第25話 恋文町月丁目の戦い とある魔学の誘拐犯

文字数 3,697文字

 不思議有栖市恋の町~♪ 恋の町~♪

 夕丁目を出た途端、辺りは闇に包まれていた。夕丁目を振り返っても、町は暗闇に沈んでいる。
 ズシン。
 背後で音が響いた。
 ウーがゆっくり振り返る。後ろのT字路で何か長細いものが視線を横切った。
「今、何かが……」
 電柱が一列ごと横にジャンプして、全体に一本ずつずれた? まさか!
「どうした?」
 前のありすが振り向く。
「べ、別に」
 ウーは見なかったことにする。また地下で誰かが電柱にされた。それで立て直した分、電柱が歩いて移動している!

 坂道を登ったところに、丸い月がいくつも浮かんでいた。……いくつも?
「恋文町月丁目」
 外灯に照らされたマンホールのフタには、満月を中心に変化する月齢が描かれていた。マンホールもまた、地下世界の入り口だ。用心しなければならない。
「お、おいっなんなんだ、この場所は?」
「ここはいつでも満月が浮かんでいる。そう。名前が月丁目だから」
 そんなの信じられるかヨ! これも「意味論」だっていうのか、しかし目の前には確かに手に届きそうなところに巨大な満月が、それも大きさの異なる何個かの満月が浮かんでいる。
「月へ行ける唯一の町よ」
 時夫は言葉もなく夜空を見上げていた。心なしか、町の見た目のパースさえも歪んで見えた。シュールレアリズム絵画風の中へ閉じ込められたあの感覚が、呼び覚まされた。
 音もない静かな夜の住宅街の路地。満月を見比べ、コツコツと歩き回るありすは、「あれよ!」と叫んだ。
 三つ浮かんでいる大きさの違う満月の一番奥。他の二つと比べると、比較的小さめの満月は、月丁目の路地のさらなる坂道の上に光り輝いていた。とはいえ、他の二個がバカでかすぎるだけで、十分巨大だ。
「あそこから、真灯蛾サリーは恋文町に糸をたらして人を浚っている」
「月から出てくるなんて、そんなの『不思議の国のアリス』でも出てこなかったぞ」
「魔学は、何でもアリなのよ。科術とは違う」
 ありすは時夫を見た。
「電柱の正しい使い方知ってる?」
「電気を通す」
 ありすまでサリー女王並みに不穏なことを言い出そうとしている予感を、時夫は感じた。
「電柱の陰に隠れる」
 まだマシだった。
 三人はそれぞれ電柱の各所の影に隠れると、満月を見守った。
 次のタイミングで何が起ころうとしているのか、時夫は予断を許さないこの張り詰めた雰囲気の中で、もう、この町では何が起こっても不思議ではないのだと意を決していた。
 コツコツ。
 後ろからサラリーマン風の男性が歩いてきた。その瞬間だった。
 ギギギ……。
 天空に鈍い金属音が響き渡った。満月が天窓のフタのように開いて、女王真灯蛾サリーの上半身がにょっきりと姿を現した。手に釣竿を持って、それを降ると、キラキラと輝く針着きの糸が路地に下りてくる。
「出てきたわね。アモルファスウィスカーの釣竿なんか使ってやがる。やっておしまい!」
 ありすが後ろに立っているウーに叫んだ。
「ブラジャー!!」

 うさぎビーム ハートを溶かすハイビーム
 うさぎビーム 胸から溢れる愛のパワー
 うさぎビーム 君のこころが
 うさぎビーム 紡ぎ出すビィーム!!

