第61話 Why Wild? アタック・オブ・ザ・タンブルウィード

文字数 13,212文字

Gは「GOTHIC LOLITA」のG 古城ありすとうまい棒

 漂流町のとある辻。
 すなわち交差点に、ギャングスターバックスがデンと構えている。このチェーン店は、基本ギャングしか利用しないコーヒーショップ兼酒場だった。
 当然、漂流町にも何処かにあるはずだと考えたありすは探していた。そこにキラーミン・ガンディーノが居ると、ありすは踏んでいたのだ。
 ありすはJ隊のジープを停めると、右手にガトリング銃、左手にメキシコ金貨の詰まったジェラルミンケースを持って、店内へと単身乗り込んだ。
 ブランコ一味の中でおそらく最強であるキラーミンを倒さない限り、このゲームに終わりはない。
 店内の壁には、ありすたちが賞金首のWANTEDの張り紙になって張られていた。
 キラーミンは中央にあるテーブルで、へのへの部下達とカードゲームに興じていた。干しトマトをくちゃくちゃと噛んでいる。
 一斉に振り向いたへのへのもへじを古城ありすは無視して、テーブルの上にドンとジェラルミン・ケースを置いた。
「五十万ドルよ。センセイ、あたしと勝負しない? あたしが勝ったら雪絵さんは返してもらうわよ」
 それだけ言うと、さらにうまい棒をテーブル上に十数本積み上げた。
「これ、あたしのチップ代わり。さぁ、カードを配りなさい!」
 ありすは左隣のへのへの部下に指示する。
 ギャングの世界のゲームといえば、ポーカーと相場が決まっている。そしてポーカーといえばイカサマである。ゆえにポーカーフェイス(能面)と呼ばれる。
 だがイカサマは、バレなければイカサマではないのだ。キツネと狸の騙しあい、それがギャング界のカードゲームというものだ。
 六角形の中に蜂の顔のマークが柄になったカードが配布された。
「フルハウス!」
 ありすが先に手札を見せた。
「スペードのAのフォアカード」
 ポーカーはあっさりとキラーミンの勝利で終わった。さて、どこにイカサマが潜んでいたのか、あるいはありすが実力で負けたのかは不明だった。
「まだ終わってないわ!」
 ありすはそこにメンコを叩きつけて、丸テーブル上のカードを全部ひっくり返してしまった。
「誰も勝負がポーカーだとは一言も言ってないよ! これはメンコ勝負なんだからネ。そいであたしの勝ち!」
 ありすはにやにやと笑っている。いつの間にかルールを、メンコのルールに変えてしまうというルール違反。
「フフフ……ホホホ……ハハハ……! フワァーッハッハッハッハッハァー……!!」
 キラーミンは高笑いした。
「さあっ、雪絵さんを返して貰いましょーかッ! センセェーッ! 約束はちゃんと守らなくちゃ、オトナなんだから!」
 この、強力な子供の遊び意味論に抗えるのか、キラーミン・ガンディーノは?
 するとキラーミンは、うまい棒を葉巻のように銜えて言った。
「……よかったよ」
 事後の報告か! ありすは顔を赤らめる。
 ……効いてない? キラーミン先生だけは、いつどんな時でも何も変わらなかった。そう、常に余裕ぶった態度だ。
「だが貴様らのガキのお痛科術なんぞトゥルルルルルルル-------に足らん!」
「やっぱり……あなただけはヒトモドキではないようね」
 外から地響きが聞こえてきた。
「な、何の音よ?」
「はい注目ぅ~。『ヒトモドキ』という字は、漢字で書いて『人擬』。『擬』は『もどき』、あるいは『なぞらえる』と読む! つまり『人になぞらえる』、人であって人でなきモノ!」
 キラーミンは長い金髪を右手でクイッと耳にかけた。地響きは大きくなった。
「ヒトヨヒトヨニヒトモドキ! 聞こえるダロウ!! お前らに殺されたよるるるるるるるるるるるるるるる……べなき擬人共の魂のうめき声が!!」
 どんだけ巻き舌でRを効かせるんだ。
「特別に教えてヤロウ。あれはお前らが終了って合図よ。この町に侵入した、お前の仲間たち全てがな。さぁ行って、自分の眼で見てみるんだな」
 キラーミンは立ち上がってスイングドアを指差した。
「……くっ。キラーミン! もう西部で口聞いてやんねーぞ! おまえのかあちゃん、デベソ!」
 ありすはまた小学生みたいな喧嘩で、子供の遊び科術を乗り切ろうとした。だが地響きが激しくなって、ありすはグッとジェラルミンケースを持って外へと出た。
「ありすさん、大変です、ヒトモドキの大群がッ!」
 いつかJ隊のジープの運転席に、レート・ハリーハウゼンが乗っていた。ここまで逃げてきたのかもしれない。
 ありすはレートに鍵を投げると、レートはすぐにジープのエンジンを掛けた。レートの運転するジープに、ありすは飛び乗った。

