第39話 甘いものに群がるヤツら

文字数 6,138文字

 八階に上がると、まず最初に中央にそびえる山から流れ落ちる、巨大な滝が目に飛び込んできた。その火山のような岩山には、トロピカルな南国の植物まで生えていた。その頂上から滝が流れ落ち、下はプールになっている。
 ここだけ、屋内のリゾート地のようだ。だが今は、先ほどの爆発でスプリンクラーから水が吹き出て、雨で降っているような状態だった。
 ドーム型の天井はまさに天球だった。
 空があり、半分は昼、半分は夜である。天井の「夜」の部分には星があり、満月があった。時夫は煌々と輝いている天井の「満月」を見上げて、サリー女王が出てきた満月を思い出した。
 タイムドーム・レストランの中はがらんとしており、おそらくはさっきのゾンビか、マネキン要員として客達が借り出されてしまった結果、無人になったのだろう。
「まさにここ恋武のゲートルームね。それにここ、箱庭の実験場じゃないかしら。プンプン匂う」
 ウーも煌々と黄色く輝く天井の満月が気になったようだった。やがて水は止まった。
「あぁ。そうらしいな。しかし、相手は魔学者じゃなく、科術使いだ。鬼(おに)が出るか蛇(じゃ)が出るか」
 天井からしずくが滴るレストランの中を、カツンカツンとハイヒールの音がする。
 四階のウィンターコレクション・ポスターの女が、実体化して登場する予感がヒリヒリする。だがその正体は、二人の予想をはるかに超えていた。
 彼女は、滝の山の裏側からまわって出てゆっくり歩いてきた。
「ありすちゃん!?」
 腕を組んだ少女は、ゴスロリの黒ドレスを着て、化粧ばっちりの古城ありすであった。しかも髪が黒い。真っ黒い。真っ黒黒介。金髪だった髪が暗黒舞踏会のように黒くなっている。
「ようこそ。恋文町大基地part3。私の実験地、恋武へ」
「何してんのよあんたこんなトコで」
 石川ウーはわなわなと震えていた。
「ウー。まさか菓子井基次郎の『檸檬』を意味論に使うなんて、ずいぶん考えたじゃない。いやはや、あんたにそんな機転が利くとはね。お陰で昨日の科術による熱帯魚の実験で掴まえた人質達がみんな逃げ出しちゃったわね。ま、また掴まえてやるからいいけど。次の実験を準備しないとね」
 ありすは唄うように言った。
「そんな……。君、一体どうしたんだ。町を離れたはずじゃなかったのか。昨日の夜、ロケットが飛んでっただろ。俺たちはっきり見たぞ」
 むろん、時夫も信じられなかった。
「アハハハハハ! 金時君。来るなって言ったはずよね? 私。しょうがない奴らだこと。まぁいいわ。It’s ショータイムよ。探してる白井雪絵ならこっちよ」
 そういうとありすはクイクイと手招きし、「滝」の裏側へと二人を誘った。
 あたかもレストラン専用の女神像のような白井雪絵が立っていた。いや、存在したといった方がいいだろうか。彫像化した彼女はぴくりとも動かない。
「もう彼女は戻らない。あの天井の月光集約装置で、満月の光を効率よく彼女に注ぎ込んでいけば、スィーツドールのロイヤルゼリーが間もなく完成する。今まで、雪絵に魂を注いでくれてメルシー僕(ボク)、金時クン? あなたの愛をネ。私が、あなたとずっと一緒に居たのは、それが目的だったって訳」
 プールの裏側には、巨大な恋文町のジオラマが沈んでいた。
 そこには色とりどりの熱帯魚たちが泳いでいた。昨夜の実験とは、これを使ったものだったらしい。
 サリー女王は、ここでネットを網のように張り巡らし、町の外に出られないようにした。その魔学を破るべく二人はここまで来たのだ。しかし石川ウーにとって許せないのは、これが全て魔学ではなく科術でなされた実験という事実だった。
