第53話 ギャングスターバックス

文字数 9,130文字

「自信あったのに……。あいつらパワーアップしてない?」
 黒水晶は、宮殿内をウロウロしている。
「女王はどこ?」
『あっちにいたよ。宮殿前でけんけんぱをやっていた』
 緑の眼の蜂人が答えた。黒水晶は、少し蜂人のテレパシーが分かってきたところだ。
 女王はそこにいなかったが、地面にろう石で描いたけんけんぱの丸が残されている。
「……女王は?」
 黒水晶は、木々の手入れをしている蜂人に訊いた。
『風呂じゃないかな。アヒルと海賊ごっこをしていた』
 湯気が立つ大きなローマ風呂には、黄色いラバー・ダックだけがプカプカ浮かんでいる。
『休憩室で椅子ピラミッドを作って座ってたよ』
 その休憩室には、ピラミッドだけ残されていた。
 なんだか、跡を追っている気がする。いつも一歩遅い。黒水晶は、今度は廊下を通りすぎた蜂人を捕まえた。
『今、食堂で地上波のドラマを観てる』
 食堂だって? それは黒水晶がサリー女王を最初に探しに出た出発地点じゃないか。
 黒水晶はそそくさと食堂に戻った。
 真灯蛾サリーは白彩製のキノコチップスを大皿に開け、椅子の上で膝を抱えて寒流ドラマを見ていた。内容は、極寒の地で起こる背筋も凍るミステリーである。
「もーあんたの鉄人たち全然役に立たないじゃないのよーっ。あんたも食虫植物に食わせちゃうんだから」
 黒水晶をチラ見した女王は、すぐさま4KTVに視線を戻した。三流寒流ドラマが終わって、TVは「じじい放談」が始まった。
「お任せください。今度こそ、王様のアイデア並にアイデア溢れるこの私めに」
「確かに仕掛けは壮大で、随分凝ってたわよネー。……ダースベイダーもどきとか出てきたりしてさ、テンション上がったワ。……でも捕まえられなきゃ何の意味もない……」
 なぁんのいみもない、と繰り返して、終始テンション低いサリー女王は画面を見つめている。
「ここが我慢のしどころです。最後まで攻撃の手を緩めず、初志貫徹することが肝心要肝要かと存じます。奴らは、南・東・北と結局脱出できませんでした。もう奴らは西に向かうしかない。しかしそこは禁断地帯。そこで彼らは、もはや逃げられないことを悟るでしょう。パーフェクツ!」
 かしずいていた黒水晶はバッと立ち上がり、ニヤリとして右手をパチンと鳴らした。
「わーたぁーしぃーの記憶が確かならば、映画『猿の惑星』で、主人公テイラーは、遂に猿の世界の禁断地帯へと足を踏み入れたッ。そこでテイラーが見たモノとは……何と、何と、○○だった! まさにSF史上に残る衝撃的ラストが!!」
「○○って何よ。気になるジャン」
「詳しくは、BDをご覧ください。さーてありす一行は何を見つけるのか! よーみがえるがいい! 西の鉄人、キラーミン・ガンディーノ。……出てこいやぁ!」
 もはや羞恥心も失せた黒水晶の手の示す先に、女王の視線が注がれた。
 黒ハットから長く薄い色の金髪をなびかせた背の高い男が、床から出てきた。
「あ、ガンマンか。今度は西だから西部劇?」
「……御意」

 ありす達は、漢方薬局「半町半街」の近くにある小公園にいた。
 十メートル四方もない、町の区画の余白部分を埋めたような公園。
 体勢を立て直すため、ありす達はいったん自分の店「半町半街」へと戻ったが、今は普段から考えことをするためにたまに訪れるここのブランコに座っている。
「定刻軍は倒したけど、“北”は永久凍土が溶けるのに、春まで時間がかかるって。だから北はJ隊が封鎖しちゃった。J隊の小林店長は、しばらくHOTな洋楽DJで雪を溶かすのに、かかりきりだってさ。だから協力もしてくれない」
「とすると、残るは西か……」
