第86話 日々是かわいい わたしはウサギ

文字数 7,634文字



 ケーキの大爆発の勢いで、チャペルの天井が吹っ飛び、大きな穴が開いた。
 全員、大理石の床に叩きつけられた。天井からの風が、ビュービューと吹き荒れる。至高魔学性ゼッフル粒子は、天井の穴に吸い上げられて、流れ出ていった。
「何しやがったんだぁああー! ケーキ!! あたしと時夫さんのウェディング・ケーキを!!」
 ケーキまみれのサリーは、両手を振り上げ、呆然として叫んだ。
 ケーキは粉々に砕かれて、台だけが残されている。
「粒子と同時に、腐ったガスも抜けるでしょうよ!」
 ケーキの破片を払いながら、ありすはガッツポーズを取った。
(決まった……このセリフ)
「ハッキングが成功しました。幻想寺の放った論理爆弾が、システム・スイッチだったケーキを爆破したんです」
 マズルが状況を説明したが、時夫は不審顔で訊いた。
「論理爆弾が、何で、実際に爆発するんだよ!」
「元々、ケーキを吹っ飛ばす装置がサプライズで入っていたみたいです。火薬ではありません、空気圧を使った爆破です。もしも火薬や光弾でしたらみんな死んでます。このケーキはネットワークにつながっていました。論理爆弾がそれを乗っ取ったという訳です」
 空気圧爆発で天井が爆発とは、サプライズにしては激しすぎる仕掛けだった。
 破壊された天井から外を見上げると、雲が晴れていた。夜が明けたらしい。
 城の真上だけ、ぽっかりと雲の穴が開いているのは、至高魔学性ゼッフル粒子の蒸発によるものだとマズルが言った。
 キムリィ&ラッピング・モリィの二人は、愛のDJを結婚式チャペルホールで再開した。マズルとウーがDJをしながらクルクルと舞う。ダークネス・ウィンドウズ天のアップグレード開始の合図だった。空を、再びオレンジ色のオーロラが覆い始めた。
「あぁ、腹減ったぞ。甘食食いてー!」
 ウーが空気読まないセリフを吐くと同時に、上空を黄色い円盤のようなものが何機も飛来し、チャペル周辺に集まってきた。
「まさかのUFO!?」
 何が起こっているのか分からない中、時夫はここへ来ての「普通の超常現象」に喜んでいいのやら、驚けばいいのやら分からなくなっている。
 見るとUFOではない。大きな甘食だ。
「本当に甘食が!?」
 時夫は、前に恋文銀座で飛んでいたのを目撃したことを思い出した。
「いいえ、あれは天職(あましょく)ですよッ!」
 マズルは、UFOの正体を知っているようだった。
 天食から照らされたサーチライトが、チャペルの床を明るくする。
「みんな見て……また床のデカゴンが変形していく」
 青白い輝きを放った十芒星は、複合正多角形から、星型正多角形へと変わった。
「魔方陣が変わった! これが、ハッキングの影響か」

 ゴゴゴゴゴ……。

 白く大きな羽を生やした、天使みたいな連中が、甘食からチャペルに降りてきた。DJの二人は、ブロードウェイ・ミュージカル風の曲を流し始めた。
「おいっすー!」
 ウーが、ニコニコと手を振っている。
「何者!?」
 ありすと時夫は警戒したが、ウーとマズルは違っている。
「元旦だよ、全員集合!」
 一人の外人天使が野太い声で言った。
「あ! あの人は……」
 ありすと時夫は驚愕を持って、その口ひげの天使を見つめた。
「新年あけましておめでトゥー!」
 ウーは笑顔で迎え入れている。
 天井の亀裂にひっかかって、ずっとくるくる舞っていたミラーボールが避けた。くす玉だった。
「祝・新年」
「まさか、カレンダーが!?」
 アップグレードによってカレンダーが正常化し、ようやく恋文町に元旦が訪れた、ということか?
 女王がずっとかぶっていた水の王冠は、その瞬間にパシャッと崩れた。サリーはずぶ濡れで立っている。王冠は、時が止まって元旦が来ないことを示す魔学だったらしい。

