第60話 甘党対辛党! デッド・オア・アライブ

文字数 13,559文字

 遂にありすのパーティ「セブン・ネオン」は地平線に隣町を発見した!
 赤茶けた大地に砂埃が煙るその先に、移動する隣町・漂流町は出現した。
 町まで延々と浮かぶトーストが続いている。ウーの言った通りだ。
 うち捨てられたこのトースト群は、この西部で、企業(白彩)の陰謀を暴く「暮らしの友」社の精一杯の抵抗の跡なのだ。
「ブーラーンーコ君ッ、あーそーびーましょ!」
 ありすの掛け声に、ウーと時夫は脱力した。デッド・オア・アライブが掟の西部って、こんなに緊張感のないものだったっけ?
「小学生じゃないんだから」
「これでいいのよ!」
 い、いやありすの顔は真剣そのもの。ピリピリするほどだ。
「さっきもA子が鬼ごっこで、ヒューマンのカスに勝ったでしょ。子供の遊び意味論が、西部の荒野で確実に働いている証拠」
 相変わらずふざけてるのか真面目なのか全く分からない。そこが古城ありすの科術らしいところだろう。
「まぁ確かに……」
 回転草が横切った。
 漂流町はありすの掛け声に無言の返答で返してきた。
「先陣は俺に任せてくれねぇか。皆は後からついてきてくれ」
 シャッター・ガイはハーレーダビットソンのエンジンを掛け、「アスタ・プロント(後でな)」と叫んで、ありすに白い歯を見せると、漂流町の中へと吸い込まれていった。

CはCOWBOYのC シャッター・ガイとココアシガレット

 一見して普通の住宅街の町並みが、シャッター・ガイのバイクを迎えた。しかし「何か」がおかしい。
 町は不気味に静まり返り、人影はない。いや、そうではない。
 何者かの気配をビンビンと感じた。敵はすでに、ガイが町へ侵入したことを悟っているのだ。物音がしないと思ったらそうではなかった。
 風に乗って、那辺から牛の鳴き声が聞こえてきた。ガイは、牛の声のする方向へバイクを向けた。
「……なるほどな?」
 たどり着いたのは「OK牧場(O.K.CORRAL)」。そこに立っていたのは、ガンマン姿の黒人サミュエル・M・N・ジャクソンだった。
「何者だ?」
 葉巻を銜えたサミュエルは訊いた。
「CはCowboyのC。俺様はシェーンだ」
「ふん、笑わせてくれるな(爆笑)。カウボーイ、ジョン・ウェインにでもなったつもりか? 銃も持たないで西部をうろついているのかyo? メーェエエン!」
 サミュエルの言うとおり、シャッター・ガイ(シェーン)の腰には何もない。
「まぁそう突っ張んなヨ? 西部はたった今から子供の遊び場に変わったんだゼィ、つまりそーいうこと。はじきなんざ俺にゃ要らねーよ? テメェなんざー、おはじきで十分なんだぜ!?」
 ガイはニヤつきながら、ココアシガレットをガリガリと口の中で転がした。
「オマエ、古城ありすの一味だな、メーン! さっきヤツのヴァカみてェな馬鹿みてェなバカみてェなBAKAみてェなキョウ声が聞こえた。遊っびっましょっ、じゃねェんだyo! 何処がガキの遊び場だyo! 子供はさっさと帰ってオネンネしてろyo!!」
 サミュエルは銜えた葉巻で、煙を吐いた。その煙は多分に香辛料が含まれており、辛味を帯びた空気が牧場に充満していた。
「OK牧場!」
 掛け声を合図に、サミュエルの右手がガイのそれよりも一寸早く動いた。
 銃が火を放ち、ガイが倒れる。……いいや、ガイの姿はなかった。
 地面に伏せていた。字義通りオネンネしたのだ。
 最初から這い蹲るつもりだったのだと、サミュエルは察した。
 ガイはそのまま、回転草のようにゴロゴロと移動すると、干し草の荷車の陰に隠れた。
「おはじきを舐めちゃーいけねーゼ!?」
 OK牧場でおはじき。それは全然牧歌的……でもなかった。
 ガイは横たわったまま、目の前に設置してあった木製のボードの上でおはじき(ストライカー)をはじいた。
 ガイのはじいたストライカーによって、ボード上に配置されたおはじきが飛ばされていく。
 物音で、牛小屋からバラバラと飛び出したサミュエルの部下たちは、見えない「何か」の衝撃に吹っ飛ばされていった。
「な、何ィー!! メ------ン」
「面----子じゃなくておはじきだyo! 誰が直接、おはじきを撃つって言ったよーッ!?」
 サミュエルは牧場の看板を二度見して驚いた。

