第43話 カニの日~隣のカニは、よく客食うカニだ~

文字数 7,210文字

 ロッキーのテーマ曲をガンガンかけながら、黒水晶は片手腕立て伏せをしていた。
「くっそう……、ありすめぇぇぇえええ!!」
 グロッキーになって四回で断念し、そして生卵をジョッキに入れようとして……やっぱやめた。私にロッキーは百年早いわ。

 巨大植物が茂る常夏の地下帝国の王宮こと、洋館の大食堂の端っこの薄暗いところで、女王真灯蛾サリーはコブラとツイストを踊っていた。そこへ、うろうろと女王を探していた黒水晶がヒールの音を響かせて歩いてきた。
「陛下。残念ながらありす達を取り逃がしました。奴らは、今度は東側からの脱出を試みるようです」
「え? まだなの? ……本物のキングコブラでコブラツイストくらいたい?」
「い、いいえ。ご勘弁を。南側は封じました。古城ありすたちは東西南北どこからも逃げられません」
「それは、箱庭を復活させたってこと? そんなに早くできるもんなの」
「残念ながらそういう訳では------。とにかくやつ等を、この町からは絶対出しません。そのための方策は打ってございます」
 ゴスロリ衣装の黒水晶は、キングコブラをちらちらと気にしながら言った。鉱石人である彼女に、毒は効かなかったが、蛇が苦手だった。
「……取り逃がしたんでしょ?」
「申し訳ありません」
「送水口ヘッドかぁ……アイデアは良かったんだけどなぁ。一つアドバイスしてあげる。送水口の擬人化はいいんだけどさ、『料理の○人』かシャー・ア○ナブルか、どっちかにキャラ統一した方がいいんじゃない? なんか設定がブレてるよ」
「そ、そうですね、申し訳……」
(あいつが勝手に……やっぱ出すの早かったかな)
「本当に反省してる?」
「反省!!」
 黒水晶は右手を柱に置いて、長い睫を閉じて頭を垂れた。
「ブッ」
 サリーは思わず笑った。
 は、反省猿……微妙に古い。ありすにそっくりな黒水晶からかうの面白すぎる。
「まぁいいわ。次、期待してるから」
(くそっ。総帥公ヘッドめ。焦りやがって。所詮は送水口か。)
「女王陛下、ではキッチリスタジアムに」
 いつの間に食堂は「キッチリスタジアム」とやらになったのか。「キッチリと古城ありす達を捕まえるスタジアム」の略らしい。
 黒水晶にとっても、元主人のありすと決着を着けて、さらなる自身の力の飛躍へと結びつけたいという目的があった。
「わぁーたーしーの記憶が確かならば、日本には、伝統的にフランスパンの硬さに似た油麩がある。フランスにフランスパン剣があるなら、日本には日本刀にも通じる油麩剣がある、という。そして鉄麩とは、世界一硬い麩である! もっとも、『麩』は日本にしかないが。さぁー蘇るがいい! アイアンハンター、東の鉄人、鉄麩剣術の伊東一糖斎!」
(な、なんでわたしがあいつの代わりにこんなことを。)
 頬を赤らめつつ、「料○の鉄人」風に叫ぶ黒水晶に、また女王サリーがニヤニヤとしている。
「------パンのチャンバラの続き?」
 間接照明にライトアップされながら、お立ち台に出現したのは、五十がらみの痩身ながら引き締まった体躯の、無精ひげを生やし、紺色の作務衣を来たイカにも武骨という武道家だった。
「し、シブいわね……」