「さっき、アパートに回覧板入ってたけど見なかった? 西側は禁断地帯よ」
 再びありすは警告した。
「何処が出してるんだ、そんな情報」
「市役所のブラックハウスだよ。読んでないの?」
 伏木有栖市の市庁舎・通称「ブラックハウス」は、黒い国会議事堂のような外見の建物で市制の税金の無駄遣いの象徴だ。
 前市長のり・たまおの負の遺産としても知られている。
 伏木市出身の「ヨッ、大統領」、「あなたののり・たまお」と、海辺の仲間達はその強引な手腕で、伏木市と有栖市の合併時に市名を「伏木有栖市」に決定したが、お食事券にまつわる汚職事件や、「おい、水」とウェイターに水を要求したところから始まった「ウォーター・ゲット事件」、映画「ロッキー」にまつわるマニアック度を競った「ロッキー度事件」、そしてそれらに対する団地・青梅街(ブルーベリータウン)で起こった前代未聞の大騒動の末に失脚した。
「そんなもの。俺、町内会なんて入ってないよ」
「厳重通達が出されてるよ。西は荒涼とした砂漠で、生きて砂漠を通り抜けることはできない。しかも西側を支配しているのは、ブランコ・オンナスキー率いるメキシカン・ギャングの一味。何人もの住人が、恋文町から禁断地帯へ出て行って、そいつらに掴まって殺されているって」
 そういってありすはブランコにキィキィ乗っている。西全体が「場異様破邪道」だ。そのエリアはあまりにもだだっ広い。
 北も十分禁帯だったはずだが、それは書いてなかったらしい。適当な回覧板だ。
 本当にこの町を脱出出来ないのだろうか。
「だけど俺たちに残された方角は西だろ。それに、西に東京があるんだ。それなら西に行くしかない」
「たかがギャングじゃん……ダークスター国に比べたら、敵の規模もはるかに小さい」
 石川ウーがそうありすに言うと、ありすはもう何も言わなかった。

遂にありす達は禁断地帯へ!

 四人は小林カツヲから借りたJ隊のジープに乗っていた。
 赤茶けた大地が広がっている。どこまで行ってもネバダ砂漠、いや火星かという荒涼とした景色だ。これが本当に恋文町の西側なのだろうか。
 北の永久凍土とのあまりの違いにあきれ果てて、時夫は言葉もなかった。いいや、それは他の三人も同じだった。むろん、小林カツヲのCBA48度線の影響という訳でもないはずだ。
「南知多家(しったか)町、東の土壷町、北の足留町、……で、肝心の西の漂流町はどこにある?」
 隣町のはずだが、広大な赤茶けた大地。
 意味論恐るべし。地形まで変えてしまうなんて。脱出以前、今までこんなことあっただろうか?
 車を止めて、西へ西へと伸びる送電鉄塔の列を眺めた。
 ビュオオオオ……。
 風と共に、鉄塔の一つがくるくると回転してダンスを舞っている。鉄塔の頂点は送電線にくっついたままなので、それは前方の鉄塔にくっついたまま、沈黙した。
「行こう」
 ありすは再び軍用ジープを走らせた。
「こんなに走って、漂流町が見当たらないなんておかしい。南・東・北とも状況が違う」
 ありすらを阻むものは何もないにも関わらず、隣町が存在していない。砂漠、砂漠。どこまで行っても砂漠……。
「パリダカみたいになってる……」
「パリダカでバリカタラーメンを------喰い-----たい」
 ウーのいつもの茶化し。
「砂漠なんて、日本にあったか?」
「鳥取砂丘って、砂漠だっけ?」
「いいや-----」
「伊豆大島になら、裏砂漠があるけど。日本で唯一の砂漠」
 ありすが豆知識を披露する。
「へぇ……でも千葉にはないよな」
「さすがに。御宿の月の沙漠……とか。でも字が違う。『沙漠』は砂浜だし」
「あの台形の山は何だ? デビルスタワー?」
 時夫は、地平線に奇妙な台形の山を発見した。
