第24話 路地裏のロジック
文字数 4,375文字
「あれが科術のコンサートだってことは分かったよ。でもそれが地下の戦いとどうつながってる? もう少し先に説明してから行動してくれないか」
半町半街に戻ってきた三人は楽器を置いて、居間でお茶を飲んでいる。
「全く」
ありすは時夫を睨んだ。大体、いつもありすは時夫に冷たい。
ありすのスマフォが着メロを奏でた。
「……来た。続々と、コンサートのお客さんたちからの反応が。あたし達の演奏が、みんなのハートを輝かせたんだよ」
ありすはにっこり微笑んだ。野菜にハートねぇ。ありすが野菜たちに向かって放り投げたギターピック、後で会場に落っこちてたぜ。まぁ、いいけど。
「気にしないでおくれ時夫。ありすは、変態なだけで決して悪い奴じゃないんだ」
ウーが慰め?た。
「なんか、こいつに言われると超ムカつくんだけど」
「お客さんの中に混じってた緑の髪のおばちゃん達は、人間なんだよな?」
「ええ。れっきとしたおばちゃんよ。野菜人じゃない」
「でも……なんで髪を緑色に染めるんだろ?」
頬杖着いたウーがぼんやりつぶやいた。
「前に美容師に聞いたことがあるんだけど、本当は真っ白なロマンスグレーにしたい為に、少し白髪を紫に染めるらしいの。その色素が濃くなった結果が紫の髪なんだけど、緑はそのアレンジという訳」
また世の中の謎が、ありすによって解明されてしまった。緑の髪は、本来の目的を見失っている。
「それでコンサートの意味は?」
「さっき、お客さんたちが恋文町のあちこちに散らばっていったわよね」
はいはい。お客さんね。いいけど。
「町の情報網が動き出したってこと。金時君は、町を脱出しようとして道に迷ったよね。それは金時君が悪いからじゃない。不思議の国として目覚めた恋文町は、地図通りに行ってもダメな迷宮になっている。たとえば、工事中の道路を通行禁止にするカラーコーンや、敷地への立ち入りを禁ずる黄色いプラスチックの鎖。本来は、通ろうと思えば通れるはずでしょ。でも、この町では物理的に通れない。『通ってはいけない』という意味論がそこで発動しているから。そして監視されてる。それが……こいつ」
ありすが時夫にスマフォで見せたのは、壁に埋め込まれた金ぴかの送水口。二つ目の金属製のカエルの顔にもよく似たその形状。
「こいつは司令官なのよ。町のインフラ同盟を操っているわ。電柱人が単なる誘拐の犠牲者だとすると、送水口ヘッドは、擬人の中でも強力な攻撃力を持っている。法令で、高い建物や広い施設には必ず存在するからよ。気をつけて。これは消防車が水を送り込むだけじゃない、地下はこっから地上を監視しているし、時にはレーザーを発射して攻撃可能だわ。それともう一つ。迷路は、カラーコーンや工事の関係でいろいろ変化している。君は正しいルートを進むための、いろいろなものを見落としている。うさぎ穴にしても雪絵さんの行方にしても、まずは情報収集よ。それがさっきのフェスティバルの意味」
ありすはスマフォをいじりながら、板チョコを齧っていた。普通のチョコなのか、時夫は気になった。
「OK、月へのルートが分かったわ。これからスーパームーンに行って女王サリーと直接対決する」
ありすはニッと笑った。
「月に行くって? どうやって」
まさかロケットに乗るとか言うんじゃないだろうな。
「この町から行けるのよ。さぁ行きましょ。座してなんかいらんない。こっちから町で不思議現象を起こす奴らの策略をブッ倒す! 月まで行って女王との戦闘開始よ」
地下の次は月とか……頭がついていけない。
「また俺も、行くのか」
「私と一緒に居れば安全だから。マイナスも見方を変えればプラスになる。金時君はここに居れば安全だけど、もしかして、雪絵さんを取り返す時に必要になるかもしれないしね」
不思議が横丁から飛び出してくる、「不思議銀座」であるこの恋文町は、もう何も安全ではないのだ。本当に頼んだぞ古城ありす!
