第91話 ミックスジュース 希望と絶望のミルフィーユ

文字数 18,118文字

八石 サンストーン 綺羅宮神太郎~キラエル~ 幻想寺

「七つの石が認証できた。順調に、アップグレードは進んでるみたいだ。しかし、あと三つのうち一人がありすだとして、残るメンバーは誰?」
 確実にメンバーが足りない。時夫には想像もつかないが、アップグレードの認証には何か隠し玉でもあるのだろうか。
「そうですね。それに、陰→陽→陰と来て、次の『陽』候補が誰になるのか……」
 マズルの言葉に、俺はもうごめんだ、と時夫は言いたげな表情を浮かべたが、さすがに誰も期待してないようなのでほっとした。
 達夫とレートだけは奇妙なほど、イースター島のモアイ像のように押し黙っている。
 幻想寺から、オレンジ色の光が天に向かって伸びた。空もオレンジ色に変わっていく。
「次は幻想寺ですか。いよいよですね!」
 人差し指を額に押し当てたマズルが、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回している。
 しかし、該当するメンバーが見当たらず、何も現れる様子がない。
「マズル、何か知ってるんだろ? とぼけるなよ。教えろよ」
 時夫の問いかけにマズルが何か答えようとしたとき、ありすが叫んだ。
「あいつのニヤニヤした顔……絶対おかしい! 雲の中で、一体何を謀っているんだ」
 そういうと、ありすは一人積乱雲の中へサリーを追った。

「見つけたわよ……サリー!!」
 ありすは雲間に漂う女王を目視したとたん、エクスカリカリバー・ブロートで斬りかかった。
 女王は空間を引き裂きつつあった油麩剣を持ち直して、ありすの剣撃を受け止める。
 サリーのパン剣は、さっき雪絵に壊された剣とは違う色味だ。何本か油麩を焼いてあるらしい。
「オマエ……もしかしてまたパワーアップしたのか!? これ以上……どんな力を解放させるつもりなんだ!」
 今度のサリーに余裕はなかった。
「それはこっちのセリフよ! 我がエクスカリカリバーブロートの剛剣を受けてみよッッ!」
 空中でのパン剣の押し合いが続いた。
「あそこだッ!」
 ウーが指差した。
 二人から飛び散る光弾の火花を察して、他のメンバーが続々と集結する。
「あんたこそ、いつまで取り戻した力を魔学に使うつもり。そんなものは意味論の暴走でしかない! もうこれ以上、何も亜空間から出させないッ」
「う……るさ……いッ、邪魔邪魔星人」
「あんたでしょうに、おとなしく……地面の下で永遠に眠ってやがれ、ど根性大根女ッ」
 油麩剣を持ったサリーの背後から、突如ガスマスク面の1ダースベイゴマの黒い手袋の腕がニュッと出現して、ありすの腕を掴もうとした。
「ぐっ」
 ありすの背後から、今度は若い僧侶が出てきてベイゴマの黒手袋を掴んだ。その坊主を見て、サリーはハッとした。
「綺羅宮神太郎!」
 サリーは、ありすがエクスカリカリバーブロートで召還した者の正体を悟った。
「こんな時に、よりによって厄介な綺羅宮神太郎を……。絶対召還しちゃいけない奴を召還しやがった」
 みるみるサリーの顔に焦りの色が浮かび上がった。
 二人の頭上で、二メートル近い大男同士の力押しが始まった。
「オマエ……バカじゃないの!?」
「え? バカラの時計をくれる? ちょーだい!」
「あ、バカじゃないのじゃなくてバカか。ゴメーン」
「早く! 早くぅ!」
「バカにバカって言ってもバカの意味が分からないらしいわね……。わわわ、私に近づくなァ!!」
 サリーの、綺羅宮に対する恐れは尋常ではないらしい。達夫店長の時よりも恐れている。そして1ダースベイゴマは、綺羅宮との力押しに屈しつつあった。
「そうか! 確か、アップグレードが進まないと綺羅宮神太郎は出てこないって、レートさん言ってたよね」
 ウーが笑顔でレートことムニエルの方へ振り向いた。
「その通りです。そして今がその時です。而今(にこん)」
 そう言って、ムニエルは雪絵に向き直った。
「雪絵さんのムーンストーンから、サンストーンへと橋渡しされたのです。それが陰石から陽石へのエネルギー循環です」
「それは?」
 時夫が訊いた。
「綺羅宮神太郎の持つファイヤーストーンは、サンストーンと呼ばれています。その石は、富士山の科術師が営む石屋が扱う特別な石なんです。富士は地球のチャクラ、太陽神経叢に相当します。それに対応したパワーストーンが、日長石・サンストーンという訳です。地球のへそのパワーと、朝日のパワーの両方を得て、授与されたんです。これで、陰陽の流れがはっきりします。別名『太陽の石』の意味を持つヘリオライトは、雪絵の月長石・ムーンストーンと対照的なパワーを持っています」
「月から太陽へ------、か!」
「はい。日長石は、自尊心を育てる力を持っているとされています」
「自尊心……誰の?」
「我々です。科術師としての力を、です」
 綺羅宮からかろうじて脱出した1ダースベイゴマは、ライトウィップを振り回し、猛反撃を開始した。背後の悪空間から、黒いUFOがあふれ出していった。
「なるほど、正月にはコマで遊ぶものだが?」
 時夫はライトセーバー誘導棒を構える。
 無言だった綺羅宮神太郎が口を開いた。
「真灯蛾サリー! お前の中に閉じ込めている人質たちを、すみやかに解放せよ! お前が人質から吸収した力に、<戀文>で記憶を取り戻したオパールの力を誤用していることははっきり分かっておるのだ……!」
「何ですって?」
 ありすは驚いた。
 サリーは恋文町中の佐藤さんを誘拐し、地下で砂糖に加工して食べていた。
 人々は、女王の身体の中に封印され、魔学の力の源泉となっていた。
 これまでに何人の人間を喰ったのかは数知れなかった。だが、それはサリーの体内に保存され、確実に「生きている」と綺羅宮は言ったのだ。
「何処を見ている? 貴様の相手はこの私だ、地球人!」
 1ダースベイゴマは、けなげに<侵略者>を演じていた。
 雲間から、巨大な暗黒の球体が姿を現した。ありすらの目の前に、UFOを吐き出している根源の実体、ダークスターが亜空間から出現した。
 西の地平線の太陽がいっそう赤く明るく、世界を照らし出した。
 綺羅宮神太郎は真紅の太陽を背にして浮かんでいた。ありすが目を凝らすと、その姿はもはや綺羅宮ではなかった。
 キラーミン・ガンディーノ。
「フッフッフッフ……、周回遅れでナンバー1のこの私に勝てるかな?」
 早撃ちで彼の右に出る者はいない。
 左に出る者は一万人、前に出る者は七十億人……などとのたまう、西部で出会ったかの宿敵が笑っている! 口に、禁煙パイポを咥えて。いや、ちょっと待て。ココアシガレットだ。いつの間にか駄菓子科術を取り込んだらしい。
「あの太陽、夕日か? キラーミンの科術だ。やっぱアイツは、綺羅宮神太郎だったんだ!」
 キラーミンは、時間の能力を司る科術師だ。しかも、過去の時空に存在している。
 「最遅」のガンマンでありながら、奴だけが「昨日」の時間の住人であるために、周回遅れで時間の先頭を行くのと同義になり、「最速のガンマン」となっていた。
「キラーミンは、綺羅宮の本地垂迹です」
 ムニエルのいう本地垂迹とは大乗仏教用語で、大日如来(本地)がその他の神仏(垂迹)に分身することを意味する。なるほど、幻想寺の住職らしい科術だ。
 しかしそれがガンマンとは。ありすはずっと、西部で綺羅宮の本地垂迹と戦っていた訳である。なら勝てる訳もない。
「いよいよ、最速のガンマン対宇宙からの侵略者かぁー!?」
 ウーがはやし立てた。
 燃えるような赤い夕日を背にしたキラーミンは、二丁拳銃を腰からサッと抜くと、群がるUFOを次々と撃ち落としていった。
 敵の氷結レーザー光線より、キラーミンの科術弾丸の方が一段速く、正確に撃ち抜いていった。「早撃ち」の意味論の前に、1ダースベイゴマの操るUFO軍団は敗退した。
 キラーミンの反撃に、ダークスター側は近寄ることすらできずにいる。業を煮やした1ダースベイゴマは、さらに追加のUFO戦隊を発進させた。
「やっばいんじゃないの? この流れ……」
 ウーの目の前を、黒雲のように群がったUFOの軍団が通り過ぎていった。
「なるほど、たとえキラーミンが九十九パーセントのUFOを撃ち落としても、残り一パーセントのUFOが突破すれば、キラーミンを撃ち落すことができる!」
 マズルがその意味を察した。
「ほほぅ? 無作法ながら面白い作戦だ」
 キラーミンは一旦引くと、雲の中へ避難した。
 マッチに火を着け、それを放り投げる。
「カム着火インフェルノォォォオウ!」
 突風が吹き、西の方角から巻き上げられ、流れてきたタンブルウィードの集団が現れた。
 火はタンブルウィードに燃え広がり、勢いよくUFOにぶつかっていった。
 数においてタンブルウィードはUFOを上回った。燃え盛る、無数のタンブルウィードはUFOを次々と撃墜していった。
「信じらんない光景……」
 宇宙の悪玉・1ダースベイゴマはキラーミンに額を撃ち抜かれ、連動してダークスターの上半分が大爆発を起こした。
 その直後、キラーミン・ガンディーノの銃は古城ありすを撃った。

