第13話 黄山の「冬人夏茸」

文字数 4,750文字

「茸人って何者だ? さっきの戦闘は? この漢方薬局も何か秘密がありそうだな。サリーが君を敵視してたぞ。君は一体何者なんだ」
 落ち着いて話がしたいという古城ありすの意見を聞いて、時夫は薬局「半町半街」へ来ている。店内にある真っ黒な葉の多肉植物の名は、「黒法師」というらしい。
「私は、この町で起こっている連続誘拐殺人事件を追っている。それは茸人とは別の話よ。実行犯は、白井雪絵が言った通り、白彩店長。あの店で売ってる『宝石チップス』ってお菓子、地下から出荷してるの。石を薄切りにして揚げてるのよ。で、首謀者はもちろん、真灯蛾サリー。あの店長は、普段地上に出て来れないサリーの代わりの手先という訳。誘拐された者達は、地下へと消えていっている。それで私は誘拐事件の全貌を探るために、店長を泳がして他の協力者や他の誘拐事件を調べていた。君が考えている以上に、この町の多くの人間が、地下へ誘拐されて殺されている」
 女王は白彩店長に命じて、次々と地上の人間を欲し、いろいろな手で地上の人間を連れ去っていた。
 白彩店長は、セントラルパークで自分の子株を埋め戻していただけではなかった。この町で連続誘拐事件を起こしている。しかも、白彩店長だけではない。
 手先は他にも居るのだ。そうして誘拐された彼らは地下で蜂人の餌になる。砂糖化した人々は、皆、地下でロイヤルゼリーになるまで生かされるという。
「なんてくだらない。そんなBEE級映画は……」
 認められん。
「で、ここの店長はなんて? 今日も店長いないみたいだね」
「そうね。師匠はもう居なくなって九ヶ月くらいになるかな……」
「サリーは言ってた。茸人は君の回し者だって。君と茸人との関係は?」
「白彩の店主である茸は、元はと言えば、『半町半街』の店主である私の師匠が、中国の黄山奥地から取ってきた、『冬人夏茸』という茸だったの」
 やっぱりここが原因だったのか。
「あの茸は、黄山の山奥にしか育たないものだったんだけど、それを日本に持ち帰ったのが、そもそも失敗だったんだ。店長が茸収集に熱を入れていたのは、そもそも茸には健康はもとより未知のパワーが秘められているから。白彩店長も、もともと『半町半街』の漢方薬だったって訳。それがこの町で師匠の手を離れ、ああして大手を振るっている。それが女王サリーの手に落ち、彼女に強力な魔学をかけられ、手下になった。サリーの代わりに、あいつがサリーの人さらいの手助けをしていたんだ。連続殺人、連続誘拐事件の犯人だ。だから、全ての責任は私たちにある」
 茸人が地下の手先になったのは、古城ありすとここの店長のしくじりだった。
「一体、いつ頃からそうなったんだ」
「九ヶ月前。合併の頃ね」
「てことは不思議有栖市になってから!?」
「そうよ。誘拐事件はその頃から始まった」
 時夫が思い出す限り、白彩店長がテレビに登場したのも、その頃だった気がする。店自体は、それ以前からある町の老舗のようだが、工場を拡張したのはその頃だったのかもしれない。
「もし茸人がサリーの手下だとすると、なんで図書館の茸はサリーに襲ってきたんだ?」
「茸人は自動的にプログラムされたことしかできない。茸図書館員は、図書館の秘密を守ることしかプログラムされていないのよ。地上へ出てきて魔学を使えず、オーラもなくしてしまったサリーを、女王と認識することができなかった」
 ありすによると、この半蝶半蛾と白彩は冷戦中だらしい。
 白彩が恋文町で巻き起こした騒動を、半蝶半蛾が収めようと努力してきた。
 半町半街店主の直弟子である古城ありすは、春頃から地上に攻めてくる真灯蛾サリーの存在を悟って、気配を察した。やがて、サリーは地下の国だけでなく、地上の恋文町をも、自分の支配下に置こうとしていることを悟った。