「ネズミーランドの、ビッグサンダー・マウンテンじゃない?」
 ウーがすっとぼけた返事をする。
「方角的には正しいけど、千葉にあんな高い山ないよ」
「房総のマッターホルンって呼ばれる伊予ケ岳ならあるよ。それもマッターホルンの意味論なのかも……。でも方角が全然違うけど」
 またしてもありすの豆知識。
「初めて聞いたぜ」
「千葉の山っていっても、舐めちゃいけないよ。低山にも関わらず、たまに遭難する人が居るんだから」
「舐めるなって言ってもなぁ。-----あんなの見たことないぜ」
「本物なの?」
「マットペイントかもな」
 といった会話を時夫とウーがしている通り、デビルスタワーもどきが地平線にずっと見えていた。
 昔は船橋に、バブルの落とし子、史上最大の屋内スキー場・ザウスがあったはずだけど。
「どっかでノビーが原油でも掘削してそうな光景ね」
「ン、誰が?」
 時夫はありすの独り言に反応した。
「ノビーよ。ノブヒコ・オチアイ」
「知らねー」
「えっ、原油が出るの?」
 ウーが目を輝かせて訊いた。
「出ない。千葉の原油コンビナート行ったほうが早い」
 ありすは即答した。
「よしっ、脱出したらあたしアラブの石油王と結婚して故郷に錦を飾るぜ」
「千葉関係なくなってるじゃないの。だから原油なんか出ないんだって」
 ありすは自分で開けてしまった無駄な意味論の可能性を、慌てて閉じようとしている。
「毎日エステして、プールサイドで美味しいもんたらふく食べてー……」
「第四夫人乙」
「おいっ!」
「そんなことよりさ、これは一体どういう意味論なんだ?」
 時夫は無理やり話を元に戻した。
「西の方面は……簡単に言うと、弱肉強食よ」
 つまり、西だから「西部劇」の意味論が働いていることを、古城ありすは予想した。
 だが、どこまで行っても隣町の「漂流町」は陰も形も見えない。一軒の建物すら見当たらないのだ。
「あづいぃ……どっかに入ろうよぅ」
 石川ウーは早くもバテ気味だった。
「全く、文句ばっかりなんだから」
 太陽がカンカンに照りつけ、どこも冬という感じはない。
 J隊の戦闘車両ジープという奴は、北で見たところ屋根着きが多かったが、コレは屋根が着いてない。いや、借りてる分、文句は言えないが。
「あ、ちょうどいい日陰になる店があるじゃん。コーヒー飲めるよ。あたし喉渇いた」

 砂漠になぜかぽつんとあったその店の名は、『ギャングスターバックス』。
 ありすはジープを停めると、情報収集のつもりで中に入った。
 入り口の透明な自動ドアを開けて、さらに店内丸見えの観音開きの戸「スイング・ドア」をバンと開ける。
 カウンター上の掲示を見ると、サンドイッチとコーヒー屋だ。
「何コレ……どれが一番大きい奴?」
 飲み物のサイズが、Ch・M・Gと書かれている。
「チコ・メディアーノ・グランデかな」
「じゃ、チコは小さいからチコか」
「たぶん、スペイン語だから違うと思うよ。意味は合ってるけど」
 ありすはたまたま知ってたようだが、ウーが戸惑うのも無理はない。どうやらチェーン店らしいのだが、何故、日本でスペイン語の表記になっているのだろう。
 一行が戸惑ってカウンターで固まっているにも関わらず、口髭の無愛想なメキシコ人店主は何も教えてくれない。とりあえずグランデが一番大きいサイズだということは分かった。
 バン!とスイング・ドアを開ける音がして、時代錯誤な格好をした男達が入ってくる。テンガロハットの二人組の男。西部劇? しかし帽子の下は「へのへのもへじ」。歩く案山子のようだ。
 男達はバー風カウンターで注文に戸惑っているありす達を一瞥した後、あざやかに注文していく。
「ダークモカ・バーズアイチリ・フラベチーノのメディアーノと、テサディージャ」