九石 黒水晶(ダークネス) 古城ありす 半町半街

 銃弾は、ありすのエクスカリカリバー・ブロードにヒットし、パン剣はガキンと音を立てて砕け散った。
「何をする!」
 時夫が近づこうとすると、キラーミンはあっさり銃をしまった。ありすの持つ砕けたパン剣の中から、細身のステッキが出現している。
 短い棒の先端に、二種類の羽を持った蝶がついている。
「時夫君、大丈夫ですよ。ありすさん、これは綺羅宮軍団からのプレゼントです」
 マズルはさわやかな笑顔で言った。
「黒い羽は黒水晶、白い羽は水晶でできています」
「なるほど。光と闇……二つのエネルギーを統合する。それが、私の能力ってわけヵ!」
「そうとも。それを、半蝶半蛾の力ともいうんだ。いよいよ、さっきお前が飲んだ半蝶半蛾が、真価を発揮する。サテとお前の石、黒水晶のときが来たようだな」
 金沢達夫は、地上の半町半街から黒紫色の光が立ち上っているのを確認する。ありすの黒水晶によって、空に真っ黒な幕が下りてきた。
「なぜ、ダークネス・ウィンドウズ?」
 ありす認証のとき、闇夜となるらしかった。
「夜明け前がもっとも暗い、というだろう? 今日の恋文町の危機的状況は、百五十年前に綺羅宮が予知していた。文献に記されている通りに」
 ダークスターの残骸が、下半球だけの状態で宙に浮いている。それは、闇の中でも弱く発光し、ゆっくりと回転している。
「変だぜ。あれは、なぜ消滅しないんだ? もう、1ダースベイゴマは死んだはずなのに!」
 時夫が見ると、その腹に、六角形に蜂マークが確認できた。
「何か危ない……まだ生きてる匂いがする」
 ありすは、近づこうとするメンバーを止めた。
 黒い半球上部から、茶色い何かがウワッと沸いてきた。
 一瞬、ありすはそれをバッタの大群だと思った。近づくと、その正体がはっきりしてきた。古い形の飛行機、それも木製の代物だった。
「こ、これは!? 大戦中にわしが南の島で見たカーゴカルトの戦闘機じゃあないか! はっはははは。サリーめ、おそらく本を読んで引用したようだ。ある意味で、南の島で起こった戦闘機のカーゴカルトは、近代文明に出会った現地人の止揚だったかもしれんがね。しかし、二十一世紀にこんなところでお目にかかるとは、まったく螺旋的弁証法という奴だよ!」
 達夫は呆れたように笑っていた。
「そんな素敵なもんか? Gさん」
「時夫よ、たとえば、さっきの1ダースベイゴマのUFOだってそうだ。本物の宇宙人がここに出てきたとしようか。もし人間が、彼らのUFOを真似て円盤型飛行機を製造したとして、宇宙人からすれば木片の戦闘機と同じようなものでしかない。だが、地球人にしてみりゃ考えられる限りの模倣ではないか?」
「ナメられたものよね、私の最後の敵が、使えない戦闘機とは。空を飛んでるだけでもたいしたモノだと褒めてやるけど」
(空を飛んでるだけ。はい。それは俺です)
 と、時夫は心の中で応じる。
「カーゴカルト戦闘機とて侮るな! 意味論を持って本物に迫るぞ!」
 達夫は警告した。
「第九石、黒水晶。半蝶半蛾……不死鳥の舞!」
 ありすは、半蝶半蛾ステッキをカーゴカルトの戦闘機編隊にかざした。
「落ちろ、カトンボ!」
 カーゴカルト戦闘機は数こそ多いものの、ダークスターのUFOほどの攻撃力もなく、カサカサと音を立てながら、ほとんどが空中分解していった。ありすに近づくこともできずに----。
「君、今いったい何をしたんだ? そのステッキ……」
「意味論を解除したのよ。科術光弾を放つまでもない。カーゴカルト戦闘機程度なら、余裕で畳んでやるわ」
 意味論解除! とんでもない科術ステッキだ。
 ありすの長いまつげに縁取られた目は、漆黒の半球体を注意深く観察していた。
 半球体のフチから、紐状の肌色の物体がニュッと伸びてきた。その数、十本はあった。
「手だ? でっかい手が……」
 陽炎のように、実体ともモヤともつかない手は、ヒョロヒョロとした動きで、UFOやカーゴカルト戦闘機の残骸を半球体の中へ拾い集めていった。
「何あれ? 使徒!? きっもち悪ぅ~~」
 ウーは眉間にしわを寄せながらも、じっと見ている。
「やはり、まだ生きていた」
 時夫は、半球の活動エネルギーを感じた。
「サリーはきっと、あの中にいる。女王はあの半球の中で、これまでの敵を作ってたんだ。あの手で、材料を回収している。いわば、あれは『カーゴカルトの闇なべ』なのよ。それを、ダークスターの下部に流用していただけ……」
 木片の戦闘機は、唯の時間稼ぎだったのだろう。
「なら、あれがある限り、ずーっと敵が出てくるジャン。ありすちゃん!」
「サリー!! 出てきなさい。ま、出てこないなら来ないでこっちから行くまでだけど」
 突撃していったありすは、鍋の中でサリーがヘラをぐるぐる回しているのを発見した。ありすはぷっと笑った。……魔学者に鍋。定番過ぎるその姿に。
「やっぱり居たわね」
「お静かに!? 古城ありす」
「もう無理よー? 何を出したところで」
「言葉に気をつけな! 私は、なんとしてもお前に勝つ。いいや、勝たなきゃいけない。これから私の地上王国復活を祝して、あんた達に鍋の力を見せてやるんだから」
「ははぁ。やっぱり鍋だったんだ、これ。分かりやすい奴」
「旧約聖書じゃソドムとゴモラを滅ぼし、ラーマヤーナではインドラの矢といわれた王国復活の儀……。見せてやるわ! 闇鍋の雷を!」
 イーリーな目つきでサリーは勝ち誇る。
「何だ? ……そのセリフ。まるで」
 闇なべの下部が明るく光り輝いている。
「しまった、これ、『天空の城ラピュタ』のカーゴカルトだったの!?」
 早く破壊しないとと焦りながら、回転速度が高まるにつれ、ありすは近寄れなくなった。
「もう遅いわよ! はっはっは! このマヌケ面。見ろ、ゴミが人のようだわ!!」
「ゴミが何? 紛らわしいこと言ってじゃないわよ」
 闇鍋の下部から、直径五百メートルはあろうかという巨大な火柱が、恋文町に向けて発射されていった。
「きた・キタ・北・喜多・kita・KITA~ァアアアアア~~~!!! デスキャノン砲!」
 衝撃波が襲い掛かった。
 飛んでいるありす達は一人残らず吹っ飛ばされた。
「滅びの言葉……天空の城ラピュタを最期破壊した滅びの言葉、バルサン! 違うっ、バルタンッッ、じゃない。バリカンッッ、でもない! ポムじい! 何だったっけッ?」
「はははははは! あーっははははははは……」
 ありすは嵐の中で、真灯蛾サリーの高笑いを聞いていた。その笑い声は、上空にある魔法陣へと、まっしぐらに飛んでいった。

