第57話 アリス・イン・ガーターベルト
文字数 8,437文字
「火麺団」。
そこはメキシコ風日本料理店。
だが、外観は真っ赤に塗り固められた謎めいた東洋風の店の風情。
待ち合わせの場所は「荒野三丁目」としか知らされていなかった古城ありすだが、その店に火麺の目印……つまりメキシカンレスラーの仮面の印が刻まされているのを確認した。これが敵アジトの目印だ。
いつの間にかトレンチコートを羽織ったありすは、J隊のジープを店の前に停めた。バンッとスイング・ドアをハイヒールブーツでケリ開ける。
「おいっ、約束と違うぞ」
椅子に座った白スーツの巨漢が声を掛けてきた。
バッとトレンチコートを脱いだありすは、黒い下着だけの半裸になった。映画「シン・シティ 復讐の女神」のナンシーを髣髴とさせる格好だ。
「ガッハハハハハ!!」
「ヒョ~~~!」
「ヒャッホウ!!」
厨房内のルチャ・リブレこと火麺団たち、それに客席に座す、バシッとした一九三〇年代のダブルのスーツ姿のアンタッチャ・ブルと部下達が、ありすの格好をひやかした。連中はいかにも辛そうな真っ赤なスープのラーメン(壁のポスターによると、コチュジャン・ニンニク・しょうが入り)、赤い餃子、いいやケバブを食べ、ゲヒンゲヒンと笑った。
「ようこそ可愛い荒野のストレンジャー。……確かに武器は持ってないな。それにしても、ホホゥ」
男は、ありすを上から下まで舐めるように眺めた。黒い下着、ガータベルトのありすは、それ以外に何も身に着けていない。
「ガッチリ持って来たわよ。五十万ドル」
ありすはテーブルにアタッシュケースをドンと置いた。
アンタッチャ・ブルという名の白いスーツを着た巨漢は、葉巻を加えてジャラつくでかい宝石を着けた手で、銀色のアタッシュケースを開けた。やがて三白眼で仁王立ちのありすを見上げ、ニヤリとした。
「ケッコウだ!」
いろいろな意味で。
「ボスのブランコはどこなの?」
「……ちとヤボ用があってな。ここには居ない」
ガハハハハハ!
ウハハハハ!
ゲヒンゲヒン。
へのへの部下達がまた爆笑した。厨房に居たヒューマンのカスが、ありすが脱ぎ捨てたトレンチコートを宙に放って、口からアルコールを噴射して火を着けた。トレンチコートはあっという間に燃え上がった。
ブランコ・オンナスキーは、恵瑠波蘇にはいない!? そういや、キラーミンは?
「あらそう……で、ウーは?」
ありすは平然を装う。
「場所だけ教えてやる。B滑走路だ。言っとくが、金沢時夫も一緒だ。勝手に入ってきたので、火麺団が捕まえた」
「アイツ……」
「もっとも、今頃生きてるかどうかは分からんが?」
「さっきからな、なによその顔」
ブッつぶれたトマトみたいな面構えのブルが、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のミッキー・ロークのようににやけている。
「あたしとの約束は?」
「こ・こ・ま・で・だ」
アンタッチャ・ブルは、銀のアタッシュケースを回収すると、ダーティ・ハリーのような銃を向けた。
「裏切るの?」
「ハハハ……オマエらは所詮、白井雪絵をここにおびき寄せるための罠だからな。古城ありすよ!! マヌケが! 雪絵はもうすでに手に入れたと、サミュエル・M・N・ジャクソンから今さっき連絡が入ったワ!」
「ガーン!!」
ありすは大げさにのけぞり、愕然とした表情を作った。
「コイツを目隠ししろ! オマエをボスのところへ連れて行く」
アンタッチャ・ブルはへのへの部下に指図した。
次の瞬間、ありすは近づいた部下の目隠しを引っ手繰った。
「アイ・ハブ・ア・メカくし! アイ・ハブ・ア・ガ~~~ン!!」
ありすは右手に目隠し、左手にガチョンポーズ。
「ア~~~~ン! メカ=マシーン・ガ~~~~ン!!」
ありすの両手には、いつの間にか巨大なガトリング銃が握られている。
「メイク・マイ・デイ!」
ドズズズズガガガガガガガガガ……!!!