        *

 スーパーカー消しゴムを転がしながら、古城ありすの車は恋文駅前に到着した。
「ご苦労さん、大分疲れたんじゃない? お二人さん」
 ありすが時夫と雪絵をねぎらった。こんなモノで何度もカーチェイスを繰り広げるなんて、奇跡みたいな話だ。もう腕が痛かった。雪絵はまだ意識がはっきりとしなかったものの、もくもくと手を動かしてくれた。
「この辺で、いったん車降りましょうか」
「え? 大丈夫なの」
 その質問にありすは答えず、恋文銀座の様子を見ている。
「久々に駅前に戻ってきたわね」
 恋文銀座は年末商戦の忙しさでやや賑わいを見せていた。シャッター街の半分のお店が開いている。「ぷらんで~と・恋部」が臨時閉店中なので、年末年始は恋文銀座の天下だった。
「クリスマスとは打って変わってる。珍しいわね」
 恋武のポスターも全てはがされていたが、シャッター・ガイが居た店も開店していた。どうやらそこは、もともと布団屋だったらしい。
 寒い季節、羽根布団がそれこそ飛ぶように売れていた。ともかく、元シャッター街はにぎわっている。いいことだ。これで正真正銘、シャッター・ガイも安心して休むことができるだろう。
「あれ……あの家族、うるかの家族だ」
 時夫が人ごみの中に佐藤うるか達を発見した。まったくあのお祭好き一家は。
「何やってんだ君。家を出るなって言ったのに」
 時夫は思わず車を出て、うるかの元へと駆け寄った。
「わっ、お兄さん……見つかっちゃった!」
 三つ編みめがねっ子うるかは舌を出す。
「見つかっちゃったじゃないでしょ。恋武はつぶしたけど、恋文銀座だってまだ安全とは言えないんだぞ」
 うるかの両親も、時夫達を見てあいまいな笑顔を浮かべている。
「これはどうも。その節は、うちの娘が随分お世話になったそうで」
「ここは危険なんですよ、詳しい説明はちょっとできないけど」
「だってさぁお兄さん。今は年末だよ? お餅とかおせちとか買わないと、年越せないジャン」
 やれやれ、喉もと過ぎればなんとやら。この一家は。
 クリスマスにマッチ売りの少女をして、辛酸を嘗めたことを忘れたか。連続誘拐事件より、そんなに季節の行事を優先したいのだろうか。
「一般論としてはそれは正しいんだけど」
「お兄さん、カニ食べたぁ? 今食べてきたところなんだけど、この店凄く美味しいよ」
「カニ……」
 見上げると、巨大な赤い高足カニの看板がドーンと構えた店の前だった。
 「円谷の店・カニ動楽」?
 こんな目立った店、恋文銀座にあっただろうか。時夫の記憶にはなかった。
 そのカニの看板の長い両腕は、機械作りでギリギリと不気味な音を立ててゆっくり動いていた。
「この看板、なんかヤバくない?」
 車から降りてきた古城ありすが呟いた。
「みんな、逃げて、早く!」
 高足ガニの両目が赤く光った。その巨大な腕が、佐藤うるかの制服をつまみ上げていた。やっぱりロボットカニの看板は、「佐藤」を狙っている。
「キャアアアア」
「なんの騒ぎだっ」
「『かに動楽』のかにが動いている。アーていうか暴れている」
「こりゃ、派手な新しい誘拐現場だな」
 すなわち場異様破邪道。ある意味、年末の恋文銀座はにぎわいすぎている。
 カニ動楽のカニ看板が暴れて、「人食いバーガー」のように増殖し、人を襲っていた。
「この商店街、もう一箇所残ってやがったか」
「あの店、名前が悪いわね」
 確かに……。カニ「動」楽ではな。それに円谷では、ロボット化して暴れ出すのも時間の問題だったろう。
「隣のカニは、よく客食うカニだ、ってか? うさぎビーム!」
 助手席から出てきた石川ウーのピンク光線が炸裂し、その腕を切り落とした。
 腕と共に落下してきたうるかを、時夫が抱きとめる。雪絵は後部座席に隠れている。
「せっかくだからコレも読んでください。それじゃバイバイ!」
 うるかはまた時夫に文庫本を渡すと、人込みに紛れた。
 O.ヘンリーの「最後の一葉」の謎も解けないまま、次に渡された本はエドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」だった。
 やっぱりあの少女、何か訳ありかもしれない。
「くぅ~、少なくともカニ食ってから戦いたいわね!」
 そりゃそうだ。どんだけ今日、戦ったのか。そろそろエネルギーチャージもしないといけないのに。
 高足ガニの看板は、全ての足を有機的に動かして地上へ降りてきた。もはやそれは、「カニ動楽」の看板に収まらなかった。人食いバーガーに続いて、今度はカニの看板の反乱である。
 カニロボットはガチャガチャと音を立てて、片腕を切り落とした危険な科術使いのありす達から距離をとると、手当たり次第に色々なものを残った腕で引きちぎり、口の中へと運んでいった。車のボンネットやゴミ箱類、全て一様に金属だ。しばらくして、一旦立ち止まった。
「何か様子が変よ」
 ありすは二人に呟く。うるか達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る群集と共に、すでにどこかへと消えている。恋武での恐怖がよみがえったのかもしれない。良かった。そのまま、うまく逃げられると良いのだが。
 動きを止めたロボットガニはカチカチと変な音を立てていたが、突然その金属の腹が開き、中から無数の小型ロボットガニが出現した。
 個々の大きさは一般的なラジカセくらいだ。何百という数。それらは一斉に散らばると、恋文銀座のあちこちの金属を食い始めた。
「自己増殖するロボットガニ……AIの暴走か! くそったれの凝った看板にも困ったもんね!」
 放っておくとどこまで増殖するか分かったものではない。それだというのに、古城ありすはムスッとした表情で回れ右をすると、そのままスタスタと駅の方へ歩き出した。
「お、おい。戦わないのかよ」
「見てなさい、カニども……」
 ありすはなぜかスマフォをいじっていたが、
「よし、時夫、ウー、覚悟を決めて。車をここに停めて、『恋武』へ行くわよ」
 振り向いて驚くことを言った。
「どうするんだ? 敵地だぞ」