Fは「FOOD FIGHTER」のF レート・ハリーハウゼンと麩菓子

 地響きがどんどんこっちへ近づいてくる。
 平凡な住宅街から垣間見えるピラミッドの頂点から、無数のヒトモドキがあふれ出して来ていた。
 両手を水平にしてバランスを取り、回転草の上に乗ったヒトモドキの群れは、洪水のようになだれを打ってこちらへ向かって全力で走ってくるのだった。
 もはやピラミッドに近づくことさえできなかった時夫と雪絵は、お互いの手をグッと握った。
 そこへありす達のジープが粉塵を巻き上げて、駆けつけた。
「よかった、雪絵さん。時夫も一緒ね」
「ウーは?」
「……まだどっかで戦ってるみたい」
 時夫に尋ねられても、ありすも石川ウーに関して確たる情報を持たない。
「時夫君。安心して下サイ。時夫君と雪絵さんは、必ずTOKIOに連れて行きマスから。このワタシの働きで!」
 下車したレート・ハリーハウゼンの碧眼が煌々と光っていた。
「……あ、ありがとうございます」
 時夫は大の大人にそういわれると恐縮してしまう。
 西部は無法者の世界……北の宇宙帝国の侵略に比べれば全然物量からいっても大したことはない、はずだった。
 それが今や、敵は「バイオハザード」か「ロード・オブ・ザ・リング」かという物量作戦で総攻撃を受けてきている。
 迫り来るヒトモドキを凝視すると、時夫はおかしなことに気づいた。
「ありゃ何だ。み、みんなランドセル……?」
 背中にランドセルを背負っていた。だが子供ではなくあくまでオトナだ。海の向こうでは、日本のランドセルがオサレな「大人」に人気だというが------。
「どーやらこの西部で今、子供の遊び意味論がますます優勢になってきた結果として、西部劇一辺倒だったヒトモドキ達が影響を受け始めているらしい」
 ピラミッド内部で製造されるヒトモドキと共に、ランドセルも製造されているという推論だ。
 ありすはキラーミンが、子供の遊び意味論の影響を確実に受けていることを確信したが、逆に相手はそれをうまく乗り越えようとしているのではないかと察した。
「エーデルシュタイン、グレーステ・シュタルケ、フェアタイディグング・マウアー!」
 大群を目前にしたレート氏が、ドイツ語で科術の呪文を放った。
「なんかこっちの方が呪文に相応しいわね!」
 ありすは感心している。
『まぁそりゃ『無限たこ焼き』よりゃあな……』
「なんか言った?」
 ありすはキッと時夫をにらむ。
「別に、……ただ、たこ焼きが食いたいなぁと」
「たっぷり食わせてやろうか?」
 ありすの両手はたこピックを握ったポーズで、迫る大群に無限たこ焼きを放とうとしていた。
「い、いえ。結構です」
 なお、無限ピーマンなら実在する。食べてみたい。
 突如、前方のへのへの・ヒトモドキ軍団とは別に、反対方向から突撃ラッパが聞こえてきた。
「あの軍団は?」
 後方から猛スピードで迫る集団、それは騎兵隊だった。
「敵か、味方か?」
「ウェルダン少佐の騎兵隊、ドイツ麩菓子擬人団デース!」
 レート氏が駄菓子の陰に意図して忍び込ませていた代物、それはドイツ人のスイーツ好きが生み出した、麩菓子で出来た騎兵隊だ。
 白彩店長が白井雪絵を創造したように、レートもまたドイツ兵を麩菓子のみで作り出した。レートは近所の森の谷間に棲むワニをマジパンで作り出したように、白彩店長に対抗できるほどの科術師なのである。
「はぁっはっはっはっは! Mr・ウェルダンにこんがり焼いてもらえ!!」
 そしてレート本人はというと右手にピースメーカー(銃)、左手に麩菓子剣を構え、騎兵隊の先頭に立って突撃を開始していく。
 ----って神羅万象チョコか!? 両者は激しく衝突した。
「バーバリアン共め。この銃弾はクリント・イーストウッド菌で焼いている。それに加えて磨き上げた麩菓子剣、近づくものはみじん切りにしてくれる!」
 レートはヒトモドキをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、「バイオハザード」の一シーンか、「戦国無双BASARA」のように一騎当千の大立ち回りを演じていた。
 ありすは無限たちやきを撃ちまくった。ポップコーンマシンガンは雪絵に任せ、金沢時夫はしょうがないのでライトセーバー誘導棒を構えた。
「あれは一体どういう仕組みなの。なんでこんなに湧き出してくんのよ!」
 全員必死で戦っているが、漂流町の中央に建つピラミッドを何とかしないと、いずれ数に圧倒されてしまうだろう。
 しかしレートの騎兵隊科術の活躍は目覚しいものがあり、やがてピラミッドから湧き出すへのへの達の勢いは収束していった。
「ふぅー。一仕事の後は、キンキンに冷えたラムネがウマい!」
 ドイツ人のレートが飲むと、それはビールに見えてくる。
「……またウーを探さないと」
 時夫らは、いつも石川ウーを探しているような気がする。
「駄菓子が足りなくなったわね。ちょっと漂流町のコンビニ・ヘヴンへ行って来る!」
 ありすはここへ来たのにも一苦労だったはずなのに、彼女の店であるヘヴンはここでも普通に営業しているらしい。本当にどこにでもあるなヘヴン。無法地帯の荒野だろうと何だろうとおかまいナシ、緊張感まるでナシ。
 しばらくして戻ってきたありすは、慌てたように駄菓子を配布した。
 地響きが再開した。ピラミッドの頂点から再び、ランドセルを背負ったへのへの達が湧き出してきた。
「さて、第二回戦だ!」
 レートは再び洪水のように向かってくるヒトモドキの群れを睨んだ。

