第35話 ケチャップ飛び散るスプラッター「アタック・オブ・ザ・人食いバーガー」

文字数 7,049文字



 恋文銀座の表通りを一本入ったアメリカ横丁に、赤と黄色のど派手なロケットが建物の角に鎮座する「ロケットバーガー」があった。
 ロケットは二階建ての建物を突き抜ける巨大さだ。入り口には行列が出来ていた。「冬休みセール期間中」であることも関係するようだ。こんなに目立つ店だが、道を一本入らないといけないので、時夫はついぞ存在を知らなかった。
 古城ありすが知らないのは意外だったが、漢方師はファーストフードなど食べないものなのかもしれない。ウーはいかにもという感じだが。いや、またしても、ウーが知っていたというのは怪しいかもしれない。
 行列とはいえ、波のように人が動き、十五分程度で三人は中に入ることが出来た。しかし、一階は満席だったので二階へ上がるようにと、へそ出しウェイトレスに案内された。派手な赤いロケットはエレベータで、三人は二階へ上がった。
 ありすはエレベーターの内装を眺めている。
「これ、問題は動力が何で、どうやって動かすかよね」
「ひょっとして飛ばす気か? 勘弁してくれ」
 三人は「ハードロックカフェ」を髣髴とさせるアメリカン・テイストの店内の、カウンター席に座った。
「匂うわ……場異様破邪道の匂いがプンプンする」
「危濁所じゃなく?」
「うんうん」
「なぁ、本当にここで食べるのかよっ」
「ここまで来て食べなかったらかえって不自然でしょ」
「全く、人を食ったような話だな。俺、食べようとしたハンバーガーに食われるのだけはゴメンだぜ」
「またまた~時夫~。何シュールな顔してんの?」
 ウーがくすくす笑った。
「シュールな顔って、失礼な。せめて『シュールなこと言ってんの』といえ。さっきシャッター・ガイがそう言ったろ」
「え? シャッターが? 何だって。まぁ時夫ったら! 何言い出すのよ」
 哀れむような目でウーは時夫を見つめた。コイツ……。
「君さ、前から思ってたんだけどホントに俺たちの味方なんだろうな? 君のせいで毎回俺達は大ピンチなんだぜ」
「何よ、時夫、まだ疑ってるの。あたしが地下に居たから? 潜入捜査官だって言ってるでしょ」
 そんな話は始めて聞いた。
「静かに」
 ありすはさっきから、他人に気づかれない範囲で店内を探っていたようだ。
「あたし、ちょっと気づいたことがあるんだけど。あのロケット、エレベータにしてはどう考えてもでかすぎるし、精巧すぎる」
「それがどうした」
「……本物じゃないかってことよ」
「馬鹿な。蒸し返さないでくれ。内装はただの飾りだっただろ」
 また古城ありすが不穏なことを言う。こっちもこっちでどうかしてる。
「そうかな。この恋文町は意味論が支配している。だとしたらありうる話だわ」
 もし本物だったら、どういうことだろう。ひょっとして伏木有栖市は、種子島と姉妹都市のだったのか? 公園に展示されてるD51のような払い下げの小型ロケットを、エレベータに改造したとか。
「……ポイントカードありますかー?」
「いえ、ありません」
 ウェイトレスに注文を済ませて、カウンターで待つ。一般的なハンバーガーのチェーン店と違って、運ばれてくるのを待つシステムらしい。
「3・2・1……発射!」
 アナウンスされる女性の掛け声と共に突然店内が輝き出し、踊るウェイトレスがカウンターにトレイを運んできた。
「来たわよ」
 小声でウーの無駄口を制するありすの前に、「ロケットバーガー」が置かれた。バンズとパティ、ピクルス、チーズ、キャベツなどが延々七段も重なった、四十センチはあるロケットのように高く積み重なったバーガーだ。値段は二五〇〇円もした。はみ出た真紅のケチャップが殺人バーガー風ではある。
 うさぎと時夫は、二段重ねのオーソドックスなバーガーだ。それでも少し大きいところはアメリカンサイズだろうか?
