第29話 スパリゾート・恋文はわい

文字数 4,830文字

「な、何なんですか? ありすさん、その格好」
 思わず敬語をつけなければいけないほど、時夫はありすの姿を見てのけぞった。
 外で待っていた時夫達のところに、古城ありすは自衛隊員みたいな迷彩服を着て登場したのである。
「戦争だよ。言ったでしょ。ホットな戦争が始まったのよ。恋文町で続いた冷戦が終わった」
「分かった、でも今回は何をするか先に説明してくれ」
「説明しろよぉ~♪」
 ウーが時夫をからかう。
「女王の手先が作り上げた、町の機械時計を破壊するのよ」
「手先っていうのは、白彩のことか?」
「そう。白彩はちょうどこの町の中心に位置する。サリーの地上での最大の手先があの和菓子屋。この町で誘拐された人々は、いったんあの店につれて来られて砂糖人間になるための最初の魔改造を受ける。地下でゼリーになる前の段階よ。なぜあんなに巨大な工場が存在すると思う?」
「雪絵は、あの煙突で浚った人間の身体を償却してるって言ってた」
「あの煙突。あそこから出る煙がこの町をオカシくしている」
『お菓子だけにね!』
 ウーが時夫に囁いてギヒヒヒと笑い、ありすがキッと睨む。
「でも、私は白彩に直接行けないの。あそこへ行くと、私は科術の力を失ってしまう。だから、白彩に間接的に繋がる敵基地に攻撃を仕掛ける。すべては繋がっているから」
「地下の通路に入口専門とか、出る専門などもあるっていうけど」
「どっかのうさぎ穴を開けるには、全く違うどこかで、何かのパズルを解いたりしないと鍵が開かない。パズルを解くと、町のどっかの機械が作動する。作動すると、地下への入口が開く。この町自体が、巨大な機械時計みたいなものっていうのはそのことよ。一応、ゲームで当たりをつけた」
 ありすはそれをずっと研究してきたらしいのだが、時夫とともに地下へ進撃している内にありすが町に張っていた結界は破られ、全てが変わってしまったようだった。
「さ、これに乗って敵基地に急ぎましょ」
 ありすは店の車庫のシャッターを開けた。そこにはデンとシャーマン戦車が鎮座していた。車庫には二台の車が駐車しており、その内の一台が戦車だ。
「どどど、どっから持ってきたんだこんなもの」
「九ヶ月前の春、ネットオークションで店長が買ったの」
「一分の一スケールじゃないか!」
「モ・ノ・ホ・ン♪ アメリカのオーナーが手放して、シャーマン戦車をレストアして、武器を外して売り出していた」
 武器はないらしいので、ほっとした。
 ならもう一台の車でも良さそうなものだ。
「だってどうせ動かないし。もう一台もオーナーの車なんだけど」
 しかし普通はそっちを修理して運転するよな。
「どこで戦車道を究めたか知らないけど」
「正確には科術戦車道よ」
「こんなもんで一体何処へ」
「だから、戦闘よ。カチコミに行くわよ、最初の敵基地へ。デッパツ!!」
「ありす、免許は?」
「ゴールド免許のベテラン・ペーパードライバーよ」
「……降ろしてくれ」
 ありす、ウーと、先に乗り込んだ二人に続いて、今日もなぜか時夫も行く羽目となっている。何の能力も才能もないのに……と心中愚痴っていると、ガス欠だとかですぐセルフ・ガソリンスタンドに入った。
 ほこりをかぶっていたのでついでに洗車もするという。
 ありすが戦闘服を着て洗車マシンを睨んでいる時点で、次の展開に気づくべきだったのかもしれない。
「改造完了」
 洗車が終わって出てきた戦車は、すでにフル装備の武器を備えていた。ありすが科術の魔改造でまた元に戻したらしい。
 「魔学者はマッドサイエンティスト」? そりゃ君もじゃ! 洗車だけに戦車も整備可能ってやかましいわ!
「パンツァー・フォー!」
 シャーマン戦車は轟音を立てながら、駅へ続く車道を普通に走行していく。それがいいことなのかどうなのか、時夫には判断がつかない。
 パトカーが通り過ぎないかヒヤヒヤする。もっともあの恋文交番の警官たちの様子じゃ、ありすが戦車を乗り回したところでお咎めなしなのかもしれない。