『O.K.CAROM』

「ホワッツ!? ……CAROM(カロム)だと? ここはCORRAL(牧場)じゃねージャン!」
「言った筈だ! ここはもう子供の遊び場なんだぜ、オーゲー?」
 ガイの手にしたボードは、西洋版おはじきボードゲーム「カロム(CAROM)」だった。カロムはビリヤードのようなゲームである。
 すでに牧場は、ガイのボード「O.K.カロム」科術の支配領域と化していたのだった! それは、古城ありすのスーパーカー消しゴム科術と全く同じ原理だった。
 牧場に入る前、ガイはペンキでそれを塗り替えた。
 ガイがボード上のストライカーおはじきをはじくたび、はじかれた他のおはじきと同様に、サミュエルの部下は見えない衝撃に吹っ飛ばされ、サボテンのウチワに戻っていった。
 そのおはじきは、飴玉で出来ていた。甘味料の力でヒトモドキは元の姿に戻っていったのだ。
 ガイは噛んでいたココアシガレットの甘味で、サミュエルの煙の辛味を防御した。壮大な西部での対決はたった一個のおはじきによって、ガイに勝利を与えた。
 「O.K.カロム」を飛び出そうとしたサミュエル・M・N・ジャクソンの目前に、立ち上がったシャッター・ガイの姿があった。その左手の上にはストライカーおはじき飴玉、右手ははじくポーズでスタンバっていた。
「ちょ……チョット待ってくれ。一分、一分! いや二十秒、二十秒!! 聞いてくれー! 全国のみなさーん、私は殺されようとしていまーす! ホ……ホァ?」
 おはじきは驚愕の余り開けたサミュエルの口の中へとジャストミートした。
「甘い……俺の味覚が何よりも誰よりも正確に、たった一つの答えを導き出すッ。甘さが口の中一杯に広がって……素晴らしいィィイイ。お、おおあ------ッッ」
「以上、O.K.カロムは閉店ガラガラ!」

HはHEADのH 送水口ヘッドときなこ棒

 ガイが戻ってこない内に、送水口ヘッドのJ隊特殊車両が発車し、二番手に町へと向かった。
「……ちょっと待ちなさいよ! 勝手に行動しないでくれる」
 ありすらも仕方なくジープを走らせる。
「シャッター・ガイに先陣を切られるとは、三倍の性能を持つモノとして黙って見てはおれん」
「怪しすぎんのよ! ねぇあんたってさ。地下帝国の一味なんでしょ。先に行って敵地に合流しようってんじゃないでしょーね。全く、ありすちゃんも何でこんなヤツを味方にしたのよ」
 ウーが代表して、まともなことを言っている。
「ダカラ~、黒水晶のものはあたしのものでもある訳で、あたしのものはあたしのものである訳で、毒をもって毒を制すれば兄弟げんかは犬も食わぬって言うとか言わんとか……」
 めちゃめちゃ早口。
「我が地下帝国の手のものであると? 片腹痛い! そんなものは最初っから仮の姿に過ぎん。世界中にある送水口は我々の仲間。真灯蛾サリーの地下帝国など元より関係ない! もともとは宇宙から来たガムダン星人だ。我が星は、固定した身体を持たぬ種族。しかし、仮の姿を取ることはある。その姿が、たまたまこの地球上では送水口に似ていたということ。つまり送水口は依代(よりしろ)だ。私はガムダン星総帥のカレルレン! 我らガムダン星人は世界中の送水口と成り代わり、人類は幼年期を終えることになるだろう!」
 なんだソレ……やめてくれ。ますますジョウキョウがややこしくなる。それだけを言い残して、送水口のタンクローリーは町に吸い込まれていった。
「おいA子、本当なのか? 今、ヤツの言ったこと」
 時夫はタンクローリーの上に立ったA子を見上げて訊いた。
「あんなの本気にする訳ないでしょ。アニメの見すぎなんじゃないの。バッカみたい」
 シラけ顔のA子、随分と同僚に冷たいじゃないか?
 おっさん犬が「ゲッヒヒヒヒ」と笑っている。「不思議の国のアリス」といえばチェシャ猫なのに、なぜこんなかわいくない犬なんだ。
 ま、A子のいう通り、確かにガムダン星人というのはアレだが。ともかく、送水口ヘッドがどこまで本気か不明の演説をして町に入ったので、ありす達も後を追わざるを得なくなった。
「それぞれに散らばって、雪絵さんを探しましょ」
「了解です。私も送水口なぞに遅れを取る訳にはいきません!」
 レート氏も同意した。