メカメカフォース 死ぬのは奴らだ

 ズゴゴゴゴゴゴォオオオ……。

「ようやく来たわね、メカメカフォース! 送水口ヘッドが呼んでおいてくれたんだよ」
 いつの間にか登場したA子が、にやりとして仁王立ちして地平線を睨んでいる。
 地平線から新たな砂煙と地響きが届いていた。
「送水口ヘッドが? 何よそれ」
 ありすは怪訝そうに地平線に顔を向けた。
「自称超大作脱力系映画として有名なB級映画。タンクがポスターの絵と、実際に登場する大きさがまるで違ってがっかりするパターン。そのメカメカフォースはテキサス州に秘密基地があるという設定なのよ」
 劇場で観たのか? 一体幾つなんだよこの人。二十歳(ハタチ)位と思いきや、実はアラフォーだったりして。
「オイオイ『メカメカフォース』なんて、さすがに誰も知らないんじゃないの、プロジェクトA子!」
 「プロジェクトA子」は知ってるのかね、古城ありすは。
「ウンベルトA子! どーせならA子師匠とお呼び! でももっとダメダメ邦画SF『白湯(さゆ)ならジュピター』とかよりはマシでしょ」
「どーせなら『SF3D』の方が……」
「何それ?」
 目の前に現れたのは、「メカメカフォース」のポスターそのままの巨大さのタンクだった。シド・ミードデザインと言っても過言ではない格好よさ。
「ホワッツアップ?」
 乗っているのは、レイバンのサングラスをした小林カツヲだった。じゃあこの軍団は、J隊の秘密組織だったということか。
「アイム・ファイン・センキュー・アンド・ユー?」
 ありすは答えた。コイツ、それしか英語を思いつかなかったのだろう。
「Fine!」
 そう答えたのは助手席に乗った石川ウーだった。生きていたらしい。
「満を持して登場! モチロン超合金製だ」
 と言ったのは後部座席から身を乗り出した送水口ヘッドである。何がモチロンだ、と時夫はぼやいた。
 アンタッチャ・ブルの缶詰工場で爆死したはずの送水口ヘッドだったが、いつの間にか復活していたらしい。というか、送水口なんぞどこでもある。
 西部では「ギーボック製」のサボテンと化した擬木として、サボテンの中に紛れていた。そうしてありす達を、ずっと監視していたのだという。うかつには信用できない相手だ。
 そこからニューッと身体が生えれば復活完了。本当にガムダン星人かどうかは分からない。だが、こいつに「死」という概念がないことは確かである。
 かくてレートのお麩騎兵隊に、J隊のメカメカフォースが加わり、壮大なヒトモドキ掃討作戦が開始された。