 その侵略の橋頭堡が、「菓匠・白彩本陣」なのだと。全ては女王が食す特殊なロイヤルゼリーのため。それが「スイーツドール」だ。
「うさぎに聞いた。佐藤さんが誘拐されてるんだって」
「町内の佐藤さんが誘拐され、白彩工場で砂糖の原料の砂糖人間になり、地下で精製されている」
「佐藤さんだから砂糖なのか? 一体どーいう理屈だよ」
「これは意味論よ」
「……意味論? て、何だ?」
「そう、意味論。始めに言葉ありき。想像力は創造力なの。このことを決して忘れないで。そもそも伏木市と有栖市が合併して、伏木有栖市になった。そうしたら不思議な出来事が起こるようになった……その現象の謎の根源はそこにはある。連続誘拐事件では、佐藤さん達が地下へと誘拐されている。地下で、町内の佐藤さんから砂糖が作られている。この町の人浚い、人は地下へと吸い込まれ、人が食料になる。それが女王の食事よ。そして女王は蜂人の卵を産む。やがて、蜂の子が育つ。-----蜂人の兵士は槍を持っていて非常に危険よ。しかしその中で、一部の砂糖が白彩店内でスイーツドールとなった」
 スイーツドールは完成すると地下に送られた。しかし、一度として成功したものはなかった。それらを女王が食したのは事実が、完全ではなかったという。
 地下に送られた「もの」たちは、なかなか女王を脱皮させることができず、店主は悩んでいた。
 そんな中、スイーツドールの中でも出来損ないだった白井雪絵を、店主は店で働かせていたのである。
 町内の殺人を繰り返し、女王の手先となっている店主。店主は女王のロイヤルゼリーを開発することを至上命題としていたが、まだ完成していなかった。
 彼は雪絵が、できそこないだと思い込み、店番をさせ、つらくあたっていたらしい。
 店主ができそこないのスイーツドールだと思っていた白井雪絵は、実はサリーにとって必要なロイヤルゼリーとなる可能性を秘めていた。
 それを得れば、サリーは地上に出られるようになるのだという。
 それは、店主が知らないうちに月の光を浴びた上、時夫が雪絵に愛を注ぎ込んだことで、単なる菓子細工だったものが人間化し、スペシャルなスイーツドール、特別なロイヤルゼリーになったからだった。
 白彩と半町半街は対立し、恋文町における冷戦構造が続いてきた。
 半町半街という不思議な名前の漢方薬局は、この町の間違い、つまりサリー女王の地上侵略を防ぎ、阻止しようとしていたのだ。
「今白彩にいる店長、あれは確かにきのこだけど、子株よ。あくまで分身でしかない。分身には本体の代役は勤まらない。本体の親株は、君が殺して埋めてしまった。つまり君は、その為に女王を敵に回している。だから図書館で狙ってきたのよ」
 ぞっとした。あのままサリーと一緒に居たら、彼女の魔学で本当に地下へと引きずり込まれたのかもしれない。
「やっかいなことに巻き込まれたね。金時君。君の心は今も、スィーツドールと繋がっている。それは君がこの町で特別な存在であるという証拠。戦いに巻き込まれるのも、やむを得ないわね。覚悟して。君も、今後白彩の連中に狙われるから。分かった?」
 ありすによると、白彩店主は思った以上に人間化しており、危険な状態にあるという。それだけでなく、白井雪絵もだ。
「何で俺が、こんなことに……!」
「最初に忠告したはずよ。君が余計なことさえしなければ、こんなことにならなかったのに。君はスイーツドールを人間にしてしまった。もう君は女王から狙われる。君を、あたしが助けなければ、あたしが困ることになる。やれやれ、店長が留守のうちに、状況が先に動き出しちゃったか」
「そんなこと言ったって。俺がそんなこと知るかよ! 警察がダメだとすると、誰か、他に味方は居ないのか」
「ウーのお店へ行こう。三人で作戦会議する」