だが、やっぱりというかありすはこれから何をするのかをついに時夫に言わなかった。月に行くという話も荒唐無稽すぎるし、もし戦闘に巻き込まれでもしたら。
ウーも時夫と同様に、ありすの後を着いていくだけだった。時夫自身は素人だから仕方ないとしても、果たしてウーがどれくらいありすの作戦を理解しているのか。
だがウーはといえば、この状況で鼻歌を歌ったり、軽い足取りでスキップをしている。うさぎだし仕方がない、そう思うしかないだろう。
どっかで暴走族の音がか細く聞こえる。また今日も、暴走族の単車がうるさい。
「単車ね。大分、数が減ったわね。暴走族の音。この近くみたい」
ありすは耳を澄ましている。
「ずいぶん遠くじゃないの?」
ウーが上の空で答えた。以前は夜中に徒党を組んで、数台で走っている音が響いていたのだが、だんだんと数が減っていた。車は近くを通っているらしい。
ありすは音のする方へ歩いていった。街路樹の葉に、てんとう虫が止まっていた。
「このてんとう虫は族のなれの果てよ。女王は暴走族が嫌いなんだ。きっと図書館に居た時、読書の邪魔をされて腹を立てたんだろう」
ヴンヴンヴン!
ありすの見下ろす、葉っぱについたその小さな赤い虫は唸り声を立てていたが、指先でつまむところりと落ちて、ピョンと空へ飛び上がった。
コトコトコト……。
同じ木に別の音が響いている。
「おい、これ見ろ」
葉っぱの影の枝に這うのは緑の芋虫ではなかった。銀色の電車だ。
「恋文駅のある電鉄の電車が、こんなところに……」
「ストの影響よ。あらゆる変身魔術を使うサリーの魔法で、電柱にさせられた人、砂糖にされた佐藤さん、てんとう虫にされた暴走族。そしてストに巻き込まれた満員電車。彼らを元に戻すには、サリーを倒すしかない」
しばらく歩いてありすはまた立ち止まった。
着いたところは何処からどう見ても普通の住宅街の坂道で、「情報」とやらがなければありすでも見過ごしてしまうような場所だ。だが、時夫が番地を確認してみると何かが奇妙だった。
「恋文町愛丁目」
足元のマンホールを見ると、円形のフタにハートマークが配されている。
「番地の意味論が、町を支配する。ここは伝説の愛の戦士セントバレンタインが、ウィスキーボンボンでハートを撃ち抜いた場所よ。久しぶりに来たわ」
ありすが時夫に説明してくれたが、さっぱりワケワカラン! 一体、誰のハートを打ち抜いたんだヨ? とか思っているとウーの、石川うさぎの様子がさっきと違っている。頬を紅潮させ、あたりをうろうろし始める。……あぁ、石川ウーのことか。
「ウーがウサ男(メン)と、ここで密会してたのよ。中菩薩峠でチューしてたの」
こんな坂道で? だがウーにとってこの場所は、他人にとって如何に平凡な場所であろうと、特別な場所であるのだろう。そもそも名称が「愛丁目」だしな。
ふとコンクリートブロックを見ると、変な看板が張られている。
「もこ(ハート)(ハート)(ハート)」
その二文字だけが、ピンク色の丸ゴシック体で書かれていた。
そこから少し歩いたところにも、
「もこ(ハート)、もこ(ハート)、もこ(ハート)、もこ(ハート)……」
と、「もこ」の字が増殖したゾーンが出現した。考えても、全く意味が分からない。
「あっ、皆ちょっと来て!」
先を行くウーの声が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。
ありすと時夫が駆けつけると、電柱の横にもう一つ巨大な白い柱、ど根性大根がどっしりと聳え立っていた。大きさは三メートル。しかもなんとなく手足があり、豊満な女性のようなポーズを取っている大根だった。
「おぉ~! あのかぼちゃさんが教えてくれたのってこのヒトだったんぁ」
