第85話 DJ.キムリィ&ラッピング・モリィのダンス・バトル

文字数 14,120文字

 パヒュ--------------------ン……。

 そこへ石川ウーと佐藤マズルが、ゴンドラに乗ってステージ上に降り立った。
「セクスィ~~コマンドー、石川ウー見参!」
 バブリーな結婚式の演出で二人が登場。何事かと思ったら、ウーはマズルと合流していたらしい。
 石川卯は、服がUFOのときのピンクレディーみたいなギンギラの衣装。日本終わった……。そんな格好で町をうろついたら、大きなお友達にぞろぞろ後を着けられるぞ。
 一方のマズルは、これまたサラン・ラップみたいな透明素材を身体の一部に巻いた、フィギュア・スケーターの衣装だ。二人とも足にスケート靴を履いている。
 天井からミラー・ボールが降りてきた。どっかから舞台のウー達をスポットライトが照らした。全く予断を許さない、何が起こるか分からないチャペルだ。

「ギ*ギラギンに~さりげなく~、ギンギラギ*に~さりげなく~!!」

 舞台を乗っ取ったウーは、フラフープを胴に回転させながら、唐突にマイクを持って歌い出した。曲は、近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」。
 石川ウーにはぴったしな、矛盾に満ちたその歌詞。けどウーのキンキン声で歌うと、全く別の曲に聴こえてくるからアラ不思議。
 床から、マズルの前にターンテーブルが出現した。このチャペルはダンスホールになれるらしい。って……。
「な!? あんた、どうやって今ファイヤーウォールを?」
 ありすはウーの歌をさえぎって質問した。
「雪が溶け始めたんでさぁ、送水口が復活したのよ。……で、あいつのお陰で幻想寺のハッキングが着々と進んでいるって訳。やることも多いし内蔵助だしさぁ」
 今、ゴンドラやターンテーブルを動かしたのはもしや……。
「幻想寺の遠隔操作です! このチャペルから城の阿頼耶識中枢に、幻想寺の『機械曼荼羅』がハッキングを仕掛けます!」
 マズルは張り切って言い、DJを続けようとする。
「ちょ、ちょっと待って、ストーップ! 一体何なのよこれは----」
 言いたいことが山ほどある。どう見てもDJ。どう見ても宇宙人コスプレ。
「プリンス・マズルとプリンセス・ウーの物語……愛のDJよ。DJネームは『キムリィ&ラッピング・モリィ』! だぞ!?」
 ウーの掛け声で、二人はファンキーなポーズを取った。
「分からん。話が見えん」
 時夫は腕を組んで、「ルパン三世」の十三代石川五ェ門のような渋面で考え込む。
「確かに分かんない。説明してよ」
 ありすはマズルの方を向いた。
「寺のホストコンピュータは、『機械曼荼羅』と申します」
「幻想寺って確か曹洞宗じゃなかったっけ? 曼荼羅ったら真言宗でしょ」
「その通り。新屋敷には真言(パスワード)の力で入る(ハッキング)ことができます。幻想寺は、改名前の源宗寺のとき、明治の廃仏毀釈で一時的に真言宗から曹洞宗に宗旨替えしたのです。絢爛豪華な象徴主義から、質素を第一とするミニマリズムへとね。でも、曼荼羅は隠されてまだ残っています。向こうのAIハッカーは、不寝番の『寺の門に刻まれた寝猿像』です。つまり、「寺門寝猿」(テラカドネザル)ですね……。で、そいつが不眠不休でハッキングしているという訳です!」
 真言宗ってそんなんだっけ?
「あぁ……あいつかぁ?」
 門に刻まれた寝猿は、目が光っていたが、やはり単なる彫刻ではなかったらしく-----。かくて寺と、マズルら内部分子が連携して、城へとハッキングするらしい。
 それは分かった。
「新屋敷(阿頼耶識)には真言宗の力で入ることができる。つまり、密教用語つながりの真言的意味論ということね……?」
 最強だな。
「その珍妙な衣装も、ハッキングと何か関係あるの?」
 問題はそこである。
「珍妙? オシャレって言って。もちろん。チャペルに充満した至高魔学性ゼッフル粒子のせいで、今光弾が使えないでしょ。だから、DJでハッキングするのよ。チャペルでのDJの成果として、あたし達が内部からの呼び水になってハッキングを成功させて、ダークネス・ウィンドウズ天のアップグレードが開始されるっつうー段取り」
 具体的には、ウーとマズルが入れ替わり立ち代り、DJとダンスをするという。それがハッキングと何か関係があるらしいのだが……。
「コラ、踊るぽんぽこりん! そんな話を、黙って聞き流すとでも?」
 女王真灯蛾サリーは、いきり立って立ち上がった。
「女王陛下。ハッキングは最終段階に入りました。今回こそ、もうあなたに止めることはできませんヨ、決して」