黒ブラの中にひそかに忍ばせたトウモロコシの種と甘味を、ガトリング銃の中で倍増させ、銃口からアツアツのスイート・ポップコーンを発射する。
たちまちポップコーンが店内を埋め尽くしていった。ありすはポップコーンを飛ばして、アンタッチャ・ブルの部下を「皆殺しの歌」-------を口ずさみながら、なぎ倒していった。店内に立ち込めた蒸気が晴れたとき、動く者は無かった。
「ふぅ……。ありがと雪絵さん、あなたのお陰」
と、ありすは独り言を呟く。
アンタッチャ・ブルのへのへの部下は甘いポップコーンを食って全滅し、サボテンのウチワと化した。連中の正体は「人モドキ」、つまりサボテンだ。
火麺団はすでに厨房に隠れ、裏の勝手口から逃げていったらしい。だが、店内に残ったアンタッチャ・ブルは劇辛ケバブを口に加えて只一人生き残った。
ブルの部下達はありすの格好に見とれて(サボテンのくせに)、店の劇辛料理を食べていなかったらしい。だが、ブルだけはしっかりケバブを食べていたので、ポップコーンを思わず食べてしまうことがなかったのだ。
「お、落ち着きなって、アミーゴ」
「誰がアミーゴ?」
ブルドーザーに轢かれたような笑顔のブルは、しりもちをついている。
「ドーした? ブルってんじゃないの? クソガッ! アンタッチャ・ブルのブルはブルってるのブルだって、西部中に言いふらしてやる!! 三人を早く解放しやがれ! でなきゃテメェの口ん中に腹いっぱい食わしてやろうかこの甘いポップコーンを」
別人のように汚い言葉を吐いた半裸のありすは、銃口をアンタッチャ・ブルの口に近づけ、中指を立てる。ヤバい取り引きにフェイクな駆け引きは付き物だ。だが、ありすの方が一枚上手だった。
「許してくれ」
「いいや許さない。灰皿にテキーラ注いで飲ます」
「ううう……お、俺の一存では」
「あぁ? 乙女に恥じかかせといて、オマエはすでに仲間の火麺団に見放されたのよ。吐け、そのケバブ吐け!」
「は、吐きますぅ……」
「今は殺さない。五十万ドルは預かっとくわ。ボスに伝えな。五十万ドルが惜しけりゃ、とっとと雪絵さんを返せと」
ギャングの本質として、雪絵だけ奪って金は無視することはありえない。ここも西部劇の意味論の法則が働いているのだ。
ここでアンタッチャ・ブルを殺ると、西部のどこかにいるブランコに伝わらない。
さておき、こんな開拓地の駆け引きの時だけゲスな喋り方になる古城ありすだった。格好のせいで苛立ってるのかもしれない。
「わ、分かった……伝える」
アンタッチャ・ブルは足をもつれさせながら、スイング・ドアを開けるとフラフラと立ち去った。一人残ったありすは無造作に、皿に残ったまだ手が着けられていないケバブを手に取って口にした。
「辛ッ」
じゃ食うなよ!
「……へっくし!!」
ありすがカトチャのくしゃみをした瞬間、時夫とウーがスイング・ドアから入ってきた。
「ありす、いつまでそのカッコしてるんだ?」
時夫は相変わらず正視できずにいた。
「うっわぁ~、何その格好!」
ウーがびっくりして指差す。
「あら、忘れてた」
おいおい(笑)PTAがハリアーをチャーターして飛んでくるぞ。
「安心してください! 履いてますよ!」
ありす、やけくそな笑顔。
「当たり前だ!」
ウーが突っ込む。
しかし、何も着るものがない。トレンチコートはヒューマンのカスが燃やしてしまった。
「君が戻ってこないから、俺は成田山を降りて追いかけたんだ。でも、ウーも会ってないっていうし」
慌てて時夫は話を変える。
「ゴメン……敵を欺いてた訳じゃない。恥ずかしくって。砂漠の中をジープで行ったり来たりしてた」
それでトレンチコートをゲットしたらしい。……かわいい。
「ちょっとちょっと、こんな所でストリップ? それガーターベルトじゃん」
その後に「囚人監視のストライプ♪」と続ける。
「そーいうウーはイチゴのパンツだろ?」
時夫はつい余計なことを言った。
「な!? 何で時夫が知ってんの! 言ったわね、ありすちゃん!!」
「Eじゃん別に」
「時夫、パンツ覗いたら死ぬ科術がかかってんの知らないの!? 死ぬ覚悟があれば見ていいけど」
「んな? ………………」
「悩むな!!」
ありすは腕を組み、ウーと時夫を交互に見た。
「……捕まったんじゃなかったの?」
「捕まってたんだけど、『最後の一葉』の意味論で……ま、それはいいとして雪絵さんが」
ありすは、ウーの様子から二人が無事脱出したことを察した。
ウーと時夫は葉っぱでドロンした後、なぜか二キロ離れた恵瑠波蘇の火麺団の店に出現したらしい。
アンタッチャ・ブルの部下が全滅し、足のある火麺団が麺が伸びない内にバイクで逃走した結果、ゴーストタウンと化した恵瑠波蘇に。
「アンタッチャ・ブルから聞いた。奴等、ここじゃない西部のどっかに、雪絵さんを連れ去った」
「……おそらくは漂流町ね!」
ウーが人差し指をピッと立てる。
「ブランコもそこに?」
「うん」
ありすの下着姿という僥倖を見ないとは、ブランコ・オンナスキー。自分で指定しておいて、よっぽど警戒しているのか。
「やるわねブランコ・オンナスキー!」
「キラーミンよ。キラーミンはありすが三丁目を襲撃した時の危険に備え、雪絵さんを移動させた。連中は漂流町を襲撃し、そこを占領している。今は漂流町を本拠にしている。そこに必ず雪絵さんはいる」
ウーはペラペラ説明した。
「すべてキラーミンの入れ知恵よ。キラーミン先生はブランコなんかよりよっぽど切れ者なんだから」
「元はといえばさ、あんたのせいでまた……」
「だから捨石のステーシーとなって」
「何よそれ」
「ジーザス・クライスト・スッパイ・スターだってばyo!」
「意味分かんな~い」
「スパイのこと」
「本当だろうな? 裏切らない?」
時夫が迫った。
「裏切らない。インディアン嘘つかない」
聞いたぞ。たった今、ウーの言質を取った。
「……そういうと、石川ウーは百万ドルの笑顔で笑った」
とか自分で言って微笑んでいる。
「……古い」
「あ、そう。じゃ百万ボルトの瞳で……」
「それも古い。でそのスパイの成果は?」
時夫がウーをフォローして、八人の主な敵の名を伝えた。
「ん~。んで、そいつらは?」
「漂流町を襲撃して乗っ取ったわ」
「……なるほど。で、その漂流町は?」
実在するのか、漂流町! それ自体が移動してるんではないだろうな。
「ていうか漂流町どこよ? あたし達の町の隣町の漂流町はッ!」
「西部を移動してるの。しょっちゅう変わっちゃうっちゅ~の!」
と言いながらウーは「だっちゅ~の」ポーズをする。
まじか、移動する町! 大陸移動都市!? 大自然の神秘!