三すくみ大怪獣決戦

「火麺団のヒューマンのカスの敵は取らなくっちゃあ」
 ギャングスター・バックスからゆらりと出てきた長身のキラーミンは、ニヤけた薄い唇にくわえたタバコに火をつけた。
 火を司る火麺団に代わって、キラーミンは何かを企んでいる。
「マッチ一本、火事の元……」
 キラーミンが捨てたマッチは、たちまち回転草に引火した。
「フッフッフ。西部に相応しくない萌えアニメのキャラクター達は……」
「誰が深夜萌えアニメだ!」
 聞き捨てならないキラーミンのセリフに、百メートル先に居た地獄耳のありすが反応している。
「萌えるゴミに分別だ! カム着火インフェルノォォォオウ!」
 ギャル語は、魔学の呪文だった。
 キラーミンの呪文によって、火は猛烈な速度で燃え広がっていった。
 引火したへのへの達が暴れまわっている。部下に引火して自滅の道を辿っても、キラーミンはおかまいなしだった。
 火の着いた空飛ぶ回転草は、大規模な火災へと発展していった。さらに、竜巻が発生した。竜巻が炎を巻き上げ、漂流町は炎に包まれていった。
 ……ろくなことしやがらない。
「送水口ヘッド、なんとかしなさいッ」
 消火活動といえばそう、コイツだ。
「ブラジャー」
「ブラジャーじゃねーよッ! もう服着てるでしょ」
 どっかで観てやがったなこのガッデムヤロウ、あたしのガータベルト姿を。ま、厚顔金属仮面に見られたからってどうってことないが。
「そんなこともあろーかと既に準備中ですわヨ!」
 インフラ系担当の送水口ヘッドの指示を受けたその仲間、ウンベルトA子が電柱にしがみついて叫んだ。
「トンテンカン♪ トンテンカン♪」
 さては、トーテムポールを頂点に取り付けてサンダーバードを召還するつもりなのか、安全ベルトA子!
「あっ、ちょっと誰かスパナ取ってくんない……下りるのめんどい」
 A子は右手をぷらんぷらんさせた。下に、道具箱が置かれていた。しかし、一同は無反応だった。
「バブリー♪ ラブリー♪ ロンリー♪ うわーん!」
「俺が手伝おうか?」
 声を掛けたのは、電柱を見上げたシャッター・ガイである。
「サンキューにいさん」
 唐突なその登場に、A子は少し戸惑いつつもにっこりした。
「そんなトコで何してやがる? 話を途中から聴いてたんで、何をするつもりなのかは知らねーが」
「イカす」
「俺も初めてだぜ、あんたみたいなマブいスケは……」
 ひょいひょいと身軽によじ登ったガイは、A子にスパナを手渡した。
 そうか、西部劇のシャッター・ガイにとってはバブル女はナウでヤングなチャンネーに見えるのか。いつも恋文銀座で人の往来を見ていたはずなのに、どれが最先端のオシャレなのか、彼にはいまいち分からなってないらしい。
「あんた、無法地帯でならず者気取りしてるといずれジャバ・ザ・ハットに凍結されるよ」
 とか何とか言いながらA子はニッコニコ。
「ロマンスにゃ、ピンチはつきものサ! スリルがあればあるほど燃え上がるッ!」
「もう、強引なヤツ♪」
 ガイも、こんな強引なヤツに言われたくないだろうが……。
 お? 何やら二人がイイかんじに。
「おーいお前ら。そんな上で『ときめきメモリアル』してないで、さっさと完成させてくれよ」
 つい時夫が冷やかした。
「人のことが言えんの?」
 ウーが鼻で笑い、時夫と雪絵の関係を突っ込んだ。
 その後、ガイがシャッターに戻ることはなく、ぷらんで~と恋武八階のタイムドーム跡に出来たジュリアナ恋文でA子と踊っているのをレートは目撃したという。(って、レートもジュリアナに行ったんだな?)
 電柱の頂点にトーテムポールが取り付けられた。瞬く間に空が曇り、暗くなってくる。怪鳥の叫び声が鳴り響く。サンダーバードを召還したのである。
「サンダーバードを、呼んだぁバードか!」
 意味論ではない、ただの駄洒落を時夫は叫ぶ。
 雷が鳴り、突風が吹きすさぶ。地上では相変わらず火事が続いている。
 だが、サンダーバードは猛烈な雨と共にたちまち鎮火していった。
「……晴れ、ときどき大嵐、ところにより便利な奴」
 ありすはホッとした。

