第16話 誰がスイーツドールを盗んだか?

文字数 9,669文字

 他の部屋に比べて、広い厨房はたくさんの青い眼の蜂人たちが仕事していた。
 材料をミキサーにかける蜂、加工する蜂、盛り付ける蜂。その動きをじっと見ていると、蜂人たちは実に機敏で手先が器用だった。
 二人はひときわ慎重な行動を求められた。 
「う~ん。ここ、匂いが広がってて、よく分からないな。-----確かに、雪絵さんは、この屋敷の中に居るはずなんだけど。まだ、女王のロイヤルゼリーになってないといいのだけど」
 広い厨房は色々な料理の匂いが立ちこめ、ありすの鼻による捜索は困難を極めた。
「なんかどっと疲れた! シースーでも食べたい」
 ありすがぼやいた。匂いをかぐのにもエネルギーが要るらしい。
「いいね、シースー。ここ、安全に食える食べもんはないかな?」
 あまりにうまそうな匂いに、時夫はついこれらの原材料が元人質という現実を忘れかけた。
「辞めときな。じゃ無事雪絵さんを取り返して、地上へ還ったらおごってあげる」
「-------いいの?」
「もちろんよ、あたし働いてるし」
「ヨ! 太っ腹!」
 スポーン! ありすは自分のスリムなお腹を叩く。
「ちょ、聞こえるぞ」
 ありすは考え込んでいる。
「厨房に、雪絵はいない。まずいわね。……てことは、すでに食堂へと運ばれた後かも!」
 さまざまな匂いの中に、雪絵の匂いがしないとありすは結論した。
「えっ、じゃまさか雪絵は-----」
 もう、食べられた後てしまった後だったとしたら-----。
「急ぐわよ」