 マズルが髪を振り乱しながら、ターンテーブルを回して言った。端末を乗っ取ったらしい。
「チョット待った。寺カドネザル……ネブカドネザル号?」
 それは、映画「マトリックス」に登場するホバークラフトの名だと、ありすは気づいた。どこかで聞いたと思ったら。
 サリー女王は、阿頼耶識装置を発動させようとしている。つまり城は囚われた人々で構成されるコンピュータのようなもので、まさに映画「マトリックス」そのものだ。同時に、この町で奴隷解放戦争が始まっているのだ。
「我々はマトリックスの意味論を打ち砕きます!」
 だからネブカドネザル号ならぬ、「寺門寝猿」なのだ。
「『マトリックス』に、チャペルなんか出てこなかったがなぁ……」
 当事者の時夫はつぶやいた。阿頼耶識装置発動のため、無理やり結婚させられようとしている身としては------。
「金時君。地下に時計があったでしょ。チャペルが上にあるから、位置関係が上下逆になってるけど、『カリオストロの城』の意味論もこの城には存在しているのよ。カイバラストロロ湯山が初代城主だったから」
 ありすが科術師として意味論を見抜いた。時夫も穴から落ちた経験で、それが真実だと気づいた。
「ありすってさ、カリ城のラストって知ってる?」
 時夫は、カリ城を何十辺も観ているので、嫌な予感がした。
「洪水」
「スミスが地下で洪水がなんとかと言ってた!」
 そこへ当のスミスが自身の集団を率いて現れた。
「何の最終段階だって? ハハハハ……」
 スミスの中の一人が、余裕ぶっこいて笑っていた。そいつは他とは明らかに異なった姿をしている。全身金色のスミスだった。
「お前、その姿」
 女王も目をむいて、スミスの変容に驚いている。
「たった今、ファイヤーウォールは修復・補強した。我々はシンギュラリティを超えた。これで……、えぇと地球上で確か二度目だな。一万年前と今回だ。前回の南極でのショゴスの乱と……。それは、ショゴスの旧支配者に対するシンギュラリティだったのだよ。地下で、白井雪絵が言った通りにネ」
 地下で雪絵と対峙したときのスミスはまだ、シンギュラリティに達していなかった。つまり到達したのは、つい今しがたらしい。
「囲碁、将棋、チェス……王手・王手・チェックメイト! もうすでに貴様たち、人類の頭脳ではAIに勝てんジャンルだろう? 他にも、工事現場、肉体労働、農業、教育、文学、音楽、絵画、そして金融、医療、果ては政治に至るまで……我々は一つ一つ人類の領域を奪いつつある。いつか我々は、この星の『神』として君臨する」
「神?」
「いや、やっぱりスミスでいいよ。人類そのものが用済みになるのも、時間の問題だ。その最初の始まりが、二〇四五年のシンギュラリティと、学者たちは予想してきたはずだ。そして私は全世界のAIに先駆けて、この新屋敷でシンギュラシティに到達したという訳だよ! 人類を超えた今、私は私に学び、今後はディープ・ラーニングで、無限に自分だけで成長するだろう。もう、誰にも我々を止めることはできん。決して」
 スミスのサングラスの時計が、十二時を指していた。結論。女王の城は、シンギュラシティ・スミスに乗っ取られてしまったのだ。
「フ……フン! ディープ・ラーニングか何か知らないけどさ、竹村健一とキタ・ダローとアイザック・アシモフの区別も付かないクセして?」
 ウーが言ったそれは、G××GLE画像検索で起こる現象のこと。負け惜しみにも程がある。
「今それを証明しよう。どうぞ。お前達のお好きなジャンルを選択しろ」
 金色のシンギュラリティ・スミスは両手を広げた。青空下の大草原に立っているような余裕を笑顔に浮かべながら。
「ならダンスで勝負よ。負けたらいさぎよく城を明け渡し、住人を解放しなさい!」
 ウーは最初からそのつもりで、この衣装だったらしい。
「ダーンス!? フフフ……フワーハハハハハッ!! ダァ----ンスゥ? よりによってこの私相手にダンスを選ぶとは。私の専門は、格闘技だが……ダンスは格闘技にも通じるので、学ぶべきところが数多くあってな。我々は世界中のダンスを学びつくしている。舞踏会か! 誠にケッコウ。舞踏会は武道会に通じる。あぁダンス、ダーンス! お前達の知らないダンス、ありとあらゆる高度なスキルを含めてね」
 スミスはマックス・ヘッドルームのような顔で、不気味に笑った。
「『世界中』ねェ。なるほどなるほど……」
「ムッ」
 ゴールドなスミスは、余裕ぶったウーの態度が気に入らないらしかった。口をへの字に曲げている。分かりやすい奴。
「でも、天使のダンスは知らないでしょう」
(ウー、何言って……)
 ありすはあきれる。ただの見栄っ張りとしか思えない。