「ぽげムたビゲなみょ〜ん!!」

 尋常ならざる掛け声と共に、ブロードウェイ・ミュージカル風に、天使軍団は踊り出した。
「レートさん……一体何やってんの」
 その天使は、コック帽を取ったレート・ハリーハウゼンその人だった。城外で天食に乗って、ずっとスタンバって居たのだろうか。
「わ~た~しぃ~はぁ♪ ムニエル~♪ われらは~~綺羅宮軍団~~♪ 幻想寺の~~~天使軍団なのだぁああ~~♪♪」
 唄いながらの自己紹介が始まった。全員、ぽげムたマークの缶バッジを着けている。大天使ムニエルと名乗るレートが熱唱する中、ありすはポカーンとしっぱなしだ。
「おいっすー、歌える~ムニエル~♪」
 ウーがニコニコと応じる。
「レート・ハリーハウゼンは、仮の姿なのだよ~~~」
「え”ぇ……」
 どっからどう見ても、奥さんがアニメオタクで、金属に匹敵する硬いパンを作っているあの職人にしか見えない。
 レートである大天使ムニエルは、マズルの方を向いた。
「マズル~~~♪ 彼はぁ~~マジエル~……♪ マズルフラッシュは光の粒子♪」
「……え? マジソン? マジソンスクエアガーデン? マジエルって誰?」
 ムニエルによると、マズルはいろんな名前を持っているらしい。
「ウーは?」
 ありすは、ウーをじっと見つめた。
 ついに、ついに石川ウーの正体が明かされる瞬間が訪れた。
 恋文町の全魂を救済する謎の天使軍団の、一員かもしれないウーの正体が。この「物語」に、ウーはどう関係しているのだろう。
「彼女は~♪ ウサエル~~~♪」
 ムニエルと名乗ったレートは、ウーを指差した。
「え……なんであんたが? は……羽が生えてる!! 嘘でしょ?」
「ウサエルですぅ。ですですでぇ~~~す」
 三日月の目で笑うウーの背中に生えた羽は、ウサギの耳のようなふわふわした羽だったが、鶴のように大きかった。
「バレちゃった♪ ウフ」
「ご……ごめん。何が起こってるのか分からない。あたしが一番、やる気出さなくちゃいけないのに」
 ありすはぶつぶつ言っている。
「彼女はぁ~~~♪」
「ちょっと待った! レートさん、いやムニエルさん、そのミュージカル風やめて」
「あなたのご友人、ウサエルは、ずっと天からの救済者だったんです。この思い残しワールド、恋文町における『不思議の国のアリス現象』に関わったメンバーの中で、一人だけ業がありませんでした。けど、ありすさんのご友人になった時に、この町の因果に取り込まれてしまいました。ありすさんと共に居るうちに、自らのことと目的を忘却し、結局、そのまま思い出すことはありませんでした」
 おいしそうな名前のムニエルは、冷静に説明を始めた。
 あのドジでマヌケなウーが?
「てへへ……」
「それは、かつて前世で佐藤マズルの恋人だった因縁によるものです。佐藤マズル、マジエルもまた、前世の出来事に関係があった人物です。百五十年前のここで起こった一揆のとき、マジエルは、幕軍側の森井壮介(そうすけ)という侍でした」
 森井……。ラッピング・モリィか!
「もしかしてウーは、キムリィ?」
「木村寧々です。しかし前世での石川うさぎは、ありすさん達とは違って、堕落した人物ではありませんでした」
 ありすがウーの顔を見ると、その時のことを思い出しているらしい。
「という訳で、石川うさぎとマズルは、元は天上界では愛のDJ天使なのです」
 ウーとウサメンが、天使だって!? って、どーいう訳だよ。
 時に敵のスパイのような、これまでウーの数々の奇妙な行動も、すべて「天使軍団の一員」で片付くのだろうか。いや、やっぱり半分はドジによるものだろう。
「ウサ吉。ごめん、その格好、てっきりマイケル冗談かと思った」
「俺も質問一ついいか?」
 時夫が訊いた。
「何?」
「山田って誰だ?」
 ウーはたびたび「大切なことは全て山田から教わった」とか言っていた。
「あぁ……GOGO山田さん」
 ウーは口髭を生やした、人のよさそうな天使を指差した。一員だったらしい。
「じゃあ綺羅宮は……」
 時夫が核心を訊いた。
「我が僧大将の綺羅宮の御名は、キラエルといいます」
 なるほど。それで幻想寺にも写植記号BAー90、通称ぽげムたマークがあった訳か。
「ちょいまち、幻想寺って確か禅宗だよね。つまり仏教でしょ? 何で天使が出てくんのよ」
 ありすは食い下がった。
「禅宗の前は~~真言宗~~~」
「それ聞いたわよ」
「真言宗の東寺には~~~、天使も描かれている~~~~神仏習合が進む過程で、景教(キリスト教)を取り込んだのだよ~~~」
「ホントに? いやだからレートさん、そのミュージカル風やめて」
 ムニエルはニヤッと笑った。
「その全員についてるぽげムたマークは一体何なの? 確か、一九五二年に作られた写植記号BAー90のはずよ」
「その通り。綺羅宮軍団は一九五二年から地上での活動を本格化しました」
 その時、一体何が?
「それから半世紀。ついに、ダークネス・ウィンドウズ天のアップグレードの瞬間がやってまいりました! おめでとう!」
 ありすと時夫は天使たちに取り囲まれた。なぜか、石川ウーは取り囲む側。