 二人はお茶会の会場に到着した。
 一階ホールの大広間のテーブルに、回転寿司レーンが敷かれていた。その上を、寿司がくるくると回っていた。
 ルイス・キャロルの時代にはなかった、回転寿司テーブル。いやはや、時の流れを感じる。
 女王・真灯蛾サリーが着席して、回転する食材を物色している。その周りに、蜂人たちを整然と侍(はべ)らせていた。
 二人は柱の影から観察した。
 カップを一瞥して、「オールド・ノリ茸」だとありすは言った。
「終わらないお茶会っていうか、もう完全に永久に回転し続けるお寿司だな」
 時夫はますます空腹を感じた。
「------回ってんのは、一見して寿司に見えるけど、ハチパン(ビーブレッド)よ。蜂蜜と花粉を固めたものに、佐藤製の砂糖が加わる。全部砂糖の和菓子細工ね」
「『たのしいおすしやさん』みたいな食育玩具だな」
 元人質たちである砂糖で作られた菓子細工は、調理蜂によって見事に調理され、見た目は完全に寿司に化けていた。
「この工程まで来ると、もうすっかり人間であることを忘れてしまっている」
 サリーは割り箸を割って、元人間素材の和菓子寿司を食べ始めた。
「あれ全部、一人で食うつもりなんだろうか」
 華奢な女王は、フードファイターになれるほどのアイアンストマックだ。
「卵の栽培所でエネルギーを送る分、食料で補わなきゃいけない。たった一人で産むのは大変なことなのよ。だから、かなりの量が必要になる」
 ありすの言葉は、なにやら実感がこもっていた。
「さっきの厨房じゃ、寿司は作ってなかった。もう一工程、回転寿司専用の厨房があるのかもしれない。雪絵さんはそこかも」
 回転する寿司は、みんな蜂が握ってるんだろうか。そう考えると一気に食欲がなくなる。
「ならとっとと行こうぜ」
「しまった罠だッ! -----まずい」
 二人は背後を槍を突きつけた蜂人の兵士に、取り囲まれていた。女王の食事の模様に気を取られたらしい。
「雪絵さんを追って、あたしたちが地下へ来ることを予想してたな」
 箸を止め、サリーの大きな眼が、二人を捉えていた。立ち並ぶ蜂人たちもこっちを見ている。
「時夫さん! ご飯にする? お風呂にする? それとも……ア・タ・シ? 私を追いかけてきてくださって光栄ですわ。時夫さんのお好きな寿司もありますわよ。ぜひ席にお着きなって」
 眼力がありすぎるサリーは牙をむいて笑った。
「確かに俺は寿司が大好きだ。でも、元人質たちの寿司なんて、お断りだし!」
「フフフ、逃がしませんわ。あなたは私と一緒に、テーブルでお寿司を食べるんです。図書館のときと同じようにね。あなたに図書館で言ったこと。地中に咲く花リザンテラ。それは私のことよ。地上の光が届かない地下で咲く花を、あなたは見つけてくれた。私を閉じ込めてるこの地下から助け出してくれる、白馬の王子様」
「じょ、冗談だろ」
「私がどれだけ、これまでここでたった一人で孤独だったか。わたしはずっと、一人で蜂人たちを守って育ててきた。でもあなたが居れば、二人のエネルギーを合わせて、もっと楽にこの子たちを育むことができる。ずっとあなたを待っていたんです……いつか、陽の目に見える場所へと、私を連れ出してくださると信じて」