「……マリーシャープスのハバネロ・カプチーノのグランデ、とゴルディータ」
 ……なんじゃそりゃ。魔学の呪文か? 注文が激ムズい上、ハバネロとか不穏なネーミングのフレーバーが登場している。
 ありすらも真似てしどろもどろで注文すると、どれもこれもナチュラルで辛そうなものばっかり、出てきたものは一つ残らずメキシコ料理だった。
「ポイントカードは?」
「ポイントカードポイントカードって……いちいちウルさいわね! ポイント星雲から来たカード星人かよ!」
「ありす、落ち着けよ」
 カウンターの上を、グラスが走って出てきた。
 着席して実食。
 本来、甘いはずの飲みモンまで辛くなっている。これでは、喉を潤すどころではない。加えて、他のテーブルを見るとフルーツにも唐辛子がたっぷりと載っている。そのフルーツと思しきモノは、よく見るとサボテンの葉だ。
「ひぃーっ、辛い。かぁらい」
 こりゃあ、激辛じゃない、「撃辛」だ。ウーは水をがぶ飲みした。
「ヒーハーーーー!!」
「今度は逆にHOTな料理が敵とか」
 時夫は環境の変化に順応できない。
「がははははは!」
 へのへのもへじが、戸惑うありす達を観てカウンターであざ笑っている。
「おい見ろよ、あの西部に相応しくない格好」
「よそ者だぜ。恋文町から来たのか?」
 などといいながら、痰つぼに痰を吐いた。
「いいカモだな」
「恋の香りがするぜ」
「恋の香りってどんなだ? バニラエッセンスみたいな香りか?」
「ガハハハハ!」
「何あいつら、感じ悪いわね」
 ありすは、あからさまに不快そうな視線を投げた。
「ほっとけ」
「それもそうね。店長、こっから先、西はどうなってんの?」
 ありすは店長のメキシコ人に尋ねた。
「禁断地帯だよセニョリータ。行っちゃいけない」
 口ひげ店長は首を横に振った。
「その禁断地帯に行けば、どうなるの?」
 ドッ。
「ハッハッハッハッハ!!」
 あの二人が満面のへのへのもへじで笑っていた。
 ありすはさらにムッとした顔になる。
「またさっきの連中。……さっきから何がおかしいのよ!」
 遂にありすは声を掛けた。挑発に乗ってしまった格好だ。
「やめときな。嬢ちゃん達、あっちはギャングのブランコ一家の縄張りだぜ。つまりオレたちの縄張り。一般人は通行禁止なんだよ」
「はぁ? 何よあんた達。マサカ。ギャングの分際でこのあたしの邪魔をしようっていうの?」
「まぁまぁありす。いきなりこんな段階で科術を使おうってのか?」
 時夫は展開が速すぎやしないかと気になった。
「あからさまに茸か何かのヒトモドキよ。この面構え、急場しのぎのね。黒水晶が急いで作ったって感じ」
「もう喰わねーのか? 恋の味なら別にしねェーけどよ」
「あらぁ~奥さん、あ”だじも味わいたいわぁ~。ワハハハハハ!」
「お慕いしておりますぅ~~~! ヒーヒヒヒヒヒッ!」
「このっ……」
「辛いモンが喰えねーとはいけねーな。あーららー、こーららー、いーけないんだー、いけないんだー♪ センセイにいってやろー♪ おーいセンセイ!」
 二人は、遅れて入ってきたもう一人に声を掛けた。
「もう一人居たらしいぜ……、ありす」
 黒ハットに長い金髪を靡かせたその男は、ほかの二人の仲間とは明らかに違っていた。片方を眼帯し、残った右目が鋭く光っている。その口元には咥えたタバコ……もとい、禁煙パイポ。こいつ、茸のくせに禁煙してやがる。
「わぁ~、不良だぁ~~!」
 ウーがまじまじとソイツを見て言った。いや禁煙パイポだし、見るからに大人だし。
「ここにいたか。ジャック、ニック」
「センセイ、待ってましたゼ」
 そして、先生?
「……ジャック・ニック・教職?」
 「弱肉強食」、それが言いたいだけじゃん!