 町の異変を感じ取り、様子を見に来た男が現れた。長めの七三分けした黒髪に、浅黒い肌。それは、若い頃のジェームス。ブラウンや、日焼け王・松崎しげるではない。
「あいつがブランコ・オンナスキーです!」
 雪絵が指差した。ブランコは追い詰められた状況にも関わらずにやりとし、手にしたタコスにバンバンとタバスコをかけてを食い始めた。
 ブランコ・オンナスキー。
 こいつこそ、タコス片手にこの世界を辛く染めようとしている張本人------。
「タバスコ・バスクル・バスコナイ・バスコダガマノアブラヲチョントツケ・一枚ガ二枚・二枚ガ四枚・四枚ガ八枚・八枚ガ十六枚・十六枚ガ三十ト二枚……」
 魔学の呪文で、今度は上空に、竜巻とは別の黒い渦の回転が生じつつあった。
 またしても、嫌な予感。
 空から、八つの巨大な足が伸びてくる。タコスライダーだ。それも、ぐるぐる公園に鎮座していた時よりはるかに巨大化している。
 サンダーバードはというと、あさっての方向に飛んでいった。これが自然現象の権化のやっかいなところだ。コントロールが全く効かない。
「ここのゲート・キーパーは、タコスライダーだったって訳ェ?」
 ブランコは要するに、魔学のパワーが込められたタバスコをかけたタコスでタコスライダーを呼んだらしかった。
「まさにタコく籍軍の襲来ね……」
 ウーはぽかんと口を開けているが、そのウーがぐるぐる公園と西部を行き来していたせいではないかと、ありすは気に掛けている。
 そういえば、ぐるぐる公園の闘いも西部劇風だったし、ネイティブ・アメリカンのトーテムポールを最初に見かけた場所でもある。
「今度はタコスライダーか、マイッチャウナモウ!」
 時夫はガックリした。
「タコを獲(や)るなら♪ ウツボ・オフ♪」
 レートが科術の呪文を唱えている。今度はドイツ語ではないらしい。
「タコの天敵はウツボでーす」
「それってお麩科術ってこと?」
 ありすは振り向き様に訊いた。
「ナイン(イイエ)、恋文銀座で、いつも愛する千代子が買っています。ちりめん・モンスター科術デス。この通り、持ち運びにも便利デス!」
 レートの言う「ちりめん・モンスター」とは、ちりめんじゃこの中に混在しているじゃこ以外の海産物のことである。タコやイカ、たまには河豚の子供まで居る。
 さすがに、河豚など多くは取り除かれてから市場に出されるが、中にはウツボの子供まで出てくるのだ。
 レートの科術の呪文で空中に巨大なウツボが出現し、タコスライダーに襲い掛かった。
「……あらららら。あわわわわ」
 一同が見守る中、両者の対決は、地上の闘いと無関係に大怪獣決戦のような展開に発展していった。
 火災に引き続き、漂流町はめちゃめちゃにされていった。ウツボは海の中で天敵は居ない。ウツボがタコスライダーを倒した後、それをどうするかが心配だ。