「真灯蛾サリー! 雪絵さんを返してもらうわよ。さっきから見てたけど、まだ食べてないようね。あんたの野望は済みだ済み! 済みだ川! 覚悟することね!」
 ありすは時夫の前に飛び出した。
「おーやおや、迷い蛾が一匹。一体どっから入ってきた?」
「ん~、彼と同んなじところだけど? 蜂人たちを操って、地下に入った最初から、ど~せ私たちのこと気付いてたんでしょ? 町の人間を誘拐して地下で食ってるあんたの悪事、全部見てきたんだから!」
「時夫さん、こんな奴に騙されてはいけませんわ! 今すぐ私の元へ!」
「残念ながら、金時君はもう、あんたの言うことなんて信じてないシ」
「何ですって?」
「そうだ、俺は見たんだ、君は栽培所で卵にエネルギーを送っていた。その卵から、蜂人が誕生していた。それで、こんなに食料が必要なんだ。やっぱりありすの言うことが正しかった。君はここで茸人を製造し、地上へ送り出して操っている! 君はありすが漢方薬で茸人を作っているとか言ってたけど、そんなの嘘だ。誘拐事件の被害者たちがどうなったのかも、全部見てきたんだぜ!」
 今しがたゲートボールで目撃した、電柱処刑が決定打となった。
 外見は依然として美少女だが、時夫には真灯蛾サリーはもうバケモノ、いやラスボスにしか見えない。
 彼女こそ、地上で起こっている全ての事件の首謀者-------。
「な、なんですって。……乙女の秘密を? 時夫さぁん! もう私の正体を見てしまったなんて。もうこのままじゃあ、地上に帰せない。私と一緒にここで永遠に暮らしてもらいますからッ! 私を最初に図書館で見つけた責任を取ってもらうんですからねーッ!」
「そんな事より雪絵さんはどこにいるのよ? 返してもらいましょうか。彼女はもう、白彩のものでも、地下のものでもない」
「そうだ、雪絵には人権ってものがある」
 時夫もありすに応戦した。
「何言ってるんです? だってあれは砂糖なのよ。たかだか砂糖に人権なんてある訳が------」
「いいや、雪絵は明らかに人間だ。当然彼女には、日本国憲法で保障された人権がある! ……はずだ」
「はぁ? ちょっと待って。おかしなことを。荒唐無稽も甚だしい。勝手に白彩から『乙女の恥じらい』を盗み出しておいて、それが擬人になったからって、今度は権利を主張するですって? 一体どういうことなのかしら?」
「違う! 雪絵は、自分の意思で俺のアパートに来たんだ!」
「それがどうしたっていうんです? 擬人が、かどわかしに載せられただけでしょ」
「かどわかしたのはお前の方よ! 図書館で金時君に、本を盗ませたくせに!」
 ありすが口を挟む。
「やれやれ、砂糖に人権があるとか、そんなへ理屈聞いたこともありませんわ! どーやら見解の相違のようね。もはや、白黒はっきりさせるしかありません! 裁判でね」
「裁判なんて、最初っから公平にやるつもりなんかないんだろ。クロッケーで勝った人質を電柱にしたのを見ていたぞ。君は、たとえ俺たちが勝っても認めるつもりなんかないんだ!」
「あれはゲートボールです。クロッケーじゃありませんことよ、時夫さん。アイツがこの千葉の厳正なローカル・ルール違反をした罰よ。私は田中の、ルールを巧妙に変更したイカサマを見抜いた。イカサマなんか認めない。正々堂々、厳正な裁判であたしに勝ったら、雪絵を返してもいいけど」