 おめでとう!
 おめでとう!!
 おめでとう!!!

「エヴァ最終回か~い! てか、勝手に終わらすなっつーの。まだ話の途中でしょうに、こんなところで話をジャーマンスープレックス投げしたら複線が回収されず大ブーイングじゃない!」
「俺も質問。ダークネス・ウィンドウズって結局何なんだ?」
 時夫が訊いた。
「ダークネス・ウィンドウズのシステムは、そもそも綺羅宮神太郎が幻想寺で作ったのです。恋文町に敷かれたダークネス・ウィンドウズのシステムは、わずかですが、現実世界とは次元の異なる領域でした。それで、町で意味論が働きやすかったという訳なんです」
 ドイツパン屋を仮の姿に持つ天使は言った。
「意味論が働きやすいのは、前々からそうだったからってことか? 市が合併する以前から?」
「はい。今日の恋文町の危機的状況は、百五十年前に我等が大将キラエル、綺羅宮神太郎が予知していました。文献にも記されています。来るべき時に備えて、準備してきたのです。現在のダークネス・ウィンドウズ7のシステムは、幻想寺の綺羅宮が『半町半街』と提携して、完成させました。一九五二年に」
 黒い幕=黒幕は科術師・綺羅宮神太郎だった。彼は百五十年前から予知していた。
「えぇ? ……じゃあ師匠も関係していたの」
 しかしありすに、幻想寺の記憶はない。
「そうです。幻想寺は、現在は中空界に存在する寺です。ずっと以前から、ありすさんには、元寺があったところに小さな碑が立っているようにしか見えていなかったはずです。そこにあるのに、見過ごしていたわけです。しかし、この町に『7』のシステムが稼動してから、少しずつ実体化が進み、遂に貴方たちにも見えるようになりました」
「--------もともと、幻想寺は現実世界に存在したんだな?」
「えぇ。普通の禅寺でした。名前は漢字が違っていて、『源宗寺』といいました。しかし住職の綺羅宮神太郎がそれを中空に隠し、『幻想寺』へと変わりました。地上の寺は廃寺になりました。綺羅宮の肉体が、晩年に差し掛かった頃にです」
「そっか、そーいうことか……」
 全国の「源宗寺」という名の寺がこの話を知ったら、戦々恐々になるかもしれない。
「廃寺……ハイジ……アルプスの」
 ウーがぶつぶつ言っている。
「現在の7から天にアップグレードすることは、この町がさらに上位次元へと移行することを示します」
「ところでなぜ蜂が世界中から消えたか? CCD(蜂群崩壊症候群)は、先に蜂たちが異世界へアップデートしたからなのよ」
 ありすは科術師として意味論を解いた。
「それが世界各地で起こると?」
「そう。いわば人類にこれから起こる事の前触れになるのよ、彼らは-----」
「最初にアップグレードが試みられたときは、貴方たちが、西へ西へと脱出を試みている最中でした。……キラーミン・ガンディーノは、綺羅宮神太郎が持つファイヤーストーンの人格化です。密かに白井雪絵を湾岸のマンガン工場へと連れ去り、彼女の力を使って、アップグレードのボタンを押しました」
 工場の中に、アップグレードのボタンがあったという。
「何……? 今、何て? じゃあ、キラーミンは敵……じゃ、なかったのか?」
 時夫は、もう、何がなんだか分からないという感じがした。
「いえ、キラーミン本人はあくまで、女王の配下のつもりでした。それを我々が操っていたのです。もともと綺羅宮のパワーストーンだったからです。綺羅宮神太郎(キラミヤ・カンタロウ)=キラーミン・ガンディーノですよ。つまり、キラーミンは無意識のうちにそう行動していた訳です。それはマズル……マジエルが、地上へ出てきた頃でもありました。マジエルは別の場所で、アップグレード作業のサポートを開始しました。しかし、地下の黒水晶の抵抗によって、残念ながらあの時は失敗に終わりました」
 三人は、西の果てで黒幕が空から降りてきたと思ったら、それが消えてしまったことを不思議に思っていたのだ。
