第81話 愛を語るーニャ

文字数 3,831文字

 ねぇ、知ってる? 黒水晶って古城ありすの持つブラックオニキスなんだよ。
 ねえ、知ってる? キラーミン・ガンディーノって綺羅宮神太郎の持つファイヤークリスタルなんだよ。
 ねえ、知ってる? 真灯蛾サリーって去田円香の持つオパールなんだよ。
 ねえ、知ってる? 白井雪絵って伊都川みさえの持つムーンストーンなんだよ。

「返して! 私のファイヤークリスタル返しなさい! ……あ、あれ? どこ行った」
 オレンジ色に輝くオーロラに覆われた、外の異変に気を取られた真灯蛾サリーは、「綺羅宮神太郎」と名乗った僧侶にファイヤークリスタルを奪われてしまった。綺羅宮は、幻想寺で罠を張っていたらしい。そして今は姿が見えなくなっている。
 幻想寺はまた、寺フォーミングが復活するかもしれなかった。
 長居は危険だと感じたサリーは、寺を離れることにした。だが、外に出たサリーを、今度は追ってきたありす達が待ち受けていた。匂いで嗅ぎ付けたらしい。
「こんなトコまで来て何してんのよ、あんた?」
「何って……べ、別に」
 ファイヤークリスタルを綺羅宮に奪われたことを、サリーはありすに気づかれるわけにはいかなかった。そして幻想寺で手に入れた「戀文<ラブ・クラフト>」を、奪われるわけには-------。
 古城ありす。いつでも黒ゴスロリを身につける蛾(ガ)ーリー・ドール。
 この女も、自分と全く同じだ。地下で永いこと女王として居住し、もはや、ニンゲンであって人間ではない。
 永く、科術師と魔学者として敵対してきたが、不思議な感じがする。サリーの胸に、複雑な感情が沸いてくる。
「アイツ、何か様子が変よ?」
 石川ウーが、無言のままありすをじっと見つめるサリーの異変に気づいたらしい。
「それ……」
 ありすは目ざとかった。
「何よ? あ、あんたと関係ないでしょ」
 記憶を取り戻したサリーにとって、文集などもう必要のないものだったが、自分のアイデンティティに関する重要な遺産を、誰にも取られたくなかった。
 ましてありすに、自分の秘密を知られる訳にはいかない。
「私との決着が、まだ着いていないわよ。何処へ行こうと追いかけるんだから」
 幸いありすは文集に、それっきり興味を失ったようだった。
「望むところよ、古城ありす!」
 やれやれ。サリーはホッとすると同時に、肌寒さを感じた。

 ズォオオオオ……。

「なぁ……この綿菓子の雪、なんだか本当に冷たくなってないか?」
 時夫がたまらずに呟いた。ウーも両肩をさすっている。これは、本当にただの砂糖なのだろうか。なぜか、マズルだけは平気な顔をしていた。
「まさか……雪絵の仕業か?」
 雪絵は消える前に、雪の女王として覚醒していた。
「彼女は死んだんだよ。もう戻ってこない。雪絵はあなたの思い残しが生んだの……」
 ありすは目の前のサリーを責めずに、感傷的な言い方をした。
 ふと枝を見上げて、季節外れのみかんの実をじっと見る。ありすはその一つをもぎ取った。冷たい感触を握りしめる。
 なぜ、雪絵はみさえにそっくりだったのか。やっぱりここが現世じゃないからか。
 恋文町は、みさえ、サリーといろいろな思いのこしがある町だ。そしてありす自身も。全ての思いの、成仏のために------。
「金時君、ヤツが何を仕掛けようとも、私の傍を離れちゃダメよ」
「あぁ……」
 サリーは今度は時夫を見ていた。
 サリーの時夫への感情は、彼の祖父・金沢達夫への恋慕が元だった。それも円香自身の。それでもやっぱり、サリーは時夫が好きだった。
 時夫は辺りの異変が気になった。
「空もオーロラが出ているし、今度は何が起こってるんだよ?」
 時夫は不安を感じていた。
「恋文町の時空が変化しようとしています。ダークネス・ウィンドウズ・天のアップグレード開始です!」
 システム屋のマズルは冷静に言った。目の前の幻想寺の伽藍の屋根が、キラキラと輝いている。
 サリーの牙がギリギリ、いや寒さでガタガタ鳴り出した。サリーの予想をも超えて、棉飴の雪が本物の雪と同じく冷気をもたらした。ムーンストーンの副作用であろうか。
 吹雪が凄すぎて、常春の地下で長年過ごしてきたニートこと真灯蛾サリーにとっては寒すぎた。赤い着物でも寒い。
 突如、サリーの持ったムーンストーンが青白い光を放ち、稲妻が放射された。
 時夫との間に、激しいアーク放電が放たれている。
 サリーはびっくりして、ムーンストーンを雪の中へとストンと落とした。これは、間違いない。ロイヤル・ハーグワンだ。

 ドクン……ドクン……

 雪のように真っ白い肌。艶のあるシルクのような髪。
 だが、和菓子だ!

