第59話 YouはShock チキチキ松戸マックス猛レーツ

文字数 11,002文字

 また高校の夢を見た。
 早朝、時夫は登校時に自転車をこいでいる。だが、高校までの道のりは遠い。そして、途中にある川に橋が掛かっていない。
 やむをえず、時夫は橋造りを決意した。金槌を握りながら、考える。
 こんなことをしたって、間に合う訳がないのに------。
 きっと、遅刻の強迫観念にかられているせいだ。

「急がなきゃ。雪絵さんがゲートルームから地下へと連れ去られる前に!」
 幾らギャングが、五十万ドルを無視できないとはいえ、向こうには常にこっちの予想を超える行動を取るキラーミン・ティーチャーがいるのだ。
 一行は恋文町を越え、再びブランコ一味が占領する漂流町へと向かった。
 一体、禁断地帯に何が待ち受けているのか。ギャングそのものよりも、この西部のエリアの広大さ。これがやっかいである。何しろ、今回は西全体が場異様破邪道なのだ。北もそうだったが地形的不利さで、うかつに動いても砂漠を彷徨うはめになる。寒いのも辛いが、暑いのも辛い。
 おまけに連中からしてみれば、庭みたいなもんだし、こちらが圧倒的に不利だった。ゲートルームは漂流町にある。しかし、その隣町の漂流町は勝手に移動してどこだか分からない。
 今は石川ウーのスパイ活動の成果たる、漂流町の位置の座標計算に頼るしかなかった。
「禁断地帯って、一体何なんだよ?」
 後部座席の時夫が、西の地平線の先を見据えながら訊いた。その隣には、巨漢のドイツパン剣豪・レート・ハリーハウゼンが座っていた。もっとも今はブーランジェ(パン職人)と、ガンマン・スタイルの中間的なファッションに身を包んでいた。そして胸に書かれた文字は、「次にやるときはイタ公抜きで」。ま要するに、マカロニ・ウエスタン風のキラーミンを敵にするってことだろう。
 運転手のありす、それに助手席のウー。古城ありすのパーティ「セブン・ネオン」は結局この四人だけだ。
「あたしにも分からない。でも無理に出ようとすると、死ぬのかも。禁断地帯と呼ばれるだけのことはある、トンでもない何かが外に待っているのは確か」
 運転しながらありすは返事した。「外」か……。ありすの金髪がパタパタと風に靡いている。
「こりゃタクラクマクラ砂漠ね」
「……タクラマカン砂漠?」
「あ、そうそう」
 ズォオオオオ……。
 茫漠とした砂漠地帯を駆け抜ける一行は、西へ西へと進む。無尽の荒野の先にある天竺を目指して。いやシルクロードじゃないし。
 本来ならロードサイドに大型チェーン店が立ち並ぶ、似たような景色が続くはずだ。だが今は、別の意味で似たような景色が続いている。少なくとも日本の景色ではない。
「フゥ……。また忠敬に地図を書き直してもらわなくちゃ」
 ありすは呟いた。
「忠敬?」
 時夫は不審な顔をした。
「伊能忠敬」
「そんな、友達みたいに言われても」
 -----いつの時代の話をしている!?
「大地は焼け焦げてるわ」
 時間は午後二時を回っていた。長い一日であった。
 真夏の炎天下と化した西部。常夏だった東どころではない。照りつける灼熱の大地。南と似たような状況で、何もない荒涼とした砂漠だった。
 サボテンが時折あり、セイタカアワダチソウが群生している。転がり草タンブル・ウィードが、時々回っている以外は動くものもいない。
「灼熱の……」
 砂漠に、トーストが無数に浮いている。そう、朝食に出るトーストが。
 こんがりと焼けた正方形の食パンが、地上から1.6メートル上空に浮かび、それが地平線まで連綿と続いている。
 ありすはジープを停めた。
「なんだこれは」
 時夫も呆れて、怪しげな景色をしげしげと眺める。
 焼け爛れた大地と食パン。ダリみたいだな。どうやって浮かんでるのかは不明だった。するとドイツパン屋のレートがじっと観察した後、振り返る。
「うん。間違いない。これは雑誌『暮らしの友』社の商品テストの実験の残骸だ!」
「----残飯?」
「ソウネ。その昔、高度経済成長期に雑誌記事の企画として実施されていたものですが、なぜかこんな所に。『トーストされた大地』という意味論が働いて、きっとおかしなことになっています」
 辺りを見ると、山と詰まれたトーストもあった。それらは無造作に、埃っぽい大地にゴミのようにうち捨てられていた。
「なんかもう、夢でも見てるみたいだな」
 シュルレアリスム絵画のような、現実とは到底思えない景色。
 もう長いこと、時夫はそんな気分に浸っている。いやもしかしたらこれは本当に夢なんじゃないか。そんなことを思わんでもない。だが、いくら頬をつねっても頬が痛いだけである。残念ながらコレは夢ではない。
「こんなことになっても、元をただせば、全ては地下と白彩の陰謀なのよ。ほどけない靴紐、臭くならない靴下、破れないパンツ。……作ろうと思えば作れるのに、なぜか企業は作らない。この現象は、いわばそういう企業の陰謀と同じことなの」
 バレンタインやクリスマス、さらにハロウィンが企業の陰謀とはよく聞く論理だが、東西南北の異変もそれと全く同じだとありすは言った。
 その企業の陰謀を暴くために、「暮らしの友」は記事を書いた。しかし一体どんな業を使ったら、これほど大規模な陰謀が可能なのか。
 地形が変わり、気候が変わっている。だのに一部のインフラ、車道や電柱が不自然に残っていた。これから向かう禁断地帯に、その答えが隠されているのかもしれない。