 ややウツボが優勢だったが、そこへ何故か舞い戻ってきたサンダーバードが加わって、勝手にウツボに攻撃を開始した。しかし今度はタコスライダーがサンダーバードに触手を伸ばしている。サンダーバードはぐるぐる公園のタコスライダーには勝てないらしい。これでウツボは、満足にタコスライダーを倒すことができなくなっていた。
「……こ、これは! 児雷也の蝦蟇と、ナメクジを操る綱手(つなで)と、蛇をあやつる大蛇丸の、三すくみの状況と全く同じデース!」
 レートは日本の文化について詳しすぎだ。
「ねぇちょっと聞いていい? レートさん。こんな状況になるって予想してた?」
 ありすがしらけ気味に訊いた。
 かくして町の上空で、三すくみのような状況が展開した。このままでは怪獣共の放つエネルギーだけで町が破壊されていってしまう。
「い、いや~! やめて~! あたしのために喧嘩するのはやめて~!!」
 ウーが頭を抱えて叫んだ。
「しとらんわ!!」
 ありすと時夫が怒鳴った。
「ちょ、ちょっと、送水口、サンダーバードを止めてッ!」
「アルテーシア! できない相談だ。自然現象だから」
「誰がアルテーシアだ」
「……しょーがないわねぇ。キリンの生首……長っ!!」
 ありすの科術で、バタバタとトーテムポール着きの電柱が倒れていった。
 すると最初に、トーテムポールで召還されたサンダーバードが消失した。サンダーバードが消失したことで、ウツボはタコスライダーを倒したものの、上空に君臨している。
「あれ……どーすんのよ」
「こーしてしまえばいいのデス!」
 レートは両手でパチンとちりめんを叩いた。
 空中で水蒸気爆発が起こった。
「離れてッ!」
 上空が暗くなった。
 巨大なウツボせんべえが出現し、ドサッと町に覆いかぶさった。
「ホラもう動きませんよ」
 レートはニコニコして言った。
「で、後始末は?」
「……後は、クリスマス島のカニロボットにでも食べてもらいましょうかね」
「バカ!」
 幸い、せんべえは濡れてふやけ、砕け散った。
 しかし漂流町は火事で消失し、大雨に怪獣決戦と、数々の惨事で破壊し尽くされている。
「この町の時空、早く正常化しないと」
 ありすは腕を組んで「ウ~ン」と唸っている。
「どうやって?」
 ウーが訊く。
「今なら、私の再生の科術を最大限に発揮できるかもしれない。セブン・ネオンの力を見せ付けてやるのよ!」
 ありすが提案した。
 A子を先頭にバニーのB、石川ウーが二番手で「ABCDEFGH」の順で、セブン・ネオンの「Choo Choo TRAIN♪」が始まった。
 バブリー女が先頭なのは当然だろう。グルグル回転のユニゾン・ダンスが続く中、一行はピカーッと輝き出した。
 笑ってはいけない、みんな真剣だ。
 急速に雨が晴れて虹が出てきた。
 それと同時に、なんということでしょう! 町がどんどんきれいに戻っていく。これこそ真の、科術のもたらした奇跡ってものだ。