 ウーにとって「科術」とは、人を傷つけるものではなく、正義のためにあるはずだった。
「嘘でしょ。まさかそんな……これまでの、あんたの戦いは、すべて嘘だったっていうの?」
 ウーはそう叫んだが、時夫も全く同じ気分だった。
 ウーの方がスパイではないかと疑った自分が恥ずかしかった。後でウーに謝らなきゃ。
 いや、今だって目の前で起こってることが信じられない。
 自分は古城ありすに、利用されていただけなのだろうか。
 あの城-----。地下の世界で真灯蛾サリーが住んでいた城へ行ったとき、ありすは時夫の隣で、懐かし気な顔をした。
 ……そうか。ありすとサリーはライバルだったんだ。
 昔、古城ありすは地下に住んでいた。今はサリーが住んでいるあの城に。蜂人たちも、かつてはありすが使役していた。
 だから、平気な顔であんな怪物を見ることができたんだ。自分達は彼女らの戦いに利用されたに過ぎないのだ。全て、何もかも。悔しいがどうにも出来なかった。
「ありすちゃん……一つ教えてあげる。あんた昨日、ここでは科術は使えないって言ったわよね。でもさっき使えたわよ。そう私は使えるの。騙そうとしたって無駄なんだからね!」
 ウーの胸元が激しくピンク色に輝く。
「どーやらこの勝負、避けられないようね。ウー」
 ありすが睨んだ先には、石川ウーの顔があった。
「その通りだよ古城ありす!」
 だから! 何でありすとウーが勝負するはめになったんだよ。
「明石焼きの中に明かし焼き! 明石焼きの……」
 うさぎビームと、対するありすの無限明石焼きの、激しい撃ち合いが始まった。ありすはなぜか「たこやき」とは言わず、「明石焼き」と叫んでいた。
 どっちにせよ、時夫は流れ弾に当たらないように、テーブルの下へと身を隠す他なかった。無数の光弾はレストランを破壊し始め、プールの中にも飛び込んでいった。
 悔しい。惨めだ。
 だが今の時夫には何も出来ることはない。ただの人間に過ぎない金沢時夫には------。涙まで滲んでくる。
 超人としかいえないありすとサリーに、騙されっぱなしの愚かな、フツーの人間。こんな平凡でありふれた町に潜む、ちょっとした不思議に、首を突っ込むなんて、愚かな真似をしなきゃよかった。
 そうだ、最初に古城ありすが漢方占いで忠告していたじゃないか。
 あそこで引き返して家の前のT字路を、もう二度と右側に曲がらないと決心さえすりゃ、『白彩』だって、恐ろしい顔を見せないただの和菓子屋でしかなかったろうし、そもそも白彩に対する興味も失せたろう。
 そうして時夫は高校と家を行き来し、年末には無事実家の東京へと帰れたような、平凡な日常に戻れたに違いない。だのに……それなのに。
「あぁー……ッッ!」
 石川ウーが吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。ウーは気絶している。
 二人の直接対決は、無限明石焼きの勝利かッ。俺には……俺には何の力もない。何も! ウー、ごめん。
「金時君。さぁ、あなたの最後の愛のエネルギーを使って、雪絵に愛を込めなさい。あなたの愛を、完成させなさぁい!」
 完璧な美貌の持ち主・古城ありすが、机の下の時夫をギロッと見下ろしていた。
「……俺は」
 時夫はゆっくりと立ち上がる。ポケットから檸檬を取り出した。
「ウーには言わなかったけど、俺も持っているんだぜ。意味論は、どこでも誰でも等しく発動する。こんな俺でもな。『科術』が使えなくても、『果実』は使えるんだぜ」
「なんですって。それがあんたの意味論だっていうの」
  ……やるじゃないの金時君。そういわんばかりにありすの顔が引きつっていた。

