第92話 踊る電柱 ナノ・テクノロジーなの~

文字数 4,573文字

 東西の地平線から発生した、全てを流し浄化する聖なる水が、恋文町に流れ込んでいく。これもまた、キラエル天使団がもたらしたものだ。
 キラキラした黄色い半透明の洪水は、もの凄い水量なのにおだやかで、温かかった。
 ダークネス・ウィンドウズ天のアップグレードが無事成功したお陰で、水の性質が変化したらしい。町が壊滅することはなかった。
 建物も街路樹も車も人も、ほとんどが流されることはなく、ただお菓子化を氷結した雪だけが、見る見るうちに洗い流されていく。
 それでも、衝撃波の影響がない全く訳ではない。
「洪水の、アップグレードの衝撃波を和らげないと」
「ここでお前の出番だ、ありす」
 半蝶半蛾ステッキの力が、町を衝撃波から救うという。
「凄っい薬臭いね。……これ、カルキ臭だ!」
 鼻の効く古城ありすでなくても、カルキ臭ははっきりと分かった。
 「世界お菓子化」という魔学の毒を除去する為に、水の中にカルキ科術が入っているのだと、達夫店長は言った。
「千葉の水道水でも、ここまで臭くないんだけど」
「殺菌能力のある水道水と同じで、毒を以って毒を制すための成分だよ。が、魔学のお菓子化の瘴気を洪水が押し流すだけだと、水道水の菌類をカルキが殺菌しているのと同じだ。それはそれで毒気がありすぎる。ゆえに、カルキ除去のシャワーヘッドみたいに、お前のステッキでカルキを除去せねばならん」
 町が壊滅しなくても、カルキ科術の洪水で、恋文町の住人が害してしまうらしい。ややこしい。
「どうするんです?」
 綺羅宮神太郎とレートたち天使軍団は、幻想寺に戻り、アップグレード後のシステムの整備に入っている。佐藤マズルもうるかも同行している。そんな中、達夫店長だけはまだ空に残っていた。
「カルキを飛ばすには沸かせばいい訳だが、そんなことしたら住人が沸騰してしまう。が、科術の光弾ならカルキだけをぶっ飛ばせる。これまた、闇を光に転化できる、お前の半蝶半蛾ステッキの科術で解決可能だ。お前の解毒力は、『女王連プロポリス解毒湯』の作用ではない、半蝶半蛾の力によるものだ。半蝶半蛾ステッキで、無限たこ焼きにカルキ飛ばしの成分を込めて町中の洪水に散布すればよい」
「分かりました。カルキ飛ばしの隅に置けない墨科術ですね! 任せてくださいッ!」
 ありすはステッキで、たこピックのポーズを取った。
 最終兵器、無限たこ焼き……その、無限に限りなく近い有限の、有限数ならでは最大威力、限界点ヴァージョン。
「不可説不可説転たこやきッッ!」
 一万年前の前生が九頭竜(クトゥルー)だった古城ありすが、自身のタコのような姿を表した料理の意味論を力の源泉としたのが、この必殺技なのである!

 たこやきの中にたこやきが!
 そのたこやきの中にたこやきが!
 そのまたたこやきの中にたこやきが!

 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!

 ありすは空を飛びながら、覚醒した半蝶半蛾の力を、不可説不可説転たこやきにまぶしていった。
 プログラムされ、ナノテク化した半蝶半蛾の力は、カルキ除去の墨へと変換されて、無限たこ焼きの光弾に込められて拡散した。それは同時に、洪水を蒸発させていった。
 電線がヒューヒューとうなり声を上げる。
 電線は透明感のあるメロディを形成した。電線の奏でるバッハの「主よ人の望みの喜びよ」が、風に乗って町に響き渡る。「電線五線譜の意味論」が、電柱人たちの歓喜を表したらしかった。
 途中からその曲調が、「電線音頭♪」に変化したことにありすは気付いた。

 チュチュンが*ュン! チュチュ*がチュン!
 電線に雀が三*止まってた
 それを*師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ*いてさ食ってさ
 アヨイヨイヨイヨイオッ*ットットッ!
 アヨイヨイ*イヨイオットットットッ!

