第27話 夏の夜の色 とある科術の無限たこ焼き

文字数 3,682文字

 月夜見亭を後にした途端、ありすが満月を指差して、ウーが大爆笑した。
「ほら見なよ」
 満月に「工事中」という看板がぶら下がっている。
「なんだあの看板。あははは!」
「女王が悔し紛れに着けたんでしょ」
「ばっかみたい」
「何が工事中だよ。取り作ろいやがって。できないなら、そうと認めろよ」
 時夫も笑った。
「ははは、あはははは! ……無理しんどい」
 ……気づかなかった。さっきの四人家族もそれを観て笑っていたのか。誘拐も観ていたとなると、やっぱり謎な店だな。
 冷え切った夜空は澄んでいて、星々が瞬いている。時夫はすぐにオリオン座を見つけた。
「今夜は寒い分、星座がはっきり見えるな」
 時夫は女王の侵略を防げたことでほっとして、夜空を見る余裕ができていた。
「ほら、キラキラ瞬いて……」
「オリオン座の下にあるの分かる? うさぎ座だよ」
 ありすにも心なしかゆとりが感じられた。
「え~と、どれどれ」
 ウーは遠くを見るときの癖なのか、右手をおでこにくっつけて前傾姿勢になった。
「あれがおおいぬ座、こいぬ座、それでふたご座……」
 ありすが順に指差していく。
「う~ん、あたしちょっと近眼入っててさ」
 ウーでなくても、星座の素人には、それらがなぜその形に見えるのかという問題に頭を悩ませることになるものだが。
 だが、星空はネオンのような輝きで三人の前に広がり始めていた。しばらくしてビカビカと各色で発光するうさぎの形がくっきりと浮かび上がる。
「あーホントだ。うさぎの形してるよ。やっと分かった」
 ネオンで縁取られたうさぎや大犬、子犬、狩人、双子らが3Dのワイヤーフレームのように立体感を持った絵として夜空に描かれている。今にも動き出しかねない。
「こうなれば、あんたにも分かるでしょ」
 ありすの横顔は得意げだ。無邪気に見上げるウーを尻目に時夫は怪訝な顔つき。
「な、なんだこれは」
 この辺りの町が星丁目なのか、何丁目なのか。それともこれもありすの科術の一種なのだろうか。時夫には全く判断がつかなかった。……もう考えるのは止そう。
 眩く輝く星空が、次第に青く明るくなったような気がした。中央通りを歩いて店に帰宅途中の三人は、まるで昼間のように明るい真夜中の恋文町を歩いている。
 いや、青空だし月ではなく眩い太陽としか思えない天体がギラギラと輝き出したのであった。これはなんだ、明るいなんてもんじゃないぜ。時夫は汗ばんできた。
「今、何時だ?」
「午前二時。丑三つ時。まだ真夜中だよ」
「……白夜か!」
 そうだよ白夜なんて地球じゃ普通の現象だよ。真昼間のような明るさで、たとえここが北極や北欧みたいな緯度の場所じゃなかったとしてもね。そして暑い。これはもう夏である。いや、おかしいだろ。
「夜の恋文町は昼よりも恐ろしい。特にこんな、夜なお明るい恋文町はね」

 ヴヴヴヴヴヴヴ……。
 ヴヴヴヴヴヴヴ……。

「電光鮫だ!」
 ウーが叫んだ。行きに見た電撃に光るチョウザメが、ぐるりと向きを変えて三人に突進してきた。油断したらしい。
「何匹もいる」
 ウーは熱唱してうさぎビームを撃ちまくりながら、ズザザザと引き下がる。
「女王は引っ込んだけど、こいつら、自動策敵システムだよッ。くそっ、数が多い。ありすちゃん、お願い。例の科術で」
「そうね。さっきの月夜見亭の料理で、私も元気になったみたい。どうやら、女王のときにも使わなかった秘奥義の封印を解くときが来たようね。金時君。電柱の陰に隠れてなさい」
 嫌な予感。
 ありすは、数百に膨れ上がった電光鮫の大群を前にして、屋台で両手で「たこピック」を持っている様なポーズを取った。

 たこやきの中にたこやきが!
 そのたこやきの中にたこやきが!
 そのまたたこやきの中にたこやきが!
 ……(くりかえし)

 時夫が呆れるのも当然だろう。
 二刀流たこピックを持っているかのようなありすの手つきから、光る弾丸がバシバシと撃ちあがっていく。よく見ると一個一個が光るたこ焼きだった。それが電光鮫の一体にぶつかると、鮫はバチンと弾けて消えた。ありすの呪文はまだまだ続く。

 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!