ストレンジャー・イン・ウエスト

 車を出して約五分、ありすは再度車を停めざるを得ない状況に陥った。
 車の前方を、ヌーの大群が横切って通過していく。ヌーとは、アフリカ大陸に居る、巨大なたてがみを持った黒い牛のような動物である。
「こんな時に……」
 ハンドルに乗せたありすの指先が、パタパタとせわしなく動いている。いつまで経ってもヌーの大群が立ちはだかる。もしかすると、数万頭はいるのかもしれない。無理に行こうとすれば危険だ。
 いたずらに時間だけが経過する。
「待つしかねーナ」
 これが西部に再侵入したありす達への、敵の妨害かどうかは分からなかった。レートも眉を寄せて、腕を組んでじっと見つめている。
「牛なら、オレに任せなよ!」
 近くの丘に人影が立っていた。
 格好良く午後の太陽をバックにしているせいで、逆光で誰だか見えなかった。しかしカウボーイハットを被り、一見して西部劇の登場人物のようだった。だが、それは「へのへの」ではなさそうだ。
 男はハーレーダビットソンに跨ると、丘を降りてきた。
「トォッ!」
 この面構え。へのへのではないが、同じくらい軽薄な笑顔のカウボーイ、シャッター・ガイである。
「ヒーハ-----!!」
 シャッター・ガイは、右手に持ったロープをくるくると回した。その先端は輪になっている。
 ガイがバイクでヌー達を追いかけると、ヌーの大群は面白いように逃げていった。黒い牛たちは、このロープがことの他怖いらしい。
 その後をありすのジープが追いかけていくと、モーゼが紅海を真っ二つにしたようにヌーたちが車道の左右に分かれた。ほどなくして、ヌーの大群は散らばっていき、やがて胡散霧消した。現金なほど一頭の姿も見えなくなる。
「二番バッター! COWBOYのC、シャッター・ガイ、来てくれたのね」
 ありすのその掛け声は何なんだ。ま、いいか。
「もちろんだぜ! トゥギャザーしようぜ!」
「あんた、シャッターを抜け出せたの? ホントにカウボーイだったんだね」
 ありすは一旦車を停めた。
「おぉ! 俺の絵のモデルの奴は、実はテキサスレンジャーに正規に所属していたんだぜ。名はシェーン」
「まじで? やっぱそうじゃん! ありすちゃんが言う通り信用できる、背高・our・友達・so(セイタカアワダチソウ)ー!!」
 ウーが身を乗り出した。微妙にdisっている。まさか、本当にテキサスレンジャーが現れるとは。
「……カンバーックの?」
 ありすが訊いた。
 映画の「シェーン」とは似ていなくもないが、ヘラヘラしていて、同考えてもお調子者といった感じだ。シャッター・ガイは、おそらくシェーンという人物をモデルにした「絵」であり、その擬人化なのだろう。
「そうとも。誰かの助けが必要な時に現れる! それが、『男』ってもんだろ。カンバックしてきたぜい!」
「レート・ハリーハウゼンだ」
「あんたか。よく恋文銀座でご夫人と歩いてるの見かけたぜ」
 男同士でガシッと握手している。この二人はうまくやれそうだ。
「君とは『はじめまして』になるのかな」
「そのようだ」
「まぁ、その……何だ、ようこそ三次元へ」
「あぁ! いやぁ三次元はさすが、風は感じるし暑いし、身体は重いねぇ~! だけどバイクで疾走するなんてさ、風を切り、大地を駆る!! って感じで、全くサイコウの気分だ」
 暑苦しい奴。
 シェーンことシャッター・ガイがバイクで先導し、再び灼熱の大地をJ隊のジープが疾走する。その道の脇に、なぜか浮かぶトーストの列が続いていた。
 助手席のウーが座標計算した漂流町はまだ遠いが、確実に近づいているらしい。