 電柱という電柱がメロディにあわせて、くねくねと踊り出した。
 ダンスに合わせて、おおっと、町中の信号機が点滅している。インフラ同盟が賛同したらしい。
 信号機を合図に、町中の電柱が半透明に透け始めた。やがて、水の中へとバシャッと崩れて、跡形もなく消え去った。
「サリーが悲しむな」
 結果として電柱無人化が進んだ恋文町を見て、時夫は呟いた。
「サリーも、きっと電線が無くなれば他のものが見えてくるよ」
「……んだんだ」
 ヒトモドキ達は、次々と液状化して人体の形が崩れ、聖水と合流した。
 達夫の、無限ラーメン科術の、ウルトラマンの面を髣髴とさせた。達夫によると、聖水から再び、新しい肉体が再構成されていくらしい。
「くっ水量半端ない、とても私だけの力じゃ……」
 ありすは何十回も、無限たこ焼きを撃ち放っている。その都度、新しい聖水が続々と押し寄せてきた。
「うなぎ!」
「ウス! ウー先輩!」
 ありすは恋文銀座のうなぎ屋から、かば焼きを持ち出し、ウーに食わせた。
 ウーのうなぎビームがグルグル回転しながら、聖水に向かっていく。
「古城あーりーすよっ、止めてはならん! そのまま続けろ」
 マンホールの底から響いているような金属音の地声。送水公ヘッドの一人が地上から叫んでいる。町に無数に存在する送水公ヘッドは、地上で洪水の排水に一躍担っているようだ。
「コンバンハ、小林カツヲです」
 J隊の部隊が排水ポンプ車を連れて到着して、排水を開始した。
「何処行ってたんです?」
 ことが終了してから援軍とは------。ありすはムッとしている。
「北の除雪が一段落したので、勝浦~御宿辺りで、サーフィンCBAをね。房総半島の太平洋の荒波は、上級サーファーの憧れですからな」
「知らないわよ」
「あのトラック……」
 時夫がうるかと一緒に見た、富士山型の土砂を積載した軍仕様のトラック・オブ・ザ・イヤーが停まっている。しかし、今回は土砂がない。
「恋文町を走ってた奴だ! やっぱりJ隊のトラックだったんじゃないか」
 西に見えたプリンの富士の正体って、もしかしてJ隊が運んでいた富士山型の土砂と関係があるんじゃ……。そう考えると、降って沸いたようなJ隊自体、綺羅宮の一味だったのではないかという気がしてきた。
「とぼけた顔してババンバーン!」
 小林店長はゴキゲンなサウンドと共に、人海戦術で洪水を処理していった。
「ふわぁあああ~、よく寝た。諸君、状況を説明してくれるかな」
 ネルカッツ提督は、姿勢よく軍服姿で現れた。今までずっとトラックの二階で寝ていたらしい。
「ねみ~っす&ジェントルメン!」
 ウーが謎の挨拶を返した。
「ヤバイ状況ですよ。洪水がどんどん押し寄せてくる……。あなた方J隊の協力でも、追いつかないようだぜ!」
 時夫はいつの間にか、何の苦労もなく宙を飛んでいた。さしあたって、浮かんでいるだけで自分に出来ることはないのだが……。
「A子を連れてきたよ~。何の役に立つか分からないけどね!」
 ウーは、自身が毛嫌いしてきたウンベルトA子と仲良く手を繋いで飛んでいた。A子は空を飛べないから、仕方なく、かもしれないが。
 ウーによると、A子はずっと図書館でホットドッグプレスのバックナンバーを読んでいたらしい。恋文図書館は丘陵に建っているので、洪水の被害がない。
「そーいう言い方はないんじゃないの?  セクシー・オブ・ザ・イヤー、薔薇の名前はウンベルトA子登場! DJ.キムリィ、さっさとシティ・ポップを奏でなさいよ!!」
 A子はウーにリクエストする。
「また八十年代かよ。今それどころじゃなかろうに」
 時夫は呆れている。
 六十年代、アメリカン・グラフティに象徴されるファッションは、今の若者文化の原型となっている。七十年代にはイカしたセンスが爆発、今見てもかっこいい。しかし八十年代は……なんでこんなにダサいんだ?
「見損なわないでくれる? もう懐古趣味じゃない。八十年代の日本のシティ・ポップはロシアのラジオで紹介されて以来、海外に広まってんだよ。YouTubeを見てごらん。二十一世紀の今、全世界で絶賛流行中なんだから! 時代は完全に一巡したのよ!」
 レコードの時代が復活し、なんとSONYがレコードをおよそ三十年ぶりに再販したと、A子は続けた。
 時夫はいつの間にか、流行に乗り後れていたらしい。
「まじかよ。ぜんぜん知らなかった……」
 ウーことDJ.キムリィは、山下達郎、竹内まりあ、大貫妙子、杏里など、シティ・ポップのスタンダード・ナンバーをサンプリングしながら各自のスマフォへと流す。
 両親世代の音楽は、時夫の耳に心地よく響いていく。なかなかやるぢゃないか、ウー。

