第83話 リーゼント・スミスは、平然と墨摺る

文字数 7,407文字

 ありすは新屋敷の階を下りながら、各店舗を回り、食材を次々とかっぱらっている。
 バイキングのみならず、勝手に厨房に出入りしている。どこでも自由に食べられるのはすばらしい。この城の「お客様」であれば、だが。しかしありす達は客ではない。単なる不法侵入である。
「ねェー、時夫をあんなトコにほっといて何してんの? 女王に取られちゃうわよ?」
 ウーは、ありすに言われるままに指定の食材を袋につめていた。
「反撃の準備。この城、隙だらけでしょ。急場しのぎ特有の欠点がある。この城の中の食材は、完全に彼等のモノではない。単なる外の食材なのよ。それを使えば、そのまんま科術の料理で、一気に住人を目覚めさせることができる」
 ありすは店を巡って、科術に使える食材を選り分けていたのだ。
「ありすさん、提案があります。やっぱり私、時夫さんの傍に居たいと思います。二手に分かれましょう。時夫さんが移動した可能性があります。ありすさん達は引き続き、城内を探ってください」
 雪絵はさっきから、何かを感じ取っている様子だった。
「どこにいるのか分かるの?」
 ありすは寒さで併発した鼻炎が続いていた。
「はい。時夫さんの居場所なら、ロイヤル・ハーグワンのセンサーで探っていけば、すぐに突き止められます」
 雪絵によると、時夫に何か異変があったらしい。
「無事なのね?」
「おそらく。今は、微弱に感じられます」
「え……? でも」
 ウーが心配げな顔を雪絵に向けた。
「大丈夫です。もう私は摑まりません。それに彼女は、今のわたしを恐れています」
 雪絵の自信は、これまでの彼女自身の成長に裏付けられていた。雪絵は今や最強の科術師だ。
「じゃ……ロビーのデカ招き猫の前で合流しましょ」
 ありすがそう言うと、ウーがバナナの房をありすに見せた。
「これも使える?」
「うん」
 バターン! という音とともにその直後、雪絵は床に出来た六角形の穴に落ちた。
「ん……早いわね」
 雪絵の姿が見えないので、もう立ち去ったのだと二人は思った。今のところありすとウーが穴に落ちてないのは、奇跡的な偶然でしかない。
「そんなトコで何をしている!?」
 突然、無言でジャガイモの皮をむいていたコックが、ぐるっと振り向いた。
 サングラスをしていた。コック帽をスポンと取ると、リーゼント頭だ。これまで、店員も客も洗脳されているせいで、城側はありすら侵入者に無関心だった。
 それで二人が厨房に勝手に出入りしても、なんらお咎めなしだったが、今回だけは違った。
「あれ……さっきまでコックだったよね? いつの間に顔が入れ替わったんだ?」
 ウーにもありすも、六十代と思しきコックと認識していた人物が、三十くらいの男になっていることに気づいた。身長も百八十以上に伸びているような。
「勝手に厨房のものを物色とは? お前たち、外から入ってきたアノマリー(異常情報体)だな?」
 反対側の入り口から、ダークスーツを着たサングラス男が入ってきて、厨房を漁るありす達に声をかけた。そいつを見やるとコックと全く同じ顔だ!
 その直後、裏口からも別の同じ顔が入ってきた。
 ありすとウーは、三方向を同じ顔の男に取り囲まれていた。
「異物じゃないんですけど?」
 ありすは言い返した。
「顔、皆一緒じゃん」
「新手の女王の手下か。出来立てほやほやって処よね」
「西で見たへのへのもへじと同じねー」
「東京タワーにあるタモリの蝋人形みたい」
 急場しのぎだけあって、何体も存在する。その分かえって厄介だ。
「どうやら古城ありすだな。ようこそ、泊(ト)マリックスへ!」
「トマリックスですって?」
「阿頼耶識装置が動かすこの城のことだよ。すなわち、泊まりーックス!!」
「----あの時計は何かしら?」
 全員、サングラスの真ん中に青い地球の時計があった。ちょうど瞳サイズの大きさである。
 何かしらのタイムリミットを示しているのではないかと、ありすは推察した。
「なるほど? 前回が『美○しんぼ』で、今回敵は『マトリックス』で攻めてきた、というワケか。つまりこいつらはエージェント・スミスね。戦いはスピード勝負になる。全力でやるっきゃないわね……」