「あら、あらら……?」
 ありすが前のめりになった。前方を走るバイクに乗るシャッター・ガイが、手を振って速度を落とした。程なくしてジープは停まり、目の前に川が出現した。
「こんな川あったか?」
 時夫がいぶかしがるも、ジープは印旛沼付近まで来ているのかも知れなかった。だが、地形が大分変わっているせいで確証はない。
「やれやれ、今度は川の出現ですか」
 レート氏が肩をすくめる。
「遅刻しそうなときに都合よく川が出現するなぁ。いいや、この場合は都合悪くか。このままじゃ、雪絵さんの救出に間に合わないかも。橋はないし、どーしよっかなぁ」
 焦ってるときに限って、障害が出現するものだ。川はそれほど幅が広いわけではなかった。J隊のジープで踏破できるかもしれない。
 しかし、思ったより深かった場合は嵌ってしまう危険性がある。
「まさか、橋をかける訳にもいかないしね。さる♪ ゴリラ♪ チンパンジー♪」
 ウーが半分冗談交じりに歌ってるのは「戦場にかける橋」の主題歌のアレンジだ。
 ありすが川沿いに車を走らせようとしたその時だった。

 カーンカーンカーンカーン。

「あの音は……」
 五人は一斉に後ろを振り返った。
 J隊の特殊車両が追いかけてきた。
『川に応急架設橋を建設することを提案する! 81式自走架柱橋は、災害に備え、橋梁の迅速な復旧作業を遂行する為の、三倍性能のJ隊のトラックである!』
 車から放送が聞こえてきた。しかもそのトラックは不必要に真っ赤に染まっている。
「HEADのHで送水口ヘッド、三番バッター……」
 自分で呼んでおいて、なぜか驚いている様子のありす。
 そう、運転席に座しているのは、紛うかたなき送水口ヘッドだ。即ち、送水口のヒトモドキなり。それが運転するJ隊のトラックはジープの横を通り過ぎ、川の中へとドザザザァーッと派手な音を立てて入水していった。
 トラックの荷台には、折りたたまれた橋脚と橋桁があり、それが油圧で動き出した。たちまちにして一行の目の前に「橋」が完成し、ありすのジープと、シャッター・ガイのバイクは無事川を渡ることが出来た。
「待ーたーせーたな古城ありすよッ!」
 トラックから送水口ヘッドが降りてきた。「真夏」の太陽を浴びて、ギンギラギンにさりげなく輝くその頭。マントを羽織っているが、暑くないのだろうか。
「面妖な」
 レートは今度は握手しようとはしなかった。来てくれたのはいいのだが、時夫もこいつだけは信用できない気分だった。
「こんなもの、どっから調達したの?」
「メインインフラなら私に任せておけ! ……あんたもご存知の小林カツヲからの提供に決まっている。J隊は災害時に派遣され、消火活動も行っている! だから送水口とて、J隊と縁がない訳ではない! さぁ行こう、敵のアジトへ。今こそ女王の陰謀を挫き、恋文町を地下帝国の手から解放するときが来たのだ!」
 さすがヒトモドキである。信念もクソもなく、ありすが渡したセブン・ネオン一本で簡単に寝返った。この先、ウンベルトA子も出てくると思うと、かえって不安になってくる。
「地下の手先だったヤツがよく言うわよ。ヨゴレのクセに」
 ウーが余計な一言を口走った。
「正義の反対は悪! 悪の反対は正義! 一週回った正義、それが、ダークヒーローだ!!」
「……自分で言わないでくれます?」
「サンキュ。じゃ、前に進みましょ。ウー、漂流町の座標は?」
「もう少しよ」
 ウーはさっきからビー玉を覗き込んで、そこに映るぐるぐる公園を観ていた。
 どうやらウーはぐるぐる公園に行った際、そこで漂流町の位置を知らせるサインを作動させたらしい。ビー玉を覗き込むだけで、ウーは既に、カーナビのように漂流町の座標を確認することができた。
「さっきから、このジープ、浮かぶトーストの横を通っているでしょ」
「うん」
「確信したわ。このトースト、町まで続いている。トーストを伝って行けば、いずれ漂流町へとたどり着く」
 ウーはちらちら手元のビー玉を確認しながら言った。
「そ……そうなのか?」
 時夫は素直に驚いた。ウーのナビが、浮かぶトーストが続く先へ向かっているような気がしたのは偶然かと思っていたからだ。
「なるほど、意味論が見えてきたわ。このトーストには何も着いていない。つまり、中立なのよ。サンダーバードと同じ現象。問題はこのトーストに『何』を着けるか? 甘いジャムか、それともハリッサみたいな辛いペーストか」
 ハリッサが何なのか時夫は知らなかったが、何となくありすの言いたいことは分かった。
 要は連中は当然劇辛ペーストだろうが、トーストを甘く塗り固めることができれば、つまりこの西部を甘く染め上げることができる。その可能性を示唆しているのだ。この浮かぶトーストは西部の意味論の象徴(シンボル)なのだ。
「素晴らしい論考です。ありすさんはまさに一流の科術師。私も同意見です」
 レートが頷いた。
 こうして、古城ありすのジープの隊列に送水口の特殊車両が加わった。
「時夫君。奴は雪絵さんを見た途端に、寝返るかも知れません。油断は禁物です」
 隣に座したレート氏が時夫に囁いた。
「全くですね」
「でもさ。……意外と、いい奴ジャネ?」
 ウーが言った。一体何を根拠に。
「いいや、私は騙されない」
 レート氏は、敵陣からのパーティ参加をあまり快く思っていないらしい。
 出現するタイミングが良すぎるところを見ると、もしかして送水口ヘッドにずっと監視されていたのか、などという考えが生じ、気味が悪かった。もっとも西部に送水口なんて見なかったはずだが……。