「移動してるなんて……YouはShock だわ」
予想はしていたが、本当だったとは。
「あたしさ、西部でビー玉を拾ったんだ」
そういうとウーは、ポケットから七色に輝くビー玉を取り出して見せた。
「これをね、こーやって目に近づけると、虹がバシーっと光って瞬間移動できるんだ。それで何処行ってたかっていうと、恋文町のぐるぐる公園」
戦慄のタコスライダーが鎮座する曰くつきの公園だ。
「ハァッ!?」
「時夫ん家の近所の森にある底なし沼と同じ原理なんだよ。このビー玉、時空を隔てて移動できる」
なぜそれが西部に落ちていたのかは、石川ウーにも分からないらしい。
「じゃ、なんでわざわざ捕まったのよ!」
「そーいうとこだぞ、そーいう所!」
時夫もたちまちウーに対して不審が募った。
スネークマンションで迷子になった時も、ちゃっかり風呂に入っていたし。
「だからスパイなんだってば。そんで、たまたまぐるぐる公園に行ったついでに、一個一個遊具を回転させて、漂流町の座標を探ってたって訳。あの公園の回転遊具、座標計算ができるのよ。いわば、“時空のタコメーター”になっているという訳。それをしないと、漂流町、つまり恋文町の隣町には絶対行けないんだから」
ウーは、自分の店でバニーガールに着替えてたんだな。
「ウー、さっきは葉っぱでここに瞬間移動したんじゃなかったのか?」
時夫は卯(ウー)に訊いた。
「いいや、全然。指の中にビー玉を隠してただけ。だって、葉っぱ載っけてドローンの方が、絶対カッコ着くでしょ。でもさ、後ろ手に縛られてたからビー玉を持てなかったの。だから時夫、来てくれて助かったよ」
「最後の一葉」の意味論は、あくまで敵の弾が当たらないということに尽きるらしい。ビー玉は目の前に近づけないと、時空を歪ます虹が発動しない。
葉っぱは依然、ウーの頭の上に乗っかったままだ。
「訳が分からないわね。じゃあ、ここは一体何なのよ。成田空港に恵瑠波蘇が出来た理由は?」
「たぶん……成田空港に来た飛行機に、テキサスのタンブルウィードの種がくっついていて、それと共に、あっちのエルパソが生えたんだと思う」
「って雑草か!! エルパソはセイタカアワダチソウか!!」
とか叫んでる間も、眩しすぎるぞありすのその格好。……けしからん!! でもありすの二の腕でヘッドロックを喰らって死にたい。
「ここにはゲートルームはないわね。匂いがしないのよ」
*
同時刻、禁煙パイポを咥えたキラーミン・ガンディーノは、荒野でせっせとジャックナイフで、サボテンに「へのへのもへじ」を刻んでいた。しばらくしてすっと立ち上がると、恵瑠波蘇の方向を見やってにやりとした。
……反撃開始。
*
ガタガタ、ガタガタガタ……。
店が揺れている。外を、突風が吹いているらしい。
三人は外に出てみて、その光景に凍りついた。
隣町があるはずの西は、広大な赤茶けた大地が地平線まで広がっている。照りつける太陽の下、無数のタンブルウィードが西の地平線から押し寄せてきた。まるで津波だ。その回転する草の上に、これまた無限増殖したへのへのもへじ達が、サーカス団のように乗って迫ってきたのである。
「攻めてきたぞ!」
時夫が唸る。ありすはガトリング銃を両手で構えた。
「何だ、この数……」
ウーも呆れる。
ありすのガトリング銃が炸裂した。黒い下着でマシンガン。か、かっくいい。
前線から順に打倒していくも、その都度その都度サボテンの欠片を踏み越えて、へのへのガンマンが乗ったタンブルウィードの襲撃が迫った。
殺っても殺っても今度は皆殺せない歌。
「恋文町に戻りましょう」
ありすは銃を止めた。
「このままジープで敵陣を突っ切って砂漠を抜けられないか? 漂流町まで」
時夫はその先に待っているはずの雪絵を見据えて訴えた。
「だめよ。この数の中へ突入したら、道を見失ってしまう。踏みつぶしても踏みつぶしてもジープが壊れるし。西部は、どこまでいっても砂漠なのさ。恋文町に戻るしかない。一旦戻って態勢を立て直す」
「なんで茸だかサボテンだか、」
「サボテン」
「サボテン人間だかわかんないヒトモドキにそんなにケーカイするんだよありす。相手はへのへのもへじなんだぞ!」
「禁断地帯だからよ。別にあいつらが怖いんじゃない。……ま、無論、当面の敵はあいつらであることには変わらないけど」
それにたかがサボテン人間とはいえ、こう数が多くては。しかしありすが戻りたがってるのは、単に服を着たいからだろう。ヒトモドキ津波が押し寄せる中、成田山のテントに戻る暇も惜しい。
