第19話 万年発情期のうさぎの生態

文字数 4,497文字

 ありすと金沢時夫、二人に連れられてフラフラと歩き出した雪絵の三人は、女王の城を出ると、巨大茸の迷宮を駆け抜けていった。
「大分、頭がはっきりしてきました……」
 雪絵は無我夢中で、裁判所で自分が唄って踊ったこともあまり覚えていなかった。どうやらずっと寝ぼけていたらしい。ありすが地下で採取した野草の薬効で、無事元に戻れたという。
「危なかった、すんでのところで、女王に食される所だったね!」
「時夫さん……私の為に、地下まで追いかけてきてくださったんですか?」
「当然だよ」
 時夫は微笑んだ。
「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑な訳ないじゃないか」
 なぜ雪絵はミュージカルの意味論を制したのか。ありすによると「不思議の国のアリス」はミュージカル映画もあり、親和性が高いのだという。その下地に、偶然雪絵が唄い出したことで意味論が発動した。女王も油断して予想できなかった。
「ひょっとすると科術師の才能あるかもね!」
 ダンスの時と違って、雪絵はよろよろとしか歩けない。だから、そんなに早くは逃げることができない。しんがりを勤めてくれる城内のアンティーク人達も、さほど時間稼ぎにはならない。
「あっ!」
 先頭を走るありすが、巨大キノコの森の中で何かを見つけた。

 茸の傘で、日光浴のような格好で何者かが寝そべっていた。まるで「不思議の国のアリス」に登場する芋虫のように。
「ねぇ、バニーの格好した女知らない?」
「うさぎ? あっち行ったよ」
「ちょっ……とぼけんじゃないよ、ウー!」
「し、知らない。石川うさぎなんて知らない!」
 ウーは両手を顔の前に広げ、指モザイクした。
「ウー、イコール『石川うさぎ』だと誰が言った? いや、言ってないわよ」
 ウーは立ち上がり、茸の上をピョンピョンピョンとジャンプして跳び去った。
「待てーッ」
「うさぎ跳びは身体に悪いぞ!」
 時夫は地上を、雪絵の手を引いて走っている。
「逃げるなー! ウサメンとの喧嘩の理由をばらすわよ!」
「ウサメンって誰?」
 時夫が、後ろの追跡者を気にしながらありすに訊いた。
「うさぎの着ぐるみを着たウーの彼氏だよ。ウーはもう九か月前から探してる」
 私生活でいつもローラー・バニーのコスプレをしているありすの同級生、薔薇喫茶でその格好でバイトをしている石川うさぎ。
 その彼氏は背が高く、こいつもタキシードで頭にうさぎの面をかぶって、素顔を決して見せない変わり者、通称ウサメン。
 二人は九ヵ月前に喧嘩別れしたらしいが、この男もまた、地下から来ているらしかった。つまりうさぎ自身よりも、うさぎの彼氏ことうさぎ男こそ、まごうかたなき地下の手先、女王への真の案内人だったらしい。
「……で、喧嘩の原因は?」
 時夫はありすに訊いた。
「どっちがより、相手のことが好きかっていう言い争い」

 わたし、あなたのことが大々々スキー!
 いや、僕の方が大々々々々スキー!
 いやいやあたしの方が大々々々々々々々……
 いやいやいや、僕のほうが大々々々々々々々々々々々……
 いやいやいやいや、あたしの方が大々々々々々々々々々々々……
 いやいやいやいやいや、僕のほうが大々々々々々々々々々々々々々々々……

