第23話 野菜deロック・フェス 調子に乗っていこう!

文字数 3,949文字

 七ツ目団地の横を三人が通り過ぎると、団地と団地の間の長方形の芝生に、羊の群れが集まっていた。飼っているにしては柵もないし、放し飼いである。
 羊の群れは、団地の芝生の端から端へとハイジャンプしている。ピョンピョンと蚤のように飛びながら、やがてその高度が増し、ひつじ雲になって空になじんだ。
「わぁ~、ひつじ雲ってこういう風にできるんだ」
 ウーが呑気な声を出して空を見上げた。時夫はそんな訳ないと思う。あれは羊雲という言葉から、逆に羊が雲になった……意味論とはつまりそういうことなのだろうと勝手に想像する。
 たどり着いた場所は徒歩十五分ほどの、近所の空き地。何もない場所だ。
「ここがベスト・オブ・ベストね。路上ライブといきましょ!」
 店を出たとき、ロックミュージシャンのような衣装と、ヘアスタイルに扮していた古城ありすはエレキギターを抱え、石川ウーはバニーガールのままベースを握っている。
 時夫は何も着替えを持っていなかったので、そのままの格好で、ドラムスの前に座らされていた。
 時夫がここまで台車で運んだ音楽機材は、すべて半町半街の倉庫の中に眠っていたものだ。時夫は今日までドラムなど叩いたことなどなく、ドラムスティックも持つのは初めてだ。しかし二人は当然、演ったことがあるんだろうな?
「恋文町は、意外とコンサートのメッカなのよ。『U2』も以前来たし」
「U2……え、本当。それって、世界的に超凄いバンドじゃん! それが何で恋文町なんかに来るの。幕張なら分かるけど」
 ウーも驚く新事実。恋文町はコンサート会場として意外と知られているのだろうか。
「あ、違う。『U2』って書いてウニって読むんだった」
 まぎらわしい。そんなバンド聞いたこともねぇ。
「なんだそれ! モーカットニーと同じレベルか」
「モーカットニーって?」
 ウーが興味を持った。
「ポール・モーカットニーとジョージ・ハリセンと、リンゴ・擦太(すった)・カゼノヒニとジョン・檸檬がメンバーのコミックバンド、ザ・ゼニトルズ」
 他にもアロエスミスとか……あるらしい。
「……で、俺も、演るのか」
「通過儀礼として受け入れて。ここはもうあなたが知ってる恋文町じゃない。不思議の国のルールにいい加減慣れてくれる」
 厳しいなぁ古城ありすは。一体何の通過儀礼なんだが知らないが、もう何度か「通過」したような気がするのに。
「その前にさぁ、みんなで一枚写真撮ろっか?」
 時夫は演奏を引き延ばそうと、スマフォを取り出した。
「あ、写真は止めて。魂捕られるから」
「君ね、いつの時代だよ。明治時代の人間じゃないんだから」
 しょうがなく、なぜか時夫とウーだけで自撮りすることになった。もっとも、意味論が暴走して、本当に魂捕られたら敵わないのだが。
「どーせあたしは感性が古いわよ。始めましょ」
 平然としたありすの掛け声とともに、演奏が始まった。CHICKSの「スイミン不足♪」を練習曲に選ぶ。
 当然、ギターもベースもドラムスてんでバラバラで、三人ともど素人であることが直ちに判明した。
「あ、そうだ忘れてた。みんなこれ食べて。『首っ茸』~♪」
 ありすはドラえもんの真似をしながら、ポケットから乾燥茸を取り出した。
「んじゃ、練習がてら演るわよ」
 これが地下の女王との戦いに、何の関係があるのか時夫には検討も着かない。首っ茸とはお店で調合した漢方薬らしくて材料は不明だが、名前からして茸の一種だろう。「不思議の国のアリス」で出てきたキノコみたいに身体の大きさが変わったりしないだろうな。と、時夫が躊躇していると二人はすでに食べている。
 ------本当に、食べても大丈夫カナ?

 ドギュォオオオオンン……!

 ありすのギターが突然唸り声を上げた。
 ありすはにっこりとし、足元に転がったエフェクターを自在に操作している。驚いたことにうさぎもベースを見事にこなしていた。
「ネコ踏んじゃった♪ ネコ踏んじゃった♪」
 ありすは楽器馴らしに簡単な曲を選んだ。
「踏まないでー! ……あらあたしうさぎだった。なんでもありましぇーん」
 ウーの雑音を聞き流した時夫は、思い直して首っ茸を噛み砕き、スティックを持って、ドラムスに立ち向かった。
 ありすはスマフォで「電線音頭♪」という昔の曲をロックにアレンジしたものを、動画で確認している。
「フーン、いいじゃない。なかなかハッとしてグーね」
 と、ウーがなぜか上から目線で言った。

 ズダダダン、ダダン、ダダダダ!

 ……なんたることかッ!?
 時夫を含む三人の演奏は約十五分程度の演奏で、華麗なレベルに上達した。そうか、これが古城ありすの科術か。時夫は改めてありすが意味論を操る魔法使いであることを実感したのだった。
 そうこうする内に、ありすは本番だと宣言した。
「わわわ私、初めてだから緊張する。どうしようありすちゃん」
 ウーは一番緊張していた。
「私だって始めてだから安心して。誰でも最初は始めてよ」
「イヤダイヤダイヤダ……イヤダイヤダ……イヤダイヤダ」
 うさ耳を左右に振り、呪文のように繰り返す。

 駄々っ子ダンス 駄々っ子ダンス 駄々っ子ダーンスッッ!