 薔薇喫茶は、「臨時閉店」の張り紙がしてあった。
「まさか。なんてことなの……白井雪絵をさらったのはウーだ!」
「またまた、説明してくれよ! 俺には何がなんだか」
「アパートに落ちてたカードに、なぜかウーの匂いが残ってたのよ。その理由が分からなかったけど、今はっきりした。あいつ、裏切りやがった。ウーが君のことをあたしに言ったのは、雪絵を誘拐するためだったのかも。実は今まで、ウーのことずっと監視してたんだけど、あいつすっかりスパイになってしまったんだ」
 ありすはなんだかショックのようだった。
「友達じゃなかったの? てか、うさぎって、『不思議の国のアリス』では、確か地下の女王サイドじゃないか」
「うるさいな! 今考えてるんだから」
 そういうとありすは板チョコを取り出して齧った。じっと考え込んだその横顔は、どちゃくそかわいいが、結構抜けている。俺は我とわが身を案ずるよ。
「とにかく君はこれ以上、首を突っ込まないほうがいいわね。後はわたしに任せて。下手に動くと、また女王に狙われるから」
 ありすは結局、ヒントしかくれなかった。終始、時夫を恋文町のど素人扱い。確かにそれは事実だろう。けど、何をするつもりなのだ古城ありすよ!

 恋文ビルヂング102号室へ戻った時夫は、部屋にドカッと胡坐をかいて腕を組んだ。じっと考え込む。
 雪絵が消えた------。
 それだけじゃない。自分まで地下の女王サリーに見初められて、大量殺人者に狙われている。一体どうすりゃいいんだろう。
 携帯が鳴った。メールが届いた。
「まさか……そんな。……そんなバナナ!」
 ついつい、つまらないギャグを時夫が口走ったのも無理はなかった。

「金沢君、久しぶりだね。今度、クラスの皆で中学校の同窓会計画しているんだけど、年末、いつ帰ってこれるか、教えてくれない?」

 それは、死んだはずの伊都川みさえのメールアドレスから送られてきたものだった。送り主はみさえ本人だ。
 伊都川みさえ。九ヶ月前の大地震で死んだはずだ。しかし、そうではなかったらしい。死んだというのは時夫の勘違いだったのだ。
 このメールアドレスは、確かにみさえのものだ。
 あの時、みさえは病院に担がれ、それっきり学校に来なかった。彼女は死んだ、という噂を耳にした。
 よくよく考えると、時夫はみさえがどうなったのか結局知らなかった。それは、はっきりと事実を知りたくなかったからなのかもしれない。
 ただ、最悪のことが起こったらどうしようという不安が、現実から眼をそらしていただけだったのだ。そらし続けた挙句、時夫はこの町の高校への進学を決めた。
 文面によると、みさえは多忙で、結果的に音信普通になっただけらしい。
 その後、何度かのメールのやり取りで分かったことは、みさえは現在、時夫の地元の高校へ通っているということだった。
 あの頃確かに、中学校へ来なくなったが、奇跡的に出席日数を多めに見てもらい、担任の計らいで推薦枠で入学できたのだという。
 メールには、テニス部でみさえが現在も、ボールを打っている写真が添付されていた。そして少人数で同窓会をやるという話で締めくくられている。
 時夫は、一体何のためにこの恋文町に来たのか分からなくなった。これまでずっと、メールアドレスを変更しなかった。それは、ひょっとしてみさえから連絡があるのでは、と思っていたからだ。だが、時夫はこれまで、地震の時にみさえを助けられなかったと悔やんできた。
 しかし、生きていたみさえは、こうして時夫に助けられたことを感謝するメールを送ってきている。
 みさえの言うとおり、時夫は東京へ戻りたかった。だが、戻ることが出来ずにいる。
 何度もチャレンジを試みたが、結局は同じだった。状況が、いや恋文町全体が金沢時夫を行かせまいと、彼を閉じ込めていた。
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