(バカップル、ウッゼー……!! リア充爆発しろ)
「ヤメロー!!」
 ウーは血相を変えて振り返った。
「この裏切り者!」
 ありすは捕まえた。
「オツカレサマデュ-------------」
 ウーはあいまいな笑顔を浮かべた。
「デューじゃねェんだヨ、ウの字!」
「あ、ありすちゃん……ちょっと待って」
 ピンク髪の石川ウーは、いつもと変わらない笑顔を作った。
「これには深い訳が」
「黙りなさい、あんたねー」
 ありすは金色の怒髪でウーに迫った。
「何してた? 地下に雪絵さんをさらって!」
「だ、だって薔薇喫茶に来た蜂共がさ、ウサメンを見たっていったからさ、それで」
 話をまとめると、ウーも蜂人とのテレパシーを使えるってこと?
「全く盛りのついたうさぎはッ! 髪だけでなく脳までピンク色なんだから。うさぎは万年発情期で繁殖能力が強い。だからプレイボーイのマークはうさぎなんでしょ」
 ははぁ、それでウーはバニーガールなのか。ニヤニヤせざるを得ない。
「私にとっては死活問題だよ!」
「ウサメンもうさぎのプレイボーイだから、きっと今頃他の女とイチャコラしてるわよ」
「そんな、そんなはずないもん! 私のこと好きだって言ったもん!」
「プラネタリウムでフラレタリウム」
「黙れ!!」
 色々あったらしい。
「傷口に塩を塗るなよありす」
 時夫が制した。因幡の白兎じゃあるまいし。
「前にも地下が垂れ流した偽情報だって言ったはずでしょ! で、結局出会えたの?」
「いいや。やっぱそっかなーて思ってたトコ」
 うさぎにも、うさぎ男がどこから地上へ出入りしているのかよくわかってないようだ。どうやらテレパシーが使えるのではなく、何らかの方法で騙されただけだったらしい。
「うさぎさん、……いい加減勉強しなさいよ」
 発情すると、うさぎは同じ間違いを犯すらしい。
 そうこうしている内に、背後が騒々しくなってきた。
「でも裁判所に助けに来てくれたのね、あたし達を」
「いや、地下の住民たちが城に集まってきたから、何か情報を得られるんじゃないかと思って」
「……エゴイスト!」
「悪い? だから回転寿司レーンの速度を上げたり、こっそりありすちゃんたちに協力したじゃんよ」
 裁判中、変な合いの手を入れてたのは、やっぱりウーだったか。
「来たわ!」
 女王の命令を受けた蜂人たちが、山ほど四人に追いついてきた。
「もういいから、脱出の近道教えて! ここもずいぶん変わったわね」
「地下の帝国主義は俄然、地上へと向かっている。でも茸に座って、こっからどうやって出ようか考えてたの」
「へ? あんたも知らないの!?」
 その時、女王の放送が地下都市中に、壁面にエコーを繰り返しながら鳴り響いた。
「待ちなさい、古城ありす! あたしのロイヤルゼリーを返して! あんたも発情期のうさぎも、二度とここから出さないから。あっ、時夫さん。あなたは違いますわよ。私の王子様! 私の城にてお待ちしております。ツイスターゲームしながら一緒に、私と洋館で羊羹食べましょう。羊羹は……よう噛んで……」
 ツイスターしながら羊羹食ったら、確実に喉に詰まるだろう。それはともかく、ロイヤルゼリーに使うシュガーは特別製なのだ。女王とて、そう簡単には入手できない。
 たった今、城を逃げ出してしまったスイーツドールは、唯一の、完成した女王のロイヤルゼリーだったのだ。それこそが和四盆を超えた和四盆ロース。何としても女王は雪絵を取り返そうと画策するだろう。
「あれがサリーの正体よ。あいつは君を、オス蜂の代わりにしようとしている。そうすりゃ、彼女の自家発電が楽になるから。分かった? あたしだって、金時君を女王の新しい好物にさせたくない」
「俺だってゴメンだよ!」
「ウー、何か脱出のヒントはないの?」
「危ないルートならある。あんまり行きたくないけどね」
「それは?」
「電気茸の森を行く道なんだけど。そこから先はもっとヤバい。けど、もし抜けたら出口のエレベータがあるはずよ」