「こんなところでサボッテんのか。ところでお嬢さん、学校給食はお嫌いか?」
 長身の男は、遠くを見ているような眼をして、しゃがれ声で訊いた。
「なんでこれが学校給食なのよ? 全部メキシコ料理じゃん!? 言っとくけどここ日本だから」
「だがこの西部の学校給食は、辛くなきゃ始まらねェ、ブッ」
 男は顔を横に向き、唾をタン壷に吐いた。
「そんなの西部における一般常識だろうが」
「『一般常識』とかいう奴に限って常識がないからなぁ」
 時夫はボヤく。
「給食ったらソフト麺、揚げパン、冷凍みかんに決まってるでしょーが! 先割れスプーンでぶっ刺すわよ。まぁ、グリンピースご飯だけは確かに苦手だったけど----。全く、なんでこんなに撃辛なのよ」
 ありすありす、それ昭和の給食だ。しかし食器をよく見ると、給食で出されるアルマイト食器だ。
「撃辛じゃない、『劇辛』だ! オレはアフターデスソースの……」
「帰る!!」
「オマエはYOSHIKIか!? ……好き嫌いは……ダ・メ・だッ! ブッ」
 また唾を吐く。
「マカロニを貰おうか? 店主」
 YOSHIKIが何とかと今「教職」が言ったのは、ありすは以前ググッたことがあるから知っている。
 X・JAPANのYOSHIKIが、激辛カレーが辛すぎてリハーサルを帰ってしまった事件があったのだ。要するに、千葉のVIPなロッカーにしか許されない行為ということだ。
 だがこのソース顔の教職、オーラがハンパない。
 身長は百九十、それにヒールの高いブーツを履いているので、1ダースベイゴマ並の大きさがある。
 そして千葉の名士・ジャガーさんのようなプラチナブロンドがなびいている。
「俺はブランコ一味のキラーミン・ガンディーノだ」
「こんなセンセイがおるかーッ!」
「ギャング学校殺し屋科の凶死(きょうし)だ!」
 というか、すなわち一流の殺し屋である。
「……で、古城ありすか?」
 キラーミンは激辛マカロニを喰らい、フォークを振り回しながら聞いた。
「な……何で名前知ってるのよ。茸人のクセに!」
「そんな烏みてーなナリしてりゃな。百メートル先からでも分かる」
 相手の反応に、ありすはおやっという顔をした。
「カ、烏よりはおしゃれだと思うけど?」
「食(や)らないのか?」
 フォークに二つ三つ挟まれた、真っ赤なマカロニを見せる。
「結構」
「……すまんちょっと座って待っててくれ」
 キラーミンは殺人級劇辛マカロニに熱中し出した。
「私も食(や)ろうかな~」
「おぉ、付き合うのか?」
「うっそ~。で、どっちがジャックでどっちがニックよ」
「えーとこっちがジャック……いや、あっちがジャックでこっちが」
「テキトーか!」
「プッ」
 料理に散弾銃の玉でも入ってたのか、キラーミンはタン壷に唾を吐いた。
「なんなんだよ、汚ェーんだよさっきから、プップップップ……!!」
 ピンク怒髪うさぎことウーがバッと立ち上がった。
「嬢ちゃんは……」
「ミルクでも飲んでろっての? 千葉は酪農国内第四位よ。そのセリフは言わせないわよヒトモドキがッ」
「違う! お前はミルク・クレコップか!? こう見えても昔は……」
「やんちゃしてたって言うの? あたしさ、『昔やんちゃしてた』とか言うやつ大嫌いなのよね。だから何!? やんちゃしてたけど現在はまじめです? まじめだけど実はやんちゃなんです? やらかしただけでしょうが! -----何の自慢にもならんわい」
「聞け! 人の話を。学校で教わらなかったのか? 逆だ。こんななりで何で真面目だと思うんだ? 西部じゃアウトローこそが制服だろうが。……言っとくが、鼻水たらしたガキのお痛レベルなんぞと一緒にされちゃー、甚だ迷惑だ」
「フッフッフ。ありすちゃん、ここはあたしに任せてくんない。どんな早撃ちか知んないケドさ、『科術』には勝てないんだから。もしもあたしに負けたら牛乳飲みながらマザー牧場十周だ十周!」