「あいつ……最初にギャングスター・バックスで会ったとき、確か昔は真面目だったけど、今はアウトローだったとか言ってた。綺羅宮であることを、暗に意味していたのか」
 レート・ハリーハウゼンはキラーミンとの戦いで、そんなことおくびも出さなかった。ありす達をそこまで欺けるとは-------。
「7から10にアップグレードすることは、すなわち10=テン=天へと至る道です。ハッキングが成功し、ようやく今回アップグレードが開始され、この思い残しの囚われ時空が溶け始めています。それで、我々綺羅宮の天使軍団が、入り込むことが可能になったという訳です」
 それが、文献の中で綺羅宮が予言した内容だったらしい。
「あたしたちが出会った、幻想寺にいた若いお坊さんは?」
 ありすは、これまでずっと彼が綺羅宮だと主張してきた。
「お察しの通り。ファイヤーストーンの力で、不老不死を得た綺羅宮神太郎です。年齢遡行の科術で、若返りました。しかし、ずっと中空界の幻想寺から外へ出られませんでした。サリーにファイヤーストーンを奪われ、力を弱体化させられていたのです。今や、彼の科術パワーは元に戻りつつあります」
「寺フォーミングは?」
「綺羅宮軍団の一員、茂古(もこ)坊の科術です」
「もこ坊?」
「町に、巨大など根性大根が生えてるのをご覧になったことがあるでしょう。あれも茂古坊の仕業です」
「民家の壁に『もこ(ハート)』っていっぱい書いてあった!」
 ウーが驚いている。軍団の一味のくせに知らなかったらしい。 
 寺フォーミングも、綺羅宮の壮大な科術だったようだ。
 ダークネス・ウィンドウズ天の夜明け前、幻想寺はあえて結界を解き、罠を張っていた。そうして綺羅宮は、サリーからファイヤーストーンを奪い返した。
 かつてキラーミン・ガンディーノとして、魔学の力をいかんなく発揮したファイヤーストーンを手に入れ、現在、綺羅宮の力は完全復活しているという。
「……で、当の綺羅宮は? そのキラエルとやらは、今どこに?」
 時夫が代表して、ドイツ人パン職人の天使に訊いた。
「彼はアップグレードのシークエンスがさらに進まないと、ここには現れません」
 DJ.ラッピング・モリィの音入れと同時に、綺羅宮軍団は、綺羅宮神太郎を光臨させるアップグレードのサポートを開始した。
「女王サリー、今回のアップグレードはキャンセルできないぞ! お前は止(ト)マリックスの阿頼耶識装置で無理やりそれを停止させていたが、これから我等が恋文町の各所に散らばり、この町のアップグレードを完遂させる!」
 ムニエルは天使軍団を代表して、サリーに宣言した。
 シンギュラリティ・スミスを倒され、もはや、サリーに反撃の手立ては残されていなかった。
 古城ありすのダンスで、ありす側についた蜂の反乱により、蜂の巣=阿頼耶識装置も故障し、AIシンギュラリティは不完全なシロモノとなった。
 しかしAIスミスは不能になっても、茸から製造されたスミスはこの城の中に生き残っていた。
「そうはさせん! 私は人類を超えたのだー!」
 ドカドカと革靴を響かせてやってきた百人のスミスに、チャペルはたちまち埋め尽くされた。像がぼやけたゴールド・スミスは弱体化したが、まだ茸人のリーゼント・スミスは健在だった。
「あーっ、ルール違反だ。ダンスに負けたら潔く引き下がるって行ったくせに」
 ウーが文句をつけた。
「ルール? ルールとは上位の存在が下位に対して敷くものだ。私はシンギュラリティで人類を超えたのだ。だから、人類などという下等動物と対等ではない……」
 まだ言うか。
「人類を越えた? 残念だけどさぁスミス、天使は人類のカテゴリーに入ってないのよね。よって天使のダンスもね。ようやく見せられる、本物の天使のダンスを!」
「ならさっきのは何だ? 冗談か?」
 スミスの苛立ちに、時夫も激しく同意する。
「ハーモニー・ハート・シャイニング!!」