 四人の目の前に、青い稲妻を発する茸地帯が見えてきた。
「ほんとにこんなトコ通って、大丈夫なのかッ?」
 時夫には信じられなかった。
「行きゃ分かる。ウー、そうでしょ?」
「えぇ。ここの茸は、発光茸よりはるかに電気量が多い。それで、地下施設の電力を担う発電所になってんの」
 ウーは、大きな葉をちぎって、頭の上に傘のように差した。
「みんなこれを頭にかぶって。この葉っぱには、耐電性があるから!」
 四人は北斎漫画のカエルのように葉を差すと、稲妻の嵐の中を疾走した。雪絵が走れるほどに回復したおかげでもある。
「もう、追ってこないかな?」
 全員、髪の毛が逆立ちながら走る。
「この電気の中じゃね、イケんじゃねー?」
 ほっとしたのもつかの間、四人は立ち止まった。電気茸の森の端まで来て、前方から、物凄い羽音が鳴り響いていた。
「しまった、待ち伏せか!」
 蜂人を侮っていた。前方に、何百匹という兵士蜂の群が陣を張っていた。
「電気茸の森に戻る?」
「まさか」
 戻ったところで、いつまでも電気の中には居られない。すっかり取り囲まれた四人の中で、古城ありすが一人、あさって方向を見上げていた。
「ちょっと待って……あそこ何か居る!」
 蜂人の背後の森が、ガサガサと揺れていた。
 森から、鞭のような巨大なツタが、勢いよく蜂人たちに襲い掛かった。
 もがく蜂人たちは、次々と森の中へと引きずり込まれて消えた。他の蜂人たちはパニックを起こしながら、一斉に空へと飛び始めた。
「分かったぞ。これ、巨大食虫植物の森だ!」
 時夫は、初めてありすの顔がゾッと青ざめているのを見た。
「そうなのよ。確かこの先に、出口があるのよ」
 ウーがとんでもない事を打ち明けた。
「えぇーっ、こんなところ通るのかよ!」
 食虫植物は、一つが蠢くと、他も触発されるらしかった。
 無数の巨大ハエトリグサが口を開け、巨大ウツボカズラがひしめき、吸血植物のようなツタ類がうじゃうじゃと蠢き始めた。
「うぐ……まさに『地球の長い午後』の世界ね」
「-------これの事じゃないのか?」
「何が?」
「森の蟲松がいってた、『蟲食いねェ』って。蟲を食う森の向こうに脱出口がある」
 まさに「蟲食いねぇ」か!
「蜂人の天敵ね」
 なぜ、こんな地下に蜂人にとって危険なエリアが広がっているのか分からない。だが、地下では霊長類であり、生物界の頂点に位置しているはずの蜂人たちが唯一恐れる場所であるには違いない。
「トリフィドが居てもおかしくないわね……」
 ありすは有名なSFの食人植物の名を口にした直後、勢いよく首を横に振った。
「あっそっか、心配要らない。食虫植物相手なら思いっきり戦えるわワ! ……蛾蝶が蛾ァ蛾ァ、蝶々発止ッ!」
 ありすは無数の光る蝶を撃ち放った。
 巨大食虫植物たちは、無数の蝶や蛾を攻撃し始めた。
 他のメンバーは、蜂人が落としていった槍を手に持つと、襲い掛かる枝を撃ち返しながら前進した。巨大食虫植物は、それぞれが天然のピタゴラ装置のような仕掛けを持っていた。
「い”や-------!!」
 ウーでなくても嫌だ。
 前後左右に罠と罠と罠が待ち受ける地下最高のアウェーの中で、先頭のありすが一番奮闘している。さっきと動きが全然違う。やっぱりありすは、蜂人たちに遠慮していたとしか時夫には思えない。
「エレベータがある。乗り込むよッ!」
 四人を乗せたエレベータが動き出したとき、女王の悔し紛れの放送が地下中に鳴り響いた。

「ありすっっ、たとえ地上へ出れたところで、あんたはあたしの人形少女になるしかないのよ! 恋文町でもがけばもがくほど、操り人形(マリオネット)になって、私の好きなように操られて動くだけなの!! 今日から震えて眠るがいい! 時夫さん、私の心を盗んだことこそが何よりの大罪-----今後、必ず償ってもらいますわよ。-------ほほほほほ、ほーほほほほほ……」
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