 ドシン・ドドド・ドシン!

 爆発音が鳴り響いた。
 時夫は手に持ってかざした檸檬を二度見したが、爆発してはいない。この建物で、何かが起こっている。辺りをキョロキョロと見回している古城ありすの仕業でもなさそうだった。
 展望レストランの窓から見て、二人は驚いた。入り口に向かって特攻するシャーマン戦車が大砲をぶっ放していた。
「な……何だ? や、ヤメロー!」
 たちまち、一階フロアは破壊された。
 戦車の後ろには、洪水のように建物から出てきた人質たちが走り去っていく。どうやら戦車は、そのタイミングを待って攻撃を開始したらしい。
「あいつは------」
 今度は見下ろすありすが、わなわなと震えている番だった。
 何と地上にも、戦車から上半身を出した古城ありすが見上げている。こっちは金髪だ。展望レストランにもありす、そして下の戦車にもありす。一体どういう現象なんだ、これは……? もう一つ、時夫が気づいたことがあった。このタイムドームレストラン、ゆっくりと景色が動いていた。回転レストランだったらしい。

「よぅし。いっちょ試してみるか!」
 戦車に乗った方のありすは拡声器を右手に、右手で何かを摘んだようなポーズを取り、よたよた歩きながら降りていった。
「あ、あいつ足取りが危なげだな。大丈夫なのか?」
 見下ろす時夫は不安になった。
 良く見るとありすはよろけながら右手をブランブランさせている。突如、くわっと顔つきが変わったかと思うと、
「おぉ~い、帰ったぞォ~~! 亭主様のお帰りだぞ~~~!」
 と叫びながら、右手に持った何かを建物に投げつけた。
 長方形の光がありすの摘んだ手先から飛び出した。フタが開いて、中から小型の光の玉……おそらく寿司型の光弾が続々と飛び出していった。それらが、大爆発の連鎖を繰り返した。
「よっぱらいのお土産、科術の新呪文か?」
 時夫は気付いた。
 送水口に飛び込んだ個々の寿司光弾は、パイプを伝って各階のスプリンクラーへ、そしてタイムドーム・レストランの天井から飛び出して、箱庭を攻撃していく。
「ヨシ思ったとおりか、ここの科術防御の結界は解除されている。ウーと金時君のお陰ね!」
 古城ありすは展望レストランを見上げて叫び、にやりと笑うと、再び戦車に乗り込んで、そのまま一階へ突入していった。
 戦車は搬送用エレベータに乗り込むと、エレベータはその重量で故障することもなく、最上階の八階展望レストランに向かって上昇して行った。
 ドアから出てきたシャーマン戦車は、テーブルを破壊しながら滝をグルリと回り込み、もう一人のありすと時夫のいる恋文町の箱庭プールの直前で停まった。
「今度こそ逃がさないわよ、……黒水晶!」
 戦車のありすは、もう一人のありすに大砲を向けて叫んだ。
「……どういうことだよ。説明をしてくれ説明を。何で君が二人居るんだ?」
 時夫はとりあえずそれを叫ぶので精一杯だった。懐かしいその台詞を。
「私の力を奪っていた、私の力の根源よ。こいつの名は『黒水晶』。恋文町の不思議現象で暗躍していた最強の鉱石人。もともと、私が持っていたモリオンっていう水晶なのよ」
「鉱石人?」
「『不思議の国のアリス』で、白うさぎがアリスと間違えたメアリーアンよ」
「メアリーアン?」
 白彩に「めありん餡」という菓子が売っていたことを、時夫は思い出した。
「九ヶ月前、私は恋文町の大基地1である、白彩工場に戦車で突っ込んでいった。その時の第一次ホットな戦争で、大切な黒水晶を女王に奪われてしまった。以来、こいつは白彩の地下室に保管されていたの。そのために、私はずっと白彩に近づけなかった。科術で張った結界だから、科術で破れなかったんだよね。それで科術を封じられた。白彩は黒水晶を勝手に育てて、さらに自由意志を持たせた」
「菓子も作ってたんだな」
「えぇそう」
「それで『めありん餡』が陳列ケースに置いてあったのか」
「その力が白彩をあらしめ、お菓子なパン屋さんを操り、そしてとうとう、ぷらんで~と・恋武を作り出したっていう訳! 分かった? 金時君」
「あ、ありがとう」
 今度は分かりやすいぞ、古城ありす。要するにコイツはありす所有の水晶人間という訳だな。そして、ホッとしたぜありす! 大体、古城ありすが「ショータイムよ」なんでいう訳がない。
「パーティは終わりよ!」
 ……いや、似たようなものか。
 形勢不利と見たのか、「黒水晶」は白井雪絵にグッと力を込めると、歩けるように彫刻状態から融解させ、雪絵の手を取って走り出した。雪絵は夢遊病のような状態でふらふらとついていった。
「雪絵!」
「下へ参りマス?」
 ちょうど来たエレベータに、黒水晶と雪絵は乗り込んだ。このマネキン、エレベータの中にいたせいか、まだ人質として目覚めていない。
「逃げられる! 金時君追うわよ」
 ありすは戦車を乗り捨て、ウーを起こすと、もと来た業務用エレベータに三人で乗り込んだ。混乱して訳分からなくなっているウーに、時夫は必死で「後で説明するから」という他なかった。
「ありすっ、許さない。まじで許さないッ!」
「わ、分かった分かった。これには深い事情があるんだよ。ちゃんと説明するから」
 なぜか時夫がなだめる役だった。ありすは何故か黙っている。ますます誤解されるではないか。
「どんな事情よ。あんたも騙されてるんじゃないの、バカバカ、時夫の馬鹿~!!」
「イテテテテ……」
 時夫は、今度はウーから殴られ蹴られの暴行を我慢しなければならなかった。
 エレベータが破壊された一階に到着し、ありすを先頭にウー、時夫と続くと、前方に黒水晶と雪絵が走り去るのが見える。
「あっ、えっ? ……あっちにもありす? こっちにもありす? どゆうこと」
 混乱するウーにありすは微笑んでいた。
「簡単にいうとあれは偽者よ」
「バビった」
「何としても早く掴まえて。うさぎ穴から地下に逃げられてしまう」
「りょ~かい!」
 ウーはうれしそうに微笑んだ。