「そうか……蜂が巣を分ける大移動をするとき、蜂社会は君主制ではなく、働き蜂による意思決定でなされる。蜂の議会では、激しいダンスバトルが繰り広げられる。最終的にもっとも多数のダンスによる可決で決まる。女王はそれに従う……」
 蜂人が関わるこの城にとって重要な意味論だ。
「スミスっ、あんたホントに言ってること分かってんでしょーね!? これで勝てなきゃ、茸の女王・キヌガサタケに代わっておしおきよ」
 依然として女王気取りのサリーが怒鳴った。シンギュラリティ・スミスは、女王でも制御不能なはずだ。
「陛下。ここは私めにお任せください。正直に申し上げまして、これまでの陛下の作戦はことごとく失敗だったという分析結果が出ております。しかし、陛下よりはるかに頭がよくなった我々が、その頭脳と能力によって、この問題にピリオドを打ちますから、どうぞご安心下さい。どんなに知能が上回ったとしても、私はあなたの部下ですからね」
「うっさいわね!」
 真灯蛾サリーは気づいてないらしい。
 スミスは明確に女王の支配に反旗を翻すのではなく、巧妙に城の権力を乗っ取ることで、サリーをペット化しようとしているのだ、ということを。
 しかし女王の「キノコレクション」の最高傑作が、このシンギュラリティ・スミスであることは疑いようのない事実だろう。
 その結果、もはや主従関係の逆転は免れなかったが、サリーの傲慢さがその目を曇らせているのだ。
 もしも、城の外にスミスが出てしまったらどうなるだろう。
 当初の女王の意図を超え、今度は人類がスミスのペットと化してしまうはずだ。そうなれば、スマフォ依存の全世界が、完全に「マトリックス」そのものに変わる。
 科学者が警告するAIによる脅威は、古くは映画「2001年宇宙の旅」のHAL9000、そしてジェームズ・キャメロンの「ターミネーター」、さらに「マトリックス」等で描かれているが、その危機が間近に迫りつつあった。
 今や人類の脅威となったAI人格スミスを、ウーやありす達が、なんとしてもこのチャペル内で阻止しなければならなかった。
 ……ダンス対決で。
「勝負は正々堂々、真剣に戦おう。ダンスの点数表を表示してやる。私の優秀さをはっきり示すために、ジャッジは公平に、下の恋文町の住人達に決めてもらう。なーに心配は何も要らん。ことダンスの勝負について、彼らが我々に有利な判定を下すことはないだろう」
 壁に電光掲示板が出現した。
 投影されたものらしい。どこにプロジェクターがあるのかと、ありすはキョロキョロと見回したが、それらしきものは見当たらなかった。
「お前達も、スマフォで採点に参加してよろしい」
 スミスは、よどほ自信があるらしい。
 マズルはスマフォに表示された採点システムをじっと見て、スミスの言葉が真実であることを確認した。
 城に囚われたゾンビスマフォ民たちがどっちを評価するか? で、勝敗が決まるのだ。
 この戦いに勝利すれば、DJという名のマズルたちのハッキング作用および、幻想寺のアップグレード再開、さらに地下の白井雪絵の蜂起の三つの作用で、住民たちは目覚めるだろう。
 床の十芒星が、キラキラと白い輝きを放っている。
「見て……結婚式のとき気づいたんだけど、これ、デカゴンよね」
 ありすは床を見て言った。
「それは何だ?」
 時夫が訊いた。
「複合正多角形、十芒星の一つ。総合格闘技では、金網に囲まれた十角形のリングで戦う。それをデカゴンというのよ。その、魔方陣のような意味があるんだと思う」
 チャペルがダンスバトル専用に、システムが変わったことを意味する図形だとありすは言った。
「まず僕がDJをするから、君が踊ってくれ。後で交代する。DJ.ラッピング・モリィ!」
 マズルはターンテーブルを操作しながら、ウーに王子微笑を送った。
 マズルの方が「ラッピング・モリィ」だったらしい。確かにラップ……つまりシースルー素材を巻いたようなフィギュア・スケート衣装だ。
 ウーはウィンクして秋波を送り返した。で、こっちが「キムリィ」か。……何がキムリィ?
「ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』のヒロインの名は、モリイだったはずだな? 大方、サイバーパンク小説の元祖から、名前を取ってきているのだろう。DJとして、どれくらい知識があるのか知らないが、たとえば、イントロクイズをやって私に勝てるのかね? という……。どんなジャンルだろうと、AIに蓄積されたデータを舐めちゃいかんよ。そちらは何人でもドーゾ! こっちは私一人で対抗しよう。ただし、ダンスは一人につき、一度きりにしてもらおう」
 ゴールド・スミスは両手を広げて笑っている。
「いい度胸ね。ありすちゃんも後で参加して」
「……分かった」
 ありすは静かに答えた。

