第28話 「QC-6001」でスーパー大逆転

文字数 3,466文字

「ねぇ金時君。君んとこパソコンある?」
 真夜中のまぶしい日差し?を浴びながら店に着くなりありすは言った。
「……いやそれがなくて。スマフォならあるけど。でも今圏外で繋がらないよ」
 暮れに東京の実家に帰ったときに、ノートパソを買ってもらう予定になっている。
「ふぅ~そっか。うさ子は持ってないしなぁ。あたしんチもウィルスでパソコン壊れててさ、ちょーど買い換えようと思ってたトコだったんだよナ。そのタイミングでホットな戦争が始まっちゃったんだ。でもこの町の電気屋、ただの電球すらまともに売ってないし」
 店に戻った三人だったが、ありすはうなだれてあお向けでナス電球を見上げていた。寝る気はないのか?
「ン……まぁ」
「何? あるの」
「いや物凄く旧いレトロPCならあるけど。骨董品だよ。父が昔使ってたんだけど、捨てるんならって僕が貰ったんだ」
「えっ、それ本当?」
 ありすはガバッと起き上がった。
「ダメダメ、並の旧さじゃないんだから。ウィンドウズとかマックよりはるかに旧い時代のパソコンで、QC-6001っていう奴だ」
 凄い熱視線で睨んでくるが、この常識が通じない少女にどう説明したらいいものか。
「……見せてよ。ここに持ってきてくれない」
 幾ら旧いと時夫が主張しても、ありすは全く聞く耳持たなかった。ウーも機械音痴なのか、ありすの案にあっさりと乗っている。どう考えても、スマフォの方が役に立つに決まっているのに。それに、俺だってもう眠いのに。
 時夫は不承不承で、再びガラガラと音を立てて台車を押し、アパートの押入れの中にしまったままになっていた「QC-6001」を、半町半街に運び込んだ。相変わらず外は明るかった。だが時間は午前三時。十二月では考えられない明るさだ。
 お店のテレビに接続して電源を入れると、ヴーンという低い音とともに画面に緑色の文字が下から上へと流れていく。
「命令は全てコマンド入力。ソフトはこのカセットテープを使うんだ」
「ふぅ~ん。なるほどネ。ホントにレトロだね。確かに金時君、こんなもの持ってるなんておっかしいの」
 くすくすくす。頼んでおいてそんな言い方ないよなぁ。ありすは首っ茸ならぬ板チョコを口に突っ込んで、キーボードを叩いている。
 画面を一目して諦めればいいものを、研究を続行しようとするありすに、時夫は呆れた。本当にこんなものが役に立つのか、単なる興味本位・時間つぶしじゃあるまいな、などと不審に思いつつ、時夫は左右で画面を覗き込んでいるありすとウーに囲まれている内に、なんだか楽しい気分になってきたのだった。
 時夫はまどろみながら後ろで一人、たこ焼きを食べていた。味が薄い気がして食卓のおぺんぺん醤油の瓶を持ち上げ、おかめマークを感慨深く見つめる。
「これだ……使いようでイケるわね。Dr.パソコンいわく、『習うより慣れろ』。これで女王を追い詰めてやる」
 どこをどう見たらそういう結論になるのだらう。
「さっき、満月の中にWiFiルーター放り込んどいたのよ」
 なぜWiFiルーターがあるのに、この店にはパソコンがないのだろうか。
「前に地下にハッキングしたとき、ウィルスに感染しちゃったの。これなら感染しなさそうだし」
 ありすは大分手馴れてきたのか、キーボードをすばやく操作している。
 それならありすのパソコンを科術で直した方が早くないかと思うが、ありすによると並みの壊れ方ではないらしく、ウィルス感染した直後、何故か蜂蜜だらけになったという。ノートパソコンからあふれ出す蜂蜜。そりゃダメだ。
 パキパキ、と音を立てて続けざまに板チョコを食ってるありすは時夫が持参した古い参考書を片手に、瞬く間にQC-6001の基本操作を修得していった。
「くどいようだけど、ネット接続なんかない時代のパソコンなんだゼ?」
 時夫は独り言のように呟くと、返事が返ってこないありすの背中を眺めてうつらうつらし始めた。すでに石川ウーはありすの布団で寝つぶれている。時夫は目を瞑った。