 送水口ヘッドが車を停めたのは、煙突が煙吐く缶詰工場の敷地内だった。
 漂流町を乗っ取ったブランコ一味のアンタッチャ・ブルが、ここに「アンタッチャ・ブル缶詰工場」を建て、生産・流通を一手に牛耳っていた。
 ウチワサボテンに「へのへのもへじ」と書けば、サボテンヒトモドキとなり、さらには食用ともなる。西部にして実用性の高いサボテンである。
 その他、およそ五十種類の食用サボテンがここで加工されている……といったことが、入り口の看板に堂々と掲げられていた。ヒトモドキの増殖を阻止するには、ここを叩くしかない。
「この町に白井雪絵が居ることは分かっている、速やかに返してもらおうか!?」
 ザッと地面の上にブーツで立った送水口ヘッドの叫び声に、わらわらと工場の中からスーツ姿のヒトモドキ達が出てきた。
 その中に、白スーツの巨漢アンタッチャ・ブルが葉巻を銜えてこっちを睨んでいる。
「何だテメェは。その面、只者じゃないな」
「我が名はカレルレン。人は私を送水口ヘッドと呼ぶ。アンドロメダ星雲の方向にあるガムダン星より飛来し、かつて女王陛下の臣下ながら、今は訳あって古城ありすのセブン・ネオンの一員となり、この町をギャングから解放するモノ」
 セリフの中で色々なことが起こっている。
「ふざけた面なんか着けやがって。その化けの皮はがしてやる!」
 送水口ヘッドをよく見れば、被ることは構造上不可能だと分かるだろう。
「マスクをしている理由だと? ------私は過去を捨てたのだよ」
 ガムダン星はどうなった、送水口ヘッド。さっきまで「幼年期の終わりが云々」とか言ってたのは何なんだ? 無節操。無節操。あぁ無節操。(←あぁ無情みたいな感じで)
「ただで返せだと?」
 ギャングはとりあえず、取引するのが習性だ。
 ブルの手下達は送水口ヘッドの異様な姿に警戒している様子で、総攻撃を躊躇っているらしい。
「そいつは出来ん相談だ。こっちはビジネスでやってるんだ。ここは見ての通りの缶詰工場でな。年末の繁忙期なので速やかにお引取り願おうか」
「私と勝負したいというのだな。良かろう! ここで缶詰を作ってるのは分かった。では缶ケリで勝負だ!」
「なぜそうなる? 人の話を聞いてねぇのか、蛇口頭! テメェは馬鹿か」
「もし私が勝てば、今日よりここは、きなこ棒を作る西島製菓の工場に変えさせてもらおう!」
 送水口ヘッドはブルの鼻先にきなこ棒を突き付けた。
 アンタッチャ・ブルは、手下と何やらひそひそ打ち合わせている。
「缶詰工場内で缶ケリだと? いいクソ度胸だな? フン、イイだろう。だがな、死にに来たのも同然だ! 俺達は缶詰に関して、西部では右に出るモンはいない。それだけじゃあない。世界中の缶詰という缶詰を知り尽くしているんだ」
 部下たちの笑い声がさざ波のように起こる。
「缶詰はコレよ! 月桂樹のスパイス缶だ、日本でそうそう簡単に手に入るものじゃあない。先に言っとくが中身が入っている。だから倒すのはそう簡単じゃない」
「水臭いな、今更。戦いは非情さ。そのくらいのことは考えているとも。戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ。缶詰の知識の差が、缶ケリの戦力の決定的差でないということを教えてやる!」
「ルールはこの工場の敷地内、駐車場付近に限定させてもらおう。その中で俺が鬼、貴様がプレーヤーで一人で隠れる。そして俺が探している間に、一度でも缶詰を蹴ることができれば雪絵を渡そう。もう一つ忠告しておく。こいつには触れない方が身のためだぜ」
 缶詰はブルの手の上に載っている以上、それほど重い訳でもなさそうだ。
「ふっふっふ、どうやら諸君は私を本気にさせてしまったようだな。見せて貰おうか、西部の缶詰工場の缶詰の品質とやらを!」
 アンタッチャ・ブルはろう石でコンクリート上に円を描いた。作業用の記号を記入するために、工場にもろう石があった。
(バカメ……ここはすでに子供の遊びの意味論が支配する領域。だから地面にろう石が転がっていたのだ。すでにキサマらは罠にかかっている……)
 送水口ヘッドがブーツで缶詰を蹴り上げて、ゲームは始まった。
 缶詰は空高く飛んでいったが、幸い駐車場内に落下した。ギャング達が馬鹿面で空を見上げている隙に、送水口の姿は見えなくなっていた。
 アンタッチャ・ブルはゴツい指輪をした丸っこい手で、少しへこんだ缶を握ると、ろう石で描いた丸円の中に戻して、その上にエナメル靴のつま先を掛ける。
 腕を組んで駐車場をジロリと見回していたが、一見して送水口ヘッドの姿は見えない。仕方なく、ブルはにじり歩き探し始めた。
 ブルは、送水口ヘッドが送水口に化けるという基本的な事実を知らなかった。そしてこの工場にも送水口があった。……しかし、こんなに数が存在しただろうか? だが問題は、どれが元々あった送水口かということだ。
「……ボス、そっちじゃありやせん。入り口に、変な送水口が」
「何ィ?」
 金ぴか頭で、赤い支柱の送水口がポツンと立っている。それは見る見るにゅーっと身体が生え、送水口ヘッドが地面から出現した。
 送水口が取り残された缶に向かって猛ダッシュを開始する。
「待て! それには触るな、絶対に。アンタッチャブルだ!」
 追いつかないと判断した鬼のブルは叫ぶ。
「みーとーめーたくないモノだな! 三倍の性能を持った者には勝てない己自身の虚しさというものを!」
「もし触れれば、その時は恐怖の缶ケリになるんだぜ!」
「当たらなければどうということはなぁい。なぜ三倍で走れるのか? 答えよう。それは!! 恐怖という名のミノコフスキー粒子の中を駆け抜ける、ガムダン製スパイクを履いているからなのだよ!」
 シャッキーン。
「ハッハハハハハ。蛇口頭……。バカメが。さっきその缶には触れてはならんと言った筈だ。なぜならソイツぁ爆弾なんだからな!」
 ブルの警告を無視して、缶を踏んだ送水口ヘッドのスパイクが缶の中に食い込んだ。
「バカ! ヤメロ!!」
「ん?」