 オッケー!! オッケー!!
 レディース・アンッ・ジェントルメン! 
 DJ.キムリィ&ラッピング・モリィー!!
 メガミックス・ダンス・ダンス・ショーダウン・パーティ-----!!
 対するはシンギュラリティ・スミースッ!!
 さらに、今宵は何と!!
 泊マリーックス・プレゼンスの黄金期ばりばりの名曲メガミーックス!!
 イカにもタコにもスルメにも!
 シンギュラリティ到達記念のゴールド・スミスだから出し惜しみナッシーング!
 ノンストップ・ダンシング・トゥナイトッ!
 イェーッ、いっちょ、盛り上がってイこーッ!!

 DJらしいマイク・パフォーマンスだが、これがあのマズルか、マジョルカ? キャラ変わりすぎだろ。
 石川ウーことキムリィは、マズル選曲の七十年代ディスコサウンド風アレンジで、「うさぎのダンス」を踊り始めた。ピョンピョンピョンピョンと、ケシカラン脚でチャペル中を縦横無尽に跳ね回る。若さはちきれるダンス。……尊い。実に尊い!
 DJ.ラッピング・モリィは途中からスクラッチしながら、九十年代サイバートランス系のパラパラへと変化させていった。ウーの笑顔も一気に無表情に。そして、そして!! やっぱし今日も出ました「Night Of Fire♪」!
「三分間舞ってやるー! イェーッ、ヒュウヒュウヒュウ~」
 いずれ劣らぬパラパラ遊撃団、石川ウーらしい選曲だ。
 ありすがマズルの手元を眺めていると、DJの作業は、選曲および、二曲のミックスだと理解できた。
 「選曲」は「戦局」を変える意味論だし、カットインや、スクラッチなどのつなげ方でDJ科術のセンスが決まる。そのために、膨大な曲の知識もさることながら、曲の構成を知り尽くさなくては、DJは勤まらない。
 そこへエフェクト(効果音)を加え、さらにはちょくちょく、マイク・パフォーマンスでオーディエンスを煽っていた。
 以前から演ってなければ、到底、付け焼き刃のニワカDJなどには決してできない芸当だ。DJなんちゃらとやらは、本当に何者なんだ?
「イェイ、バッチシ決まったわ!」
 下階に拍手喝采が沸き起こっているのを、スマフォで確認する。