「奴らの弱点は?」
時夫はウーに訊いた。
「奴らは笑い上戸だよ」
「確かに」
「笑いの敷居が異常に低い。お笑いが大好きだ」
「だから?」
「さっきからその腰に拳銃みたいにぶら下げてる、買ったバナナを使うのよ! バナナを食べ、皮を捨てる! するとお笑い好きの彼らは、必ずバナナの皮でコケる! さぁ食べて」
ウーに言われたまま、時夫は慌てたように食べ、言われたとおりに目前に迫ったサボテン人間たちに皮を投げた。
「おぉ! ズッコケてる!」
「裏が上になってるのもわざわざ自分でひっくりかえして!」
それを観て他の連中は大爆笑していた。
ナルホド、雪の女王・白井雪絵の寒いギャグが大爆笑になってしまう訳だ。そういえば、最初に出会ったジャックとニックもよく笑っていたじゃないか。西部劇の悪役共はなぜか好く笑う、それが意味論だ。
「そういうことなら任せて!」
ありすは店からテーブルを持ち出して、その上に正座した。
突然の異変に、ヒトモドキ津波の動きが一瞬静止した。
「え~毎度っ、ばかばかしい御噺ですが~、皆さん、お笑いは好きですかーッ!? 鳴かぬなら、笑わせてみせようホトトギスッ!」
『いっや~揃いもそろって無精者が集まったわネ! ドーかしら、この中で誰が一番無精か決める、無精大会を開くなんてのは!?』
『やだ、めんどくさい』
ガァーハァーハーハハハハハ!
『海に潜って貝を取れるなんて、あの女の人ってプロね!!』
『いえ、海女(アマ)です』
ヴーハァーッハッハハハハハハ!
『空き地に囲いが出来たよ!』
『へぇ~!』
イーヒャヒャヒャヒャヒャヒャー!!
『お相撲さん転んじゃった』
『どひょー!』
ヘーハハハハ、アーヒャヒャヒャヒャヒャ!!
「今のうちに逃げるぞッ!」
ありすの小噺に敵が笑い転げる中、三人はダッシュしてジープに飛び乗った。
古城ありすは、石川うさぎと役立たずの時夫を乗せて、ジープで恋文町に戻っていった。結局、キラーミンの言った通り、顔を洗って出直すしかないようだ。
「へのへののサボテン・ヒトモドキはやられ役感たっぷりだけど、さすが幹部格は手強いわね。特にキラーミン先生。また何か、新しい科術の武器が必要かもね」
運転するありすは前を見たまま呟いた。
「一つ分かったのは、西部の世界の強さの基準は辛党ってことかな。この世界じゃ、辛いものが正義なのよ」
助手席のウーが百万ドルの瞳で言う。
「そうか。連中は辛いモン食べるけど、ならこっちは甘いモンで対抗する」
ありすはこれまでもそうしていたのだが、より決定的な甘味の必要性を感じていた。
「寒い食べ物に対して、熱いものを食べさせたみたいにか?」
後部座席の時夫が訊いた。
「exactly」
「小林店長のCBA48度線さえあれば……」
甘いミュージックで真夏の炎天下から、今度は甘い花の香りの漂う春へと世界を一片させるのに。たとえばブライアン・アダムスの「ヘヴン」とか。
コンビニ・ヘヴンもある訳だし、普通に効果あるんじゃ……!?
北では、時夫も小林カツヲのベストヒットUSOを聴きまくった。八十年代洋楽の価値は、やたらと深夜にFMラジオで洋楽を聴きたくなった中二の頃を経験した時夫にも分かるような気がした。
「……ま、このジープもらっただけでもありがたいよね」
しかしそこで一つ問題があった。
恋文町では、白っぽい恋人や人食いバーガー、パン剣など、ありとあらゆるものに白彩系の砂糖が使われているのだ。
「火麺団のケバブを食べたのよ。劇辛の根底に、かすかに甘みがあった。白彩の和四盆が使われている」
甘いモノは恋文町では白彩が支配している。よく考えたら辛党のギャング連中だって、地下の女王及び白彩の手の者だろう。
なんか複雑に入り組んでいるが、みんな地下の女王と黒水晶の罠なのだ。それはそうと意味論が発動してしまった以上、そのルールに従って行動せねばならない……。
「それで、恋文町で白彩系じゃない菓子ってぇと……?」
「駄菓子しかないわね」
ずいぶん安上がりな結論だ。
「白彩は、若干高級志向なので駄菓子には目もくれない。そこが狙い目。ウーが、『人生で大切なことはすべて山田から教わった』とか、なんとか言ったけど、私は断言する。人生で大切なことは、すべて駄菓子から教わった!」
ありすは微笑んだ。
「マンガの『だがしかし』の枝垂(しだれ)ほたるさんとは、話が合うと思うわ! えぇそうだわ、間違いないわ!」
と続けた。二次元に逃げるな。それと、板チョコじゃなかったのか?