茶番裁判 「誰がロイヤルゼリーを盗んだか?」

 真灯蛾サリーは裁判官席に着席した。着席というものの、サリーは椅子を五つも重ねた上に物凄いバランスで座っていた。
「何やってんのあいつ……」
 サリーは引きこもりの暇人なので、記録に挑戦中らしい。
「チョット待て! 原告と裁判官がかぶってるじゃないか! まるで戦勝国による極東軍事裁判だ、そんなもの認められ------」
「金時君、そこは諦めて。これが『不思議の国のアリス』の茶番劇ってものよ」
 ありすが制した。
「理不尽!」
「ここは裁判を乗り切るしかない。地上に出られない女王はごっこ遊びが大好きなのよ。そのルールで勝利するのが、『不思議の国のアリス』の無意味の意味論を打開する唯一の道-----」
 これが「意味」を自在に操る科術師の覚悟って奴なのか? 古城ありすは、敵の意味論のルールを読み、逆に利用して勝つつもりなのだ。

 カン!

 サリーが不用意に木槌で座ってる椅子の脚を叩いたので、五つの椅子がグラグラ揺れた。付き合ってられない。
「わおっと! ……ではこれより、千葉県民の県民による県民のための、ロイヤルゼリー窃盗事件の裁判を開廷します!」
 千葉とかいっているが、恋文町の地下限定の超ローカル裁判ルールだろう。
 二人の目の前には回転寿司が、相変わらず回り続けている。
「ったく気が散る……」
 ありすはさっきから寿司を目で追っていた。
「証拠物件を!」
 盆の一つに、白井雪絵が載って出てきた。
「……雪絵! 雪絵!」
 時夫が叫ぶも、雪絵はぴくりとも動かない。
 これが白彩最高傑作、「乙女の恥じらい」の最終形態なのだ。
 雪絵は両手を胸のところで組んで、眠っていた。周りを菓子細工の花がデコレーションしている。みんなで覗き込む。眠れる森の美女そのものだ。いや、菓子細工でできた麗しい女性を見ている感覚になった。
 かわいさ余って超かわいい!
 雪絵はまだ加工前だったらしい。二人はほっとした。とりあえず女王に拝謁してから、蜂人たちは晩餐会用に調理に取り掛かるらしい。何とか間に合ったようである。
「ホホホホホホ! 素晴らしい素材だわ。白彩店長はお手柄ね。特別なロイヤルゼリーが作れそう。裁判が終わったら直ちに料理して頂戴!」
 サリーは舌なめずりしている。
「取引に応じてくれた奴にも褒美をやっといて」
 取引? その言葉を聞いて、ありすが怪訝な顔をした。おそらく石川うさぎのことだろう。
 レーンからゆっくり降ろされた雪絵は、蜂人たちによって、祭壇のようなテーブルの上に寝かされた。ますます眠れる森の美女感が増している。
「なんか……急激に部屋の気温が下がってきた」
「きっと雪女だからだ。寒いに決まってる」
 雪のように白い肌が輝いている。……そう。白井雪絵は雪女だ。
 サリーは蜂人の生存に関わるといって、室内のエアコンを入れさせた。
「検察官兼任の私から冒頭陳述します。被告・金沢時夫さんは白彩から『乙女の恥じらい』を盗み出し-------」
「待て待て、盗んでない。俺はちゃんと買ったぞ」
「え? 何ですの? 意見があるなら被告人、時夫さん、お皿の上に乗って下さいな」
 寿司に挟まれるようにして、時夫はレーンの上に座った。
「寿司じゃあるまいに……ブツクサ」
 サリーが取り外し式タッチパネルを操作すると、時夫は回転寿司レーンに載せられて長テーブルを半周し、サリー裁判長が座す五重のパイプ椅子の前でピタリと止まった。
 ……なんか恥ずかしい!
「で、何ですって-----? 時・夫・さ・ん」
 時夫は五つの椅子の上に座るサリーを見上げた。パンツが輝いて見えている。
「だから俺は、白彩でちゃんと金を払ったぜ!」
 だからパンツ……。
「今問題としてるのは、擬人になった『乙女の恥じらい』のことですよ。この、白井雪絵という名を有したスイーツドールのこと-----」
「雪絵は他の『乙女の恥じらい』とは全然違う。店長によると月の光を浴びて、人格を形成した。どこからどう見ても、彼女は人間だったんだ!」
 裁判の争点は雪絵が菓子か、人か? 人権があるか? そこに尽きている。
「でもその後、あなた方は、その白彩店長を殺した。ソーでしたわね!?」
「殺してない! い、いや殺したけど」
「どっちなのよ」
「あいつは……死なないんだ」
「でも一度は殺したのは確かですわよね?」
「ころ……、いや俺は、イカれ和菓子屋店長なんか殺してない! ちょっと押しただけだ。押しただけであいつが勝手に倒れて、それで死んでしまったんだ。あんなに簡単に大の大人が死ぬはずない。あれは事故だ!」
 時夫は冷や汗がだらだら出てきた。今さら、この件で追い詰められるとは。