「食われる前に食う。味を調べないとこれから戦えない。先制攻撃って奴よ」
 調査のためとはいえ、なぜ、ありすはこんなロケットバーガーをわざわざ頼んだのだろう? 飲み物はワサビサイダー。
 それから驚異的な現象が起きた。二人が見ている前で、上から順に、どんどんありすのハンバーガーが消えていった。
 ありすは、一点を見つめながらひたすら口に運んでいった。ごまかしなし、それは科術でもなんでもない。古城ありすは大食いファイターだったのだ。しかも、真灯蛾サリーに全然対抗できるレベルの。
「ふぅ~味は本格的ね。バンズもパティも。こんだけ旨けりゃ、行列並ぶのも少し分かるわ。ちょっと甘みさえ感じる……」
 そういって口をぬぐったありすは沈黙した。
「でも、この肉、ホントは人間の肉だったりしてね」
 ウーが口許にケチャップをつけて笑った。
「また変なこと言わないでよ」
 といいながらありすは、ワサビサイダーをくるくるストローで飲み干し、ケチャップだけが着いている空の皿を見ている。------これは本当にケチャップだよなぁ。
 誘拐された人間たちの行く末を考えると、ウーの言った可能性はありうる。都市伝説ではあるが、人肉入りバーガーだとか、ミミズバーガーとか、四本足のフライドチキンなんて話も存在するのだ。
「……それで?」
「このバーガー、食べてみて分かったわ。白彩の砂糖が使われている。きっとそれで生き物のように動き出すのよ。つまり、白彩の工場で作られた砂糖が使われている。こっちのワサビサイダーは、アガベシロップとジンジャーエールに山葵が加わってるわね。それが人を襲うというのは、一体どういう意味論を導き出すのか? 日本でハンバーガーの歴史は、戦後の進駐軍と共に始まった。要するに進駐軍の代表的な食べ物ね。これが肝心なところよ。ここが場異様破邪道なら、地下の侵略の、橋頭堡としての意味論がバーガーには込められている……ってことは十分にありうるわね」
 意味論及び砂糖は、魔学発動の重要な要素だ。ちなみに米軍基地のある沖縄もハンバーガー王国である。
「じゃあもしここが場異様破邪道だったら、殺人バーガーがゲートキーパーの可能性があるな」
 そういいながら、時夫もウーも食が進んでいた。めちゃくちゃうまいではないか。何でもっと早く知らなかったのだろう。ま、白彩の砂糖を使用した殺人バーガーと知った今となっては、いくらうまくても、もはや白彩の食べ物など二度と食べたくない訳だが。
「そうよ。侵略は、徐々に始まっている。敵が私たちに感ずく前に行動しなきゃいけないのよ」
 すでに、ありすはロケットバーガーを平らげていた。
 ロケットバーガーのウェイトレスたちも一見して人間だが、実は敵側に寝返った茸人か、それとも砂糖人間かもしれない。しかしこの中に、白井雪絵はいなかった。
「おそらくゲートルームは一階にある厨房ね。下へ降りて、厨房へ侵入してみましょ」
 ようやく古城ありすがそう口にし、立ち上がった瞬間だった。
「ギャアアアア……!」
 店内から叫び声が起こった。蜘蛛の子を散らすように、客が渦巻いて色々なベクトルで店内を駆け巡る。慌てた客たちによって、階段で将棋倒しが起こった。
 グワッシャンという音がして、カウンター奥の扉を突き破り、巨大なハンバーガーが大口を開けて飛び出していく。直径二メートル。赤いケチャップを血の様に垂らしながら、目の前の女性に食らいついた。
 逃げ惑う人々の後ろに、続々と巨大バーガーが飛び跳ねながら追ってきた。今日はハロウィンだったのか。いや、違う。
「アブねえ逃げろ!」
 時夫が叫ぶ。戦いに来たことを忘れていた。しかし、ぐるぐる公園で遭遇した過激なサンダーバードのように、バーガーの動きは全く予想がつかなかった。
「人食いバーガー! あたし達が厨房に入ろうと言った瞬間に出てきやがった。きっと厨房がゲートルームだからね。たこやきの中にたこやきが! Hey!」
 ありすの無限たこやきが炸裂する。
 眼前に迫った人食いバーガーは膨れ上がり、ケチャップと粉々の具材を店内中に飛び散らせて炸裂した。食われていた女性が転げ出てきた。
「怪我はない? 佐藤さん」
 そう声をかけて、ありすは二十代の女性を助け起こした。
「あ、ありがとう。なんで私の名前を?」
 女性はやっぱり佐藤姓だったらしい。古城ありすはかまかけに成功した。完全に連続誘拐事件の被害者だ。
「階段はダメだ、ロケットエレベータを使いましょう」
 三人がエレベータまで駆けつけると、チンと音が鳴ってドアが開き、巨大ハンバーガーの大口が飛び出してきた。一階から上ってきたらしい。
「避けて!」
「うさぎビーム!」
 石川ウーの恋ビームを浴びて、エレベータから出てきた殺人バーガーは爆発し、おびただしいケチャップが三人に降りかかった。時夫は夢中になって椅子を振り上げると、窓ガラスに投げつけた。
「シムラウシロ!」
 ありすが振り向きながら科術の呪文を唱え、バーガーの追撃を阻止した。三人は割れた窓の二階から外へ脱出した。
「きっと、一階はもう修羅場ね」
「なんでハンバーガーが、こんな、こんなバーガー(馬鹿)な!」
 実際に遭遇するまで信じられなかった。時夫は興奮して同じフレーズを三度繰り返した。
「いつも食べられている超人気の恋文ご当地バーガー。それが遂に、人類に対して反乱を起こしたのよ! いつもいつも食べられているばかりじゃない、ハンバーガーだって時には反撃するってことよネ」
 人類に対するハンバーガーの反乱だって? こいつは前代未聞だ。……って、さっきは進駐軍がどうのこうのって言ってなかったっけ?