 ありすは、たこピックのポーズをとった。
「食らいな、エージェント・スミス、無限たこやき!」
 ありすのたこ焼き呪文が炸裂し、厨房内に光弾が放たれた。
 サングラスたちは奇妙な姿勢で、続々発射される光弾を一つ残らず避けていった。
「さ、さすがに早い」
「私はエージェント・スミスじゃない! ヘーゼント・スミスル!」
 スミス達は懐から墨を取り出し、のけぞったまま床をこすり始める。たちまちにして、床に墨が流れた。
 ありすらは、スミスが摺った墨でずっこけた。無限たこ焼きの中でも「平然と墨摺る。」? ……く、くだらん。
「ハッハッハ、どこに撃ってる!?」
 足が滑って、もはや標的どころではない。しかしこれは駄洒落ではない、意味論なのだ。
「ならこっちは、否バウアー作戦で対抗するわよ!」
 ありすは、つるつる滑る床で、イナバウワーをしながら何とか転倒を回避した。「平然と墨摺る」を拒否する意味論、それが「否バウワー」。
「そんなん無理だって、キャアア……!」
 ズシン、という音と共にウーはしりもちをついたが、迫る敵にひるむ女ではない。
「うさぎビーム!」
 石川ウーは、スミスの持った墨を狙った。墨はバチンとはじかれ、スミスの手を離れると、床に転がった。とたんにスミスは動きが悪くなった。
「あれが弱点か。今だよ! ありすちゃん」
 ありすの無限たこ焼きが、墨を奪われたスミスたちを続々粉砕していった。茸くずが床に散らばる。
「死んどけよ!」
 二人の無限たこ焼きとうさぎビームは、確実にパワーアップしていた。スミスの墨は、彼等の命といってもよいものらしい。そこへドカドカと、革靴の乾いた音が店内に鳴り響いた。新手のスミスが現れたのである。
「くっそ、きりがない……」
 スミスは死んでも、いくらでも代わりが居るらしく、すぐに新手が店に入ってきた。「茸」の粗製乱造だからだろう。たこ焼きを避け、墨を平然と摺り、さらにありす達を滑らせた。西部で囲まれた、嫌な経験が思い出される。
 ありすは無限たこやきの連射を続けた。だがそれは、スミスを標的にしてはいなかった。光弾は店内に居る他の人間にぶつかっていったのだ。
「はっはっは、どこを狙っている?」
 たこ焼きの中には、スミスが引き連れた茸たちを無力化し、住人のスマフォを破壊し、洗脳を解くグルメが入っていた。これがありすの作戦だった。
 住民へのダメージを最小限に抑え住人を覚めさせるために、ありすは無限たこ焼きの中に食材を入れていたのである。
「なんだと!? 味なまねを、たこ焼きだけに!」
 スミスの一人の表情がこわばっている。
「見ーたか茸共! 『水滸伝』の一柱、一丈青扈三娘(いちじょうせいこさんじょう)のごとき、あーたーしの働きを、とくと見届けな!」
 ありすが、またよく分からないネタを口走っている。
「----誰ぇ?」
 ウーは忙しすぎて、それ以上突っ込む暇がない。
 スミスは銃撃戦を諦めたのか、白兵戦に持ち込もうと接近してくる。目に見えないスピードの拳やキックが、襲い掛かってきた。
「クソッ、手が何本もある感じッ!」
 よく見ると、そうではない。スミスの背中から、実際に何本もの腕が伸びている。これはスピードだけじゃない。実際にクンフーのときだけ、手数が多くなるらしい。
「ひ、卑怯モン!」
 メカ不動明王じゃあるまいし。
「卑怯ついでに教えてやろう。リーゼント・ハンマー!」
 ヘーゼントのリーゼントが伸びてきて、攻撃してきた。
 自在に伸縮するリーゼントらしい。腕が一本増えたのと同じだ。パン剣と違って弾力性があるが、スナップを利かせて打撃を与えるタイプの武器だった。
「ヤメろこいつ!」
「やつめ……今度はリーゼント・スミスか!?」
 さっき敵は「へーゼントなんとか」と言っていたが、茸人の設定なんてコロコロ変わる。
「もはや逃げられんぞ! さて、遊びは終わりとしよう。恋文町に時間はあまりないんでね」
「おいグラサン! 遊んでんのはどこのどいつだッ!」
「バア!」
 スミスはサングラスをパッと取った。その目玉の瞳は、サングラスと同じ青い地球の時計だった。なんて不気味な奴!