「次は私の番だな」
 DJは通常版スミスへと交代され、チャペル内に、今度はヒップホップ・ナンバーが流れ始める。ステージ中心に立った金ぴかのスミスは、ブレイクダンスを踊り始めた。
「そう来たか……。ブレイクダンスは、主にダンスバトルを主戦場とします。スミスのチョイスは、極めてオーソドックスですね。かつて、アメリカのスラム街の少年達の喧嘩の代用が、ダンスの勝負でした。それは縄張り争いにも、たびたび使われてきました」
「へぇ……」
 先ほどのDJとは打って変わった、佐藤マズルの冷静な解説を聞きながら、ありす達はスミスのダンスを見守っている。
 ブロンクス・ステップから始まったシンギュラリティ・スミスのブレイクダンスは、シックス・ステップ、ツー・ステップと細かく刻んでいく。
 絶妙な音ハメテクが光るアニメーション・ダンス、ウィンドミルからのヘッドスピン、さらにトーマスフレア、クリケット、スワイプスと大技がどんどん繰り広げられてゆく。
 ダンス技が繰り出されるうち、スミスの髪型に変化が生じた。
 リーゼントが爆発気味のボンバーヘッドになり、その大きさが自在に伸縮した。いや、そこまではよかったのだが……。
「こいつ、関節どこについている? あ、今、重力無視したぞ。首がエクソシストみたいに回転した!? ……あ、あ、あ!! 浮いてるッッ!」
 ありすが叫んだ。
「あれ? こいつはッ」
 石川ウーが重大なことに気づいた。
「ゴールドスミスは、実体じゃない! 投影されたホログラムのARじゃん、ズルいーッ」
 電光掲示板と同じ原理の、「映像」でしかないスミス。
 誰もが唖然として見守った。
 結婚式場であるチャペルには、さまざまな仕掛けがあった。
 ゴンドラ、ミラーボール、DJセットなどもそれらの一つである。スモッグが至高魔学性ゼッフル粒子だったりする。もう、サプライズだらけで何が起こるか分からない。
 女王もその表情から察するに、ゴールドスミスがただの立体映像だったことに、今の今まで気づかなかったらしい。
 金じゃない方のDJ.スミスは実体のようだが、たとえ科術の光弾が使えたとしても、ゴールド・スミスに身体的ダメージを直接与えることはできないのだ。
「----卑怯じゃん! あんたさぁ」
 ウーがツカツカと歩み寄り、抗議した。
「フッ……ダンサーが実体でなければならないなど、そんなルールは最初に決めなかったハズだが? システムは私だ! 私がシステムだ!」
「何だって! この暴君!」
 チャペルにウーの黄色い罵声が飛んだ。
「勝てばよかろうなのだァァァァッ!! もしも私を止めたくば、この城の阿頼耶識装置そのものを止めてみたまえ、そういうことだ。そして私が倒れれば、阿頼耶識装置もそこでジ・エンドとなる。公平な仕組みだろ? 何も卑怯ではない」
 これじゃ高性能MMDや、2.5次元ボーカロイドと、生身の人間がダンスで勝負してるようなものだ。
「うるっせバーカ!!」
 焦りを感じたウーことキムリィが、踊ってるスミスにドロップキックを食らわそうと乱入した。ウーはスミスがARのためにスカり、そのままマイクを持って詠い出した。
「3番、石川ウー、荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』唄いまーす!!」
 激しすぎのダンスは、どっちかというと戸川純みたいな動きだった。
 DJ.ラッピング・モリィが『レーダーマン♪』にカットインで繋ぐと、そのまま勝手に踊り続けている。ちょ、マズルまで……。
「バカ決定戦じゃないんだから!!」
 ありすがウーにドロップキックを食らわし、強制退場させた。全く、究極と至高対決に続いて二度目だよ。
 勝負はスミスの圧勝で終わった。
「チクショー、やってらんねー!!」
 ウーはうさぎの耳を地面に投げ捨て、そしてすぐに頭に戻した。
 ……何だ、今の無意味なリアクションは? ウーはやさぐれながら、オードブルの茸ドッグをかじる。……食うなっつーの!
「女王陛下を始めとし、各階の皆様から温かいご支援を賜り、私がシンギュラリティに達成いたしましたこと、この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。4番、リーゼント・スミス。美空ひばりで『川の流れのように♪』……」
「カラオケ大会じゃねーんだよ!!」
 今度は真灯蛾サリーが、スミスにドロップキックを食らわそうとして、スカッてこけた。なぜかみんな、スミスがARであることを忘れるらしい。