十石 オパール(ミックスジュース) 真灯蛾サリー 新屋敷

 たった一つの巨大クレーターだけが残されていた。かつて、恋文町だった千葉県北東部の土地に。
 幅1・5キロメートル、深さは数百メートル。時夫はそのフチの瓦礫の上に、一人で立っていた。
 みんな、どうなったのか。
 記憶が途絶えていた。きっと、町の住人たちは全滅したに違いない。
 空を見上げると、オパール色に輝いていた。
「金時君……」
 瓦礫の向こうから、ありすの声がした。金髪黒ゴスロリ科術師が現れた。頬はすすけている。どうやら無事だったらしい。
「ありす!! 一体、何があったんだ」
 時夫はとっさに、ありすの両肩を掴んだ。
「サリーは、天空魔法陣の認証をした」
「じゃあアップグレードは?」
「ダークネス・ウィンドウズ天アップグレードが中止されることはなかったよ。ただ、その意味が、最期に女王の認証によって、ひっくり返されたの。世界は真灯蛾サリーの王国に変わった。あれを見て……」
 ありすの指差す先に天空魔法陣があった。中心のシンボルは、羊でもなければ山羊でもない。六角形に蜂の頭のマークだった。
「天空魔法陣の最後の一人は、まさかサリーだったのか?」
「えぇ。他のメンバーが現れない限り。でも、それが我々の側には結局、現れなかったでしょ。元々、誰だったのかも想像がつかない。時間切れのうちに、私、あいつの計画を阻止できなかった。金時君。それで……それで……恋文町がこんな」
 恋文町をえぐったクレーターを見て、ありすの目に涙がにじんでいた。
「俺達は勝っていたはずなのに……」
 時夫にはありすの無念さが、痛いほど伝わってきた。無理もない。
 全員サリーに利用されたのだ。あの魔獣たちは全て、闇鍋から天空魔法陣を書き換えるための時間稼ぎだった。ありす達は陽動に踊らされていた。
「みんなはどうなった?」
「……」
 急にシリアスにならないで欲しい。
「ありす、なぁ、ありす!」
 時夫に両肩を揺さぶられたありすは唇をかんで黙っている。時夫は最悪を想像した。
「これが、みんなよ」
 ありすの小さな手の中に、色とりどりの小石が並んでいた。
 金、モッカイト、ウルフェナイト、ラピスラズリ、ローズクォーツ、ムーンストーン。
 ……サンストーンがない。
「まさか、本当に? ウーも、雪絵も、マズルも、レートさん、うるか、それにGさんも? ……みんな死んで、しまったのか? 嘘だろ」
「いいえ、その通りよ。あの美しい蜂人たちの地下帝国も、一匹残らずカーゴカルト・ラピュタのデスキャノン砲が掘削してしまった。彼らは全滅したんだ。だから、あんな地下帝国のシンボルマークなんか幾ら掲げても、もう何も意味がないの。あいつは、一人で蜂人を復活させることが出来るつもりでいるのかもしれない。けど、そんなことは絶対できっこない。嘘なんかじゃないわ……みんな私のせい」
「そんな……」
 ウーが、あの石川ウーがこの世に居ないだって?
 あんなに笑って、あんなにユカイで楽しい子だったのに。もう二度と、会えないのか。
 白井雪絵……あんなに、幸薄くて、俺が幸せにしてあげなきゃいけなかったのに。それなのに。それなのに。-------なぜ俺だけが残ったんだ。
 みんな。誰か、返事をしてくれ……。
 ザシッ。
 靴音がして、二人は振り返った。
 長い金髪をなびかせたキラーミン・ガンディーノが立っていた。
「こいつ……今更何しに来た?」
 まだ時夫は、キラーミンを信用できずに居た。
「金沢時夫よ。真灯蛾サリーはこれから必ずお前を迎えに来る。だが世界を手に入れ、覚醒したサリーは、もう俺でも阻止できない」
「……」
「古城ありす。ここからが君の仕事だ。君の、半蝶半蛾の力にしか頼めない」
「あたしには無理よ」
「何のためにそのステッキがあるのか、よくよく考えてみるんだ。そのために、俺の力で一時間前に飛ばしてやる」
「そんな事ができるの?」
「俺の力だけではできんが……、ここに金沢時夫がいる」
「は?」
「時夫は時王だ、時を司る意味論だ」
「じょ、冗談だろ」
「お前の石は、トルマリンだ。その石の電気を使って俺の力を増幅すれば、過去へと戻れる。一時間が限界だがな。サリーを止めるのは容易ではなかろうが、一縷の望みだ。やってみる価値はある」
「……で、どうすりゃいいのよ」
「時王、石を出してみたまえ」
「こうか?」
 時夫は懐から、トルマリンを取り出した。
 キラーミンは時夫の石に銃を向け、撃った。
「時夫っ、とき……」
 時夫はありすの険しい表情を見上げながら倒れた。

 ………………

 半町半街から黒い光が天空へ向って放射されていった。
「なぜ、ダークネス・ウィンドウズ?」
 時夫が達夫店長に訊いた。
 その言葉で、ありすは一時間前に戻ってきたことを悟った。
「夜明け前がもっとも暗い、というだろう? 今日の恋文町の危機的状況は、百五十年前に綺羅宮が予知していた。文献に記されている通りに」
 そうだ、闇を光に転換するエネルギー。それがこの半蝶半蛾の科術、私の持つ力なんだ!
「真灯蛾サリー!!」
 ありすは雲の中へと突入していった。たちまち、木片製の戦闘機が取り囲んでいく。
「邪魔よ、退きなさい! サリー、カーゴカルトの闇鍋から出て来い!! そこに居るのは分かっているわ!! もうお前が何を企んでいるのか、私は全部知っているんだから」
 襲い掛かってきたカーゴカルト戦闘機に、ありすはカウンターでステッキをかざした。木片製戦闘機は、連射反応で爆発していった。
「お前がどんなに残酷でも、強大な力をよみがえらせても、決して私を倒すことは出来ない!」
「しつこいわねェー……いつもいつもそうやって、街灯に群がる蛾みたいに、私にまとわりつきやがってー!」
「そりゃお前の名前が『真灯蛾』だからに決まって……あっ」
 ありすは言いかけて、黙った。
 「真灯蛾」の意味論。
 二人の因縁は、もとより宿命的な意味論だったのだろうか!?
「蛾を舐めないでよね。モスラの例だってあるんだから!」
 ありすは真実に近づいたように思いながら、それを口に出来なかった。
 ありすの半蝶半蛾ステッキと、サリーの油麩剣が刃を交え、空中で火花を散らした。二人の回転する動きが渦を形成する。
「私の王国の復活の邪魔をするな!」
 ラピュタのカーゴカルトこと、闇鍋の底が輝きを増していく。
「バルスッ、バルスッ、バルスッッ……、ダメだ、壊れない」
「きた・キタ・北・喜多・kita・KITA~ァアアアアア~~~!!! デスキャノン砲!」
「みんな、離れて! 早く」
 もうダメだ。時間切れだ。
 巨大な火柱が恋文町に振り下ろされた。
 ありすは衝撃波に吹っ飛ばされた。