「うるさいナ! 目の前のお客はかぼちゃかじゃがいもだと思って!」
 じゃまいもと思え……か。なるほどな。だが、その肝心の客が居ない。
「通行人も見えないぞ」
 目の前の事実に、時夫はほっとした。
 普段から人通りの少ない恋文町で、真昼間から一体誰がここめがけて来てくれるのだろう。いや、そもそもここを選んだのって、どうなんだ? 左右の家々にもご近所迷惑になりはしないか。

 空き地奥の路地から、何かがわさわさと歩いてくる音がした。
 普通の人間の足音ではない。そして非常に騒々しい。かなりの数だ。時夫はそれを見て固まった。
 左右から現れたそれは、以前に見たことがある畑の巨大野菜だった。時夫が見たもの以外にも、おそらくは町中から集まった巨大野菜たちが空き地になだれ込んでくる。
 根や蔦を利用して器用に歩いていた彼らは、全国のご当地キャラが集結した光景を彷彿とさせた。が、どこにもチャックがない。人が入れる形状でもない。CGでもない。
「本当だ、かぼちゃに見える!」
 ウーは依然人間だと思い込み、すっかりノリノリになっていた。かぼちゃに見えるじゃなくて本当にかぼちゃだ。でも、そこは訂正しないでおこう。
 真っ先に来て最前列を陣取っているのは、きゅうり達だ。
「あぁ、きゅうりは足が早いからね」
 っておいおい……。
「ポテ美(み)じゃない!? ポテ美でしょ、ポテ美!」
 ウーがじゃがいもを指差して興奮してる。
(何の話だ)
 ひょっとすると、女王に姿を変えさせられた野菜人だったかもしれない。その場合、ウーは野菜達が人間だと気づいている可能性もある。
「まるで野菜の百鬼夜行だ」
「そうだよ。前にもこんなことがあった。夜な夜なかぼちゃや大根が近くの畑から抜け出して、野菜達だけでコンサートを催して、盛り上がっていた。彼らは、朝までに畑に還っていった」
 ありすはとんでもないことを言い出した。
「嘘だろ」
「ベジース・アン・ジェラートメロン! 野菜のみなさーん! 新鮮ですかーッ!!」
 イエーッ!
「果物のみなさーん! 果汁はじけてるかーいッ!?」
 イエーッ!
「ろうにゃくにゃんにょ、ろうなんにゃくにょ、こんにゃくだんじょ。あ”-----!」
 ウー、あいさつで自滅。
「ろーにゃくなんにょ(老若男女)だよ! んじゃ、いっちょ、イってみようかぁーッ!」

 チュ*ュンがチュン! チュチュ*がチュン!
 電線に*が三羽止まってた
 それを*師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ*いてさ食ってさ
 アヨイヨイ*イヨイオットットットッ!
 アヨイヨイヨイヨイ*ットットットッ!

 演奏しながら踊り狂うウーのストッキングが伝線している。どこかにぶつけたのだろう。
 空き地は あっという間にデカ野菜たちで埋め尽くされ、三人の演奏に合わせてぴょんぴょんとジャンプし始めた。
 ありすが言ったことは決して間違っていなかった。客はデカかぼちゃやデカじゃがいも達だ。しかしありすが呼びかけたメロンの姿は、まだ見えない。
 けど、ウーが前面に出るときに限って、巨大野菜たちがオタ芸に走るのは何なんだ。
 空き地で行われる熱気あふれるロックコンサートは、約一時間行われ、余りの熱狂で失神し、不法投棄のお鍋にダイブする客が続出した。
 その間、時夫以外の二人はノリノリで観客と一緒に飛び跳ねながら続けられた。ウーはエビ反りジャンプを何度もしている。ま、うさぎが跳ねるのは当然だな。
 佳境に差し掛かり、遅れて走ってきたのは……メロン。ウーが生ハムを載っけて食べてたヤツ。
「走れメロン! やった、メロンがコンサートに間に合った!」
 ウーとありすが涙ぐむ。
(……)
 元ネタは「走れメロス」……だよね?
 隣を観ると、さっきまでビビっていたウーが何やら才気走り始めた。
 石川うさぎ、ウーともいう。「イカれ帽子屋を後ろからハイキック」などといい、「狂気が足らん! たるんでる!」と拡声器片手に歌って踊り出す。パンクか! 時代は今や、お前のためにある!
「みんな、ありがとう~」
 二回のアンコールを経て、ありすの掛け声とともにコンサートはフィナーレを迎えた。熱気とともに野菜たちは騒々しく各地の畑に戻っていった。
「あたし、今気づいたんだけど。野菜だよね? みんな」
 ウーがとぼけたトーンで言う。
「え、今更?」
 さっき、ポテ美とか言ってたじゃないか。まさか本気で驚いているのか。
「いや、一部は人だったよ」
 ありすがまた驚くべきことを言った。
「人? 居なかったよ」
「いたよ。緑の髪のおばちゃんと、紫キャベツみたいな頭のおばちゃんが」
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