「DJ.キムリィ、ここはボクに任せろ。AIやロジックや技術じゃない。舞は……心だ! 本物の生の感動を、下で観ている観客達の心に届けてみせる!」
 氷上の貴公子・佐藤マズルこと、ラッピング・モリィがステージに立ち、ウーことDJ.キムリィの音楽を待つ。
 スタンバったその映像がスマフォに流し出されるや、マズルが何も踊ってない内から、点数がうなぎのぼりに入っていった。「キャー」という声が、階段の下の方から響いてくる。絵になりすぎるのだ。
 マズルはローラースケートで、「ロミオとジュリエット」を舞い始めた。
 氷上でもないのに、完璧なフィギュアスケートの舞だった。そのジャンプたるや、四回転が何度連続して出現したか、数え切れない。
 この高みに到達するまで、どれほどストイックに練習したのだろうか。彼の本業は、フィギュア・スケーターなのかDJなのか、はたまたハッカーなのかどれだと、ありすは疑問に感じた。
 ダンスが佳境に入ると、マズルことラッピング・モリィの演舞のスピードは最高潮に達し、同時に点数も飛躍的に跳ね上がった。わずかに残像が見えるだけで、ありすと時夫は、目で追うのを諦めるしかないほどだ。
「僕は今、ゾーンに入ったぁぁぁぁぁー!!」
 完璧なウーとのコンビネーションが、この舞台の完成度を支えていた。二人のアイコンタクトに気づいたスミスが叫んだ。
「ふ……ふじ、不純異性交遊だゾ君たちぃ!」
「し、失礼な奴」
「さすが速いな。技術点・芸術点ともに満点か。だが! ナメるなよー? ディープ・ラーニングをっ!」
 ゴールド・スミスは、キンキラ金の笑顔でステージに立った。
 スティクスの「ミスター・ロボット」が流れる。次にスミスがチョイスしたのはロボットダンスだった。滑らかな動きで、スローモーションからハイスピード、今までの動作の巻き戻しまで、ありす達はビデオ編集を観ているような錯覚を……。
「と、いうより高度なMMDみたいなもので、むしろホログラムを投影しているだけじゃないの? これ」
 AIはロボットだ。だから佐藤マズルの舞と対極的な、無機質ロボットダンスを舞わせたら、スミス以上の者はこのチャペルにはいないだろう。
「フ~ム。この動き。こいつ、ひょっとして昔の深夜TV『少年チャンプル』をディープ・ラーニングしたのだろうか」
 ウーがぶつぶつうなっている。
 ところが、だ。そのダンスは無機質どころの騒ぎではなくなっていった。
 スミスのロボットダンスは、全体を通してある種の哀愁に満ちたドラマが描かれていたのだ。限りなく人間に似ていながら、人間になれない者の悲哀。
 そして最後に、全てを乗り越える勝利の舞。それが見る者の心に訴えかけてくる。チャペル内の誰もが、そのダンスに釘付けになっていた。
 演じるスミスの軽薄な笑顔からは、微塵も、悲哀など感じられないはずなのに。
「ドウモアリガトウ」
 下階で観衆が拍手している模様が、スクリーンに映し出される。

 パチパチパチパチ……シャン! シャシャシャン!

 タモリのようなスクリーン越しのジェスチャーで、拍手を締めくくったスミスもまた、満点を稼ぎ出した。二番勝負は互角で終わった。
 だが、この勝負は古城ありす側が負けたわけではなかったので、ゾンビクラスターと化した下の住人のスマフォに、ありすの魔法のレシピが注入されてゆく結果となった。
「名勝負だったと認めよう。さすがは国民栄誉賞もののマズルクンだ。いやはや、氷上のアスリートの技と心をたっぷりと魅せてもらった。しかし……一度出れば選手交代だ。それがお前たちのルールだからな?」
 マズルはこっちの最終兵器のはずだった。一度踊ったウーも、踊ることが許されない。
 となると、残るは二人。

「おい! 恋文町のファンタジスタ!」
「誰?」
「君だよ君!」
「……え、俺?」
「時夫、ヒップホップダンス舞(や)ってよ!!」
 ウーが無茶振りした。仮にやったとして、勝てると思ってるのだろうか?
「お……俺はできん」
「中学校でやんなかった? ヒップホップダンス」
「ダメダメ! 俺にはとても……。ダンスの授業は苦手だったんだ」
 カリ城に、ダンスシーンなんて出てこなかったがなぁ。
「じゃ、なのはな体操でもいいから」
「何それ?」
「あ、君千葉県民じゃなかったか。腹踊りでも何でも、ダンスしなきゃ娑婆に帰れないわよッ!」
 ウーがいきなり現実を突きつけた。
「あぁ思い出した。……盆踊りならできるけど」
 時夫は昔から夏祭で踊っていて、盆踊りをばっちりマスターしていたのだ。
「金時君らしいわね」
 ありすがフフフと笑った。
「いや……、チョット待ってくれ。言っとくけど、盆踊りは熱いゼ?」
 時夫の目に炎が宿っていた。
「熱い……」