 やがて恋文銀座が見える手前で、左に曲がった。煙突が見えてきた。その目的地はやはり白彩ではなかった。
「ここ銭湯じゃないか!」
 たどり着いたのは「恋文はわい」。この町でもう一つの巨大煙突がそびえる、スパ・リゾートとも呼ばれる大型銭湯店である。恋文町は意外と色々な施設があるな、と時夫は思う。
 ひょっとして古城ありすは「銭湯」と「戦闘」をかけたのか。洗車と戦車といい、これらは全部意味論か? 意味論ってひょっとして、駄洒落の間違いじゃないのか。
 いや、そのありすの横顔はというと、極めてまじめくさっている。それはそれで……
「ま、待て! 駄洒落にはもううんざりだ」
「駄洒落じゃない、頓知よ。頓知は意味論よ。意味論を探るには洞察力が必要。そのために科術師としての経験と勘が必要なの。ナメてもらっちゃ困るわ。それに、この町では駄洒落にも注意しなきゃいけない」
 やっぱり意味論らしい。訳が分からない。てかどー考えても駄洒落。
「意味論は正しいか正しくないかじゃない。発動するかしないかだ」
 という名言が石川ウーの口から発せられた。
 目の前の大きな建物は三階建てで、一階部分は半分は椰子の木が生えた駐車場、半分は巨大な池と公園の上に建物が浮かんでいる構造だった。
「目標、三十メートル先。恋文はわいの池ポチャ!」
「おいおい、まさかとは思うがこんな街中で大砲をぶっ放す気か!」
「だから建物じゃなくて池の方。激烈池ポチャよ。砲手徹甲、撃てぇ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「もぅ何よ!」
「中には普通のお客さんだっているんだ。戦車で乗りつけたあげく、銭湯を破壊するつもりかよ? どう考えてもおかしだろ。それともここの奴らは皆、茸や砂糖だとでもいうつもりか? もっと穏やかな方法はないのかよ」
「やれやれ、行く前にチャント説明したじゃはずじゃない。あたしの場異様ハザードマップによると、ここは『場異様破邪道』だって。あたしが白彩にいけない以上、まずは、敵の誘拐基地『恋文はわい』をぶっ潰す。それがこの町の誘拐現場を制圧することであり、白彩への間接的な攻撃になるのよ」
「そうだよ金時、あの送水口を見て。地下帝国のマーキングなのよ。露骨な誘拐をする地下帝国の出口専用って証拠。だからこの町の誘拐現場を一個一個潰すんだよ」
 オマエら……。
「高い建物や大きな施設には必ず送水口があるモンだろ」
 白彩工場やこの恋文はわいが、敵の大基地だから送水口があるのではなく、大きな建物だから必然的に送水口があるのだ。確かに、金ぴかの送水口には視線を感じるが。
「甘いわねぇ! その送水口にマークがついてるでしょ」
 ウーが指差した送水口には、六角形に蜂の頭のマークの、地下の女王のマークがしっかりと刻まれていた。それは「恋文はわい」が地下の連中に占領された証拠だったが、こんなにはっきり記されているなら、策敵するほどでもなかったような気がするのだが……。
「いやだからって、誘拐されてる中の佐藤さんまで殺してしまうだろ! 第一ここに雪絵がいたらどうするんだ?」
 古城ありすはしまった、という顔をした。
「何か根拠でもあるの」
「……ああ、あるさ。感じるんだ」
 いや、ないけど。
「それなら覚悟しなさい。私達が単身、乗り込むのはまじで危険よ。それでも金時君、行く勇気ある? それとも、ここで待ってる?」
「いまさら、引き下がれるか」
 とうとう言ってしまった……。
 温泉とはいえ、某アニメのように異界の入り口という可能性もある。恋文町はもう不思議の国なのだ。地下での出来事を考えると、中に何が待っているのか分からないし、ありすの作戦通り砲撃する方が正しかったかもしれない。
「分かったわ。君をこの戦いに連れてきたのは私だし、しょうがないわね。なら後でぶっ放すことにする。人質を無事救出して、雪絵さんがいなかったらね。やれやれ。じゃ行くわよウー。金時君、覚悟しなさい!」