「ウー、それおなか壊すよきっと」
「性悪~」
 時夫も呆れる。
「一周すりゃ十分分かる。いつだって俺は周回遅れでナンバー1だからな」
「意味不明! お前なんかシチュー引き回しにしてやる!」
「シチューはかき回すとコクが出る……う~んなんかウマそうだな」
 時夫は笑った。
「おーいヒトモドキッ、あたしの目にジープ走ってるか!?」
 西部劇好きのウーは立ち上がって中腰姿勢のまま、胸に両手を持っていった。伝説の空手家、喧嘩十段・芦原英幸の煽りセリフで喧嘩を吹っかけながら、科術の光線を放とうとしているのだ。なにこの獰猛なうさぎ。
「ほほう……やるのか。言い忘れたが、早撃ちでオレの右に出る者はない」
「ふふん、何ともありきたりなセリフ。ありきたりすぎて言~い~直しィ~~」
「ちなみに左に出るものは千人、前に出るモノは七十億人だ」
「今度は逆にイミフすぎんだよ! 何が言いたいのよ! 結局。キンピラゴボウにカルパッチョとかいうの」
「キラーミン・ガンディーノだ!」
「キラーミン……ジュゲムジュゲム、ゴコウノスリキレ、カイジャリスイギョノ……」
「キラーミン・ガンディーノだと言っとろーが! わざとらしいぞ。人の名前を間違えるとは西部一の恥知らずか? ここでお前が一生を終えてもオレは別に困らない」
「さっきヘノヘノが侮ってたけど、恋文町をナメないでよね! 床ジョーズとか幻のイトウとかぐるぐる公園とか硬いパンとか人食いバーガーとか空飛ぶネオンテトラとかまじお勧め! あっ」
 ウーの額に何かがコツンと当った。ありすと時夫がバッと立ち上がる。
 床に白チョークがコロコロと転がった。
「次は実弾だぞ。嬢ちゃんたち、顔でも洗って出直してくるんだな。忠告はしたゼ」
 キラーミンの動きは見えなかった。ウーは前傾姿勢のまま、額にチョークの跡が残っている。
「釣りは要らん」
 良く見ると、メキシコ2ペソ金貨だ(日本円で6千円程度)。
 連中は注文を受け取ると、一人ひとりカウンターにコインを指先ではじいて投げて、店を出て行った。
 キラーミンはなぜか、ウーの喧嘩を買わなかった。
「誰が人だ、へのへのもへじのくせにー!!」
 キラーミン教諭だけは「へのへの」ではない。
 ウーは後を追って店を出た。
 仕方なく三人も店を出た。
「もー!!」
「もー!!」
「もー!!」
「もーもーうるさいわよ。文句ばっかり」
「モー」
「あたしじゃない」
「じゃ誰よ、モーっていったの」
「……牛」
 ギャングスターバックス前の道が、牛で埋め尽くされていた。
 これでしばらくジープを出すことはできない。
 すでに、ジャック・ニック・教職たちの姿はどこにもなかった。
「牛がどっか行かないと出られないわね。ちょっとあいつらを追いかけてくる」
「いや、あいつの言うとおり、一旦引き返した方がいいかも」
 ありすは腕を組み、思案している。
「何ありすちゃん、あんな『へのへのもへじ』を警戒してるの? まさか」
「別にギャングなんかを心配してるんじゃない。西が禁断地帯だからよ。ブラックハウスが出した回覧板に書いてあったでしょ。ここから先は禁断地帯の意味論が働いている」
「そんなの行ってみないと分からないじゃん。あたしアイツらを絞り上げて、西の脱出路を探り出してみる。イヤならこの店で待っててよ」
「ちょ、ちょっとウー!!」
 ウーは駐車場に三人を置いて、店の裏に回り、姿が見えなくなった。
 西には西部劇の意味論が働いている。それは確かだ。
 科術師・石川ウーにとっては怖くもなんともないのだろう。
 もしありすのシャーマン戦車があれば、拳銃相手なんて冗談みたいなもんなんだが。だがありすはそんなことよりも、「禁断地帯」の意味論にナーバスになっているらしい。
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