 ………………

「金時君……」
 ありすはクレーターのフチまで上り、背を向けて突っ立っている時夫に声をかけた。
「みんなは、どうなったんだ」
 時夫は呆然とクレーターを眺めていた。
「死んでしまったわ」
 風がひゅーひゅーと鳴っている。空の色はオパール色に輝いていた。
「嘘だろ」
 時夫はありすの両肩をガシッと掴んだ。
「ありす、なぁ、ありす!」
「嘘じゃない。全て、わたしのせい。……わたしが、またあいつを止められなかったからよ!」
「また?」
 ザシッ。
 足音がして、二人は振り向いた。
「古城ありす……」
「待って! これからあんたが何を言おうとしているのか、私は知っている。あんたは、時夫を銃で撃つ。そうして、私を過去へふっ飛ばす」
「何だって?」
「でも、失敗したのよ」
「……どういうことだよ、ありす」
 時夫はキョトンとしている。
「時夫、こいつは時間を操る科術師でしょ。それがあんたの石の力で、これからこうなる一時間前に、私を飛ばそうとする。……けど、わたしにはサリーを止めることはできなかった。ごめん時夫。この結論が、きっと定められたものだから」
「いいや違う。羊か山羊か、どちらかに分かれる運命だが、そのどちらかは決まっていない。覚醒したサリーを止めるのは難しい。が、お前も半蝶半蛾の力を覚醒したはず。そのステッキの使い方を学ぶのだ。もう一度、やってみろ」
「ちょ、待って……!」
「而今(にこん)」
 キラーミンの銃口が火を噴き、時夫の持つトルマリンに当たった。