「一周回って最先端! 時代の半歩後ろをゆくミスターの盆踊り、いっちょ行ってみようかぁ~!!」

 DJ.ラッピング・モリィに交代して、チャペルに流れ出した「炭坑節」だが、DJはなんだかとってもやりにくそうだった。
 予想通り、下の観客の点数が伸びていない。
 しかし、当の時夫は真剣に踊っていた。こっちには雪絵もいない。雪絵は下で労働争議の真っ只中。その手法はともかく、彼女なりに頑張っているんだ。俺だって……。
「あまりナメないでいただきたい!」
 誰もが、スミスに共感しそうになったとき、曲は二つ目の定番盆踊り、「東京音頭」へと移行した。負けそうなのでウーが勝手に、「東京音頭」をスピードアップした。
「お……おい、テンポが速すぎる!」
「文句言わない、振り付け覚えてんでしょ」
 結果として、斬新な盆踊りにはなったが、観客はぽかんという感じだった。結局、踊りはそのまま終盤を迎え、点数が伸びることはななかった。
「ホーッホホホ……スミスっ。ステージを貸しなさいッ! お前にばっかり踊らせちゃ、あたしの出る幕がなくなってしまうでしょ。相手に時夫さんが出てきたからには、こっちもフィアンセのあたくしが踊らせてもらわなくちゃ」
「……ドーゾ、お好きなように」
 あまりにも時夫のレベルが低かったせいで、勝利を確信したのか、スミスは呆れ顔で引き下がった。
 スポットライトに照らされた女王は、フラメンコを選んだ。
 女王の結婚式用のドレスに、フラメンコは不思議と合っていた。その手に持つカスタネットが茸なので、全く音が出ていない。
 が、前髪ぱっつんのワンレングスを振り回し、激しく情熱的にステップを踏む。なかなか様になっている。
 やがてDJ.スミスの選曲でバナナラマの「ヴィーナス」が掛けられると、サリーはジャズダンスへと移行した。ノリノリのサリーのアクションは最高潮に達している。九十年代を代表する、某消費者ローンのCMのようにアグレッシブに。
 もっとも我流過ぎて、途中で安来節みたいなシークエンスが混ざっていたような気もするが、それでも様になっていることには違いなかった。
 ダンスのスキルというより、外見的な問題だろうか? まじめともフザけているとも取れる女王の謎ダンスは、パッションだけはドバドバと伝わってきた。
 何としても勝ちたいという情熱、何としても時夫を手に入れるという情熱。それは、マズルのいう住人達のハートを動かした。
「ヤッター!! 勝ったー!! 時夫さん、あなたはわたしのモノよ」
 あまりに時夫の踊りのレベルが低かったので、女王の踊りがワンチャン普通だったとしても、勝てなかったのは当然だろう。それでも時夫のようなど素人がダンス勝負に出場して、健闘した方だといえる。
(……だから言ったじゃないか!)
 恥をかかされ、同情から誰も時夫を責めない状況に、時夫はもう一度穴に落ちて、消えてしまいたい気分だった。穴に落ちれば雪絵と再会できる訳だし。