大丈夫か、こんな、キノコの森対タケノコの里みたいなレベルの話で。
「それに、三人じゃないわよ金時君」
昨夜コンビニで色々、駄菓子を買ってたらしい。ありすはその中でもレア駄菓子を取り出した。
「これはね、『セブンネオン』っていう駄菓子。この駄菓子科術で敵に対抗するの」
ありすは時夫にそれを渡すと、ずっと着けてる指輪キャンディをペロペロッとなめた。
そこはメキシコ風日本料理店。
だが、外観は真っ赤に塗り固められた謎めいた東洋風の店の風情。
待ち合わせの場所は「荒野三丁目」としか知らされていなかった古城ありすだが、その店に火麺の目印……つまりメキシカンレスラーの仮面の印が刻まされているのを確認した。これが敵アジトの目印だ。
いつの間にかトレンチコートを羽織ったありすは、J隊のジープを店の前に停めた。バンッとスイング・ドアをハイヒールブーツでケリ開ける。
「おいっ、約束と違うぞ」
椅子に座った白スーツの巨漢が声を掛けてきた。
バッとトレンチコートを脱いだありすは、黒い下着だけの半裸になった。映画「シン・シティ 復讐の女神」のナンシーを髣髴とさせる格好だ。
「ガッハハハハハ!!」
「ヒョ~~~!」
「ヒャッホウ!!」
厨房内のルチャ・リブレこと火麺団たち、それに客席に座す、バシッとした一九三〇年代のダブルのスーツ姿のアンタッチャ・ブルと部下達が、ありすの格好をひやかした。連中はいかにも辛そうな真っ赤なスープのラーメン(壁のポスターによると、コチュジャン・ニンニク・しょうが入り)、赤い餃子、いいやケバブを食べ、ゲヒンゲヒンと笑った。
「ようこそ可愛い荒野のストレンジャー。……確かに武器は持ってないな。それにしても、ホホゥ」
男は、ありすを上から下まで舐めるように眺めた。黒い下着、ガータベルトのありすは、それ以外に何も身に着けていない。
「ガッチリ持って来たわよ。五十万ドル」
ありすはテーブルにアタッシュケースをドンと置いた。
アンタッチャ・ブルという名の白いスーツを着た巨漢は、葉巻を加えてジャラつくでかい宝石を着けた手で、銀色のアタッシュケースを開けた。やがて三白眼で仁王立ちのありすを見上げ、ニヤリとした。
「ケッコウだ!」
いろいろな意味で。
「ボスのブランコはどこなの?」
「……ちとヤボ用があってな。ここには居ない」
ガハハハハハ!
ウハハハハ!
ゲヒンゲヒン。
へのへの部下達がまた爆笑した。厨房に居たヒューマンのカスが、ありすが脱ぎ捨てたトレンチコートを宙に放って、口からアルコールを噴射して火を着けた。トレンチコートはあっという間に燃え上がった。
ブランコ・オンナスキーは、恵瑠波蘇にはいない!? そういや、キラーミンは?
「あらそう……で、ウーは?」
ありすは平然を装う。
「場所だけ教えてやる。B滑走路だ。言っとくが、金沢時夫も一緒だ。勝手に入ってきたので、火麺団が捕まえた」
「アイツ……」
「もっとも、今頃生きてるかどうかは分からんが?」
「さっきからな、なによその顔」
ブッつぶれたトマトみたいな面構えのブルが、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のミッキー・ロークのようににやけている。
「あたしとの約束は?」
「こ・こ・ま・で・だ」
アンタッチャ・ブルは、銀のアタッシュケースを回収すると、ダーティ・ハリーのような銃を向けた。
「裏切るの?」
「ハハハ……オマエらは所詮、白井雪絵をここにおびき寄せるための罠だからな。古城ありすよ!! マヌケが! 雪絵はもうすでに手に入れたと、サミュエル・M・N・ジャクソンから今さっき連絡が入ったワ!」
「ガーン!!」
ありすは大げさにのけぞり、愕然とした表情を作った。
「コイツを目隠ししろ! オマエをボスのところへ連れて行く」
アンタッチャ・ブルはへのへの部下に指図した。
次の瞬間、ありすは近づいた部下の目隠しを引っ手繰った。
「アイ・ハブ・ア・メカくし! アイ・ハブ・ア・ガ~~~ン!!」
ありすは右手に目隠し、左手にガチョンポーズ。
「ア~~~~ン! メカ=マシーン・ガ~~~~ン!!」
ありすの両手には、いつの間にか巨大なガトリング銃が握られている。
「メイク・マイ・デイ!」
ドズズズズガガガガガガガガガ……!!!