 ………………

 こうして古城ありすは何度、時間遡行を繰り返しただろう。
 気が付けばありすとサリーは延々と空中で渦を書いて回転し、パン剣の刃を交え続けていた。巨大な渦は空間と時間の流れを巻き込んで形成され、二人が回転する都度、空の色は闇色となったり、鮮やかな遊色効果のオパール色の空となったりして、激しく入れ替わった。
 二人は明滅する巨大な空の洗濯槽の中に浮かぶ芥のようになりながら、延々とステッキとパン剣の刃を交え、果てしなく怒鳴り合っていた。
「テメーはあたしを怒らせた!」
「お前がいくら師匠に恋しようとも、その恋は偽恋なのよ! いいかげん諦めな!」
「私が好きなのは時夫さんだって言ってるだろ!! 誰があんなクソジジイなんか」
「だから……金時は師匠の孫で、若い頃の師匠にそっくりなだけで、それがお前が去田円香のドッペルゲンガーである証拠じゃん! いくら本物に成り代わろうとしたって、師匠に人生の時間が流れたことが真実を証明している。師匠から若い金時に恋愛対象が変わってる時点で、ブレてんのよ!」
 ありすはそこまで言ってから、自身の言葉を再び疑い始める。
 たとえ偽恋でも、それが恋という意味論ならば、魔学の力で本物に成り代わる。
 「学ぶ」は「真似ぶ」から来ていると言ったのは、ありす自身だった。
 意味論が世界を創造する限り、ありとあらゆる分野で人は「手本を真似すること」から入る。古城ありすは科術師として、それを否定することはできなかった。
 だからサリーの恋が偽恋であっても、意味論が恋を本物にしてしまう。白井雪絵と同じケースだ。
 金沢達夫が二人の渦の中へと入ってきた。
「真灯蛾サリー、地上の様相を見よ、このゴタゴタで蜂人は死にかけている! それを何とするか。全て、お前に利用されたことによるものじゃ」
 達夫が指差す下界の新屋敷周辺に、蜂人がぐったりと倒れこんでいるのが見えた。
「このままじゃ滅びるぞ。蜂人を救えるのは、お前達だけだ!」
「くっ」
 他の連中には基本無慈悲なサリーも、蜂人たちに対してだけは違っていた。そしてそれは、ありすも同じだった。
「師匠、もう一度言ってやってくれませんか!? サリーは、円香のドッペルゲンガーだって」
 ありすは、達夫の口から直接聞けば、サリーがあきらめるという可能性にかけた。
「サリーよ、私の文集を読んで気づいたはずだ! 本物と成り代わろうとしたドッペルゲンガーのお前を、私は地下へと封印したんだ。私が書いた奇譚が全てだ!」
 サリーがかつて使用した、ドッペルゲンガーが本体と入れ替わる魔学。サリーは文集を読み、記憶の断片をつなげることで、入れ替えの魔学を取り戻した。それはあまりに強力で、達夫はサリーを地下へと封印するしかなかった。
「違う……そうじゃない! 違う、何かが間違っている。いいえ、何もかも」
 そう言ってサリーは黙り、闇とオパールの渦の中で頭を抱えた。
「金沢達夫。あなたの、戀文<ラブ・クラフト>の記録をよく読めば書かれている。……思い出したのよ」
「これ以上何を?」
「私が去田円香なのよ! 真灯蛾サリーは、私に取って代わったのよ。そうして今日まで、私自身は地下に落とされて、本物の真灯蛾サリーが時夫さんの祖母になりすまして!」
「あぁ? こいつ何言って……」
 ありすは呆れて、二の句が告げなかった。
 追い詰められたサリーが、苦し紛れに適当なことを言っているようにしか聞こえない。だが、その苦悶に満ちた表情は、作り話とは思えない説得力があった。
 サリーは今、あの時の真灯蛾サリーが円香と入れ替わったと言ったのである。
「つまり……てことは……? あれが本物のおばあさん?」
 時夫はついそんなことを口走った。
「金時君、奴のいうことに騙されちゃダメー!」
「そうよ、あの時わたしは入れ替わった……。本物のわたしを、あなたは見捨てた。そして達夫さん、あなたはサリーだった偽円香を、愛した……。サリーを……愛した。サリーだったものを。あなたはその真実を隠すべく、私を地下へと封印し、あなたと円香の、私の書いた戀文<ラブ・クラフト>も幻想寺に封印した……」
 サリーは怒りの表情で達夫をにらみつけた。それはこれまで見たことがない、すさまじい形相だった。
「あなたは、裏切った! 分かっていて、もう戻れないと知って、真実を覆い隠した。許さない! 私がどんな気持ちで、何年も、戦場へ行ったあなたの帰りを、ずっと待っていたのか」
 果たして、終戦直後、ドッペルゲンガーが本体と入れ替わる魔学は成功していた、ということか。
「ばかばかしい。私にそんな記憶はない」
「たった今何もかも思い出したのよ! あなた自身も、自分で記憶を摩り替えて、今日まで生きてきた。生きてしまった-----。真灯蛾サリーを生み出した自身の罪を忘れるために。でも、文集にはそのことが記されている。だから幻想寺に隠していたんでしょ? あなたこそ、よくこれを読んだらどう!?」
