第22話 スイーツドールは菓子細工羊の夢を見るか? 白井雪絵の失踪

文字数 2,807文字

「調子はどぉ?」
 ありすの布団で寝ていた白井雪絵が眼を覚ました。地下での幽閉で酷く体力の落ちていた雪絵に、ありすが眠る前に飲ませた漢方薬が効いたようだ。それは人間用なのか砂糖人間用なのか、時夫には分からない。
「……大丈夫です」
 雪絵は時夫の顔を見て微笑んだ。
「私、時夫さんのお知り合いの伊都川みさえさんって人に似てらっしゃるって、本当なんでしょうか?」
 いつもながら丁寧な話し方だ。
「誰かに聞いたの」
「ええ……地下に誘拐されたとき、うさぎさんからお話を聞きました。伊都川みさえさんは地震で亡くなられたとか。それで、時夫さんはこの恋文町に越して来られたんですよね」
「……」
「ひょっとして、聞いてもよろしいですか。時夫さんがわたしを助けてくれたのって、みさえさんに……似てたからなんですか」
「ああ……うん」
 すると雪絵は顔をそらした。なんとなくうれしそうだ。
「いや、それが言いにくいんだけどさ。どうも俺の勘違いだったらしくて、最近、彼女からメールが届いた」
「え?」
「……生きてたんだ。みさえは。俺が元居た地元の町の高校に進学して、今でもテニスをやってるらしい」
 雪絵は眼を丸くして驚いている。
「そ、そうなんですか。……あの、その方のお写真とかありますか。さしつかえなければ、見せていただけませんか」
 時夫はスマフォを取り出し、みさえから送られてきた写メールを見せた。
 雪絵は口を白い両手で覆って、黙って見つめていたが、そっと身体を横たえ、掛け布団をかけた。 
「私とよく似ています。でもずいぶん元気そうな方ですね。そこはずいぶん……私とは違いますが」
 それきり沈黙した。布団の中で、無言のまま泣いているのではないかと時夫は気になった。
 雪絵は自分が死んだみさえの代わりになって、時夫を愛そうと勤めた矢先、時夫が余計なことを言ってしまったようだった。最初はみさえ似というだけで雪絵を気にかけた時夫だったが、いつの間にか本当のみさえよりも好きになっていた。そして雪絵は本当に時夫を愛してくれていた。
 白彩の工場で誕生し、生まれて始めて愛した人が時夫だった。卵から孵ったひよこが最初に見たものを親と思い込むことを、「刷り込み」というが、それと似ているのかもしれない。白彩店長のことは、親だと思っていたかもしれないが、外見的な年齢が近い時夫のことを異性として愛してしまったのだ。
 その愛ゆえに、白彩店長を殺してセントラルパークに埋めるなんていう大胆なことができたのだ。それは後で、二人の勘違いだと分かったが、その時はまさか白彩店長がが茸人だとは思いもしなかった。
「地下で私に女王が言っていたことが気になります。私……人間なんでしょうか」
 雪絵の言葉に、時夫はハッとする。それきり、雪絵はまた眠ってしまった。
 夜が更け、四人は『半町半街』で就寝した。
 またしても今夜も、暴走族が五月蝿い。以前と比べると、次第に数が減ってきている。しかしここは時代の半歩後ろをゆく千葉県、房総半島。二十一世紀初頭、暴走族は依然として実在していた。

「全くどこ行っちゃったのかしら」
 翌朝、ありすは時夫の顔を見るなり言った。
「どうかしたの」
「困ったことになったわ。雪絵さんよ。いなくなったのよ」
「えっ」
 ありすは時夫に手紙を見せた。

『さがさないでください』

「置手紙」
 まずい。昨日の会話が原因だったのだろうか。
「昨夜私、説明を求められたのよ。話がややこしくなるから、あまり本人には言いたくなかったんだけど、雪絵さんがスイーツドールであることとか」
 原因はありすだったか。いや、そもそものみさえが生きている話をしたのは時夫だ。その前にはウーが雪絵に話している。ありすを責めることは時夫にはできなかった。
「金時君、あなた何か心当たりは?」
「いや……」
 あさっての方を見てしまう。ありすにバレバレだな。
「雪絵さんが女王に再び取られたらおしまいだわ。どうしよう」
 雪絵は、みさえが生きている事実を知って世をはかなんだのだろう。それに加えて、自分が人間ではないという事実にも。
「それと実は、君に言ってなかったことがあるの」
 ありすは時夫をじっと見た。
「雪絵さんに、安全装置が仕掛けられていたの」
「なんだ、それ」
「賞味期限よ。地下で回転寿司レーンに載って出て来たときに気付いた。元々食べられる事を前提として作られているから。最大で二週間程度しか生きられない」
「……」
 寿命だって! 考えた事もなかった。
「嘘だろ」
「ともかく、一刻も早く雪絵さんを探さないといけない。金時君、どこ行ったかホンットに心当たりない?」
 とはいえ、時夫も彼女について何か知っているわけではなかった。
「ひょっとすると、セントラルパークかも」
「なるほど。月光欲のためね。なら、ひとまず夜を待つしかないか」
 雪絵は毎晩必ず月光浴に公園を訪れる必要があった。しかし、昨日は言っていないから、今夜は確実にセントラルパークに現れるだろう。

「ねぇねぇ聞いてよ! 電球買いに行ったら、電気屋になくてさ、なんと八百屋に売ってたんだよ」
「どゆうこと?」
 半町半街の電球が切れたので、うさぎは電気屋へ買い物に行った。ところがたまたま電球だけ、品切れだったらしい。
 仕方なくうさぎは商店街をぶらぶらし、八百屋の前に差し掛かって、野菜を買うことにした。
 ニンジンスキー、デカメロン、きゅうり、茄子。……ナス? いや、これ、ナスじゃない。京野菜の賀茂なすに似た形状。
 そのナスは、ヘタこそついているが、透明のガラス球だ。手に取ってみると間違いなく電球だった。うさぎは百円を出してそれを買った。
「これよ」
 うさぎが取り出したのはナスの電球である。さっそくキュッキュッと、天井に取り付けてみるとピカッ! 途端に部屋がパッと明るくなった。驚くことにぴったりとソケットに嵌っている。
「あたし、野菜買うとき、電球電球ってブツブツ呟いたからかもしんない」
「やっぱさ、この町、おかしい」
 時夫は当然のリアクションをした。
「しかしアレね。なぜ八百屋で電球が売っていて、たまたまウーがそれを買って、それがぴったり着いたんだろ?」
 ありすはまぶしそうにナス球を眺めながら首をかしげている。
「慌てない慌てない、一休み一休み……」
 そんなに見たら目が焼けるのではないかと周りが心配するほど真剣に見つめ続け、
「閃いた!」
 と突然言った。
「何が?」
「昨日から考えてた地下の女王との戦いの作戦よ。まずは情報収集。孫子曰く、『用うるに五あり。因間あり、内間あり、反間あり、死間あり、生間あり』ってね。その内の『因間』は、敵地の一般人を使った諜報活動よ。さ、みんな準備はいい? 今から行くわよ」
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