巨大な菓子細工の化け物が、恋文町を破壊している。カシラは、おかしな光線を吐き、再度街をお菓子化し始めた。
「コイツだけでまた町がお菓子化されるわ!」
 何とか難を逃れ、地上へ出たありすは呆然と見上げた。
「やれやれ、これまでの苦労が一瞬で水の泡か! せっかく皆が町を浄化してくれたのに。まるで、B級映画の展開じゃねーか!」
 時夫はさじを投げかけた。
「いいや? むしろ楽しくなってきたわね!」
 とウーが言った。
「……え?」
「『コマンドー』、『プレデター』、『ゴジラ対キングギドラ』! かつてのB級映画の帝王、ロジャー・コーマンは、A級よりもB級映画を志向し、観客たちに特撮映画を楽しんでもらおうと、B級映画を作り続けた。B級こそ、映画通は純粋に映画を楽しめるものだからよッ」
 ……楽しんでどうする。
「そういえばさ、なんでNYっていっつも怪獣や災害に襲われるのかね?」
「そーいう意味論じゃん?」
 どーいう意味論だ!
「NYは一九三三年にキング・コングに襲われて以来、意味論に取り憑かれたのよ」
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