 ありすやウーよりもおしとやかで、女の子らしい。
 だが、和菓子だ!

 とても清楚で穏やかな性格。
 だが、和菓子だ!

 笑うとまるで月下美人の花が咲いたようだな。
 だが、和菓子だ!

 険しい高嶺に咲く花があるとすれば、それは雪絵だろう。
 だが、和菓子だ!

 それにしても寒いな。
 だが、和菓子だ!

 違う、私は和菓子なんかじゃない。
 私はもう、人間よ!

 発光と共に、雪の中からズボッと白井雪絵が立ち上がった。
 隣に立っているサリーには、はっきり感じられる。雪絵は、最強レベルに力がみなぎっていた。
「なぜ?」
 サリーは真っ青な顔で白井雪絵を見つめた。
「アモーレ。愛の力よ」
 雪絵はサリーの眼を見て、きっぱりと言った。
「宇宙を構成している質量のうち、解明されているのはたったの4%よ。残りの96%のうち、23%がダークマター、73%がダークエネルギー」
「で?」
「ダークエネルギーの正体は愛よ。愛は全てのルールを打ち破る。愛は無敵なんだからー!」
 ムーンストーンの中に閉じ込められていた雪絵は、そこで何を見ていたのだろうか? 雪絵は、つまりサリー女王のものとなったはずのムーンストーンは、当初から、逆転の時限爆弾となる科術を仕掛けていたのだ。
 それが今、時夫に反応し、目覚まし時計のようにハーグワンが鳴り響いた。同時に、雪絵は元の姿を取り戻した。これが白井雪絵の罠。かくしてサリー女王と、古城ありすの恋は破れた。
「雪絵!」
 時夫が声を掛けるやいなや、今度は雪絵の両手が青白く光り出す。
「寿命は? ……賞味期限は?」
 白井雪絵、『乙女の恥じらい』の賞味期限は二週間に設定されていた。
「女王のロイヤルゼリーとしての『賞味期限』は二週間です。でも、わたしの『消費期限』はうん十年です。それが真の寿命です」
 賞味期限と消費期限の違いか。それも人間化で不要になりつつあった!
「時夫さん、皆さん。……下がっていてください。この非常識な、この町のお菓子化は、私が止めます!」
 どこからともなくBGMが流れ出す。
「アイ・ハブ・ア・常識」
 右手に光る弾を持つ。
「アイ・ハブ・ア・マシンガン」
 そして左手に機関銃を持つ。
「ア~~~~~ン」
 光る弾と機関銃をガチャンと合わせる。
「……常識マシンガン!」
 雪絵の手には真新しいマシンガンが握られていた。雪絵の最終兵器は、常識+マシンガンの、「常識マシンガン」だ。
 
 ガチャ、ズドドドド!!!

 太陽は東から昇って西へ沈む! そんなの常識!
 1+1=2 そんなの常識!
 エジソンって、実は嫉妬深い! そんなの常識!
 人を殴ったら手と心が痛い。そんなの常識!
 自転車は自分で漕ぐ乗り物、そんなの常識!
 傑作じゃないものは駄作と呼ぶ。そんなの常識!
 牛は半生でもいいけど、鳥と豚は中まで焼かないといけない。そんなの常識!
 お酒飲んだら酔っ払っちゃう。そんなの常識!
 眠いときは何をしても無駄、だから寝る! そんなの常識!
 夜になったら寝る。そんなの常識!
 明けない夜はない! そんなの常識!
 じゃがいもの新芽で死ななくても、人はいつか死ぬ。そんなの常識!
 それでも地球は廻ってる! そんなの常識!

 常識マシンガンから、さまざまな「常識」が飛び出していく。
 するとどうだろう。この町の、非常識という非常識が常識的に変化していった。
 常識弾で、おかしな恋文町がどんどんまともに戻っていく。みるみるうちに新屋敷の煙突は沈黙し、地上に降った棉飴はただの雪へと戻っていった。
 アチャー、甦らせちゃった。
「これが……ムーンストーンの力なのッ!? だから白井雪絵は、最初から科術を使えていたのね。……常識的に考えて。チート級の科術師として」
 ありすも呆然として眺めざるをえない、雪絵の力……。そして愛の力。
 ショゴスを抽出したショゴロース(和四盆)を触媒として、時夫の愛を受けて成長したムーンストーン「白井雪絵」は、その超精製された最高純度のショゴロースによって、すべての問題を解決し、町を浄化し、癒すロイヤルゼリーとなった。
「くやしいくやしいぐや”じい”~!! あたしにはまだ、新屋敷(あらやしき)に捕らえたこの町の人質たちがいるんだからねェーッ!」
 またしても白井雪絵(ムーンストーン)を奪われた真灯蛾サリーは、泣きわめき散らしながら、「戀文<ラブ・クラフト>」を握り締めた。
 長い黒髪を靡かせながら、ありすらに睨まれて新屋敷に逃げ戻ることができずに居た。
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