テオティワカンでグリコのオマケ

 ブランコは町の中心へと、単身逃げていった。
「……あれは太陽のピラミッド」
 セブン・ネオンは全員足で追いかける。
「これが禁断地帯……?」
 時夫は呟いた。漂流町の中心にあったのはテオティワカンの主要な建築物だ。
 時夫は、以前からピラミッドに行ってみたいと思っていた。だがまさかそれが、千葉にあったなんて。
「千葉にも階段ピラミッドは元々ある。それが岩屋古墳」
 ありすによると、成田付近に存在するらしい。古代アメリカ大陸のピラミッドは、皆階段ピラミッドだ。
「ホントかよ」
 で、古墳が巨大化したということなのだろうか。
「……行ってみないとまだ分からない。ゲートルームには、あの頂上から入るみたい」
 頂点の入り口は、サボテン・ヒトモドキが湧いて出ていた出口でもある。この下はどうなってるんだ? 兵馬俑の土人形状態か?
「皆さん、ブランコより先にゲートルームに入らないといけません。サボテン・ヒトモドキ発生装置を止めるんです!」
 事情を知る雪絵は叫んだ。奴はおそらく、ヒトモドキの製造を再開するつもりだろう。
 ところがピラミッドの真下まで来ると、この階段ピラミッドは階段部分が全て下りエレベータになっていた。
「進めん」
 そこら辺の事情は、敵とて同じことのようだ。
 ブランコもどうガンバっても上がれないらしく、悔しさを滲ませながら何度も転がり落ちていった。階段ピラミッドは、全ての石の壁面が下りエレベータと化していた。
「自動防御システムが作動し始めたらしい……」
 レートが状況を推し量る。
「しかし何故、ブランコも上がれない?」
 隣のガイがいぶかしがっていた。
「You Guys! 忘れたの? こんな時も、子供の遊びよ。グリコのじゃんけんならひょっとして上がれるんじゃない?」
 ウンベルトA子がグリコを提案する。
「さすがバブル」
 言うことなすこと、昭和の香りしかしない。
「ヘイ、ブランコ! あんたも参加した方がモアベターよ。グリコじゃないと上がれないんだヨ!」
 相変わらずブランコもずっこけて、一段も前に進めていない。
「フ、フン……ここはガキの遊び場じゃねぇんだ!」
「う、うっさい変なガイジン! 遊び場よ! それが認められなきゃ最下段で永久に踏み台昇降してなって!」
 A子のいうとおり、ブランコも含めて誰が一番で頂上の入り口へたどり着けるのか? 決戦地テオティワカンにて、遂に子供の遊び科術のラストバトルの火蓋が切って落とされたのだ。
「我々は子供の遊び科術の手練。貴様に勝てる見込みはないぞ。ブランコ某」
 じゃんけん前にレートがけん制した。
「某とは何だ!」
「じゃんけんポン! ……やった勝ったぞ」
 勝ったのは時夫だった。
「グ・リ・コ・ノ・オ・マ・ケ」
 なんと、A子の言うとおり上がれるではないか……下りエレベータが沈黙している。
 やはり子供の遊び科術で解決だ! 子供の遊び意味論は、ここも例外ではなかった。もはや、子供の遊びは西部最強の意味論として時空を支配していた。
「千代子とレートッ!」
 チョキで勝ったウンベルトA子が、ピョンピョン飛び跳ねて上がっていった。
「からかってるのかねっ」
 下に居るレートはA子に憤慨している。
「へっへへ~」
 真面目なレート氏にとって、「予測不能な味方」ほどやっかいな存在はないだろう。
 この急勾配の階段ピラミッド、一体何段あるのだろう。そして上には、何が待ち受けているのだろうか。
 おそらく実際の神々の都「テオティワカン」の階段ピラミッドで、「グリコ」を実践した猛者は絶無だろう。(※決して良い子の皆は真似しないでね)
 だが彼らは、「グリコ」を真剣に、いいや子供の遊び科術として死闘を繰り広げていた! それが西部の、いや伏木有栖市恋文町の命運を掛けた最後の決戦であると、己に言い聞かせつつ-------。
「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル!!」
 パーを出したブランコ・オンナスキーが、歯磨き粉のCMに出演できそうな白い歯を輝かせながら飛び上がっていった。
「フハ、フハハハハ。どうやら俺様の勝ちのよーだな!」
 だが、ブランコのエレベータが突然ひっくり返った。転びそうになっている。
「馬鹿なッ。なぜだ?」
「ふっふっふ。残念ながら階段の数が合わなかったよーね! 『グリコ』はゴールはぴったりでないと上がれないルール。だから折り返されてしまったのよ。どうやら、ルールを知らなかったみたいだねブランコちゃん」
 A子は勝ち誇ったように次のじゃんけんに勝利すると、最上階へとぴったり上りきった。そこを計算しながらじゃんけんの手を出していたカイパーベルトA子は、グリコの達人だ。これはA子のお立ち台科術だったか。
「そんな、そんなローカル・ルールは認めんぞぉぉ~!!」
 ブランコははるか下へと落下していった。
 シャッター・ガイが腰のロープを投げた。ロープは月のピラミッドと連結され、さらにガイは「ひとりのぞうさん」を口ずさむ。

