第18話 いきなり雪絵ミュージカル

文字数 5,084文字

 眼を開けた白井雪絵は、そろそろと上体を起こして、辺りを見回した。
「みなさん、おはようございます。はっ……ここは?」
「-----地下の城よ。今、裁判中なの。実は、あなたについて審理しているトコ」
 ありすが言った。
「-----私をですか?」
 無垢な少女のような雪絵は、不思議そうに一人ひとりの顔を見回した。むしろこっちの方が、何でも訳知り顔の古城ありすよりよほど本家アリスっぽい。
 雪絵はしばらく考えていたが、
「裁判、裁判……ですか? う~ん、分かりました!」
 と笑顔で何かを悟ったらしい。
「白井雪絵、あなたは自分が人間だと思いますか?」
 裁判長のサリーが訊いた。
 雪絵はしばらく沈黙した後、
「お答えします。時夫さんがお店を訪れた、その日の朝の事でした」
 相手の眼を見上げて言った。
 再びサリーは五重の椅子に座っている。
「お店の近くの街路樹でピィピィと鳴き声がして、私は表に出ました。近づいてみると、木の枝に留った雛が鳴いてました。どうやら上にある巣から降りてきて、登れなくなったらしいです。でも、親鳥はいませんでした。私がじっと観ていると雛はシーンと動かなくなりました。まん丸の身体で眼をつぶり、ブルブル震えながら、必死で枝のフリをしてるんです。私は命のはかなさを観て、感動しました。命を宿した者は……命がけなんです!」
「フ~ン、何の話をしてるの?」
「私は人形です。でも心の中は人間です。それを感じたという話です」
「まぁいいわ、分かりました。では次の質問に移ります。あなたを白彩から盗んだのは時夫さんですか?」
「いいえ。私は自分の足で白彩を辞めてアパートへ来ました」
「じゃあ、あなたは盗まれてはいないということ?」
「はい。でも時夫さんは、とんでもないものを盗んでいきました」
「何を?」
「私の心です!」
 時夫は拍手喝采、ありすはどっチラけ。
「な、何を言ってんの、時夫さんが盗んだのは私の心よ! あ、あなたの心なんか盗むはずがないじゃない! 人形に心があるなんて------」
「いいえ、間違いなく私の心です!」
 すると雪絵はすっくと立ち上がった。どっかから雪絵にスポットライトが照らされた。アンティーク人たちが、外のハロゲンライト・フラワーを運んできたのである。
 雪絵は唐突に大声で唄い出した。

 私は砂糖人間。
 名前はまだない。
 ある朝、私を店頭に出すので、
 名札をつけるために
 店長が「白井雪絵」とつけた。
 色が白いから。
 十秒で考えたんだって。
 その日の午後。
 時夫さんがお店に来てくれた。
 時夫さんは『乙女の恥じらい』を、
 そしてわたしを買ってくれた。
 わたしはドキドキしながら
 お昼の公園へ走った。
 時夫さんは連続殺人事件を起こしている店長から
 私を救い出してくれた。
 もう人を誘拐するのはごめんなんだ。
 月を浴びてるときだけ、本当の自分に戻れた。
 私は恥らいながらアパートへ。
 時夫さんはアパートで、
 世界一硬いアイスをプレゼントしてくれた。
 店長が追いかけてきたときも、
 一人で立ち向かってくれた。
 だから二人で一緒に、店長を茸畑に埋めた。
 時夫さんが私を、ずっと人間扱いしてくれたから……。
 そこから私の新しい人生が始まったあぁぁー!

「第八条、裁判所で唄うべからず!!」
 ピコ!
 サリー裁判長はハンマーで モグラたたきゲームを叩いた。
「わたしと時夫さんは、店長を埋めた翌朝、交番に行ったんです。でも、警察官は店長が茸だといって、とりあってくれませんでした。店長は茸でしたけど、私は違う。私は時夫さんの力で、ハートを、命を宿しましたから」
 雪絵は笑っていた。
 雪絵の白彩での店内での経験は、毎日が単調だった。
 時夫に連れ出された、限りある外での経験が雪絵にとってかけがえのない体験だった。彼女は今、走馬灯のように思い出し、歌い上げていたのだ。
「くっ、擬人のくせに生意気な------以後、お前の歌を一切禁じる!」
「では発言を」
「発言も禁じる!」
「では歌……」
「歌も禁止!!」
「裁判長、意義アリ! 私の、唄いたい『気持ち』は断じて止らないのです!」
「証拠物件、黙りなさいッ。『気持ち』なんか、『お餅』の間違いだ。白井雪絵に退廷を命じるーッ!! 出てけー!!」
「意義アリ! ミュージカルでは、唄こそ真実の吐露なんです!」
「退廷しろ!」
「意義アリ!」
「意義ナシ! とっとと厨房へ行け! 尋常にロイヤルゼリーになって! 早く!!」
「意義アリ! ミュージカルでは唄えば夢が叶う!! 唄えば判決だって覆る!!」
「こ、このヤローッ」
 サリーは小槌を振りかざして襲い掛かった。
 裁判長の命令など馬耳東風の雪絵は、髪を振り乱して小槌を振りかざすサリーを避けながら、ホールを後ろ向きに下がっていく変なステップをし始めた。みんなもその後に続いてゆく。裁判長のサリーを挑発するように、じっと見ながらの高速後ろ向きダッシュダンスで対応している。