 カポーン。

 十分後。巨大な富士の絵が掲げられた大浴槽に浸かりながら、時夫は壁の向こうから聞こえてくる古城ありすと石川ウーのキャッキャウフフと楽しそうな声を聞いていた。今頃二人はこの壁の向こうで、生まれたままの姿であんなことやこんなことを……などと妄想を膨らます。
 真昼間なので、客も疎らだ。このところの疲れが全て吹っ飛んでいく。……最高だ。
 他にも浴槽には色々な種類があった。
 バブルバス、コールドバス。赤い水の浴槽。 このリゾート感、確かに、ハワイ風かもしれない。それらを梯子しながら、雪絵は一体どうなったんだろうと考える。
 そして正体の分からないトロピカル風呂。入るとなぜか水がピリピリする。痛いほどではないが、帯電しているらしい。浴槽の壁面に描かれた巨大な富士の絵には、色とりどりの石が埋め込まれている。
 その中の一つを指でこすると、ピリッとした。耐電は、壁のパワーストーンが原因か? さらに擦っているとポロッと取れた。
「やばっ」
 石は湯船へ転がり落ち、水流に沿ってどこかへ消えた。
 時夫は壁の富士を見上げてぎょっとした。見る見る富士の絵の形が崩れていく。石を一つ外してしまったことが原因か? 描かれた富士は半分に溶けて止った。
 大分のぼせているらしい。オゾン風呂に入るのは中止した。行きに見た売店には、本当にバカダミアナッツが売っていた。誰が買う、こんなモノ。
 脱衣所に出て瓶のバナナ味ミルクを購入し、扇風機前に陣取ってグイグイ飲む。いや~完全に疲れが取れたぞ。さて、帰るか。
「ちょっと待て。おいありす!」
 廊下でありすと鉢合わせする。
「何大声出してるのよ。どう、バブルバス気に入った? ホント疲れ取れるよね~」
「気に入ったじゃないでしょ。カチコミは一体どうなったんだよ。ホットな戦争とやらは。戦車に乗ってまで駆けつけたのに。ここ、確か君の言う場異様破邪道なんだろ」
 今も駐車場に戦車が停っている。だのに、ゆったり流れた一時間。
「あーそっか。そうだよねぇ」
 何だこ、このダルそうなリアクション。来たときとの温度差。
「で、うさぎは」
「なんかまだ羽化中みたい」
 ありすのいう羽化中とは、化粧中のことだったようだが、蝶みたいに言わないでくれ。ありすの方は、すでにばっちりメイクが完成している。やはり「科術」か?
「別に遊んでなんかないよ。来るとき言ったけど、地下の入口は恋文町にいろいろある。それらはすべて、恋文町の町のシステムを一つ一つ稼動することでゲートが順に開かれる。動力とか、操作部屋とかね。それを一つ一つ調べてるの。ゲームの策敵でここ来たときにも、お風呂入ったの。だって銭湯来て入らない手はないじゃないの? 戦闘中であっても要するにゲーム中におけるエネルギーチャージ場所ってことよ。それでさっき分かったんだけど、オゾン風呂は危ない。たぶん入ったらそれっきり吸い込まれて出て来れなかった。君、入らななかったみたいね。無事でよかった」
 戦闘もしないでエネルギーチャージとか? そして底なし温泉。危ないじゃないか……入る前に調べといてくれ! 
「まさかうさぎは入ったんじゃないだろうな」
 ……なんだその曖昧な顔は。
「いいや……だから羽化中よ。雪絵は見なかったけど、そっちは?」
「……い、いや」
 なんで男風呂には雪絵が居ると思うんだ。
「だとすると、居るとすれば館内の何処かね。ここにもお座敷がある。ゲームやってる時、そこが怪しいと思ったのよ。行きましょ」
 それならますます大砲ぶっ放しちゃいけないだろう。相変わらず石川ウーの姿が見えないまま、ありすは移動した。ウーには一度は地下に雪絵をさらった前科がある。ありすは彼女を放っておいて大丈夫なのだろうか。
 目的のお座敷は風呂と同じ一階部分にある。二階から上もお座敷のようだが、目的地は違うらしい。長い廊下の障子を開けると、中は五十畳程度の大部屋だ。空き部屋らしい。
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