「あいつら、一体、何の肉が使われてるんだッ!」
「建物の裏に回れば、ポリバケツの中身が分かるかもしれない」
 そんなことより、時夫はとっとと恋文銀座を後にしたかった。するとありすは、さっさと裏に回ってフタを開けた。途端、ありすの目つきが険しくなる。
「ヴぇ。なんてこと……どうやら人肉じゃなかったみたいだけど、確信した。ここはやっぱり殺人バーガーだ」
 ポリバケツの中には、服やバッグ、それに靴が捨てられている。人食いハンバーガーが食った後のゴミだろうか。いやそうでなくても、確実に不審な店であるには違いない。
「やはり……厨房の中で何かが起こっている」
 建物を見上げる。異様にでかい。そうなのだ。
 店舗に不釣合いに巨大な厨房や工場。その中で、邪なことが行われているというのが、地下勢力の魔学の「場異様破邪道」の特徴なのである。そしてでっかい施設には、必ず送水口、つまり敵の手先が存在するものだ。
「おいありす、あれ見ろよ」
 表通りの離れた場所には、依然としてずらりと、開店前のパチンコ屋のような大行列が出来ていた。それを店員が誘導している。通行の妨げになるので、少し距離を置いたところに新しい行列が出来ていたのである。彼らは皆、店内の修羅場に気づいていないらしい。
「人気店にも程があるわね」
「俺たち、ちょっと時間がずれてたら入れなかったみたいだ」
「そりゃ、結構おいしいからね。人肉だ・け・に」
 ウーが可笑しそうに言うが、面白くはない。
「だからそうとは決まってないでしょ」
「じゃあの靴は一体何なのよ」
 今さら、人肉を食ったとは言いたくないありすはムッとして黙った。
 一階の窓ガラスが割れて、殺人バーガーが外へ飛び出した。それも一体、二体ではなかった。窓や入り口から、続々と大口開けたバーガーたちが飛び跳ね、通行人を襲撃していった。
「こいつら……なりふり構わずだ。佐藤さんかそうじゃないか、なんて全然識別してないぞ。奴ら、関係なしに目の前のものを襲ってる。そうとしか思えん」
「でも、ここが場異様破邪道だとしても、これまで、これほど派手なことは行われなかった。きっと、ここには特別な何かがあるんじゃないかな。だとすると、やっぱあのロケットか。ともかく。ゲートキーパーとしての役割のために、奴らはあたし達を襲っている」
「いいえ、もう街中が襲われてるよ!」
 その後も店内からは続々と、巨大化したハンバーガーが続々繰り出されていった。最初に行列が犠牲になった。
 恋文銀座商店街の裏路地は、複雑で狭い路地が入り組んでいる。三人が走って逃げると、ケチャップを垂らした巨大バーガーが、ビョンビョンと飛び跳ねながら追ってきた。時夫はまるで、ダンジョンを駆け巡るパックマンに襲われているような気分で逃げていた。
 ありすとウーは、増殖する殺人バーガーを科術の呪文光線で破壊している。特に、逃げながら放つ科術、「シムラウシロ」の威力は絶大だ。
「チッ、数が多いわね」
「超人気店だからな! 沢山製造されてんだろ」
 時夫が投げやりに叫んだ言葉も、案外的外れではないだろう。
「白彩の砂糖が原因っつっても、過激すぎないか? それほど大量の砂糖が入っているような感じはしなかったが」
 動力源が砂糖なら、あの巨体が勢い良く飛び跳ねるための絶対量が少ない気がした。
「そうよね……けどあのロケット。もしかすると」
「何か分かったのか?」
「宇宙からの侵略者が、ロケットと一緒にくっついてきたのかも! 彼らは侵略した宇宙人かもしれない。あるいはロケットに付着した危険な宇宙ウィルスが……」
 発着陸可能なロケット? サンダーバード1号かよ。そういや無印のサンダーバードならぐるぐる公園に……。
 なんだかばかばかしいことをありすは言っていた。
 そもそも進駐軍とか、ハンバーガーの反乱という話もばかばかしい。ひょっとして古城ありすは、適当なこと言っているだけではないか。おそらく真相が分かっていないのは確実だ。