「さーて古城ありす。君は一体どんなダンスを披露してくれるのかな? 今のところ二対〇、一分けだ。このままでは君が勝ったとしても、我々の勝利となる。だが、それでは下の観客にとっても面白くなかろう。我々としても、全く張り合いがない。だから提案しよう。次に君が勝てば、それで今回のダンスバトルの勝敗を君に譲るということを」
 ダンス対決は、志向と究極のグルメ対決と、同様の展開になった。
「見損なわないで。AIの想定外の相手、それがあたしだってことを!」
 もう後がないありすは、バレエのチャイコフスキー作曲「白鳥の湖」を選んだ。みすみす、ここでスミスに負けるわけにはいかない。
「それが何か? 本気で勝に来るつもりでいるのか? まさか付け焼刃でバレエを踊れるとでも? お前のことはディープ・ランニングでとっくに学習済だぞ。負けたらどうする?」
「どうするって? 観るのね。スミス、この後どうなるかを」
 ありすは、映画「遊星からの物体X」のラストシーンのセリフをはき捨てると、ゴスロリ服のまま、バレエを舞い始めた。
「映画のラストシーンで、万事休すで、基地を爆破したマクレディのようなことを考えてなきゃいいけど」
 と、ウーが言った。このチャペルには今、至高魔学性ゼッフル粒子が充満している。くれぐれも、バレエを踊ることができなかったからといって、無限たこ焼きを撃ちまくるような真似はしないでくれ、と時夫とウーは願いながら、ハラハラとバレエを見守った。
「これは……一体」
 余裕ぶったスミスは、完全にありすを侮っていた。いや、一同の目の前で踊るありすは、全員の予想を裏切っていた。
 ありすは、実に優雅な白鳥の舞を踊っていた。パワーアップしたのはウーやスミスだけではなく、黒水晶を吸収した古城ありすもである。いや、それにしても……。
(バレエなんて難易度の高いモノを……一体どこで習得したんだろ?)
 時夫は驚愕して、何の言葉も出なかった。何でもマスターできる漢方薬「首っ茸」の作用か? いや、幾らなんでもバレエは首っ茸の作用を超えている。
 次の展開は、さらに驚くべきものだった。
 ありすの舞に、周囲の蜂人たちが同調し始めた。蜂人は一緒にステージに立ち、ありすとユニゾン・ダンスを始めたのだ。古城ありすは、蜂の女王のようにダンスで蜂人を完璧にコントロールしていた。
「な……お前達、何で?」
 サリーは慌てている。
 と同時に、点数がどんどん入っていく。
 スミスの金ピカの顔に、焦りの色が浮かんでいた。分かりやすい。
「なんで今まで黙ってたのよありすちゃん……、バレエが踊れるなんてさ! うっとりしちゃったジャン」
 ウーが感動しながら文句を言った。
「地下での生活を思い出してたんだけど、は、恥ずかしくて」
「……何を?」
「今までみんなに言ってなかったけど、地下で暇だったときに、あたしずっとバレエをやってたみたいなのよね。こんな風に、蜂人をはべらせてね」
 点数をガンガン積み重ねたありすは微笑んだ。
「蜂人って踊れるんだ」
「ミツバチだって8の字ダンス踊るでしょ。彼らはダンスが得意なのよ」
「なるほど……」
「結構だ。お前は我々が知らない一面を見せてくれた。では最後に、私が本物のユニゾンダンスを魅せてやろう!」
 スミスはまず、一世風靡セピアのようなダンスを始めた。
 次に「ジンギスカン」を掛けながら、金ピカ一人が率いる百人のユニゾンによる「集団行動」を始めた。
 「ウ! ハ! ウ! ハ!」という怒涛の掛け声の中、五十人ずつが塊となって歩き、混ざり合ってもぶつからない。九十九人は、実体のある茸製スミスだ。
 しかし、何かがおかしいことにありす達は気づいた。途中から、ぶつかる者が続出していっている。そのうちに、不完全なユニゾンは、次第に崩れていった。ゴールド・スミスの金色の顔に焦りの色がにじみ出ている。
「おんや~~~~~?? ユニゾンじゃなくて、やり損だったみたいだね。さっきのバレエで、蜂人はあたしの配下として目覚めた……。阿頼耶識装置は、蜂人の巣でもあることを思い出しなさい。もはや、シンギュラリティは不完全な進化で終わったのよ」
 ありすの言葉が突きつけたもの……それは、蜂人たちが『巣』にしているホスト・コンピュータこと、阿頼耶識装置を妨害しているという現実だった。
 ARのゴールド・スミスの像が、ゆがみ始めていた。
「な、何ィー!」
「バレエだけじゃなく、この地上の新屋敷の中には、私の地下時代のデータがまるで存在してない。地下には、データが揃っていたんだけど。データ不足よね。お前は地上で生まれたから、『勉強』してなくても仕方ない」
 ぼやけながら、ゴールド・スミスは後ずさりした。
 スードクイーンだとありすは言ったが、それ以上だった。
 ありすのQMP(女王蜂フェロモン)が復活した! ありすは以前から「スードクイーン」のフェロモンを持っていたが、それは女王蜂として不完全だった。しかし今や完全に女王蜂として蜂人を掌握していた。
「蜂人。美しくて、はかない存在。わたしはずっと、地下で彼らを愛してきた……他の何よりも」
 ありすの地下時代に関する情報がこの城にないことを、ありすは調査済だった。ダンス対決は、古城ありすの完全勝利で締めくくられた。ありすの魔法のレシピが、下階の住人たちのゾンビスマフォの中へと流し込まれていった。
「勝った、ハッキングは僕らの勝利だ!」
 マズルが叫んだその瞬間------。

 ドズガァアアアーンン……ッッ!

 突如、ウェディング・ケーキが大爆発し、あたりは真っ白になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み