 うさぎビーム ハートを溶かすハイビーム
 うさぎビーム 胸から出す愛のパワー
 うさぎビーム 君のこころが
 うさぎビーム 紡ぎ出すビィーム!!

 ビカビカッ!!

 通称うさぎビーム。
 覚醒した石川ウーは、兎ビームだけでじゃんじゃんスミスたちを蹴散らしていった。通称うさぎビームは、これまでで最強のパワーを発揮していた。
 愛の戦士ウーは、今や最強の科術師だった。へなちょこでもその本質は天使で、一人セーラームーンとして、最大の力を持っていたのだ。
「ヌウ? ……ヴワァァー……! や、やめろー」
 マズルは八極拳で、猛スピードでスミスたちをバッタバッタとなぎ倒した。
 高速のマズルの打撃と床を踏みしめる音が、バチバチとチャペル内に響き渡る。二人のデュアル攻撃で、スミスは何も出来ないまま、数を減らしていった。
「うさぎ波動ビーム砲!」
「グワー!」
 スミスが続々と焼け死んでいった。
「何それ……卑怯じゃん」
 ありすも引き下がって見守っている。
 マズルとの愛のパワーで、うさぎビームの力は増したのだ。うさぎビームは無敵だったらしい。
「ゆ、床に墨だけが残った。……スミスだけに」
「座布団十枚」
 チャペルのお掃除ロボットが出てきて吸い取っていった。
 茸で形作られたスミスは、全滅したらしい。ホログラムのARのゴールド・スミスだけが残されたが、ほとんど何の力も残されていない存在だった。ロダンの「考える人」みたいなポーズを取って、身動き一つしない。
「おやおや、かわいチョー」
 ウーは、小悪魔のような笑顔でクスッと笑った。
「我々はこれからアップグレード前の、恋文町の正常化のための浄化の準備に入る。フライハイト!」
 綺羅宮軍団ことムニエルたちは飛び立って、恋文町内に散らばっていった。
「クソッ、シンギュラリティAIなんて、ぜっんぜん使えないじゃない!」
 仰々しいだけのスミスの像をサリー女王は睨みつけ、ただただ右手に持った茸を握り締めていた。
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