「事故ですって。だったらなぜあっさり死んだの?」
「それは……イカれ和菓子屋店長が茸だからだ!」
「時夫さん、たった今重要なことをお認めになりましたね。茸だから殺したと。擬人だから殺しても、人権なんかないと------」
「くっ」
「私は図書館でも、時夫さんが重い参考図書で、図書館員をぶん殴って殺したのを目撃しています」
 裁判官で検察で目撃者の真灯蛾サリー、忙しいこと。
「あ、あの図書館員も茸だ。あれだってお前が俺に------」
「茸だから? 善男善女の皆様お聴きになりまして? 間違いなく茸人には人権を認めていない発言ですわ!」
「違う。お……俺は人殺しなんか、してないんだ」
 サリーは図書館で自分は手を汚さず、時夫に全てを行わせていた。
 そこでありすが口を挟んだ。
「金時、落ち着いて。茸人は死なないわ。彼らには死という概念がないのよ」
「ありす、皿に載る前に証言するんじゃない! 以後私語禁止! 裁判中における回転証人のルールを守りな!」
 サリーが指差す壁に、「私語禁止」・「香水禁止」・「ケータイ禁止」と掲示されている。白彩の店にあった注意書きと同じ文面だ。
 サリーは律儀にタッチパネルを操作した。
 古城ありすはもてあまし気味のゴスロリドレスをレーンに引きずって、レーンを半周した。
「殺したくせに!」
「死んでない。ただ人の形としてのパーソナリティを失っただけで、やがて復活する。記憶は完全に継承されないけれど。茸は菌類だから形を殺したとしても死なない。人の形を取っているバランスが崩れただけよ。時が経てば復活するの。その菌は、和四盆を食べて活動している」
「フッ、擬人を殺しても無罪だの何だの主張しながら、最終的に白井雪絵には人権を認めろですって? なーんて身勝手な理屈なの!? アーッハハハハ!」
「店長を操っていたのお前だろ」
「金時、こいつは擬人たちを操りながら、彼らに何の権利も認めていない。蜂人たちとは扱いが違う。手先である白彩店長がどうなろうが、大したことだと思ってない。自分の利益になる事以外は-------どーでもいいと考えるトンでもないゲス野郎なのよ!」
「古城ありす。いくら擬人たちが人間らしく振舞ったとしても、それは人間のふりをしているだけ-----茸や砂糖は、意識やクオリアを持たない。哲学的ゾンビだからよ。それを科術漢方師のあなたが知らないわけがないでしょう?」
 クオリアとは、「物が見えるときの感じ方」、つまり「感性」のことだと、ありすは時夫に耳打ちした。非情な女王にとって、擬人など虫けら以下なのだ。
 しかし、ありすの擬人に対する捉え方は、女王とは違うのだろうか。
 再び時夫は前に出る。
「雪絵は……笑った。雪絵は、恥らった。俺と一緒に食事をした! 雪絵の寝顔は、人間そのものだったんだ。お前の言うような、他の擬人たちとは違う!」
 時夫は、目の前に眠る雪絵を見て言った。
「-----妬けますわね」
「俺と一緒にいたことで、彼女は本物の人間になった。それは間違いない! この俺が証明する。第一、お前だって、白井雪絵が特別だと気付いたから、こうして地下の城に誘拐しているんじゃないか!?」
 それが特別なロイヤルゼリーの意味だ。
「…………」
 サリーは一瞬沈黙した。やはり図星だ。
 ありすが前に出て、追い討ちをかける。
「こんな裁判馬鹿らしい。そもそもお前だって、図書館で金時に本を盗ませたんでしょ。全く、魔学の女王フェロモンで誘惑して男に盗ませるなんて最低中の最低よね! このメガビッチが!」
「いいえ、時夫さんから言い出して、ちゃんと借りていきました。確か、そーでしたわよね? 時夫さん」
 長テーブルの後ろに下がっていた時夫が、再び前に運ばれた。逆にありすは下がる。
「あ、あれはその-----結局借りれなくて盗んだ」
「あら、そうだったかしら? でも時夫さんがやった行為には他ならないわ」
「それだけじゃないわ。オマエは立体起動集密書庫に不法侵入した。それにしたって完全違法じゃん!」
 ありすは自分でタッチパネルを操作して、前方に移動した。
「それも時夫さんが率先して謎を解いてくださったんだもの。私の力なんて微々たるもの。茸たちを突破したときの時夫さんの雄姿。カッコよかったですワ」
「本当なの?」
 ありすが時夫をジロッと睨む。
 時夫はサッと顔を横に向けた。
「お前こそ、何この城に勝手に入ってきてんだ? そっちこそ完全に不法侵入ね。やれやれ、もはや何を言っても反論できる。この裁判は私の勝利で終わったも同然------」
 サリーは木槌をスッと頭上に掲げた。
「判決を言い渡します!」