黒ブラの中にひそかに忍ばせたトウモロコシの種と甘味を、ガトリング銃の中で倍増させ、銃口からアツアツのスイート・ポップコーンを発射する。
たちまちポップコーンが店内を埋め尽くしていった。ありすはポップコーンを飛ばして、アンタッチャ・ブルの部下を「皆殺しの歌」-------を口ずさみながら、なぎ倒していった。店内に立ち込めた蒸気が晴れたとき、動く者は無かった。
「ふぅ……。ありがと雪絵さん、あなたのお陰」
と、ありすは独り言を呟く。
アンタッチャ・ブルのへのへの部下は甘いポップコーンを食って全滅し、サボテンのウチワと化した。連中の正体は「人モドキ」、つまりサボテンだ。
火麺団はすでに厨房に隠れ、裏の勝手口から逃げていったらしい。だが、店内に残ったアンタッチャ・ブルは劇辛ケバブを口に加えて只一人生き残った。
ブルの部下達はありすの格好に見とれて(サボテンのくせに)、店の劇辛料理を食べていなかったらしい。だが、ブルだけはしっかりケバブを食べていたので、ポップコーンを思わず食べてしまうことがなかったのだ。
「お、落ち着きなって、アミーゴ」
「誰がアミーゴ?」
ブルドーザーに轢かれたような笑顔のブルは、しりもちをついている。
「ドーした? ブルってんじゃないの? クソガッ! アンタッチャ・ブルのブルはブルってるのブルだって、西部中に言いふらしてやる!! 三人を早く解放しやがれ! でなきゃテメェの口ん中に腹いっぱい食わしてやろうかこの甘いポップコーンを」
別人のように汚い言葉を吐いた半裸のありすは、銃口をアンタッチャ・ブルの口に近づけ、中指を立てる。ヤバい取り引きにフェイクな駆け引きは付き物だ。だが、ありすの方が一枚上手だった。
「許してくれ」
「いいや許さない。灰皿にテキーラ注いで飲ます」
「ううう……お、俺の一存では」
「あぁ? 乙女に恥じかかせといて、オマエはすでに仲間の火麺団に見放されたのよ。吐け、そのケバブ吐け!」
「は、吐きますぅ……」
「今は殺さない。五十万ドルは預かっとくわ。ボスに伝えな。五十万ドルが惜しけりゃ、とっとと雪絵さんを返せと」
ギャングの本質として、雪絵だけ奪って金は無視することはありえない。ここも西部劇の意味論の法則が働いているのだ。
ここでアンタッチャ・ブルを殺ると、西部のどこかにいるブランコに伝わらない。
さておき、こんな開拓地の駆け引きの時だけゲスな喋り方になる古城ありすだった。格好のせいで苛立ってるのかもしれない。
「わ、分かった……伝える」
アンタッチャ・ブルは足をもつれさせながら、スイング・ドアを開けるとフラフラと立ち去った。一人残ったありすは無造作に、皿に残ったまだ手が着けられていないケバブを手に取って口にした。
「辛ッ」
じゃ食うなよ!
「……へっくし!!」
ありすがカトチャのくしゃみをした瞬間、時夫とウーがスイング・ドアから入ってきた。
「ありす、いつまでそのカッコしてるんだ?」
時夫は相変わらず正視できずにいた。
「うっわぁ~、何その格好!」
ウーがびっくりして指差す。
「あら、忘れてた」
おいおい(笑)PTAがハリアーをチャーターして飛んでくるぞ。
「安心してください! 履いてますよ!」
ありす、やけくそな笑顔。
「当たり前だ!」
ウーが突っ込む。
しかし、何も着るものがない。トレンチコートはヒューマンのカスが燃やしてしまった。
「君が戻ってこないから、俺は成田山を降りて追いかけたんだ。でも、ウーも会ってないっていうし」
慌てて時夫は話を変える。
「ゴメン……敵を欺いてた訳じゃない。恥ずかしくって。砂漠の中をジープで行ったり来たりしてた」
それでトレンチコートをゲットしたらしい。……かわいい。
「ちょっとちょっと、こんな所でストリップ? それガーターベルトじゃん」
その後に「囚人監視のストライプ♪」と続ける。
「そーいうウーはイチゴのパンツだろ?」
時夫はつい余計なことを言った。
「な!? 何で時夫が知ってんの! 言ったわね、ありすちゃん!!」
「Eじゃん別に」
「時夫、パンツ覗いたら死ぬ科術がかかってんの知らないの!? 死ぬ覚悟があれば見ていいけど」
「んな? ………………」
「悩むな!!」
ありすは腕を組み、ウーと時夫を交互に見た。
「……捕まったんじゃなかったの?」
「捕まってたんだけど、『最後の一葉』の意味論で……ま、それはいいとして雪絵さんが」
ありすは、ウーの様子から二人が無事脱出したことを察した。
ウーと時夫は葉っぱでドロンした後、なぜか二キロ離れた恵瑠波蘇の火麺団の店に出現したらしい。
アンタッチャ・ブルの部下が全滅し、足のある火麺団が麺が伸びない内にバイクで逃走した結果、ゴーストタウンと化した恵瑠波蘇に。
「アンタッチャ・ブルから聞いた。奴等、ここじゃない西部のどっかに、雪絵さんを連れ去った」
「……おそらくは漂流町ね!」
ウーが人差し指をピッと立てる。
「ブランコもそこに?」
「うん」
ありすの下着姿という僥倖を見ないとは、ブランコ・オンナスキー。自分で指定しておいて、よっぽど警戒しているのか。
「やるわねブランコ・オンナスキー!」
「キラーミンよ。キラーミンはありすが三丁目を襲撃した時の危険に備え、雪絵さんを移動させた。連中は漂流町を襲撃し、そこを占領している。今は漂流町を本拠にしている。そこに必ず雪絵さんはいる」
ウーはペラペラ説明した。
「すべてキラーミンの入れ知恵よ。キラーミン先生はブランコなんかよりよっぽど切れ者なんだから」
「元はといえばさ、あんたのせいでまた……」
「だから捨石のステーシーとなって」
「何よそれ」
「ジーザス・クライスト・スッパイ・スターだってばyo!」
「意味分かんな~い」
「スパイのこと」
「本当だろうな? 裏切らない?」
時夫が迫った。
「裏切らない。インディアン嘘つかない」
聞いたぞ。たった今、ウーの言質を取った。
「……そういうと、石川ウーは百万ドルの笑顔で笑った」
とか自分で言って微笑んでいる。
「……古い」
「あ、そう。じゃ百万ボルトの瞳で……」
「それも古い。でそのスパイの成果は?」
時夫がウーをフォローして、八人の主な敵の名を伝えた。
「ん~。んで、そいつらは?」
「漂流町を襲撃して乗っ取ったわ」
「……なるほど。で、その漂流町は?」
実在するのか、漂流町! それ自体が移動してるんではないだろうな。
「ていうか漂流町どこよ? あたし達の町の隣町の漂流町はッ!」
「西部を移動してるの。しょっちゅう変わっちゃうっちゅ~の!」
と言いながらウーは「だっちゅ~の」ポーズをする。
まじか、移動する町! 大陸移動都市!? 大自然の神秘!