「そんな眼で、前が見えるの?」
「問題ない。なぜなら------」
 スミスは右手をパッとかざす。手のひらに、ギョロッとした目玉が着いている。
「ゲッ」
 これだから粗製乱造のヒトモドキは--------。
「お前達、一体何のタイムリミットだっていうのよ?」
「この新屋敷は一個の巨大な機械時計だ。恋文町の来るべき時のために、我々は働いている。そしてお前達も、この時計の歯車の一つなのだ。分かったかね」
 スミスはそういって、白い歯を見せた。時計のエージェントだということか。
「檸檬が手に入ればなぁ」
 ウーは、前に「ぷらんで~と恋武」を吹っ飛ばした「菓子井基次郎式檸檬爆弾」の科術を、ここで試みたいと考えていた。
「カボスと柚子とスダチならあるけど、……レモンはないわね! 残念」
「それでいいから、貸して。……そらっ!」
 ウーはカボスを投げた。
 スミスたちの前で果汁がはじけ、黄色い光の爆発が起こった。小規模な爆発だった。レモンほどではなかったが、多少の足止めにはなったらしい。それをチャンスに、二人は走り出した。
 続けてウーは、スダチと柚子を順に投げていった。同じく爆発が起こったが、三つの中では柚子が一番効果的だった。レモンが最強だろうが、ここにはないので仕方が無い。敵も警戒して、置いてないのかもしれない。
「もうないの?」
「品切れになった、クッソ。移動しながら戦うわよウー、新たな食材を手に入れるの!」
 かんきつ類だけではなく、敵が多すぎるために、予想以上にありすの食材は浪費が激しかったのだ。
「OK牧場」

 和室の大宴会場の障子をスラリと開けると、あふれ返った花札人たちが賭博をしていた。リーゼント・スミスたちから逃げた場所で、今度は「恋文はわい」時代の花札人たちが待ち受けていたという訳だ。
 他には銚子の博徒……いやこれも茸だろうが、それと同時に恋文Kサツも混じっていた。この警官らは、スネーク・マンション・ホテルで、古城ありすがアンパンチで粉砕したはずの擬人たちだった。
 新屋敷でフツーに復活していやがる。しかも警官とやくざと仲良く賭博とは、さすが千葉(×)、もといヒトモドキだ。まー、元はどっちも茸だけどね。
 スミスに加え、茸人、花札人、そして蜂人……。
 オイオイ! 結果として、追っ手が増えちゃってるじゃないか。バカみたい。
「蛾蝶が蛾ァ蛾ァ、蝶々発止ッ!」
 ありすの放った蛾と蝶に翻弄されるように、一部の敵がそれらを追いかけていった。
「シムラウシロ!」
 スミス以外の連中が皆ひっくり返されて、ゴロゴロと転がっていった。面白いように技が決まる。
 それ以外にも、ありす達が何もしていないところで、なぜか茸人が数を減らしていっている。どうやら連中は、穴に落ちているらしいことに、初めてありすは気づいた。城の床には、落とし穴があるらしい。依然、群を成して追ってはくるが。
「いちいち関わってらんないわね……」
 廊下を出ると、二十メートル前方に、スミスの姿が見えた。
 これまで何人ものスミスを倒してきた。だがその都度、スミスは色々なところから出現するのだ。ウーがうさぎビームでスミスの墨を破壊し、ありすがたこ焼きを食らわせる。そうすればハイスピードで動くスミスにも勝てた。しかし……。

 BBBBBBB……。

 妙な音が後ろから追いかけてきた。
 スミスは走りながらフォーメーションを形成していた。どうやらその動きに伴って、「Bee」、「Bee」という音が鳴っているらしい。
「ジェットストリーム・アターック!」
 今度のスミスは、三人が固まって行動している。一人が跳び箱になり、もう一人がそれを飛び越えてジャンプし、二人目がありすの攻撃を食らって倒れたところで、最後の一人の銃撃が後ろから襲い掛かった。
「ぐっ……こ、この攻撃は」
 スミス三人による「黒い三連星」攻撃だ。「樹動戦士ガンダム」のドムでおなじみの技である。光弾を避けるスピードこそ速いが、スミス一体一体はそれほど強くはない。
 しかし、三人同時にジェットストリーム・アタックをやると、ありすやウーを上回る攻撃力を発揮した。ありすとウーの力は以前よりも強化されているが、敵もさるもの。やみくもに数で押してくるだけではない。組織化されている。二人は思わぬ苦戦を強いられていた。
「こいつらは今までにないタイプの擬人だ。泊(ト)マリックスが操作する人工知能なんだ。高度な学習機能を持っている。最初は粗製乱造だと思ったけど、着実に成長しているわ。こっちの動きを読むわ! これが、トマリックスの力か」
 AI界ではもはや、人類は囲碁・将棋・チェスで勝てなくなっていたことをありすは思い出して、丸い額に冷や汗がにじみ出る。
「ヤバい! 学習する前に一刻も早く中枢を停止させないとッ!」