 ありすの科術「無限たこやき」と、ウーの「うさぎビーム」によるデュアル科術攻撃は、続々と押し寄せる電光鮫どもを次々撃退していった。
「まだ残ってる!」
 百メートル先の路地に、電光鮫の別の大群が電柱に群れ成していた。スパークを浴びた電柱は左右に揺れ、ムクムクと地面から突き出し、ドスンとアスファルト上に倒れた。
 一本だけで終わらなかった。見えている範囲の電柱が、残らずグラグラと揺れて倒れていった。それらはアスファルトの破片を根に着けながら転がり、他の電柱と大同団結した。
 回転しながら、ムクムクと巨大化してこちらへ向かってくる。
「チ! さっきのは陽動だったのか」
「何だあれ?」
「おそらく電柱人たち。電光鮫が電線を伝って集結、電柱人を起動した。------巨大な『電柱コンプレックス』に進化したって訳!」
 ありすはゆっくりと下がりながら、無限たこやきポーズを取った。
「サーチ&デストロイのデストロイ攻撃か!」
 時夫は、迫る電柱瓦礫の巨大ボールに戦慄しつつ電柱の影に退却し、アームが動いてないかどうかが気になって、一瞬上を見上げた。
「あいつらって動けるの?」
 ウーは半ば呆れた声を出した。
「奴らを動かしている動力は、電光鮫の集合体の電力だろーね」
 ありすは無限たこやきを放った。たこやきはマシンガンと違っていくらでも出せた。
「殻をまとって身を守っている!」
 電柱コンプレックスは、光の玉を受けて砕けながら路地を転がっていく。
「喰らえッ」
 交差点まで退却したとき、角からウーが出てきてうさびビームを放った。
 そのタイミングで電柱コンプレックスは向きを変え、ウーの上にのしかかってきた。
「キャアアア」
 電柱の一本のアームがウーの足を絡め取って宙高く舞い上げた。
 時夫は横っ飛びして、ウーを抱きかかえ地面に着地した。とっさとはいえ、自分でもこんなに動けたのが不思議だ。
「あ、ありがと?」
 ウーはあっけにとられた表情をしている。
「か、火事場のくそ力だ!」
 電柱のいくつかの頂点が、強烈なフラッシュを発光した。
 三人の足元を狙って、光弾が撃ち込まれた。
「蓄積した電気を発散してるんだ。あんな芸当までできるなんて-------」
 こちらがひるむと、猛スピードで回転して襲撃してきた。
「あたしが無限たこ焼きで固定する! ウー、うさぎビームで焼却して!」
「リョーカイ!」
 ありすは大量の無限たこ焼きを発射し、電柱コンプレックスを包み込んだ。
「うさぎビーッ、うわっ」
 電柱コンプレックスが立ち上がった。回転を封じられた代わりに、下部のいくつかの電柱を支柱にし、ノシノシと歩いて逃げていく。
「動きが完全に酔っ払ってる……」
 電柱コンプレックスは街路樹に激突し、向きをグルリと百八十度反転させた。
「戻ってくるぞ!」
「うさぎビームを充電する。時間を稼いで!」
「んなこと言ったって」
 時夫は慌ててありすを見た。
「私に任せて」
 ありすはあくまで冷静だった。再び無限たこ焼きを撃ち放ち、電柱コンプレックスの動きを固定した。
「最大出力、うさぎビームッ!!」
 前方をありす、真横をウーが攻撃し、電柱コンプレックスはバランスを崩して瓦解した。
「しめたっ、これはチャンスよ」
 ありすが笑った。
「見て」
 電柱がゆっくりと、砂のように砕けていった。
 砂の中から青い光が、ほわほわと幾つも宙に浮かんで登っていった。ありすのたこやきの光ではない。
「電柱人の魂だわ。それぞれの町で元の姿に戻るでしょう。電気ザメが活性化させた、このタイミングだから彼らを救うことができた------」
「しっかししばらくこの辺は停電だな……おや?」
 時夫は、建物の灯りが消えていないことに気付いた。
「どーやら月丁目、星丁目あたりは、電柱地中化が進んでたみたいね。地下帝国は、地中化の電線を途中からバイパスして、電柱人を建てていたんだよ」
 電柱LOVEな地下の女王の趣味の最終形態、電柱コンプレックス。その電柱人が抜けたとたん、地中にある電線が無事通電を始めたようだ。
 「無限たこやき」はその昔ありすが、たこ焼きを作っていてタコを入れ忘れ、「いやこれはたこ焼きの中にたこ焼きがある無限たこ焼きだ」とウーに強弁したところ、強力な科術の呪文として発せられることを発見した、というのが始まりらしい。
 二人の呪文のおかしさはともかく、科術使いの二人とも只者じゃあない。それは確かだ。店に戻る前に、ありす行き着けの買い食い処「ボングー」でたこ焼きを買って帰宅した。
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