 意義ナシ!
 意義アリ!
 意義ナシ!

「こ、これは-----まさかのミュージカルの意味論! 意味論の支配する世界では、意味を先に支配した者が勝つ。すでに裁判所の参加者全員が雪絵さんの仕掛けた舞台の上に上がらされて、唄って踊らなければならない意味論に乗っ取られてる。雪絵さん、あなたは一体-------!」
 ありすは状況を冷静に見極めつつ、驚嘆した。

 意義ナシ!
 意義アリ!
 意義ナシ!

 白井雪絵のリズムが、完全に裁判所を支配下に置いた。
 両者が同じ台詞を繰り返すたび、雪絵は胸の高さまで交互に足を上げた。ありすの言ったとおり、女王もミュージカルの流れに組み込まれてしまったようだった。

 意義アリ!
 意義ナシ!
 意義アリ!

 スポットライトだけでなく、天井からミラーボールが降りてきた。アンティーク擬人の中の楽器で構成された骨董レジスタンス楽団が、「マンボNo.5♪」を演奏し始めた。

私も時夫さんも前科付きでジェンカを踊る♪
前科を踊る♪ ジェンカを踊る♪ 前科を踊る♪ ジェンカを踊る♪

(いや前科じゃ……ないし……)
 時夫は呆然と雪絵を見つめた。
「こっこらー、第五条、裁判所でダンスするべからずッ!」
 サリー裁判長が抵抗虚しく叫ぶも、まるで効果はない。
「女王、判決言い渡すんなら貴女も唄いなさ~~い!」
 唄っているのはおぺんぺんだ。
「な、なんで私が唄わなくちゃいけないのよ、そんな恥ずかしいことできる訳が」
「唄いなさぁ~~~~~~~~いっ!」
 おぺんぺんは、朗々たるソプラノで詰め寄った。
「唄いなさぁ~~~~~~~~いっ!」
「クッ、こうなりゃヤケだ!!」
 サリーは一度眼をつぶってから、カッと大きなつり目を開いた。
 
 ヒュー
 ヒュー
 そんなに切ない声で鳴かないで
 誰に省みられなくても
 大事な仕事をしてくれている
 私には分かってる
 みんなに夢と希望を送ってる
 そんな貴方の傍に
 いつも私が居てあげるから
 ずっと街中に
 突っ立っていてね
 いつまでも……
 いつまでも……
 私は貴方の世界一の味方だから

「電柱人にささげる唄!!」
 サリーはドヤ顔でキメた。
「はぅ……っ! やるわね。危うく感動しかけた」
 ありすは両手を交差して広げた。
「けど勝手に埋めなおすってどうかしら?」
「な、な、何だって? なんで感動しないのよッ、これ以上ネタなんか-----。もういいわ。もう結構よ-----」

 私の話を聞かない者は
 全員今すぐ電柱にしてくれる!
 青白い光に包み込んで
 筒のように首を伸ばし、
 胴を伸ばし、脚を伸ばし、
 人の原形をとどめぬ
 文明の利器たる電柱に
 立派に生まれ変わりなさい!
 雨が降ろうと
 風が吹こうと
 雹が降ろうと
 ただひたすら道路に突っ立って
 ビリビリビリビリ
 電気を通しな!

「本性表しやがったな」
 時夫はこっちの方がサリーらしい唄だと思うのだった。
 白井雪絵はアンティーク人たちを巻き込んで、ラインダンスを始めた。足を高く上げ、群がる蜂人を蹴散らしていく。
 時夫もありすも一緒になって、ラインダンスを踊り始めた。
「てぇへんだてぇへんだ!」
 森の蟲松もまじっている。蟲松は、短い足を懸命に上げて踊りに参加していた。
「ウー!」
 「マンボNo.5」の掛け声のたびに、ダンスの列からうさぎの耳がぴょこぴょこ飛び出すのを、ありすは見逃さなかった。
「あっ」
 ありすはダンスの一員の中に、バニーガールを発見した。
 石川うさぎだ!
 ありすと眼が合ったウーは、やばっという顔をした。
「静粛に--------ッ!」
 サリーは木槌でポン菓子を作った。

 ドカン!!