 サリーは懐から、戀文<ラブ・クラフト>を取り出すと、バサッと達夫に投げた。
「Gさん……どうなんだ?」
 文集を手にした達夫も、確証はないという顔だった。そこに浮かんでいるのは、明らかな動揺。
 なんという恐ろしい話なのか!
 しかし、意味論がひっくり返って、サリーさえもその因果関係を見失っている可能性があった。
 魔学が現在発動した結果、過去の出来事がひっくり返ったのかもしれない。ありとあらゆる意味論をひっくり返すのが、サリーの獲得した最終魔学だ。問題はそれが、終戦直後と今回で「二度目」なのか、どうかなのだが……。
「成功したなどと記しておらん! 私は意味の入れ替えを成功させないために、お前を地下へと封印したのだから! それは覚えている。私の記憶に間違いはない!」
「では貸してくれませんか」
 達夫はありすに文集を渡した。
「……読んでみたまえ」
 ありすはパラパラと該当ページをめくった。
 しかし成功したのかしてないのか、文集には明確に記されていなかった。
「師匠……すみません。どうやら、私が読んだ限り、どっちなのか、はっきりと明言できません」
「ありすちゃん、これから一体どーするつもりよ?」
「……キラーミン。いいえ、綺羅宮神太郎」
 ありすは依然としてガンマンの格好をしている綺羅宮へ向き直った。
「あなたなら知っているはずよね。真実を。この中で、一番の意味論の能力者よね?」
「残念だが……今となっては、どっちが本当のことを言っているのか、もう私でも分からん」
 とぼけ面のキラーミンは、新しいココア・シガレットを咥えた。
「サリーの魔学が、発動した今となっては」
「はぁ? 何言ってんのよ。あんた幻想寺の住職でしょ。いつまでその格好してんの! とっとと元に戻りなさいよ!」
「だが……、お前のその半蝶半蛾ステッキが、闇を光へと転化できるのだから、どっちが正しかろうと現時点で、別に大した問題はなかろう?」
「大した問題ではないィイ?」
「而今(にこん)だ! お前が! 今ここで! 全ての因果を変えてしまえばよいのだからッ!」
 キラーミン、綺羅宮神太郎がまた「渇」で話と時空をすっ飛ばそうとしている。
 全ては半蝶半蛾ステッキにかかっている。
「今大切なのは、過去の出来事に白黒はっきり着けることじゃない。ダークネス・ウィンドウズ天の認証の方だ」
「そんなこと言ったって、こいつがその認証を、いつも最後に覆してしまうでしょ。それで何度遡行を繰り返したか。本当の十人目は一体誰なのよ!?」
「サリーが邪魔している? ……いやいや、そうではない。メンバーは全て揃っているぞ。認証は、ここに居る全員で押さないといけない。……そう、真灯蛾サリーも含めてな!」
「------え?」
「何々? みんなだって?」
 時夫はここへ来て、またワケが分からなくなっていた。
「サリーもマサカ恋文町八犬伝の一員だったっていうの?」
 みんなで認証を……が、真灯蛾サリーを含むなどと。いやいや、それはないだろう。
 これまでサリーはその認証を、ずっと書き換えてきたのだ。その張本人が、認証に必要だったなんて? 斜め45度の斜め45度を行く展開じゃないか。キラーミンは、一体何を言っているのだ。
「全員、あの幕末の百姓一揆に関わっていた関係者だ!」
「え……サリーもか?」
「そう。一揆軍を討伐しに来た幕軍側の女間者だった。江田呻吟(えだしんぎん)という」
「じゃ俺も?」
「時夫、君は中村壮助という町医者だ。覚えとらんだろうが、漢方師だったのだよ。あの時は今のありすと立場が真逆で、愛を漢方で助けた。認証する石を持ったメンバー達は、あの時の苦しみや前世の因縁を引きずった魂ばっかりだ。どいつもこいつも……。全員が、江戸時代の不幸な悲劇を引きずり、苦しめた宿敵もあり-----。それらが、一斉に憎しみを超え、遂に浄化のときを迎えた。古城ありす。お前の半蝶半蛾ステッキならそれが可能になる。認証の最終段階で、もとよりサリーが必要となる予定だったのだからな」
 サリーは青ざめた顔で、キラーミンをじっと見つめていた。
「このオパールの空の意味が分からんか? 全ての石がアップグレードに必要だってことだ。全部で十個、ダークネス・ウィンドウズ天アップグレードの認証には、十個のキー・ストーンが必要となる。これまで、いろんな石が認証されると空の色が変わっただろう。最後、全てが合わさったミックスジュースのような十色の空になった。それが、十色を含むオパール色だよ。……お前の色だ。真灯蛾サリーよ! これはお前自身にとっても決してマイナスな話じゃない。全ての願いと救いを求めるなら、魔学で魔法陣を書き換えるのではなく、正統な道筋に従って、綺羅宮軍団のアップグレードに参加するべきなのだ!」
 キラーミンの姿が、綺羅宮へと急速にメタモルフォーゼしていく。
「……嫌よ。ち、近寄らないで! 私に、近寄らないでェ---------ッ!!」
 オパールの空は、全ての色が美しく調和していた。