 ブッシュー!!

 中から猛烈な臭気が飛び出して、爆発的に工場敷地内に広がっていく。
「工場が……明日から工場を閉鎖しなきゃいけなくなる。ぎゃああああああああ……」
 アンタッチャ・ブルと部下たちはバタバタと倒れ込み、元のウチワサボテンに続々と戻っていった。それは月桂樹のスパイス缶などではない。
 外側は偽装していたが、中身はスウェーデン産の「シュールストレミング」、世界一臭い缶詰だ。それをここでさらに臭く加工している。
 なるほど、缶詰はなぜか丸っこく変形していた。中で発酵が続いていた証拠だ。
 臭いで相手を打倒しようとしたアンタッチャ・ブルは、あろうことか送水口ヘッドに鼻がないことに気付かなかった。その結果、自滅した。
「策士、策に溺れるか。所詮はヒトモドキ。チープにして最強のきなこ棒の科術を喰らえ!!」
 送水公が放ったきなこ棒を、ブルたちは頬張った。
「うまいっ!! ……もっとくれ! ……もっとくれ!! ……もっとっくれっ!!」
 においを消すのに必死で、目の前の「棒」に食らいついている。
「グ……グオ……、す……水分を……口の中の水分がすべて持ってかれるッ! いや、身体中の水分が……、水、水、水ー!!!」
 ドシャーッ!
「ヴァーッ!」
 ブルとその部下は、送水公の放水に押し流されていった。
「……なぜ死んだか? ボウヤだからさ!」
 その直後、踏んだ「シュールストレミング」の缶が突然大爆発した。
「チッ、ヤツもニュータイプか!」
 どうやら缶の下の地面に、部下がいつの間にか地雷を仕込んだらしい。いや、それは地雷ではなかった。
 部下達が「シュールストレミング」を数倍発酵させた結果、ガスが発生、引火したのであった。
 万が一、ボスが死んだらどうするつもりだったのか? いいやどうとも思わない。それがサボテン・ヒトモドキというものだ。
 もうもうと煙が上がり、駐車場に送水口ヘッドの姿は跡形もなくなった。