「移動してるなんて……YouはShock だわ」
予想はしていたが、本当だったとは。
「あたしさ、西部でビー玉を拾ったんだ」
そういうとウーは、ポケットから七色に輝くビー玉を取り出して見せた。
「これをね、こーやって目に近づけると、虹がバシーっと光って瞬間移動できるんだ。それで何処行ってたかっていうと、恋文町のぐるぐる公園」
戦慄のタコスライダーが鎮座する曰くつきの公園だ。
「ハァッ!?」
「時夫ん家の近所の森にある底なし沼と同じ原理なんだよ。このビー玉、時空を隔てて移動できる」
なぜそれが西部に落ちていたのかは、石川ウーにも分からないらしい。
「じゃ、なんでわざわざ捕まったのよ!」
「そーいうとこだぞ、そーいう所!」
時夫もたちまちウーに対して不審が募った。
スネークマンションで迷子になった時も、ちゃっかり風呂に入っていたし。
「だからスパイなんだってば。そんで、たまたまぐるぐる公園に行ったついでに、一個一個遊具を回転させて、漂流町の座標を探ってたって訳。あの公園の回転遊具、座標計算ができるのよ。いわば、“時空のタコメーター”になっているという訳。それをしないと、漂流町、つまり恋文町の隣町には絶対行けないんだから」
ウーは、自分の店でバニーガールに着替えてたんだな。
「ウー、さっきは葉っぱでここに瞬間移動したんじゃなかったのか?」
時夫は卯(ウー)に訊いた。
「いいや、全然。指の中にビー玉を隠してただけ。だって、葉っぱ載っけてドローンの方が、絶対カッコ着くでしょ。でもさ、後ろ手に縛られてたからビー玉を持てなかったの。だから時夫、来てくれて助かったよ」
「最後の一葉」の意味論は、あくまで敵の弾が当たらないということに尽きるらしい。ビー玉は目の前に近づけないと、時空を歪ます虹が発動しない。
葉っぱは依然、ウーの頭の上に乗っかったままだ。
「訳が分からないわね。じゃあ、ここは一体何なのよ。成田空港に恵瑠波蘇が出来た理由は?」
「たぶん……成田空港に来た飛行機に、テキサスのタンブルウィードの種がくっついていて、それと共に、あっちのエルパソが生えたんだと思う」
「って雑草か!! エルパソはセイタカアワダチソウか!!」
とか叫んでる間も、眩しすぎるぞありすのその格好。……けしからん!! でもありすの二の腕でヘッドロックを喰らって死にたい。
「ここにはゲートルームはないわね。匂いがしないのよ」
*
同時刻、禁煙パイポを咥えたキラーミン・ガンディーノは、荒野でせっせとジャックナイフで、サボテンに「へのへのもへじ」を刻んでいた。しばらくしてすっと立ち上がると、恵瑠波蘇の方向を見やってにやりとした。
……反撃開始。
*
ガタガタ、ガタガタガタ……。
店が揺れている。外を、突風が吹いているらしい。
三人は外に出てみて、その光景に凍りついた。
隣町があるはずの西は、広大な赤茶けた大地が地平線まで広がっている。照りつける太陽の下、無数のタンブルウィードが西の地平線から押し寄せてきた。まるで津波だ。その回転する草の上に、これまた無限増殖したへのへのもへじ達が、サーカス団のように乗って迫ってきたのである。
「攻めてきたぞ!」
時夫が唸る。ありすはガトリング銃を両手で構えた。
「何だ、この数……」
ウーも呆れる。
ありすのガトリング銃が炸裂した。黒い下着でマシンガン。か、かっくいい。
前線から順に打倒していくも、その都度その都度サボテンの欠片を踏み越えて、へのへのガンマンが乗ったタンブルウィードの襲撃が迫った。
殺っても殺っても今度は皆殺せない歌。
「恋文町に戻りましょう」
ありすは銃を止めた。
「このままジープで敵陣を突っ切って砂漠を抜けられないか? 漂流町まで」
時夫はその先に待っているはずの雪絵を見据えて訴えた。
「だめよ。この数の中へ突入したら、道を見失ってしまう。踏みつぶしても踏みつぶしてもジープが壊れるし。西部は、どこまでいっても砂漠なのさ。恋文町に戻るしかない。一旦戻って態勢を立て直す」
「なんで茸だかサボテンだか、」
「サボテン」
「サボテン人間だかわかんないヒトモドキにそんなにケーカイするんだよありす。相手はへのへのもへじなんだぞ!」
「禁断地帯だからよ。別にあいつらが怖いんじゃない。……ま、無論、当面の敵はあいつらであることには変わらないけど」
それにたかがサボテン人間とはいえ、こう数が多くては。しかしありすが戻りたがってるのは、単に服を着たいからだろう。ヒトモドキ津波が押し寄せる中、成田山のテントに戻る暇も惜しい。
「奴らの弱点は?」
時夫はウーに訊いた。
「奴らは笑い上戸だよ」
「確かに」
「笑いの敷居が異常に低い。お笑いが大好きだ」
「だから?」
「さっきからその腰に拳銃みたいにぶら下げてる、買ったバナナを使うのよ! バナナを食べ、皮を捨てる! するとお笑い好きの彼らは、必ずバナナの皮でコケる! さぁ食べて」
ウーに言われたまま、時夫は慌てたように食べ、言われたとおりに目前に迫ったサボテン人間たちに皮を投げた。
「おぉ! ズッコケてる!」
「裏が上になってるのもわざわざ自分でひっくりかえして!」
それを観て他の連中は大爆笑していた。
ナルホド、雪の女王・白井雪絵の寒いギャグが大爆笑になってしまう訳だ。そういえば、最初に出会ったジャックとニックもよく笑っていたじゃないか。西部劇の悪役共はなぜか好く笑う、それが意味論だ。
「そういうことなら任せて!」
ありすは店からテーブルを持ち出して、その上に正座した。
突然の異変に、ヒトモドキ津波の動きが一瞬静止した。
「え~毎度っ、ばかばかしい御噺ですが~、皆さん、お笑いは好きですかーッ!? 鳴かぬなら、笑わせてみせようホトトギスッ!」
『いっや~揃いもそろって無精者が集まったわネ! ドーかしら、この中で誰が一番無精か決める、無精大会を開くなんてのは!?』
『やだ、めんどくさい』
ガァーハァーハーハハハハハ!