 ダークネス・ウィンドウズ天は、オパールとしてのサリーを、恋文町のアップグレードに必要としていた。その中を、半蝶半蛾ステッキを持つ黒水晶のありすが飛んでいる。
「敵対する相手に自分の欠けたるものがある! 太極図の陰中の陽、陽中の陰! お互い、この逆説に気づいたとき、全ての問題は統合へと導かれ、止揚(アウフヘーベン)する。問題は解決する。そのために私はあなたの部下として、地下サイドにいたという訳です。またありすの黒水晶をあなたが持って、その力を使っていたようにね。さらに、最初白彩店員だった白井雪絵が、金沢時夫と古城ありす側についたように。而今(にこん)です! 今、二人でボタンを押さねば、あなた方二人は、来世でも来々世でも永遠に、ずっといがみ続けることになりましょう」
 女王サリーはありすの宿敵、憎しみの相手。共に地下へと堕ちた悲しい過去。そこで出会った蜂人を育てた二人の女王。
 ありすとサリーはずっと戦い続けてきた。ここでその憎しみの敵と和解し、昇華できるのか?
 ありすが漆黒の石を持ち、オパールの空を飛ぶことによって、ありすとサリーの未来、二人の行く末が統合される、というのだ。
「一つ教えて。ダークネス・ウィンドウズ天のアップグレードは……魔学なの? 科術なの?」
 真灯蛾サリーは真顔で綺羅宮に訊いた。
「上位概念です。そのどちらでもあり、そのどちらでもない。認証の途中に金沢時夫が言った、陰陽原理という宇宙の摂理です。陰と陽が重なり合うとき、新たな世界が創造される。それは、光と闇をも超越する概念です。貴女方の未来は今ここで創造されるのです」
 達夫が、その言葉を継ぐ。
「『恋文全史』は、未完成交響曲なんだ。『恋文奇譚・火水鏡』と、『火蜜恋文』を合わせた時に、完全な歴史が明らかとなる。だがそれを最終的に完成させるのは、お前たちだ! ありす、サリー」
「く……来るな」
「お前は何のために、ずっと電柱を慈しんできた? あれは一種の人の形だろ。人間に憧れを抱いていた……電柱同士は電線で手をつないでいる。だから遠くに電気を通すことが出来るんだろう? それなら、お前も協力的になれ。電柱のようにみんなで協力しあえ。そうすればお前の力の何倍、何十倍、何百倍、それ以上の力が生まれる。それが電柱の意味論なんじゃないのか!」
 虚を突かれたサリーの隙を見逃さず、ありすは半蝶半蛾ステッキを投げつけた。すると、ステッキはサリーの胸に吸い込まれ、激しくスパークし始めた。
「ギャアアアアアアアアア…………」
 光の粒子が、サリーの胸から発散していった。地下で女王が食料にしていた人質たちの魂だった。
 ずっと女王の体内にとらわれていて、今まで魔学のエネルギー源になっていた。その魂たちが、解放されていったのだ。
 それを、雪絵のマシンガンの光弾が追いかけていった。自らの身体の成分を、光弾に込めて発射する。雪絵は女王にとってのロイヤルゼリースイーツ、というだけではなく、彼女を構成するショゴロースは、この町の人々の魂が元の姿へと戻る役割を果たしていた。
 真っ暗なダークネスの中に、光の窓が見えていた。
 ありすは認証ボタンを押した後、白い蝶へと生まれ変わった。
 DJ二名の選曲で、全員が天空魔法陣でダンスを開始した。
 それぞれ、チャペルのダンスバトルでの舞を繰り返した。
 みんな華麗に踊っているが、時夫は……やっぱり盆踊りしか舞うことができない。だから盆踊りを舞う。でも、今度は上手く踊れている気がして、誇らしく爽快な気分だ。
 祖父・達夫を見ると……まさかの「なのはな体操」。アドレナリン全開で、千葉最強の意味論のダンスを舞う。
 黒水晶モリオンと、オパールは陰陽で、宇宙創生の色を成す。暗黒の宇宙の中に、オパールの星々が浮かんでいる。そのミックスジュースの中を、ありすが飛ぶ。
「あいつと私が、溶け合っている……」
 これこそが古城ありすの半蝶半蛾の科術。
「アウフヘーベンとは、闇を消し去るのではない。自らの闇、それも自分の一部分、経験とし、光へ転化する。半分蛾だが、自分の中で清濁を統一する力。それが半蝶半蛾だ!」
 達夫は言った。
「ははぁ、マヨネーズとケチャップで、オーロラソースって感じ?」
 ウーが相変わらずのたとえ話を叫んで笑っていた。
 暗黒の空間で、それぞれのパワーストーンの光が、花火のようにはじけて世界を照らした。意味論の大爆発。 
「サリー」
「オマエ……」
 自分はサリーを必要とし、サリーは自分を必要とする。その融合によって世界がどんどん新しく変わっていく。……全てが、救われていく。
「私、電柱みたいに、みんなと手と手を取り合っている……。一人じゃこんな大きなことは、できなかった。こんな気持ちになるなんて、その瞬間まで、思ってもみなかった」
 ありすは心の中で、サリーの呟きを聴いた。
「無限、たこ焼きッッ……!!」
 ありすの両腕から無数の色を持った光の玉が放たれていった。