BはBUNNYのB 石川卯とにんじん

(何か今、爆発する音がしたようだけど------。西部でポン菓子でも作ってんの? だとしたらあたしの「にんじん」の出番なんだけど)
 石川ウーはローラースケートで、爆発音のした方向へと向かった。
 狭い路地の上に、ろう石で書かれた円の集合体が道を占領していた。ウーはその中に入った途端、身動きが取れなくなった。
「何処のどいつよ? ひょっとして誘い込んだつもり?」
「まんまと掛かったな石川ウー。こっから先は進むことも戻ることもできん!」
 建物からバラバラとギャング達が現れた。
 ウーに声を掛けたのは初老のイタリア人、ご当地ファーザーことドン・コネツクローネである。
「なるほど……前に進むにはここを通るしかないって訳ね」
「そいつは生命の樹ッ! 畏れ多くも地下のやんごとなきお方から教えてもらった。お前達を捕らえるための魔学の結界よ」
「生命の樹? ははは。知識が偏ってるのか何なのか、これケンケン図じゃん」
 一列に並んだ円の中に円が二つ横並びした箇所があり、それぞれに数字が書かれている。ケンケン図は、ご当地ファーザーの仕掛けた石川ウー捕獲装置だった。敵はすでに子供の遊び意味論を想定していた。
「ケンケン図と、いうのか? も、もちろん知っていたとも」
「知ったかぶりはやめたほうがイイヨー」
「キサマら、人をコケティッシュにしやがって!!」
「コケティッシュって(笑) 『コケにして』の間違いでしょ」
「コ、コケにしやがって! ヒューマンのカスとサミュエルとアンタッチャ・ブルの復讐は忘れよう。だがひとつ言っておく。白井雪絵が古城ありすに追われている。雪絵を安全に地下へと送り出してやりたい。わしゃ迷信深い。万一、雪絵が無限たこ焼きに撃たれたり、シャッター・ガイのロープに捕まったり、あるいはコンボイに追われたりサンダーバードの雷に撃たれても、わしはこの町に入ってきた誰かを憎む。そのときは絶対に許さん!」
「えーと、サミュエルとアンタッチャ・ブルも死んだってことでOKね?」
「……」
 ウーは漂流町で行われた戦闘の現状を聞き出すことに成功した。このギャング、ちょっと間抜け過ぎじゃないか?
「うさぎ相手に飛び跳ねる勝負だと? 早まったなご当地ファーザー!」
「飛び跳ねる? 何のことだ?」
「私は全身バネでできている。けんけんぱは、このお手玉を使うの」
「そう、それだ!」
 相手の知ったかぶりは続く。
「もちろんあんたもやるのよ、ご当地ファーザー! 仲間思いのい・い・オ・ト・ウ・サ・ン♪」
「当然だろ! おい、野郎ども」
「へい!」
 勢いに押されてご当地ファーザーは、けんけんぱに参戦する流れになった。
 何故ギャングの頭領(フィクサー)がこんなことを。いやはや子供の遊びの意味論、恐るべし。
「お先にドウゾ」
 ルールを簡単に説明したウーはお手玉をドン・コネツクローネに渡した。
「よっしゃぁーバッチコーイ!」
 ファーザーは「1」の円の中に投げ入れ、ゲームが始まった。
 けんけんぱは、「1」から順に、お手玉(或いは石)を入れててそこをとびこえ、一マスは片足で、二マスは両足で飛んでいく。
 行って戻ってくると、次に「2」にお手玉を入れる。そうして行って帰りを繰り返し、一度も枠から外れることなく「10」まで行けば勝利となる。
「けんけんぱ!」
「ダディびびってる! ヘイヘイヘイ~~」
「けんけんぱ! うぬっ」
 ファーザーは一巡目に「5」の円でふちの線を踏んで、早々に終了した。足腰が弱っているのかもしれない。
「ハイ一回目終わりぃ~。あたしの番ね」
 ウーはお手球を投げ入れる。
「けんけんぱ! けんけんぱ!」
 ウーの長い足がダイナミックに円から円へと飛び跳ねる。
 「うさぎ」である石川卯(ウー)にとって、けんけんぱは水を得た魚も同然だった。ご当地ファーザーはどうやら、罠を掛ける相手を間違えたらしい。
 ウーは「10」の円まで行くと、向きを変えて戻っていった。
「お前らもとっとと野次れ!」
 さっきの野次に苛立って失敗したファーザーが怒鳴った。
「バニーびびって…………」
 うさぎの長く白く伸びた足が飛び跳ねまくる。一同沈黙。
「何故そこで黙る?」
「……凄いっすね、パ、パパ」
 おぉ~、と部下達がざわめいている。
「おまけに美しい」
 ゲームは次第に、おじいちゃんと孫が楽しく遊んでる雰囲気に。
「うおりゃああああ!」
 「9」まで制したウーは、「10」の円にお手玉を投げつけた。
 とたん、お手玉は弾け飛んだ。中からにんじんのポン菓子が飛び出していった。
 にんじんのポン菓子は、うさぎビームと共にオレンジ色に輝きを放ちながらギャング達の口の中へ飛び込んでいった。
「甘いっ、なんて甘いものを食わせやがったんだぁああ……」
「このあたしにけんけんぱを仕掛けようなんて、百年早かったわね~! 子供の遊びは子供に任せるんだっぴょ~~~~んッ! 素人さん。さぁイタリアにお帰り、ご当地ファーザー」
「うつけもの!」
 ご当地ファーザーが叫んだ。
「おつけもの!」
 石川ウーが叫んだ。ご当地ファーザーとその部下達は漬物と化して、地面に転がっていた。瞬殺。
「……塩分は控えめにネ!」