 八十年代風の歌謡曲みたいな歌を呟きながら、石川ウーは胸元に両手でハートを作ると、それを前方にスライドさせていった。
 ウーの胸が輝き、両手のハートから眩いピンク光線があふれ出して天空に撃ち上げられていく。ミラクル★から来た一人戦隊・石川うさぎ。
 セーラームーンの必殺技みたいなウーの攻撃に、サラリーマンは面食らって固まり、時夫は満月から降りてきた糸を避けるために、彼を押し倒した。
 そうなのだ、石川うさぎには必殺技があったのである。月の中から出てきた女王サリーは、ウーの眩いピンク・ピストルのピンク光線に、片手で目を覆った。
「電柱の正しい使い方その二!」
 ありすは路地に躍り出た。
「よじ登り、なおかつ電線の上を走る!」
 ありすは元誰かだったかもしれない電柱の足場を、忍者にようにスルスルと駆け上った。
 誰かの頭かもしれない電柱の頂点から、電線を綱渡りし、一気に月に向かって飛び上がった。その両手に、無数の蝶や蛾をまとっている。 
「ありすっ、ここで会ったが十年目……」
 つい最近、地下で会ったような気がするが------。
「蛾蝶が蛾ァ蛾ァ、蝶々発止ッ!」
 ありすは月の扉のヘリにしがみついた。
 サリーは歯を食いしばって、背からいきなりギラッと光るものを取り出した。日本刀だった。勢いよく振り下ろすも、刀はありすの「陰」の形を取った蛾と蝶を斬っただけだった。実体の方の古城ありすは、月の中へいよいよ身を乗り込んでいく。
「やめてッ! そんなに押したらなんか出ちゃう!」
「餡子が? じゃあなたも擬人か何かなの?」
 ありすは懐から何かを取り出して、月の中へ投げ込んだ。
「ムーンサルトキーック!!」
 ウーがバック転して、蹴り込んだ。
「Oh! ウルトラC!!」
 サリーはありすの、そして蝶と蛾の侵入を防ごうと、必死に細腕で攻防を繰り広げ、とうとう月の扉をバタンと閉めた。
 ありすは満月から飛び下り、電柱を伝って路地に戻ってきた。
「やったわね。行きましょ」
 ありすは唖然している時夫に満足げにそれだけ言うと、腰を抜かしたサラリーマンを置いて、二人を連れて月丁目の坂道を下っていった。
 時夫には科術と魔学は似たようなものだとしか思えなかった。「意味論」というのは、どっちに属するんだ。
 相変わらず、残り二つの巨大な月の存在が気になるも、それらは家々の屋根に見え隠れしている内に、いつの間にか姿を消している。それは月丁目を離れた証拠だと、ありすは言った。
「これでもうあいつは月の中からは出て来れない。女王の、この町への直接攻撃は出来ないってことよ」
 月丁目の存在意義を、ありすは元々知っていたような口ぶりだった。しかし、ここから月の中から出現し、佐藤さんを誘拐する女王サリーに反撃できたということは、巨大野菜たちに教えてもらわないと分からなかったらしい。その辺の事情について時夫が訊くと、
「いきなりここに来てもダメなのよ。来た所で月丁目は何の変哲もない町になってしまう。それはウルトラクイズで、いきなりニューヨークに行くようなもんよ。順を追って辿らないと、ニューヨークは決戦地にならない。今日、愛丁目・夕丁目を通ってたどり着いたことによって、月丁目で手が届くくらい近くに月が浮かんだ意味論の空間が出現し、月へとあたし達はたどり着くことができた。それを、かぼちゃたちから教えてもらったの。きっと、情報源はあのど根性大根さんね」
 ありすは謎の解説で答えた。
「ああなるほ……」
 そういうものとして納得するしかないのか。ど根性大根が教えてくれただって? 野良猫の集会じゃないんだから、この町に、本当に野菜のネットワークがあるっていうのか?
「そうよ。さすがに野菜ネットワークまでは地下の勢力も存在に気づいていない。彼らは、この町の地下に対する野菜レジスタンスの一員らしいのよね。根で地下の骨董レジスタンスと通じているらしいわ」
 ふぅ……。というか、おふぅ……。えぇと何だっけ? 「常識」って。

 三人は夜のセントラルパークへと到着した。
 外周のジョギングコースを歩いて回る。途中、噴水に立ち寄ったが白井雪絵はいなかった。三人は光る茸畑に居るのではないかと考え、真っ暗な林の中へと入っていった。
 ザシッガシッ。
 シャベルの音と共にライトを足元に照らす白彩店長の姿が見えた。三人は木陰から見守った。彼はオリジナルの茸か、それとも子株か……。
「……は、早くジャバウォックを作らないと。女王陛下に電柱にされるのは二度とゴメンだ」
 人に聞かれたら怪訝な顔をされること請け合いの独り言を、白彩店長は繰り返していた。
「……ここには雪絵さんは居ないみたい。長居は危ないわね。行きましょ」
 ありすは大して店長に気にも留めなかった。歯牙にもかけてないともいえる。どうやら子株なのかもしれない。
 この町の人々は日々誘拐されている。あらゆる変身魔術を使うサリーの魔法で、電柱にさせられた人、砂糖にされた佐藤さん、電柱にされた田中さん、てんとう虫にされた暴走族。その真灯蛾サリーと戦う古城ありすは言う。
「彼らを元に戻すに、早くサリーを倒さないと。一箇所、二箇所くらい誘拐現場をつぶしただけじゃだめよ。サリーの地上での手先があの和菓子屋」
 しかしセントラルパークに居ないとなると、雪絵はどこに行ったのか。
「ま、一段落したんだし、今日はよしとしよう。近くに知り合いの店があるから晩ご飯おごってあげる」
「やったッ月夜見亭でしょ!? 金時、あんたラッキーだよ」
 ウーがガシガシと時夫の肩を叩いた。二人の話では、店は開いてない時もあるらしい。それにしても全く、この二人は普通に「時夫」と呼べないのか。
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