 ドロドロドロドロ……。
 地平線が赤く煙っていた。無数のバイク軍団が正面から向かってくる。タンブルウィードの襲来時ほどの数ではないが、仮面をつけたルチャ・リブレ(プロレスラー)のようなライダーで、筋肉モリモリ。どうやら戦うプロテイン、火麺団の出現らしい。
 最前線にはホッケーマスク然とした鉄仮面をつけたマッチョが、キャラメル色の筋肉をヒクヒクさせながら、ド派手な改造車を運転していた。一斉に爆音をガナリ立てていたバイクは停車した。
「なぁありす。女王ってさ、確か暴走族が嫌いだったよな?」
「しっ」
 時夫の疑問をありすは一蹴した。
 千葉といえば房総半島。房総半島だから暴走族。だから出てきたのであろうか。それともあれか、「松戸マックス」か。
 いや、これらはサリー女王ではなく、おそらく黒水晶の趣味なのだろう。てことは、元をただせばありすの趣味ってことか?
「お前達には失望したぞ。恵瑠波蘇での取引をむげにして俺の店内でマシンガンをぶっ放し、アンタッチャ・ブルの部下を全滅とは! お陰でまた戦いを続けなければならなくなった。こうなったのも、全て古城ありす、お前の自分勝手な行為のせいだ。西部に侵入し、我が物顔で通過しようとする。だが、愚かな計画だ! 周りをよく見ろ、ここは死の谷だ。ここを支配するのは、ブランコ一味の火麺団、ヒューマンのカスだ! ヒューマンのカスに逆らうことはできん」
 しゃがれ声で、身振り手振りがさすがメキシカンレスラーだ。こんなむくつけき男が、普段からオーバーアクションで厨房の中でラーメンの湯切りをしているのだろうか。
「……あっはっは! 自分でカスとか言ってんじゃん」
 ありすはいつの間にか運転席の上に立っていて、なぜかキャットフードを開け、先割れスプーンでパクパク喰っていた。
「話し長げーよ。校長先生かお前! 十秒にまとめろよ」
 世紀末風だが「夜露死苦」旗や、大漁旗まであるのは何故だろう。
「そこ! 設定めちゃめちゃじゃないのよ」
 しかもヒューマンのカスの車体には、成田山の交通安全のステッカーが輝いているのをありすは見逃さなかった。ほかの車体もみんな着いている。
「文句のある奴は千葉に来い! 揉んでやるぜ」
「銚子(調子)に乗ってんじゃないゾ? ぬれ煎餅も買ったことないクセして、勝手に千葉を代表しないで下さいますぅ?」
 銚子といえば銚子電鉄。銚電といえば「ぬれ煎餅」。
 すると一団の中から、白スーツのアンタッチャ・ブルがサブマシンガン片手に躍り出た。アンタッチャ・ブル以外全員一八五以上ある……セイタカアワダチソウ!
「おい古城ありす! キサマァアぶっ殺してやる」
「ブル、ブル気を静めろ!」
 なぜかヒューマンのカスはブルを静止した。