 そういう不用意な発言こそが、意味論を発動するんじゃなかっただろうか。ありすはウーに注意しときながら、自分ではまるで気づいてないのだ。
 最後の一匹を破壊した後、爆発するハンバーガーのせいで、ありすとウーはすっかりケチャップまみれになっていた。
「あ”ーあ。お気にのドレスがぁ」
 どれも同じに見えるとか、言っちゃいけないよね。
「クリーニングに出すしかないレベルよね。もう食べる気しない」
 ミニマムボディの大食いファイター古城ありすの勝利で、バーガーとの戦いは終わった。ともかく二人の科術がなかったら、とっくに時夫は人食いバーガーの餌食になっていただろう。ここは感謝しよう。
 ありすはまだ、あのロケットに未練があるようだった。
 真っ赤に染まった店内へ戻ると、三人は六角形に蜂の頭のマークのある厨房へと侵入した。そこにはハンバーガーのチェーン店にあるバーガー製造機を、巨大化したものが稼動していた。人は居ない。自動モードで動いていた。
「スピルバーガーって奴は居ないわね。逃げられたかな」
 さしあたって機械を停止させるには……横にあるバーを引けばいいらしい。
「ポチッとな!」
 バーは押しても引いてもウンともスンとも言わない。よく見ると、機械に貼り付けられた紙に、
「先端を擦ってください」
 と書いてあった。
「じゃうさぎやって」
「えぇ~あたし?」
 しょうがないという顔でウーは、バーの先端を擦った。すると製造機はキュルルルルという音を鳴らして、たちまち停止した。
 ありすは無限たこやきで結界を張ったが、店を破壊しなかった。厨房の中には、これといった特殊なものは見当たらなかった。特にロケットの動力が存在しないことは古城ありすをがっかりさせた。
 地下の国は、ありすらの行動を見張っているに違いなかった。二度三度と、場異様破邪道を撃破されたことで、真灯蛾サリーは苛立ち、躍起になっているかもしれない。そうなると、次に向かう場所はさらなる強敵と艱難が待っていることになる訳だが。

「シャッター・ガイ。教えてくれて、ありがと。無事、敵の誘拐現場をぶっ潰してきたわよ」
 ありす達は、表の商店街まで戻ってきた。
「おう! よくやったな! 騒ぎが、こっちまで聞こえてきたぜ。お嬢さん方、すっかりケチャップまみれになってちまって」
「すぐ着替えるわ。あ、そうだ。もう一つ教えて」
「何でも訊きな。この恋文銀座のことならネ」
「白彩で働いてた店員が失踪したんだけど、あんたさ、見かけてない? 白井雪絵っていうんだけど」
「あぁ、ひょっとして、凄ーく色白のお嬢さんのことかい。白彩のエプロンつけて時々、買出しで歩いてるのをよく見かけたぜ」
「そうかもしれない! で、最近は?」
「俺の情報網だと、こっから百五十メートル進んで左へ曲がったどんより横丁で、ずっと突っ立ってる変な子がいるらしい。特徴から言って、たぶんその子じゃないかと思うよ」
「本当か」
 思わず時夫も身を乗り出す。
「あぁ。今もそこにいるかどうかは分からないけどなー」
「ありがとう。助かったよ」
「俺のことも、時々思い出してくれよな!」
「ああもちろん。あんたは最高さ」

「ほらね。信用できる奴だって言ったでしょ」
 人気のない商店街を先に歩くありすは、鼻高々だった。
「あのシャッター・ガイ、プロジェクション・マッピングってあるじゃない。ひょっとするとそれかも」
 ウーが閃いたらしい。しかし光源が何処にも見当たらなかった。最新テクノロジーはそうなのか?
「ふぅ、着替えたいわね。あたし、ちょっと店に戻って着替えてくる。後で行くよ」
「あ、あたしも」
 ありすとうさぎは消え、白井雪絵の確認は時夫に一任された。一人でいるところを、女王の配下に狙われたらと思うと、時夫は気が気でなかった。科術師でない人間に任せて本当に大丈夫か? それとも、少しは信頼してくれている証拠なのだろうか。
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