      *

 酒樽工場に樽体型のアンタッチャ・ブルが駆け込んできた。
「あやうく死ぬところだ! くそ、ヒトモドキの教育がなってなかったわ」
 ここは、アンタッチャ・ブルのギャングが酒樽につめているワインの密造工場。ブルの所有する第二の工場だった。
 ぶどうの樹から、たわわな実がなっていた。
 シュールストレミングの臭気と、その後の大爆発に巻き込まれたブルは、歩腹前進で缶詰工場を一人抜け出すと、ここを目指した。
 そこへ、ご当地ファーザーを倒した石川ウーが現れた。
「なんだ、生きてるんじゃない」
「ん? ヤツだ、石川ウーだ! 殺れェ」
 アンタッチャ・ブルは血相を変えて、部下達に指示を出した。
「ぶどうだらけの舞踏会!」
 ウーが叫んだ。ぶどうの木々からワインの雨がドーッと降ってきた。
 部下たちは、全員酔っ払いながらへらへら笑い、男同士で社交ダンスを始めた。その内動きがヘロヘロになり、しおしおのパーでブルを含めてウチワサボテンに戻っていった。科術呪文のオンパレード。
 ウーはその後、近くの爆発現場の缶詰工場へとたどり着いた。
「ちょっと、ちょっと! 何寝てンのよ送水口ヘッド!?」
 あたた……ダメだ。寝てるんじゃない。死んでる。バラバラだ。