ウーは左右に身体を揺らしてしげしげと眺め、抱きついてスベスベと両手で大根の太もも部分をなでた。なんだかなまめかしい。
「分かった。このひび割れの横に、もともと地下に通じたうさぎ穴があったのよ。女王の手下が人攫いするために、こっからもこもこ這い出てきてた」
もこもこ……? これは、「もこ」の意味論なのか。
「だからうさぎ穴って言わないで!」
ウーがキッとなってありすを睨む。
「でも、ど根性大根が出口を塞いでくれた。これで確実に一箇所、誘拐現場が叩き潰されたってことね」
それがありすの科術による急成長で穴を埋めたのか、それとも自然にできたのか時夫には分からなかった。ありすの表情は、時夫には読めない。
「あのさ、こんな散歩に何の意味がある?」
「散歩じゃない、散歩だったらブラタモリにでも任しときゃいいのよ」
「それをいうなら『じゅん散歩』じゃん? タモリの土地考察は深いよ」
ヴヴヴヴヴヴヴ……。
電光の鮫が路地を走って三人の横を通り過ぎて行った。形はチョウザメに似ており、半透明で大きさは二十センチくらいだ。
「反応しちゃダメ。敵よ。私達を探している。見つけ次第攻撃してくる。サーチ・アンド・デストロイよ」
しかし、そいつはそのまま通り過ぎていった。
「なぜ今気づかなかったんだ?」
「フン、もちろん科術よ」
ありすは自信満々に胸を張った。
日が暮れてきた。ありすはそのまま、夕日に向かってずんずんと歩いていった。後ろをついていく時夫にとって、この町でもう古城ありす以上に常に謎に満ちた存在はいない。
ふと立ち止まり、ありすは辺りを見渡している。さっきの愛丁目と代わり映えしない住宅街の一角。夕日に赤く染まった白い横顔。時夫がその番地を確認すると、今度は
「恋文町夕丁目」
マンホールのフタは町に沈む夕日を描いている。
パ~~~、プ~~~。
豆腐屋のラッパがどこからともなく聞こえてくる。
「ここは夕日の国。ここは夕日が張り付いて、すべてが黄金色に染まったまま。ここに居たら、いつまで経っても日が暮れないわね」
ありすの言うことは到底信じがたく、時夫にはただの冗談だとしか思えない。
「だから前に進みましょう。もう少しで到着する」
ここがゴールではなかったようだった。
やたら巨大なお化けアロエが生えていてギョッとした。
「そっちは行かないで。一度踏み入れると二度と戻れない横丁よ」
ありすが指差した分岐点の左側は、道の向こうが不自然に暗くて何も見えない。思い出が横丁から飛び出してくる、新宿の「思い出横丁」ならまだいいんだが。
やがて日が沈み、辺りは真っ暗になった。歩き始めて一時間くらいしか経っていない。恋文町の無限住宅街は迷宮のようで、時夫は無事帰れるのかと不安になる。どこもかしこも町の顔つきが同じなのだ。
半町半街に戻ってきた三人は楽器を置いて、居間でお茶を飲んでいる。
「全く」
ありすは時夫を睨んだ。大体、いつもありすは時夫に冷たい。
ありすのスマフォが着メロを奏でた。
「……来た。続々と、コンサートのお客さんたちからの反応が。あたし達の演奏が、みんなのハートを輝かせたんだよ」
ありすはにっこり微笑んだ。野菜にハートねぇ。ありすが野菜たちに向かって放り投げたギターピック、後で会場に落っこちてたぜ。まぁ、いいけど。
「気にしないでおくれ時夫。ありすは、変態なだけで決して悪い奴じゃないんだ」
ウーが慰め?た。
「なんか、こいつに言われると超ムカつくんだけど」
「お客さんの中に混じってた緑の髪のおばちゃん達は、人間なんだよな?」
「ええ。れっきとしたおばちゃんよ。野菜人じゃない」
「でも……なんで髪を緑色に染めるんだろ?」
頬杖着いたウーがぼんやりつぶやいた。
「前に美容師に聞いたことがあるんだけど、本当は真っ白なロマンスグレーにしたい為に、少し白髪を紫に染めるらしいの。その色素が濃くなった結果が紫の髪なんだけど、緑はそのアレンジという訳」