『海に潜って貝を取れるなんて、あの女の人ってプロね!!』
『いえ、海女(アマ)です』
ヴーハァーッハッハハハハハハ!
『空き地に囲いが出来たよ!』
『へぇ~!』
イーヒャヒャヒャヒャヒャヒャー!!
『お相撲さん転んじゃった』
『どひょー!』
ヘーハハハハ、アーヒャヒャヒャヒャヒャ!!
「今のうちに逃げるぞッ!」
ありすの小噺に敵が笑い転げる中、三人はダッシュしてジープに飛び乗った。
古城ありすは、石川うさぎと役立たずの時夫を乗せて、ジープで恋文町に戻っていった。結局、キラーミンの言った通り、顔を洗って出直すしかないようだ。
「へのへののサボテン・ヒトモドキはやられ役感たっぷりだけど、さすが幹部格は手強いわね。特にキラーミン先生。また何か、新しい科術の武器が必要かもね」
運転するありすは前を見たまま呟いた。
「一つ分かったのは、西部の世界の強さの基準は辛党ってことかな。この世界じゃ、辛いものが正義なのよ」
助手席のウーが百万ドルの瞳で言う。
「そうか。連中は辛いモン食べるけど、ならこっちは甘いモンで対抗する」
ありすはこれまでもそうしていたのだが、より決定的な甘味の必要性を感じていた。
「寒い食べ物に対して、熱いものを食べさせたみたいにか?」
後部座席の時夫が訊いた。
「exactly」
「小林店長のCBA48度線さえあれば……」
甘いミュージックで真夏の炎天下から、今度は甘い花の香りの漂う春へと世界を一片させるのに。たとえばブライアン・アダムスの「ヘヴン」とか。
コンビニ・ヘヴンもある訳だし、普通に効果あるんじゃ……!?
北では、時夫も小林カツヲのベストヒットUSOを聴きまくった。八十年代洋楽の価値は、やたらと深夜にFMラジオで洋楽を聴きたくなった中二の頃を経験した時夫にも分かるような気がした。
「……ま、このジープもらっただけでもありがたいよね」
しかしそこで一つ問題があった。
恋文町では、白っぽい恋人や人食いバーガー、パン剣など、ありとあらゆるものに白彩系の砂糖が使われているのだ。
「火麺団のケバブを食べたのよ。劇辛の根底に、かすかに甘みがあった。白彩の和四盆が使われている」
甘いモノは恋文町では白彩が支配している。よく考えたら辛党のギャング連中だって、地下の女王及び白彩の手の者だろう。
なんか複雑に入り組んでいるが、みんな地下の女王と黒水晶の罠なのだ。それはそうと意味論が発動してしまった以上、そのルールに従って行動せねばならない……。
「それで、恋文町で白彩系じゃない菓子ってぇと……?」
「駄菓子しかないわね」
ずいぶん安上がりな結論だ。
「白彩は、若干高級志向なので駄菓子には目もくれない。そこが狙い目。ウーが、『人生で大切なことはすべて山田から教わった』とか、なんとか言ったけど、私は断言する。人生で大切なことは、すべて駄菓子から教わった!」
ありすは微笑んだ。
「マンガの『だがしかし』の枝垂(しだれ)ほたるさんとは、話が合うと思うわ! えぇそうだわ、間違いないわ!」
と続けた。二次元に逃げるな。それと、板チョコじゃなかったのか?
大丈夫か、こんな、キノコの森対タケノコの里みたいなレベルの話で。
「それに、三人じゃないわよ金時君」
昨夜コンビニで色々、駄菓子を買ってたらしい。ありすはその中でもレア駄菓子を取り出した。
「これはね、『セブンネオン』っていう駄菓子。この駄菓子科術で敵に対抗するの」
ありすは時夫にそれを渡すと、ずっと着けてる指輪キャンディをペロペロッとなめた。