EはESCAPERのE 金沢時夫とよっちゃんイカ

 雪絵を捜索するようにと古城ありすに言われ、ただ一人街中に残された時夫は、渡されたよっちゃんイカをじっと見た。
「なぁありすよ……よっちゃんイカで、どう戦えと?」
 イモケンピの方がまだ武器になりそうだ。(※マネしちゃだめだよ)
 金沢時夫は科術師ではない。一人漂流町の路地の中で、焦るしかない。
 そこへ巨漢の外国人が近づいてきた。戦慄しながらも始めて見るその相手は、レイバンのサングラスの下に口ひげ、制服を着ている。やった! 保安官だ。保安官といえば、町の治安を護るのが仕事だ。……保安官? 警官じゃないのか。
 いいや警官だって安心できない。
 「スネークマンション」では地下帝国の手先と化した恋文Kサツが来たではないか。
 名札の文字が目に飛び込んできた。名は「ラブラージ・アブラーゲ」……こいつの正体は、何てことだ。買収されて、今はブランコ一味の用心棒と化している保安官らしい。いや、つまりそういう設定なのだろう。
 だが、銃を持っているやっかいな相手だ。とても、よっちゃんイカなどで対抗できる相手ではない。
 ウーの最後の一葉の科術で、一発も当たらなかったあの時とは状況が違う。クソッ、相手はヒトモドキに決まってるが、よっちゃんイカでは!
 ラブラージは時夫を目視するなり、毛むくじゃらの腕でスッと黒光りする銃を抜いた。隠れるしかなかった。……お、これは立派な「かくれんぼ」。子供の遊びじゃないか!
「……ひとーつ、ふたーつ、みぃーっつ。もうイーカイ?」
 ラブラージは銃を持ってガニ股で歩き出した。
「まぁだだよッ!」
 まだ三つしか数えてないし!
「よっつ、いつつ。……もうイイカイ?」
 あっちこっちに銃を向けて、ラブラージは何かが動くたびに撃ってくる。
「まぁだだよつったら、まぁだだよ!!」
 当たり前じゃ! 永久に、まだだよッに、決まってるんじゃッ!
「イイヤもう待てんな。小僧、何処行きやがった! おとなしく出てこい。そうすれば命は取らん」
 嘘付け悪徳保安官風情め、さっきから盛大にぶっ放してるくせして。時夫は後ろを向いたラブラージの背後に、植木鉢をブン投げると走った。
 ラブラージの銃は、宙に浮く鉢を正確に撃ち抜いた。
(ほら見ろ)
「俺を田舎の保安官だと思ってナメるなよ。金沢時夫、シャバ僧が。こう見えても祭の射的じゃ毎年一等を取る腕なんだ」
 一体何の話だ?
「クソッ、こりゃー俺だけ隠れてるだけだな」
 まぁ、エスケーパーだし、そこが時夫の限界だし。
 ずらりと並んだ樽の陰から、近づくラブラージの足音を聞いている。一か八か。ありすの科術を信じて、やってみるしかない。
「もういーよ!」
 時夫はバッと立ち上がると袋を裂き、よっちゃんイカを相手の顔めがけてぶちまけた。
「グオッ?」
 面食らったラブラージは、思わずイカを食い始めた。やったッ。
「コノヤロウ。……ン? こいつは美味しいじゃねーか!」
「え?」
「ガキの食いモンかと思えば、俺のような辛党にも最適じゃねぇかよ。酒のつまみに最高だな」
 まるで効いてない。
 程よい酸味と旨みのよっちゃんイカは、普通にラブラージに気に入られただけだった。
 くっそありすの奴。辛党の敵を相殺する甘みなんかほとんどないのだ。時夫は目を瞑った。
「ありすの仲間は死んでもらうぜ」
「イカすイカズミ!」
 寒いギャグ科術が後ろから響いてきて、相手は瞬時に真っ黒に墨かぶった。
「ぐわぁああああ、な、なんだこりゃ」
 振り返るとそこに白井雪絵が立っていた。
 まさか、「よっちゃんイカ」が寒いギャグを呟く雪絵と時夫を引き寄せたのだろうか。いいや、正にその通りだろう。
 今度はラブラージは寒いギャグで凍りつくのではなく、「墨」を被っていた。
「何しやがる……あっ、まさか、白井雪絵だと?」
 真っ黒な魚拓一歩手前となったラブラージは驚いていた。雪絵はいつの間にブランコのアジトを抜け出したのか、悪徳保安官にも見当がつかなかったらしい。
「あ、UFO!」
「え?」
「バッカが見るぅ~♪」
 雪絵がなぜかお下品になっている。
「な!? バカって言ったほうがバカなんだよォー!」
 ラブラージの反撃も子供の反撃だった。これもまた、子供の遊び意味論がもたらした作用かもしれない。
 いいや、その背後に、実際に何かが飛んでこっちにやってきている! 三機のUFO……黒パンだ。雪絵は黒パンのUFOを召還したのである。
「あぁ良かったベーゴマでなくて、まだ黒パンで。……って、え?」
 ラブラージは黒パンのレーザーに焼き殺され、真っ黒な墨ではなく、黒こげのサボテンに戻って、動かなくなった。