       *

「金時君。君がいないと、事件が解決しないんだ。あたし、科術師向いてないのかも」
 思いつめた表情のありすが、切ない目つきで訴えていた。
「なら言うけど、そもそも、不思議の国現象なんて起こってないんじゃないの……」
 時夫はそっけなく言った。
 ありすは、黙って泣き始めた。
「あーっ、だめだよ時夫。女の子泣かしちゃ!」
 唐突にウーの怒った顔がアップになった。
「なっ!?」

       *

 ヴゥン・ヴゥン・ヴゥン・ヴゥン……

 隣部屋から、何やら懐かしい音がする。
 時夫が目を覚ますと、時計は午前十一時を回っていた。
 すっかり日が高く……いや明るさは全く変わっていない。さっきのは夢の会話だったらしい。
 ありすとウーはQC-6001のゲーム「オリオン&クエスト」をやっている。今遊んでいるのは「クエスト」だ。一種の迷宮探索ゲームで、迷宮の中でモンスターをしとめる。
 緑のフレームだけで3D感を出すという初期のグラフィックながら、先ほどから鳴りっぱなしの独特の音が異空間を演出している。
 ……はずだが、二人が見ている画面は完全にリアルなCGだった。確かこんなグラフィックの性能は、このマシンとソフトにはないはずだった。やっぱりまた、何かやらかしたな古城ありす。
「今地下を探っているとこ。あたしのWiFiルーター、『高橋HAL美』っていうんだけど、科術つけてあるから、このゲームと結婚、間違えた。接続して、地下の中を探って、女王が遊んでるゲーム機とつなげることができた。エヘッ」
 ルーターにフルネームの名前付けないでくれ。
 QC-6001には昨日なかった通信機器が接続されていた。パソコン以外は何でもそろっているなこの店は。QC-6001でホントに地下にハッキングしてやがる。恐るべし古城ありすの科術。
(で、高橋HAL美って結局誰なんだ?)
「大丈夫なのか? ……あのさ、敵のウィルスは」
 ここまで来るとQC-6001まで何かに感染するのではないかと時夫は心配になってくる。
「これなら大丈夫。大体敵はゲームをやってるつもりで、こっちの侵入には全然気づいてないんだから」
 ありすはプッチン・プリンを食べ、ウーはコーヒーを飲みながら甘食を食べている。これらが普通のお菓子なのか、時夫にはよく分からない。
「ゲーム? てことは……つまり先方も今、ゲームをやってるって訳?」
「うん。女王は普段引きこもりだからね。自宅警備員だから。ま、出て来れないんだから地下に引きこもるのは当たり前なんだけどさ」
「真灯蛾サリーは一体、何のゲームをやってるんだ?」
「別に、普通のゲームだよ。『場異様破邪道』(バイオハジャドウ)。人攫いと一緒に、白彩にゲーム機を地上から持ってこさせてる」
「本当かよ」
 呆れた。サリー女王は地下の神殿でゾンビ・シューティングゲームとして有名なあの『場異様破邪道』なんかやってるなんて。
 時夫が画面を観ていると、その廃墟の迷宮から出現するモンスターやゾンビが、花札に手足がついた兵士に代わっていた。
「これは……花札か?」
「うん。この手下どもは女王の操る蜂人の意味合いね」
 ありすは、ゲーム内で巨大花札で「こいこい」勝負を開始した。相手は女王だ。
「あぁ……やられちゃった。モウー」
「ウーがあわてるからだよ」
 ありすは助言者ウーのせいにする。どうやら、花札はあまり得意ではないらしい。
「もう一回!」
「いや……この勝負お預け。この辺にしとこう」
「何でよ。今度こそ負けないのに」
 ウーは「こいこい」に熱中していた。
「これ以上やったら敵がこっちのハッキングに気づいちゃうじゃない。もう大体分かったから、場異様破邪道がね」
「え、何が?」
 時夫は怪訝な顔で訊く。
「だから、今言ったじゃん。場異様破邪道。恋文町の人攫いの現場のことよ。地下の奴らのうさぎ穴。侵入経路よ。うさぎ穴には出口専門と、入口専門がある。女王はもう、雪絵さんというロイヤルゼリーを得ない限り、図書館に普通の記憶喪失の少女として出てくるしかない。でも図書館の穴は自分で塞いじゃったし」
「だからうさぎ穴って言わないでって言ってんじゃん!」
「そろそろ出かけるわよ。いざ往かん、場異様破邪道へ」
 勝手にゲームの名前使うなよな! 途中から花札勝負になってるし。
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