 ったたたたた、こここここぉ……
 焼きのののの--------っ!
 中にっ、たこ焼きが---------っっ!!

「無限たこ焼き、それはありすちゃんのソウル・マシンガンなのよ!!」
 ウーが光のシャワーを浴びる真灯蛾サリーを観て言った。
 光の玉の中に無数の想いが、無数の時空が浮かび上がってくる。その中を、ありすは果敢に突き進んだ。遠ざかるサリーを見つめながら、やがて全てが真っ白に輝いた。

 ありすはうっすらと眼を開けた。
「待ってたよありす」
 真灯蛾サリー、いやさっきまでありすと戦っていた彼女ではない。
「あんたは」
「これは『時間の王国』。そうさ……果てしない、何度も繰り返したアップデートの失敗、その果てにそれを超えた時空。あんたが無限たこ焼きで、時間の輪廻をぶっ飛ばしてここへ来てくれるのを、ずっと待ってた」
「サリー、一体。さっきまでのあなたじゃ……ないのね?」
 ありすの見つめるサリーは、いつからここにいたのか、ずっと「時間の王国」の支配者として君臨し、何もかも知り尽くした存在へと変化し、オパール色に輝いていた。
「ありす、私がここへ来て、最初に思い出したことを教えてあげる。百五十年前の前世。私達が幕軍と一揆軍に分かれて戦った時、二人で和平の道を探ったんだ。その時……つかの間の平和の時にね」

 九頭竜愛は、房総半島名産のびわの菓子を持って、田んぼのあぜ道を進んでいる。
 愛は一人で、敵の陣地がある神社を訪ねた。そこで、もう一人の科術師と出会った。それが、サリーの前世の女間者だ。
 二人は六時間半も話し続けた。
「この和平はうまくいかないかもしれない。でも、私達が話し合ったことは忘れないでおこう」
 愛は言った。
「そう、これからも戦いは続く。まだまだ、憎しみが憎しみの連鎖を産む」
 この和平を、村民も幕軍も認めないだろう。
「いつか……あたし達、こんな会話したことも忘れてしまう。きっと」
「そう……でもその時は、きっと思い出そう」
「どうやって?」
「石さ。お互いの石がきっと、私達に思い出させてくれる」

「あたしも思い出した。あの一時の和平を、今、完成させましょ」
 ありすは、真灯蛾サリーの眼をじっと見ながら言った。
「……けど」
 サリーは眼をつぶり、首を横に振った。
「ありす。実はね、世界大戦が終わった時に、私にはもう一つ強く願っていたことがあったんだ。リアルワールドの恋文町では気恥ずかしくて言えなかったけど、そのとき、もう二度と、この町で戦争なんか起こっちゃいけないって私は強烈に願った。だのに……私は……私は町の住人も、蜂人たちも何もかも巻き込んでしまった」
 サリーは自嘲気味に牙をむいて笑って、泣いていた。
「あたしも、ずっと昔の前世で世界の意味論を、迷宮入りさせてしまった業がある。一万年前に、私は九頭竜(クトゥルー)だったの。あたしは意味論のAIであるテレパシー真言を使って、古きもの共とショゴスの戦の後、ショゴスたちの新たな主人となった。その名残が、カッパドキアの奇岩なんだ」
 カッパドキアの地下にも広大な都市が広がっている。
「だがお前はあの時ショゴスを奴隷ではなく、一個の個性として尊重した------」
 サリーは言った。
 九頭竜(クトゥルー)ありすは古きもの共と異なり、AI化したショゴスにある種の尊厳を抱いた。それが今、白井雪絵に対する一種の尊敬となっているのだ。
「私もそのときに、旧支配者(エルダーシング)だった自信がある。南極でショゴスを使役して、後で反乱を喰らって、お前たち九頭竜(クトゥルー)と、全面意味論戦争を戦った」
 エルダーシング。江戸時代のサリーの名は、江田呻吟(えだしんぎん)。
「その時、クトゥルーだったあたしは、エルダーシングだったあんたたちに、全員たこ焼きにされて喰われたんだ」
 クトゥルー焼きである。ありすは仲間たちと共にみんなたこ焼きにされた。竜巻に乗った巨大な火柱が襲い掛かり、地面に穴を掘ったり窪地に隠れたクトゥルーたちの死屍累々の焼死体が、地平線まで続いた。
「そう……グロテスクなものは美味いと決まってる。まったく大したものだよ。お前の必殺技・無限たこ焼きは、その時の経験を逆に利用している」
「そうよ、世界を破壊させたあんたでしょうに!! お互い、そんだけの力があるんなら、今度はベクトルを変えればいいだけじゃない!? 破滅の意味論を、私が今度も半蝶半蛾で逆転させてやるんだから! 無限たこ焼きみたいに!」
「私たち、こんなにも似たモノ同士だったなんて……。フフ……ハハ……ハハハハハ……、ハァーッハッハッハッハ!」
 サリーの両目から涙が溢れ出した。
「サリー、笑いながら泣いてる場合じゃない。蜂人を助けないと。あたし達二人の女王の責任なんだよ。あの子達、このまま地上に居たら全滅してしまう」
 働き蜂が元来た時空の入口でダンスをし、地下へと二人の女王をいざなっている。
 アップグレードしても、お菓子化を無効にされた恋文町では、蜂人は空を飛べない。吹雪化したときが限界だった。
 魔学による地上お菓子化など、もともと不自然な細工だった。蜂人は女王に利用されて地上に出ただけで、彼らには地下に住処があった。女王一人なら地上へ出て行くことができた訳だが。
「彼らをもう一度、地下へ戻すわよ」
 サリーもありすも、蜂人を全滅させたくはない。その点で共通している。そこが二人の接点だった。
「……あぁ、分かったよ。もうこれ以上、何も言うな」
 サリーは涙に濡れた笑顔で答え、二人の女王は蜂人たちを地下へと誘導した。
 それは、見ているだけで愛がほとばしる瞬間だった。
 途中、サリーは立ち止まって電柱の一本をじっと見て微笑み、呟いた。
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