DはDOLLのD 白井雪絵とポン菓子マシンガン

 ズガガガガガガ……。

 時夫と雪絵の元へ、改造車ピースメーカー号に乗った最後の幹部マシンガン・ショーが、マシンガンの砲撃を食らわしてきた。
 二人は避けるために地面に伏せた。
「ぐわー、目、目がぁ」
 時夫は転げまわった。どうやら敵のマシンガンの弾は劇辛成分だったらしい。防犯用の唐辛子スプレーの拡大版といえる。その後も続々と改造車が到着する。
 どいつもこいつも、マシンガンをボンネットに搭載していた。白井雪絵の好敵手の登場だ。
 先頭のピースメーカー号の運転席の上に、どっからどう観ても若き日のシルベスター・スタローンもどきの日本人が立っていた。
 無名時代、「デスレース2000」という黒歴史映画に主演していたスタローンこと、マシンガン・ショーは、ボサボサのヘアスタイルに赤い鉢巻に、ランニングシャツから筋骨粒々の腕が伸び、その両腕にもゴツいマシンガンを持っていた。どんだけマシンガンが似合う男なんだ。
「何も終わっちゃいねえ! 言葉だけじゃ終わらねえんだよ! 俺の戦争じゃなかった、ブランコ・オンナスキーにやれって言われたんだ。俺は勝つためにベストを尽くした。だが古城ありすがそれを邪魔した!」
 二人はポカンとしてマシンガン・ジョーの演説を聞いた。
「恵瑠波蘇(エルパソ)に行ってみると空港に侵略者どもがぞろぞろいて、攻撃してやがる! 俺達のことヒトモドキだとかなんとか言いたい放題だ。奴等に何が言えるんだ? 奴等はなんだ、俺達と同じこっち側にいて、この思いをして喚いてんのか! 戦場じゃ礼節ってもんがあった。皆で助け合い支えあっていた。今や誰も何も居ねえ! ヒューマンのカス、アンタッチャ・ブル、ご当地ファーザー、ラブラージ……みんなどこ行ったんだ。-------みんなイイ奴だった。------それなのに、今やここには誰もいねえ……」
 哀愁に満ちた独演だが、こんな奴は始めて見たぞ。今まで最前線で戦っていた訳でもなかろーが! 彼によるとセブン・ネオンの活躍ぶりはかなりのものだったらしい。
「話盛りすぎ」
 時夫は苦笑した。
 すると「SWEETS DOLL」雪絵は突然、皆殺しの歌をハミングし始めた。
「カラメルカラメール……カラメールだからカラマワリ~」
 これは科術の呪文だ。
 もしや、いやまさに、雪絵とマシンガン・ショーのマシンガン対決の火蓋が切って落とされようとしていた。
 背後の黒パンUFOという超越兵器さえもバックアップに回し、ヴァージョンアップした白井雪絵のカラメル・ガトリングポン菓子が、群れなす改造車の敵陣に向かって放たれていった。
 荒野に甘い香りが広がっていく。一方で、相手のマシンガンも盛大に辛味成分を撃ってくる。
 物凄い轟音と、幾種もの匂いが立ち込める。
「今です、時夫さん!」
 ポン菓子マシンガンに加えて、時夫と雪絵の「ハーグワン」で、マシンガンショーの改造車戦隊は全滅した。
 二人は漂流町を解放したのだった。
「無事だったのか、雪絵」
「はい」
「サミュエルに捕まってから、一時は君がどうなったかと」
「私、どうしても時夫さんを東京に脱出してさしあげたいんです。私も、東京に行ってみたい。そのために、敵地を探ろうと思いました」
「それであえてサミュエルに捕まったのか?」
 まるで雪絵は石川ウーみたいなことを言う。もう雪絵は守られるだけの存在ではない。一流の科術師なのだ。
「ブランコ・オンナスキーには負けません。私はトキオスキーですね!」
「ダジャレは止めなシャレ!」
 リア充二人は町を見回した。
「じゃあ君は、この漂流町の秘密を知っているのか?」
「はい」
「ヒトモドキはまだ沸いてきます」
「そうか……。一体、ヒトモドキはどこで製造されているんだ?」
 キラーミンの姿は相変わらず見えなかった。
 雪絵はアンタッチャ・ブルの缶詰工場ではない方向を指差した。
「あそこです! アレを見て下さい」
 雪絵の指差す町の中心に、何かがそびえ建っていた。石造りの建築群。どっからどう観ても日本の風景じゃあない。
 そびえているのは階段ピラミッドだった。
「なんじゃぁああありゃあ」
 時夫は、もう自分が松田優作のGパン刑事の断末魔になったとしても気にしなかった。あそこがヒトモドキ製造の中心地帯。缶詰工場はその一部に過ぎない。
「テオティワカンです。漂流町は時空が混乱しているんです。どうやらテキサスの時空に支配された成田の恵瑠波蘇(エルパソ)に続いて、漂流町は完全にメキシコの時空とシンクロしちゃったみたいなんです」
 馬鹿な。そんなことが実際に起こりうるのだろうか? 意味論の暴走が激しすぎる。
「行きましょう!」
 雪絵は時夫の手を取って走り出した。
 あのピラミッドの中に、ゲートルームがあるに違いなかった。そこを粉砕してしまえば戦いは勝利である。
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