「鈴木A人、ザ・ワールド!!」

 A子がパーにした右手を顔の前に、左手を下にし、見事なJOJO立ちをしながら叫んだ。恋文町にウェストコーストの風が優しく吹き、町も空気もビビットカラーのカリフォルニアみたいにカラッカラになっていた。
「ま、わたせせいぞうでもいいんだけどさ」
 A子のシティポップの科術によって、洪水はおよそ一時間程度で済んだのである。
「八十年代が最先端! 周回遅れでナンバー1、それは螺旋循環、弁証法!!」
 いつの間にやら綺羅宮軍団が戻ってきた。

 ババンバ、バンバンバン!

 ザ・ドリフターズの「いい湯だな♪」が流れ出し、全員で踊っていた。遊んでいるわけではないだろう。これも八十年代式科術舞踏なのである。
 用事が住むと、A子は図書館の方角へ引き返していった。
 店長によると確か……ありすの半蝶半蛾の科術じゃないと解決できない問題だったような気がするが?
「男だけど、聖子ちゃんカットにしてみたゼイ」
 時夫の髪が、ふんわりとしたセミ・ロングになって揺らいでいた。
「何言ってんだ? コイツ」
 ウーが呆れた視線を投げた。
「いや、だから、意味論的にさ、今回の不思議の国現象、八十年代が一連の事件のキーワードじゃないかナーと思って。-----今日から俺は! 聖子ちゃん!!」
 どっかの服飾店から流れて来たマネキンのかつらを、時夫は拾ったのだ。
「バカなの? バカだったの!?」
 ありすにも呆れられた。
 ……恥の書初め。
「わぁ~~~時夫さん聖子ちゃんカットだぁ~~~~~(^_^)♪」
 雪絵……ありがとう。
 時夫は黙ってかつらを取る。……っていうか、復活しろ! 聖子ちゃんカット!!
 西部に続いて、A子に見せ場と手柄を奪われたありすは、やれやれという顔で、店長に向き直った。
「そういえばサリーの姿が見えないけど、あいつは何処へ?」
「真灯蛾サリーは、幻想寺の綺羅宮軍団が引き受けた。無事、元の姿に戻ってくれるといいのだがな……」
 店長は「元へ戻す」とは言ったものの、意味論が発動した結果、偽物といえども、それ自体がオリジナルな意味のある存在になるはずだ。
 サリーは、これからもサリーとして生きていくしかない。ならば、白井雪絵は……。
 暖かい風に乗って空を飛ぶ五人の目の前に、漢方薬局「半町半街」が見えてきた。

 帰ってきた……。
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