「奴は俺が……見てやがれ、男女平等パンチを喰らわすぜ」
「静まれ、静まれ! ゲームは終わりだ。ゲームは終わりだ。俺達がここに来たのは、話し合いで解決するためだったろ?」
「何が話し合いだぁー。話し合いはもういい! 殺るんだ!」
「待て! ブル」
「奴らを殺るんだ!」
「言うことを聞け! ブル、ブルよ、まずは落ち着け! 愛する者を失ったその痛みは分かる。だが俺のやり方でやる。俺のやり方でだ。まずは……」
 ヒューマンのカスの太い腕が、アンタッチャ・ブルを締め落としに掛かっている。
「かっ仇を討たせてくれ。仇を!」
「ガソリンを手に入れるんだ。その後で、お前は復讐を果たせ」
 ガソリン? 話が変わってる気がするが。すでにブルは腕の中で気絶している。
「フゥ~、ジャイロキャプテンに空中から“蛇”をプレゼントしてもらいたい気分ね。なーにがフクシュウだよ。サボテンのへのへのじゃん! 俺が荒野の法律だとかいってるバカ、学芸会はその辺で終わりにして」
 アンタッチャ・ブルだけ、少し顔がマシなヒトモドキってだけで……。ジャックとニックをウーに瞬殺されても平気の平左だったキラーミン先生の足元にも及ばない。
「しょせんヒトモドキだ。言っても無駄デース」
 時々冷たくなるな、レート氏。
「……連れて行け! 殺し合いはもう散々やった。お互い何の得もないだろう。この際だが、俺が妥協案を出そう。今すぐここを立ち去れ!」
「ふふん、しゃらくさいわね。何人連れてこようと、あたしには、この……」
 ニヤリとして、ありすは荷台にズシンと積んだガトリング銃を構える。
 するとその時、東側から別の轟音が鳴り響いてきた。
 今度はバトル・タンクローリーの出現だった。運転してるのは犬。そう、おっさん犬。世紀末の荒野に足りないものは車に乗る「犬」だったのかもしれない。
 バブル期のテクノが荒野に鳴り響く。今回はユーロビートだ。その巨大なバトルタンクローリーの上に、お立ち台のように立っていたのは、
「A、ウンベルトA子。四番バッター。……いい所だったのにィ!」
 ありすの見せ場を奪った、西部に場違いすぎるあの恐ろしくデーハーなバブル女だった。ハットをかぶり、両腕から紐をチャラチャラたらした上着、ホットパンツにブーツと、西部劇風にカスタマイズしている。まためどくさい奴が。
 A子はタンクローリーの上でゴルフクラブをブンブン振りまくり、火麺団の頭上にゴルフボールを雨あられと降らした。
「ナイス・バーディッ!!」
「やめろッ」
「千葉と言えば腐るほどあるゴルフ場ッしょ!! プロゴルファーは猿ッしょ!! マッドマックスは『2』ッしょ!!」
 次から次へと訳の分からない連中が登場し、西部は違った意味で無法地帯と化していた。