 ひとりのぞうさん、くもの巣に♪
 かかって遊んでおりました♪
 あんまりゆかいになったので♪
 もひとりおいでと呼びました♪

「う、うわぁあああ~~!!」
 ロープがブランコの腰に引っかかり、ブランコ・オンナスキーはハイジのアニメのオープニングに登場するようなブランコの上に乗った格好になり、大きくグラインドして太陽ピラミッドから離れていった。
「降ろしてくれぇぇ----------」
「落下せい!」
 ガイは決め台詞を吐く。
「千葉だけに?」
 ウーは寒いギャグにも乗っている。
 やがて見えなくなった。遂に勝った!
「みんなありがとう。乾杯したいわね。あいにくラムネは品切れだけど、そんな時には、子供ビール!」
 ありすは人数分、隠し持って運んでいたらしい。手品師か。特にレート氏がうまそうに飲んだのは言うまでもない。ビールを飲んだドイツ人は陽気だ。
「何これ? 高原の岩清水&レモンにしてくれる?」
 A子は昭和の飲み物をリクエストしたが、子供ビールだって立派に昭和である。
 ピラミッド最上階の入り口の屋根に、ぽつんと石仏が乗っかって座禅していた。
「……この仏像は?」
「これは鎌ヶ谷大仏ね!」
 違和感ありまくり。
「大仏?」
 その大きさは二メートルしかない。
「日本一小さな大仏よ」
「ここ、鎌ヶ谷だったのか」
「えぇ……。成田の十余三、十余二、十余一、十倉、九美上、八街、七栄、六実、五香、豊四季、三咲、二和、そして、鎌ヶ谷の初富……。道路標識の千葉の地名の数字をさかのぼるほど西へ、近づいていていっていた」
「なんだその、数字」
 にわか千葉県民の時夫は奇妙な数字地名に驚く。
「東京新田よ。東京からの入植者によって開拓された土地。明治維新後、房総半島の幕府の広大な御陵場が解放されて開拓が始まった。それまでは馬の放牧地だったのよ。昔は馬がたくさん、走ってたわ。この数字は、千葉西部の開拓の歴史を示す地名なのよ」
 ありすの眼は遠くを見ていた。なぜか懐かしそうな顔をしている。
 東京新田!
「そんな昔から、千葉は『東京』の名を冠していたのか」
「いずれ東京都に完全に飲み込まれるかもね。そのための布石だったのかも」
「ははは、まさか」
「君も東京の手先として千葉に来てんでしょ?」
「は……? え……? な……いや……がっ……!!」
「冗談よ」
 ありすは笑った。
「西部といえば開拓。それで、西部劇の意味論か……」
 妙に納得する。
「しかしなぜ恋文町、いや伏木有栖市ではないのに、不思議の国のアリス現象が外に広がっているのかね。いいえ、ここは正確にはまだ『外』ではないということよ」
「外ではない……」
 どういう意味なのかさっぱりである。
「匂いがしない」
 自動防御システムが停止し、最上階へ上がったありすは入口でクンクンする。
「何? まさかありす……」
 ありすはピラミッド全体に無限たこ焼きを撃ち放ち、ゲートルームを封印した。
「ここは確かにゲートルームではある。下で、ヒトモドキの製造が行われているでしょう。でも、禁断地帯じゃない」
 ありすの鋭い嗅覚は、差し迫った危機をも嗅ぎ取っていた。
 セブン・ネオンは自分達が闘いに興じている内に、いつの間にか白井雪絵の姿がないことに気がついた。
 ピラミッドの横を、キラーミン・ガンディーノのハーレーダビットソンが通過していった。その膝に、気絶した白井雪絵が横たわっているのが見えた。
 キラーミンは雪絵を連れ去った。激闘の漂流町は禁断地帯ではなかったらしい。そして、真のラスボスはキラーミン・ガンディーノだったのだ。
「禁断地帯はこの先よ!!」
 ありすの言葉に、セブン・ネオンを代表してレートが言った。
「ありすさん。申し訳ないが、言わなければならないことがある。我々は、ここまでです-----。禁断地帯に行くことはできない。同行できなくて申し訳ない」
「なぜよ?」
「セブンネオンの科術が、禁断地帯だと無効になってしまうからだよ。あたし達は存在することすらできなくなる。悪いけど、恋文町へ戻るわ」
 A子の言葉は重く響く。
「もし禁断地帯で危なかったら、あんたら、舞浜・バイスに連絡しな」
「あるか、そんなもん」
「マイアミ・バイスでしょ。チョン・ドンチョンだっけ?」
 ありすは確信を持って言った。
「ドン・ジョンソンだろ。韓流ドラマか!」
 時夫はなぜかその役者の名だけ知っていた。
「分かったわ。みんな、ここまでサンキュ。ちゃんと戻れるかしら?」
「何、浮かんだトーストを辿っていきゃあ、恋文町に戻れるさ。ついでに腹が減ったらトーストを食えるしな」
 ガイが答え、こうしてセブン・ネオンの連中は恋文町へ去っていった。
「ウンベルトA子は薔薇と共に去りぬ~!」
「……」
 ちなみにメカメカフォースはというと、怪獣たちが暴れた後もサボテン・ヒトモドキ掃討作戦を続け、その後、北へと帰っていった。
「行くのか?」
 時夫はありすに念押しする。
「モチロン!!」
 ウーも頷く。雪絵を取り返さなければいけない。
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