 ホール内が、大量のポン菓子で埋め尽くされた。
「ウゲホゲホゲホ……ちょ、裁判長、さっきから小槌で何叩いてんのよ!!」
 ありすは両腕をバタバタさせて、ポン菓子をかき分けた。
「それはこっちの台詞ッ!! 裁判長っていったら小槌!! こんなもの権威を見せ付けるためにあるに決まってる。叩く対象のスケールが大きくなるほど権威も高まる!」
「はいはい、ワロスワロス」
 ありすは辺りを見回した。
 ポン菓子をひとつ食べてみて、顔をしかめた。
「しょっぱい。嫉妬の味がする」
「ほんとだ、ポン菓子涙味」
 時夫も食べた。
「うっっさい!!」
 サリーは何度も何度もハンマーを振り下ろして爆発を起こし、そのたびにポン菓子が増えていった。ポン菓子の津波である。
 直後、ウーがその中から、ズボッと飛び出して逃げ去った。
「あっ、重要参考人が逃げた。金時君、追うわよ。まっ、待て! コラ、待ちなさーいッ!」
「う~ん、裁判かと思えば回転寿司、かと思えば地名クイズ、……かと思えばハチャメチャなミュージカル。-------こんなの現実じゃ絶対ありえない。場面がグルグル転換して、本当に夢の中みたいだ。いや、俺は、本気で夢を観ているんじゃ? はっ、そうか! 俺は今も、せんべえ布団の中で------」
「金時君、何一人言ブツブツ言ってんの?」
 ありすが否定する。
 時夫は眼をつぶった。

 俺はまだ、冬休みの初日に布団の中で、まどろみながらやかんが沸くのを待っている……。そう思うと、布団の中にいる気がしてくる。そっちの方が現実のように感じられた。

 ------そうだ、「胡蝶の夢」だ!

「何ボケッとしてんの、ウーを追うわよッ!」
 ハッと眼を開けると、ありすの顔がそこにあった。
 ありすは大量のポン菓子の山をガッサガッサと押しのけ、外へ出た。
 時夫と雪絵はその後を追った。さらにその後を、アンティーク人たちの骨董レジスタンスが追いかけていった。

        *

「時夫さん、あなたは……わたしのモノなのよ」
 サリーはアーモンド形の眼をぎょろっと見開いたまま、にやりとし、着席しなおして新たに出てきた寿司を口に入れた。やっぱり、醤油をつけると格段にうまい。おぺんぺん醤油も、いい味じゃないか。
 蜂人たちはポン菓子の翻弄されて、一向に掃除が進まない。
「地下へ来た者は生きて逃がすな! 全員ひっ捕らえろ。そして時夫さん以外、一人残らず電柱に、電柱にしろ!! 文字通りの人柱となって、全員で恋文町を彩るのだ! どいつもこいつも電柱にしてしまえぇぇぇえええ!!」
 骨董レジスタンスが混戦する最中、一体何匹入るのか分からない兵隊蜂達が、城からあふれ出していった。
 一人残されたサリーは、ポン菓子からバストアップだけ出た格好でタブレットを操作している。
「フッフフフ、ハッハッハッハーッ。まんまと罠に掛かってくれたわね、ありす。計画通り!! お前が地下へ降りてきた時から、ここでタブレットを勝手にいじることは予想していた。だから、わざと地名アプリのアイコンを残しておいたのよ。そのお陰で、私は『火蜜恋文』の暗号を完全に解明することができる、と・い・う訳サッ。ありがとうよ操り人形の古城ありす。ホホホ!」
 ついさっき、リラクゼーション・ルームで猛勉強した成果をクイズで披露して、サリーはありすと競り上がる事ができた。
 そのお陰で、ありすから地名の読み方を引き出すことに成功したわけだ。熱暴走を起こしたときはさすがに焦ったが、再起動したら正常に戻った。
 サリーは長い爪でタブレットをカチカチ叩き、難読地名クロスワードを埋めていった。ほどなく、ハタと手を止めた。
 求める本の名前は、「戀文<ラブ・クラフト>」だ。
 サリーは、遂に暗号の解読に成功したのである。
 さて、本が隠された場所の名は------、
「幻想寺?」
 そんな寺、恋文町にあっただろうか。サリーの記憶の中には存在しない。
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