「さおやぁ~~~~ん。さおだけぇえええ~~~ん」

 前方を行く黒水晶と雪絵は、通りかかった白い軽トラックに乗り込んだ。後ろの荷台に物干竿が積んである。さおだけ屋だが、テープの声が女性で、かつ間延びしているせいで、「セクシーさおだけ屋」になってしまっていた。
「逃走車を用意してたか。ナポレオン店主のバゲットが物干竿だったことからして、きっとやつ等の手先ね」
 さおだけ屋はゆっくりと発進した。
「しまった。戦車上に置いてきちゃった」
「車は……ないのか他に?」
「あそうだ。ロケットバーガーでケチャップだらけになってお店に戻ったときに、着替えて、もう一台の車に乗ったんだ。今、『千代子とレート』にある」
「それって、壊れてんじゃなかったっけ」
 セクシーさおだけ屋の放送は、みるみる遠ざかっていく。
「ちょっと新機軸の科術を使って動かしたのよ。敵はきっと『白彩』に立ち寄るわね。あそこは恋文町で、唯一残った大基地だから」
「でも、白彩には結界が張ってあるんだろ。確かありす避けの」
「人を害虫みたいに言わないでくれる。だからそうはさせないってのよ! 千代子とレートならこっから近い。……間に合うかも」
 三人が走って商店街の「千代子とレート」前に行くと、クリスマスだけあってドイツパン屋は人ごみでにぎわっていた。
 レート氏達は、とてもありす達の手助けをしてくれる雰囲気ではない。しかし、ありすの車はそこに停車しっぱなしだった。三人はそれに乗り込んだ。
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