 カン!

 サリーは、木槌で丸太に茸のコマを打った。なるほど、こうやって茸を栽培しているのか……って、今実演してくれなくていいんだけど。
 そのタイミングで五つの椅子のバランスが崩れ、サリーは前方にずっこけるようにして大理石の床にドシンと落下した。
「は……、判決を言い渡します!」
 サリーは引き締まったヒップをさすりながら、立ち上がった。
「ブッ、半ケツがどうした? 痛むの?」
 ありすはゲラゲラと笑っている。
 サリーは再度五重の椅子を積み上げ、その上に座り直した。
「-----判決を言い渡しますッッ!!」
 この間、法廷の真ん中で回転寿司が回り続け、次々と美味しそうな寿司が送り出されている訳で、二人は嫌でも目で追ってしまう。
「ねェーねェー、これ、止めてくんない? 超腹減ってくるんだけど」
 ありすが呟いた。
「-----は?」
「気が散る!」
「あら遠慮なく。食べたら? ドーゾ。じゃあ、判決……」
「食うかッ! なんで裁判所にこんなものが」
「フン、お前は裁判というものを余りよくご存知ないようね。回転寿司は裁判に必要不可欠でしょうに! でなかったら、どうやって入れ替わり立ち代り、証人がスムーズに出てこれるっていうのよ? お話にならないわね、全く。判決を……」
「これだから地下ニートは! 本物の裁判に回転寿司なんてありません。それもこれも千葉ローカルの裁判だからって言い張る気? 馬鹿の一つ覚えみたいにさ!」
「主文、被告人・金沢時夫さんは----あぁもう! あんたのせいで気が散ったじゃないの! 中トロ食ってからでなきゃ到底判決を言い渡せない気分だワ!」
 サリー裁判長の注意が寿司に向いた。
「あんたみたいな地下のモグラのもぐりだけよ。そもそも裁判中に、寿司食おうなんて根性がクソ捻じ曲がってる」
 ちょ……二人とも、言葉が下品だぞ。
「これは千葉県民の千葉県民による千葉県民のための裁判だって最初に言っとろーが! 銚子沖産の寿司ネタに、千葉県産コシヒカリ、銚子の醤油! 千葉県民なら寿司を食らえ!!」
 ハチパンのはずだが、ホントにローカル・ルールの裁判だ。全然意味分からんけど。
 サリーは人差し指で蜂人の一匹に合図し、中トロの皿を一つ椅子の上まで運ばせた。
「あのさぁありす、判決を下す前に、ちょっとお醤油瓶、取ってくれる?」
「お断り」
「-----んん?」
 サリーの寿司に醤油が滴った。
「サンキュー♪ ……って、今の誰?」
 天井から醤油が滴っている。
「ほほほ-----、のぉーほほほほほ……」
 崩れた顔のおたふく面がシャンデリアに引っかかり、ブラブラとゆれていた。
「は、鼻水!? この私に鼻水食わそうとするなんてッ!」
「おぺんぺん!?」
 鼻水……いや、醤油が垂れてきた。
「ゆゆゆ許せない! ぶっ殺してやる!」
「やりましたわ! とうとうあたくしの醤油を口に致しましたわね! 女王陛下」
「醤油に何か意味が?」
 時夫が訊いた。
「ひと悶着あったんでござんす。千葉といえば醤油。全国の出荷量のなんと三割以上が千葉!」
「……だな」
「わたくしは、人間だった時代、醤油激戦区の千葉におきまして、野田、銚子につぐ三番手に甘んじておりました。それが、無念だったんでございますよ」
「別にいいじゃないか」
「そうは参りません。年に一度、千葉を代表する醤油が香取神宮に、一方で茨城を代表する納豆が鹿島神宮に奉納されるのでございます。その二つが合体して奇跡の神饌(しんせん)が生まれるんでございます。香取神宮と鹿島神宮には二つの要石(かなめいし)がデンと鎮座し、関東に大地震を引き起こす大なまずの尾と頭を抑えています。その祭祀に欠かせないのが神饌(しんせん)、つまり神様の食べ物であるお供え物の、『醤油掛け納豆』という訳でございます。私は千葉代表として、香取神宮に醤油を奉納することを目指してきました」
「それはまたご大層な」
「千葉の平和はわたくしが守る! 地下に浚われし後も、考えるのは醤油のことばかり------。ところが地下でさえ銚子の醤油が流布しているではございませんか。女王は『地産地消』という言葉をご存じないのですか? ところが私がどう申し上げても、女王はおぺんぺん醤油を使おうとはなさいませんでした。けど本日、遂におぺんぺん醤油の美味しさを、地上のみならず地下に響き渡らせるができた訳でございますワ!」
「見上げた商売第一の醤油屋の女将だな。けどよく見ろよ、残念ながらサリーはまだ食ってないぜ」
 女王は大口を開けて牙をむいたまま、寿司とにらめっこしている。
「……まぁ何と往生際の悪い! さぁ女王。一口、たった一口で全てが分かります。この伏木有栖市住民なら地元の醤油を愛しなさいまし!」
 これだけのために、危険を承知で戻ってくるなんて。女将のそろばんでは、脱出できたら、「地下でも大人気!」とでも宣伝するつもりなのだろうか?
「えぇい、裁判の邪魔をするな! あいつを捕まえて、ただちに断頭台に縛り付けろ!」
 中トロ皿を床に叩きつけたサリーは、蜂人に命令した。
 おぺんぺんは捕えられ、回転寿司レーンに縛り付けられた。レーンの一角に小型踏切が設置されている。
 時夫がよく見ると、踏切にギロチンが着いている。踏切が降りると同時に、首が切られるらしい。相変わらず残酷な女だ。

 カンカンカンカン……

「おやめになって、おやめになって……死刑を連呼するなんてこまわり君かハートの女王か貴女くらいのものですよ!! ギ、ギャアーッ」
「ハァーッハッハッハッハ!」
「って、あたくしにはもう首なんかありませんことよ。残念でした。ホーホホホ」
 断頭踏切はスカッて、おぺんぺんは再びふわふわと舞い上がった。
「ゲ、しまった」
「貴女が私にそうなさったことをお忘れかしら? やられた方は覚えているものですよ! 貴女は反乱したあたくしを捕まえ、こうして首を切った。聞くも涙、語るも涙-----。わたくしは顔で笑って心で泣いて。マスクを崩しながら、面から小さな手足を生やし、かろうじて逃げ延びたという訳でござーいました! ほーっほほほほ!」
 おぺんぺんには最初、身体がついていたようだ。過酷な運命を明るく説明してくれた醤油屋女将に拍手!
「静粛に! 発言するなら回転寿司の液晶パネルで! ちゃんとルールを守って」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み