また世の中の謎が、ありすによって解明されてしまった。緑の髪は、本来の目的を見失っている。
「それでコンサートの意味は?」
「さっき、お客さんたちが恋文町のあちこちに散らばっていったわよね」
はいはい。お客さんね。いいけど。
「町の情報網が動き出したってこと。金時君は、町を脱出しようとして道に迷ったよね。それは金時君が悪いからじゃない。不思議の国として目覚めた恋文町は、地図通りに行ってもダメな迷宮になっている。たとえば、工事中の道路を通行禁止にするカラーコーンや、敷地への立ち入りを禁ずる黄色いプラスチックの鎖。本来は、通ろうと思えば通れるはずでしょ。でも、この町では物理的に通れない。『通ってはいけない』という意味論がそこで発動しているから。そして監視されてる。それが……こいつ」
ありすが時夫にスマフォで見せたのは、壁に埋め込まれた金ぴかの送水口。二つ目の金属製のカエルの顔にもよく似たその形状。
「こいつは司令官なのよ。町のインフラ同盟を操っているわ。電柱人が単なる誘拐の犠牲者だとすると、送水口ヘッドは、擬人の中でも強力な攻撃力を持っている。法令で、高い建物や広い施設には必ず存在するからよ。気をつけて。これは消防車が水を送り込むだけじゃない、地下はこっから地上を監視しているし、時にはレーザーを発射して攻撃可能だわ。それともう一つ。迷路は、カラーコーンや工事の関係でいろいろ変化している。君は正しいルートを進むための、いろいろなものを見落としている。うさぎ穴にしても雪絵さんの行方にしても、まずは情報収集よ。それがさっきのフェスティバルの意味」
ありすはスマフォをいじりながら、板チョコを齧っていた。普通のチョコなのか、時夫は気になった。
「OK、月へのルートが分かったわ。これからスーパームーンに行って女王サリーと直接対決する」
ありすはニッと笑った。
「月に行くって? どうやって」
まさかロケットに乗るとか言うんじゃないだろうな。
「この町から行けるのよ。さぁ行きましょ。座してなんかいらんない。こっちから町で不思議現象を起こす奴らの策略をブッ倒す! 月まで行って女王との戦闘開始よ」
地下の次は月とか……頭がついていけない。
「また俺も、行くのか」
「私と一緒に居れば安全だから。マイナスも見方を変えればプラスになる。金時君はここに居れば安全だけど、もしかして、雪絵さんを取り返す時に必要になるかもしれないしね」
不思議が横丁から飛び出してくる、「不思議銀座」であるこの恋文町は、もう何も安全ではないのだ。本当に頼んだぞ古城ありす!
だが、やっぱりというかありすはこれから何をするのかをついに時夫に言わなかった。月に行くという話も荒唐無稽すぎるし、もし戦闘に巻き込まれでもしたら。
ウーも時夫と同様に、ありすの後を着いていくだけだった。時夫自身は素人だから仕方ないとしても、果たしてウーがどれくらいありすの作戦を理解しているのか。
だがウーはといえば、この状況で鼻歌を歌ったり、軽い足取りでスキップをしている。うさぎだし仕方がない、そう思うしかないだろう。
どっかで暴走族の音がか細く聞こえる。また今日も、暴走族の単車がうるさい。
「単車ね。大分、数が減ったわね。暴走族の音。この近くみたい」
ありすは耳を澄ましている。
「ずいぶん遠くじゃないの?」
ウーが上の空で答えた。以前は夜中に徒党を組んで、数台で走っている音が響いていたのだが、だんだんと数が減っていた。車は近くを通っているらしい。
ありすは音のする方へ歩いていった。街路樹の葉に、てんとう虫が止まっていた。
「このてんとう虫は族のなれの果てよ。女王は暴走族が嫌いなんだ。きっと図書館に居た時、読書の邪魔をされて腹を立てたんだろう」
ヴンヴンヴン!