 ドガガガガガガ……!

 バトル・タンクローリーは派手にドリフトして停車し、A子はヒューマンのカスを見下ろした。
「遅いわよっ」
 ありすが声をかけた。
「デビルスタワーの上で踊ってたのに、誰も気づかないんだもん」
 ケバケバしい女は言った。
「分かるかーい!!」
 デビルスタワーは荒野のお立ち台じゃない! そういえば、遠ーくから小さな音で猥雑なテクノ音が響いていたような気も。
「ロミ夫、ロミ夫、いやヒロミ、貴方はなぜヒロミGOなの!? ジュリアナ東京のお立ち台で貴方をずっとお待ちしておりますワ!」
「洋画に出てくる悪者おばさんみたい」
 ウーはまだ警戒心を解いていない。
「誰がBBAだ! 私はまだ二十七だよ! おねぇさん、おねぇさんと呼びなさい! 訂正しなさいよ! あんた」
「オバタリアンのくせに」
「古っ」
「あんたに言われたくない!」
「誰だオマエは!」
 ヒューマンのカスが変な流れを断ち切る。
「誰だお前はって言った? そうですあたしが薔薇の名前はウンベルトA子デス! さてはそんな格好で、あたしと鬼ごっこをやろうっていうタクラミを、企てちゃったりしてる訳ね? あーはーはーはーん♪」
 A子は右手に握ったセブン・ネオンを陽にかざし、真っ赤な唇に銜えてラップに包まれた中身をキーッと歯でこそいだ。
「……言っとらん! いちいち癇に障るぜ!」
 A子はよじ登ってきた火麺団の一員を、バコンとスノードームでぶん殴った。中で粉雪が舞っている。
「お前はもぅ……死んでいる!!!」
 必殺の武器は、バブル時代の定番のお土産。……いつも持ち歩いているのか?
「私をザウスに連れてってー! 鬼さんこちら、あたしを捕まえて御覧なさいおばかさーん。フォローミー!!」
 A子はトラックの上から扇子を振って、タンクローリーを発進させた。
「ラッセイラー、ラッセイラー、ラッセイラッセイ、ラッセイラー!」
 唐突に始まっただんじり祭。火麺団はありすのことは放っておいて、今度はタンクローリーを追いかけ始めた。これがサボテン・ヒトモドキの性質なのである。
「……なんだいあのズンドコ・ダンスは?」
「扇子・オブ・ワンダー!」
 どうやら、バブル・クイーン・森高千里の真似らしい。
 火麺団はそれぞれ火炎放射機を構え、タンクローリーを追いかけながら火を放った。A子はおっさん犬(=ユージ)に、ホースを伸ばすように指示した。おっさん犬が「ゲッヒヒヒヒヒ」と笑い、「ポチっとな」と言わんばかりにボタンを押した。
 タンクに積まれた水が、タンクローリーの上のホースから勢いよく撥水されていった。A子の放水には甘い成分が含まれており、火炎放射に対抗した。だが、それだけではなかった。彼らを追うように、送水口ヘッドのJ隊の特殊車両が続いていく。
「ドゥハ、ドゥハハハハ、印旛沼の水、たっぷりと喰らうがいい!」
 運転席から身を乗り出した送水口ヘッドは、その「両眼」から撥水し、すでに送水口ではなくなっていた。そうである、この時カレは「採水口」になっていた! 送水口と採水口では役割が正反対だが、形態は全く一緒なのだ。
 そのマントの中の身体は一体どこに接続されているのかは分からない。
 ただ、さっきの川で地下に走る水路か何かを細工したらしい。つまり、この砂漠の下には、水道などのライフラインがまだ生きていることを証明していた。
 ついでにコイツの口ぶりから、さっきの川が印旛沼付近であると分かった。だったら、火麺団など印旛沼に潜伏するカミツキガメに喰われちまえばいい。