 暴れるカニ動楽を尻目に、一行はぷらんで~と『恋武』の前へ恐る恐る訪れた。そこは夕日に赤く染まって、駅前で不気味に沈黙していた。送水口まで無口なままだ。
「さぁ入りましょ」
「おい、止めとけよ。雪絵がいるんだぜ」
「……今ならたぶん大丈夫」
「何を根拠に」
「君たちも消しゴム飛ばし科術、疲れたでしょ。こっからは戦車に乗り換えるから」
 なるほど。八階のタイムドームレストランに、シャーマン戦車が置きっぱなしになっている。
(戦車が置きっぱなしって……)
 「恋文町」と書いて「カオス」と読む。
 入り口に「臨時休業」の文字。一階の割れたガラス戸は青いビニールシートで覆われていたが、そこを勝手に侵入すると、中はガランとしていている。
 マネキンもゾンビも、元は人質だったこともあって、彼らが居なくなった途端に、従業員も一人も居なっている。
 女性アナウンスの声が響く、窓際へと向かう。どうやらエスカレーターのアナウンスだけが流れ続けているようだが、肝心のエスカレーターがカオスだった。
 二メートルほど昇って降りるだけで、どこにも繋がっていないオモチャのコースターのようなエスカレーターが、あっちこっち、グニグニと曲がりくねって続いている。
『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。毎度ご来店ありがとうございます。エスカレーターをご利用の際は、手すりにおつかまりのうえ、黄色い線の内側でお前らをぶっ殺します』
 ……ぶっそうだな。さしあたり乗るのは止めておこう。恋武の自動警備システムの可能性がある。しかし近づくのも危険だ。
「なっんの意味もないエスカレーター……」
 時夫はどうしたものかと腕を組む。
「でもこれを超えないと、向こうの業務用エレベータに行けないぜ」
「乗る必要を認めないわ。こんなの、低いトコをぴょんと飛び越えりゃいいのよ!」
 ありすはジャンプして向こう側へ着地した。

 10点! 10点! 10点! 10点! 10点!

 突然、電光掲示板が赤く数字を表示して、女性アナウンスの声が響いた。
 -----オリンピックの体操かよ?
 その後、ウーと時夫、雪絵が飛び越えたときも、決まって10点が表示された。他の点数は表示されないのかもしれない。意味論が暴走し、混乱を極めていた。
 一方、大型エレベータは問題なく動いていた。
 モノが散乱したままの八階のタイムドームレストランに停めてあった戦車は、健在だった。改めてありすは、黒水晶の作った箱庭を検証する。
「確かに、箱庭化は停止している。他に、出来上がった形跡もない。今のところはね」
 なら、この恋文町を脱出するなら今しかない。
「なるほどな。そのための戦車か」
 戦車は一階のカオス・エスカレータを粉砕して、出口へ向かった。
 戦車ならA子のような追っ手にも、正面からぶつかっても反撃できる。容易に対抗できるだろう。それに、カニ動楽に対してもだ。外でカニ動楽が何処まで増殖しているか、想像しただけで空恐ろしかったが。

 外へ出ると、もはや恋文銀座は赤い金属ガニで埋め尽くされていた。
 クリスマス島のクリスマスアカガニの群れのようだったが、今は年の瀬、二十五日ではない。ここだけまだクリスマスを引きずってるのだろうか?
「パンツァー・フォー!」
 カニ氾濫地帯に向かって戦車を走らせたのはいいが、ゴスロリ科術師・古城ありすはどうするつもりなのだろうか。
「砲手徹甲、撃てぇ!」
 その言葉を叫んだのは、石川ウーだった。ありすは科術の呪文を放ちながら、大砲を撃った。

 たこ焼きの中にタコが! Hey!
 おせちの中にもタコが! Hey!
 正月には凧揚げが! Hey!