 ウーは、振り向く暇ももったいないと言わんばかりのスピードで走っている。
「そうね。阿頼耶識の中枢を止めないと、無限に襲ってくるわね」
 二人はもう走るだけで精一杯だった。
「くっ、このコピペ野郎!! てめえらの血は何色だッ!」
「ウー、茸に血は流れてないよ」
 すると、ありすのスマフォにメールが送られてきた。
「白うさぎの後を追いかけてゆけ!」
 メッセージ主は、幻想寺の綺羅宮神太郎となっている。
「はぁ? 何それ。うさぎって……?」
「あたしのことじゃないの? 映画『マトリックス』の冒頭と同じじゃんよ。マトリックスは実は『不思議の国のアリス』をモチーフの一つにして、作られている。主人公のネオは最初にモーフィアスから、『白うさぎの後を追え』って言われるの。だからね、フォローミー!」
 ウーは満面の笑顔で、ありすの前方をピョンピョン走った。
「あんた、マズルがどこにいるか分かんないの?」
「……分かんない」
「ダメじゃん」
 相変わらず、後ろからスミスたちの銃撃が襲ってくる。これまでのような反撃だけでは厳しいだろう。もしも、石川ウーがこの事件の鍵を握っているのだとしたら……。
「ウー、今どうしたい?」
「あれを……食べたい。ほら……あれ、あれよ、あれ。ほらーあたしの好きなやつ!」
「-------知らん!」
「うな重が…………、食いてぇー!!」
 うなぎ屋だと!? すぐに見つかるだろうか。
「さっきいっぱい食ったクセに」
「戦えば腹が減るでしょ! これ世の常識」
 仕方ない。さっきのメールの言うとおりなら、うさぎの指示に従うしかない。
 しばらくして幸運にも、館内案内図で下の階にうなぎ屋があることに気づいた。二人は階段を下りて店内へ駆け込んだ。
 厨房へと押し入り、二人は出来立てホヤホヤの蒲焼を急いで食らった。
 なぜかありすまで。そのタイミングで、二人は三人チームを組んだスミスの大集団と、その他の茸人、花札人たちにドッと取り囲まれた。
 廊下の後ろの方で、蜂人たちの羽音の威嚇音が聞こえてくる。
「うなぎビーム!!」
 突如ウーが放ったビームが渦を巻くようにして、一人ひとりの敵の胸を撃ち抜いた。どんなにスミスが光弾を避けようとも、さらに茸人、花札人も含めて全員、曲がるビームでバッタバタと倒されていく。
 ありすは驚嘆した。ウーが蒲焼を食ったときだけ使えるうなぎビーム。それは、ウナギのように曲がる。このマヌケなウーが、そんな技まで!?
「蜂人は傷つけないで! なるだけ。お願い。キボンヌ」
 ありすとウーのコンボで、敵はどんどん倒れていった。
「わ……分かってるけど。そうも言ってらんなくない?」
 この階は、比較的静かだった。
 廊下に、無数の茸の破片と花札が散らばっている以外は。住人達は、ありすのたこ焼きの流れ弾で正気を取り戻すと、さっさと階を降りていった。蜂人は、ウーのうなぎビームの威力を見て恐れたのか、姿が見えなくなった。
「この部屋は何かしら」
 レクリエーション・ルームと思しき、ゲーム・センターのような部屋の前で立ち止まる。アーケード・ゲーム機が立ち並んでいた。
 ウーはずかずかと入っていった。ド派手に発光するゲーム機の間に、人気はなかった。
「大丈夫なの?」
『知るべきことだから知っている』
「は? 何をよ? 唐突に変なことを言って」
「あたしじゃない」
 ウーに続いて部屋に入ると、ありすはゲーム機の間に見慣れた三連立方体を見つけた。
「……えっ! 師匠……?」
 そうである。このわけの分からない立方体こそ、街中で見かけた、古城ありすの探す「半蝶半蛾」の店長だと言い張る謎の物体だった。
『ガラガラ……』
「オーイ」
 ありすはやる気なさげに声をかけた。
『……そう、私だ。ありす』
「ここまで入って来れたんですか?」
『幻想寺のハッキングが進んでいるおかげだ。寺院から送られたメールを読んだか? 後は石川卯(うさぎ)に任せろ。さすれば何も心配はいらん』
「えぇ、でもウーに?」
 不審顔でありすがウーを見ると、ウー本人はフルフルと首を横に振っていた。
『道を知っていることと、実際にその道を歩くことは、別物だ……』
 赤、青、黄色の三連立方体はしゃべる信号機のように光り、ゆっくりと相互に回転していた。
「この状況で何哲学的なこと言ってんですかッ! 分かりやすく言ってくださいよ!」
 やっぱりありすはこの「店長」にイラついていた。
『入り口までは案内するが、扉は君自身で開けろ』
「くっ……」
 案内? いつされましたでしょうか。のどまででかかったその言葉を、ありすは飲み込んで、ただただ三連立方体を睨んでいた。
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