 ジャジャンがジャー! ジャジャンがジャー!
 パイプに魚が三匹泳いでた
 それを猟師が竿で釣ってさ 煮てさ焼いてさ食ってさ
 アヨイヨイヨイヨイオットットットッ!
 アヨイヨイヨイヨイオットットットッ!

「これは……見切った、すでに子供の遊び科術が稼動し始めているようだわ!」
 ありすの眼がキラッと光った。
 水が! 火が!
 改造車は冷たい放水に吹っ飛ばされ、逆に紅蓮の炎がバトル・タンクローリーに降りかかった。鬼ごっことはいうが、A子一人に対して、鬼の数が圧倒的に多い。おまけにその後ろを、送水口ヘッド改め採水口ヘッドが追いかけるカオス状態。
 二人は、数で勝る火麺団の炎に対し、放水のコンボで戦う。もはや「チキチキマシン猛レース」の世界。
 遠ざかってゆく火麺団とA子らを双眼鏡で眺めて、七丁目での苦労を思い出し、その渦中に居なくてよかったと思ったありす達だった。
 ぽつんと取り残されていたアンタッチャ・ブルは既に遁走している。完全に見せ場を奪われた古城ありすを放っておいて、主戦場は移動する水と炎のだんじり祭へと移行していったのだ。

 カンカンカンカン……。

 A子のバトル・タンクローリーは、前方に出現した踏切の前で停車した。バトル・タンクローリーに牽引される形となっていた火麺団は、東から来る列車に目を奪われた。
 JRの普通電車だ。
 改造車が続々と立ちはだかるようにして、線路に停車していく。
 A子を放っておいて、今度は連中は列車強盗に攻撃目標を切り替えたらしい。最初の標的たる古城ありすはどこへやら。条件反射、パブロフの犬とはこのことか。全く短絡思考の連中だ。
 列車と火麺団は十分に距離があったので、両者が追突することなく列車は停車した。火麺団員はバラバラと降車し、武器を構えた。
 不気味に沈黙した列車に向かって、A子がタンクローリー上から何かを投げている。おにぎりだ。
 列車の自動ドアが一斉に開いた。雪崩を打ってストライ鬼達がドアから降りてきた。赤鬼・青鬼関係なく、鉄の棍棒を持って、降ってくるおにぎりに殺到した。全員、メキシカンレスラーより一回り大きい。
 火麺団が何事かと身構えた一瞬、両者の衝突が始まった。
「かかったな火麺団、はっはっはぁー!! 最初からここを目指して逃げてたのよ! ストライ鬼をおぺんぺん醤油のぬれ煎餅で手なづけりゃ、鬼ごっこはこっちのモンよ。ホッファ委員長、やっておしまい!」
 FELIXガムを噛んでるA子は壮絶な下界を見下ろして高笑いした。
「アラホラサッサー!」
 ストライ鬼は八百人は居るだろうか、圧倒的な数の前に火麺団は敗退した。

 アベシッ!!!!

「い……一応役者が揃ったわね」
 勝敗が決したことを双眼鏡で確認したありすは、三人に伝えた。
「あんなヤツらを本当に雪絵に会わすつもりなのか? ありす」
 時夫は問いただした。
「毒を以て毒を制すよ」
「いや、猛毒だろ!」
 「セブン・ネオン」が揃ったことで、ありすのパーティはなぜか横並びの隊列で、スローモーションで西の漂流町を目指して進んでゆく。映画「アルマゲドン」のテーマ曲「ミス・ア・シング」がJ隊のジープのラジオから流れ出した。小林カツヲの放送だった。

 いや~、「不思議の国のアリス」って、ほんっと~にイイもんですね!
 それでは次回をご期待ください。
 サイナラ、サイナラ、サイナラ~~!!
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