ありすの見下ろす、葉っぱについたその小さな赤い虫は唸り声を立てていたが、指先でつまむところりと落ちて、ピョンと空へ飛び上がった。
コトコトコト……。
同じ木に別の音が響いている。
「おい、これ見ろ」
葉っぱの影の枝に這うのは緑の芋虫ではなかった。銀色の電車だ。
「恋文駅のある電鉄の電車が、こんなところに……」
「ストの影響よ。あらゆる変身魔術を使うサリーの魔法で、電柱にさせられた人、砂糖にされた佐藤さん、てんとう虫にされた暴走族。そしてストに巻き込まれた満員電車。彼らを元に戻すには、サリーを倒すしかない」
しばらく歩いてありすはまた立ち止まった。
着いたところは何処からどう見ても普通の住宅街の坂道で、「情報」とやらがなければありすでも見過ごしてしまうような場所だ。だが、時夫が番地を確認してみると何かが奇妙だった。
「恋文町愛丁目」
足元のマンホールを見ると、円形のフタにハートマークが配されている。
「番地の意味論が、町を支配する。ここは伝説の愛の戦士セントバレンタインが、ウィスキーボンボンでハートを撃ち抜いた場所よ。久しぶりに来たわ」
ありすが時夫に説明してくれたが、さっぱりワケワカラン! 一体、誰のハートを打ち抜いたんだヨ? とか思っているとウーの、石川うさぎの様子がさっきと違っている。頬を紅潮させ、あたりをうろうろし始める。……あぁ、石川ウーのことか。
「ウーがウサ男(メン)と、ここで密会してたのよ。中菩薩峠でチューしてたの」
こんな坂道で? だがウーにとってこの場所は、他人にとって如何に平凡な場所であろうと、特別な場所であるのだろう。そもそも名称が「愛丁目」だしな。
ふとコンクリートブロックを見ると、変な看板が張られている。
「もこ(ハート)(ハート)(ハート)」
その二文字だけが、ピンク色の丸ゴシック体で書かれていた。
そこから少し歩いたところにも、
「もこ(ハート)、もこ(ハート)、もこ(ハート)、もこ(ハート)……」
と、「もこ」の字が増殖したゾーンが出現した。考えても、全く意味が分からない。
「あっ、皆ちょっと来て!」
先を行くウーの声が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。
ありすと時夫が駆けつけると、電柱の横にもう一つ巨大な白い柱、ど根性大根がどっしりと聳え立っていた。大きさは三メートル。しかもなんとなく手足があり、豊満な女性のようなポーズを取っている大根だった。
「おぉ~! あのかぼちゃさんが教えてくれたのってこのヒトだったんぁ」
ウーは左右に身体を揺らしてしげしげと眺め、抱きついてスベスベと両手で大根の太もも部分をなでた。なんだかなまめかしい。
「分かった。このひび割れの横に、もともと地下に通じたうさぎ穴があったのよ。女王の手下が人攫いするために、こっからもこもこ這い出てきてた」
もこもこ……? これは、「もこ」の意味論なのか。
「だからうさぎ穴って言わないで!」
ウーがキッとなってありすを睨む。
「でも、ど根性大根が出口を塞いでくれた。これで確実に一箇所、誘拐現場が叩き潰されたってことね」
それがありすの科術による急成長で穴を埋めたのか、それとも自然にできたのか時夫には分からなかった。ありすの表情は、時夫には読めない。
「あのさ、こんな散歩に何の意味がある?」
「散歩じゃない、散歩だったらブラタモリにでも任しときゃいいのよ」
「それをいうなら『じゅん散歩』じゃん? タモリの土地考察は深いよ」
ヴヴヴヴヴヴヴ……。
電光の鮫が路地を走って三人の横を通り過ぎて行った。形はチョウザメに似ており、半透明で大きさは二十センチくらいだ。
「反応しちゃダメ。敵よ。私達を探している。見つけ次第攻撃してくる。サーチ・アンド・デストロイよ」
しかし、そいつはそのまま通り過ぎていった。
「なぜ今気づかなかったんだ?」
「フン、もちろん科術よ」
ありすは自信満々に胸を張った。
日が暮れてきた。ありすはそのまま、夕日に向かってずんずんと歩いていった。後ろをついていく時夫にとって、この町でもう古城ありす以上に常に謎に満ちた存在はいない。
ふと立ち止まり、ありすは辺りを見渡している。さっきの愛丁目と代わり映えしない住宅街の一角。夕日に赤く染まった白い横顔。時夫がその番地を確認すると、今度は
「恋文町夕丁目」
マンホールのフタは町に沈む夕日を描いている。
パ~~~、プ~~~。
豆腐屋のラッパがどこからともなく聞こえてくる。
「ここは夕日の国。ここは夕日が張り付いて、すべてが黄金色に染まったまま。ここに居たら、いつまで経っても日が暮れないわね」
ありすの言うことは到底信じがたく、時夫にはただの冗談だとしか思えない。
「だから前に進みましょう。もう少しで到着する」
ここがゴールではなかったようだった。
やたら巨大なお化けアロエが生えていてギョッとした。
「そっちは行かないで。一度踏み入れると二度と戻れない横丁よ」
ありすが指差した分岐点の左側は、道の向こうが不自然に暗くて何も見えない。思い出が横丁から飛び出してくる、新宿の「思い出横丁」ならまだいいんだが。
やがて日が沈み、辺りは真っ暗になった。歩き始めて一時間くらいしか経っていない。恋文町の無限住宅街は迷宮のようで、時夫は無事帰れるのかと不安になる。どこもかしこも町の顔つきが同じなのだ。