 おんや? ありすの「無限たこ焼き」の呪文がちと違う。ちゃんとタコが入ってる、普通のたこ焼きだ。年の瀬ということで、おせちや凧も登場した。
 科術の砲撃は、恋文銀座上空に向けられて発車され、渦巻状の閃光を形成した。それは、最初たこ焼き型に撃ちあがって空中で正月の凧になり、その幾つものしっぽが伸びていった。
 凧は渦の中をぐるぐると回っていたが、それが巨大なタコのような形を実体化させた。
「ぐ、ぐるぐる公園のタコスライダー!」
 時夫がモニターを見て呆れた声を出した。
 それは、恋文銀座上空を傘のように包み込むほど巨大なタコスライダーとなった。それぞれの足は、地面を走り回って金属類を喰っているロボットガニたちを捕らえると、タコスライダーは猛烈な勢いで食べ始めた。
「なるほど……カニの天敵はタコか!?」
 時夫は感心した。水だこの類になると、大きなカニでもばりばりと食べてしまうという。そして蛸は、頭がいい海のハンターだ。
 これもまた、天敵という意味論を利用した科術なのだ。時夫だったら「猿カニ合戦」しか思いつかないが、猿カニ~では、カニの子孫が猿に勝つという、因果応報話だから駄目だ。
 恐ろしいスピードで、クリスマス島並みに恋文銀座を占拠していたロボットカニたちは抹殺されていった。こうして、カニ達はイラついたありすによって瞬殺された。
 ありすはスマフォでカニの天敵を調べていたらしい。あまり敵に回したくない相手だ。恋武で待ち構えていたのが、黒水晶という偽者でよかった。それでも、かなり手ごわい相手だったが。
「で、あの蛸どうするの?」
 ウーがとぼけたような声を出した。今度はタコスライダーが恋文銀座に君臨しているじゃーないかッ。かえって状況がやっかいになっている。
「え~と蛸の天敵は……」
 ありすはまたスマフォを取り出して調べ始める。おいおいそこからか!
「ウツボか」
 やめてくれ! 今度はウツボが収拾つかなくなる。次はウツボの天敵を探すつもりかよ。
 すると、いちじんの風が吹いた。つむじ風だ。ひゅるひゅるという音と共に、タコスライダーはつむじ風に吸い込まれていった。
「なんとか戻ってくれたみたい。たまたま、つむじ風がブラックホールを形成してくれてよかった」
 ものスゲー確率だな。いや、これはご都合主義というべきだろう。

 車をそのまま駅前に置くと、ありすはなぜか駅前で、豆ばかり一袋買って戦車を発車させた。砲弾の代わりに、ザラザラと豆を流し込んでいく。
 こんなことして壊れないのだろうか、という時夫やウーの疑問は、間もなく踏み切りの処で解消される。
 恋文駅はというと、ストライ鬼がまだシュプレヒコールを挙げていて、相変わらず騒乱中だ。騒々しいことこの上ない。その脇の踏切もバリケードで封鎖されているが、戦車はバリケードと踏み切り柵を破壊すると、俄然線路を踏み越えていく。その時時夫は見てしまった。
「あいつら本物の鬼じゃないか!」
 ストライ鬼というが、ただの暴れている連中ではない。ストライ鬼は本物の鬼と化し、赤鬼と青鬼が押しくら饅頭している。どっちが労使かは分からない。
「ほ、本当に危険だ」
 線路の封鎖を突破しようとしている者の存在に気づいた鬼達は、疾風烈火(シュプレヒ)コールを上げながら、棘着きの鉄の棍棒を持って戦車に群がろうとしてきた。するとありすは戦車を停車させ、砲台を回転させると鬼たちの方へと向けた。
「鬼は外!!」
 無数の光弾の雨へと変換された「豆」が、大砲から発射されていく。鬼たちは豆の光弾に極端にビクつき、棍棒を放り出して裸足で逃げていった。まぁ、鬼はもともと裸足だけど。なるほどこのために、ありすは駅前商店街で豆を買ったのか。
「これが伝統の力よ。節分パワーはハンパないわね」
 節分は立春(二月四日)なので、季節がちょっと違うが、戦車はストライ鬼を突破して、反対側の町へと抜けた。反対側もまだ恋文町だが、このまま戦車で突き進めばドツボ町に脱出できるだろう。
 ありすのスーパーナチュラルなパワーぶりに時夫は慣れ、次は何をしてくれるのかと期待している自分がいる。
「今度は戦車だから、小細工しなくても、たとえ道路工事が阻んでも突き進むわよー」
 さすが猪突猛進のありす。鬼だけでなく、不思議の国も裸足で逃げ出す勢いだ。まさに進撃のありす。ますます輝いてるぜ。もうスーパーカー消しゴムを飛ばす手間も必要ない。
 しかし問題は、白井雪絵の体力がもはや限界だということだった。
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